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2-6・思ったより力が強くてちょっと痛いんだが。

ー/ー



 再び前を見て歩こうとしたところで、通りにパトカーが停まっているのを見つけた。
 嫌な予感がする。いや別になにもしてないけど、ここにいるとマズい気がする。
 とにかく離れよう。なんてことないって顔で歩き出すと、停車中のパトカーから2人組のお巡りさんが降りてきた。
 偶然だ。なにかの偶然。そもそも俺はなにもしていない。ここを歩いていただけ。
「どうも、ちょっといいですか?」
 やたら背の高いお巡りさんが話しかけてきた。
 くそっ、なんなんだ。女子高の前歩いてただけだってのに。
 この通りを歩いているのは現状俺だけ。無視をするとより厄介なことになってしまう。
 ひとまず俺は歩を止めて「俺ですか?」なんて言ってとぼけた。
「はいーそうです。貴方です。ちょっとお話いいですかね?」
「まぁ、いいですけど」
 とりあえず返事をすると背の高いお巡りさんが「どうもー」と言ってさらに近づいてくる。後ろにはやや小太りの中年男性お巡りさん。背の高い人より年上に見える。
 やや小太りの中年お巡りさんは特に口を挟むことなく俺を見ているだけだ。視線が痛い。
「お兄さんお仕事帰りですか?」
「いえ、学生です。講義が終わったので帰ろうとしてたところです」
「あぁ、なるほど。お住まいはここら辺なんですか?」
 お巡りさんからの質問に俺は少し逡巡する。ここで嘘を吐いてそうなんですとか言ったら余計ややこしくなりそうだ。
「いえ、ここら辺ではないですけど」
「あ、そうなんですかーすいません、身分証とかってあります? 一応確認させていただければって思いまして」
「……いいですけど」
 財布の中に入ってる学生証を取り出す。危ない。さっき嘘ついてここら辺ですなんて言ってたらどうなってたことか。
 当たり前かもしれないがヘタな嘘は吐かない方が良さそうだ。
「おー緑黄館。うちの娘も行ってるんですよ」
「はぁ、そうなんですか」
「でもどうしてこちらに? 帰り道はこっちじゃないですよね?」
「えっと、人と会う約束があって」
 嘘は吐いてない。いや嘘だけど。でも会おうと思ってた。まぁまだ見つかってないけど。
 少し歯切れの悪い俺の言葉に中年のお巡りさんがクッと顔をあげた。ちょうど目が合って思わず目を逸らしてしまう。
「人と……お友達とかですか?」
「あーまぁ、知り合い、ですかね。少し説明しづらいというか……その」
 これは本当だ。友達ではなくて知り合い。どういう経緯の知り合いなのか説明しづらい。
 というより俺も分かっていない。美穂ちゃんと俺って一体どんな関係だというのか。
 そもそも、会える確証もないっていうのにここまできて俺は一体なにをやっているんだ。
 何も考えずただ心配だったから――その結果がこれだ。不審者扱いの職務質問。
「んーいやね、最近ここら辺で不審者が出没する事案がありまして、あちらの学校側からもね、パトロールを強化してほしいみたいなお願いもあってね、今色々気を張ってるんですけど」
「不審者って、別に俺はそんなんじゃ」
「じゃあなんでウロウロしてんのよ。ここら辺住んでないんでしょ?」
 俺の反目を跳ね返したのは後ろで控えていた中年のお巡りさんだった。
 あからさまに疑ってますという顔で斜めに俺を見てくる。
「だからそれは、人と会う約束が」
「いつ来るの? どんな人?」
「なんでそんなこと言わなきゃ――」
「日之太さん?」
 また、名前を呼ばれた。
 ハッとして振り向くとそこには明日部美穂がいて、血色の悪い顔で俺を見ている。
 そして俺の近くにいるお巡りさん2人を見て、フッと笑った。
「なんでこっちにいるんですか。待ち合わせ、校門前って言ったじゃないですか」
 美穂ちゃんの言葉に一瞬ポカンとしてしまう。だがすぐにどういう意図なのか察し、はぁっと息を吐いて見せる。
「いや、さすがに校門前は……だって女子高だろ?」
「別に気にしなくてもいいと思いますけど」
「知り合い?」
 アイコンタクトしながら会話をしていると、中年のお巡りさんが割り込んできた。
 俺は再びお巡りさん2人の方を向き、彼女に手を向ける。
「会う約束をしてた子です。ほんとは正門前で会う予定だったんですけど、その……女子高の前で野郎1人はその、気恥ずかしくて」
「どういうご関係で?」
 まだ聞くのかよ。チラッと彼女へ視線をやると、美穂ちゃんはパタパタと近づいて隣にきた。
「私の兄です。今日は迎えに来てくれたんです」
「あっ、ご兄妹でしたか。なるほど、だからなんですね」
「はい、あの、もう行ってもいいですか? それともまだなにか――」
「妹さん学生証は?」
 またもや中年のお巡りさんが不躾に訊いてくる。一体何を疑っているんだ。
 どう見ても兄妹――には見えないだろうけど、だからといって不健全な関係とでもいうのか。
 美穂ちゃんが俺を見る。ここは拒否してもいいとは思うが、そうなると絶対ややこしくなるだろう。俺は彼女と目を合わせて頷いた。
 複雑な表情をしながら美穂ちゃんは通学用のカバンを開けて、ポケットから学生証やらICカードが入ったパスケースを取り出す。
「……どうぞ」
「はいどうも……お兄さんと苗字違うんだね。住んでるところも」
 中年のお巡りさんの言葉に美穂ちゃんはグッと眉間にしわを寄せて黙り込む。背の高いお巡りさんは俺と美穂ちゃんの学生証を覗き込んで「ほんとだ」なんて言った。
 疑惑の視線の中年のお巡りさん。俺はうんざりといった調子で視線をそらし、肩を竦める。
「家庭の事情で察してほしいんですけど……まぁもういいです。俺とこの子、母親が違うんですよ。最近、家族になったというか、まだなってはないんですけど。でも、そういうことです」
「あー……なるほど?」
「あの、もういいですか? 私達この後食事に行くんです。その……私のお母さんと、日之太さん、兄のお父さん、まぁ、私のお父さんでもあるんですけど」
 俺と美穂ちゃんの2人で畳みかけるように架空の設定やら予定やらを話す。
 ここまできてようやく向こうも納得したのか、中年のお巡りさんは控えていた背の高いお巡りさんに学生証を渡した。
「ご協力どうも。もういいですよ」
 そう言って学生証を渡してくる背の高いお巡りさん。僕と美穂ちゃんがおずおずと受け取ると、2人のお巡りさんは「どうも」なんて言ってパトカーへと去って行く。
 俺は隣にいる美穂ちゃんと目を合わせる。そうこうしているうちにパトカーのドアが閉まる音が聴こえ、さらにエンジン音も聴こえてくる。
 ゆっくりと動き出すパトカー。俺はその場から少しだけ動いてパトカーが完全に視界から消えたのを確認できると、だっはぁーっと一際大きく息を吐いた。
「疑って悪かったねくらい言えっつうの……」
 恨み節を呟きながら落とした肩をあげる。
 さて、問題はここからだ。隣にいる美穂ちゃんへ視線をやると、彼女もそのオレンジ色の瞳で覗き込んできた。
「それで? どうして日之太さんがここにいるんですか?」
 当然の疑問だ。俺は首筋を掻きながら彼女から顔を逸らし――ゆっくりと視線だけ戻した。
「どうしても、放っておけなかったんだよ。だって……」
「だって?」
「今朝見かけたとき、酷い顔してたから」
「……日之太さんのせいでもあるんですけど」
 尤もな言い分に俺は俯く。それはまぁそうなのかもしれないけど、なにもそんな当てつけみたいな言い方せんでも。
「なーんて、冗談です。私のこと、気にしてくれたんですよね?」
 どうやって話をすすめようか困っていると、美穂ちゃんの方から歩み寄ってくれた。
 そっと近づいて、彼女が俺の手を取る。
 柔らかくて温かい感触に俺はドキッとして、口元をむずむずとさせながら彼女を見た。
「その、今更だけど助かったよ。美穂ちゃんが俺を見つけてくれなきゃ今頃不審者扱いだった」
「びっくりしました。帰ろうと思ったら学校の近くで職質受けてる人がいて、しかも日之太さんだし。私が来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「……ほんとにね。どうするつもりだったんだか。美穂ちゃんに会うことしか考えてなくて、細かいこと、なんも考えてなかった」
 力なく笑いながら白状すると、美穂ちゃんは俺の手をギュッと強く握りしめて顔を背ける。もしかして照れているのだろうか。思ったより力が強くてちょっと痛いんだが。
 どうしたものかと小首を傾げて彼女を見つめていると、美穂ちゃんがチラッと顔を向けてきた。「ん?」と余裕なふりで微笑んで見せると、彼女はムッとして手を離してしまう。
「日之太さんって、そういう人だったんですね」
「そういう人? そういう人って?」
「なんか、大人の男の人みたい」
 間違いなく大人の男の人なのだが。プイっとそっぽ向いて歩き出す彼女の後姿を眺める。
 ポニーテールにしているからだろう。今日の彼女はうなじとか耳が少しだけ見えていて、ほのかに赤くなっていた。


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 再び前を見て歩こうとしたところで、通りにパトカーが停まっているのを見つけた。
 嫌な予感がする。いや別になにもしてないけど、ここにいるとマズい気がする。
 とにかく離れよう。なんてことないって顔で歩き出すと、停車中のパトカーから2人組のお巡りさんが降りてきた。
 偶然だ。なにかの偶然。そもそも俺はなにもしていない。ここを歩いていただけ。
「どうも、ちょっといいですか?」
 やたら背の高いお巡りさんが話しかけてきた。
 くそっ、なんなんだ。女子高の前歩いてただけだってのに。
 この通りを歩いているのは現状俺だけ。無視をするとより厄介なことになってしまう。
 ひとまず俺は歩を止めて「俺ですか?」なんて言ってとぼけた。
「はいーそうです。貴方です。ちょっとお話いいですかね?」
「まぁ、いいですけど」
 とりあえず返事をすると背の高いお巡りさんが「どうもー」と言ってさらに近づいてくる。後ろにはやや小太りの中年男性お巡りさん。背の高い人より年上に見える。
 やや小太りの中年お巡りさんは特に口を挟むことなく俺を見ているだけだ。視線が痛い。
「お兄さんお仕事帰りですか?」
「いえ、学生です。講義が終わったので帰ろうとしてたところです」
「あぁ、なるほど。お住まいはここら辺なんですか?」
 お巡りさんからの質問に俺は少し逡巡する。ここで嘘を吐いてそうなんですとか言ったら余計ややこしくなりそうだ。
「いえ、ここら辺ではないですけど」
「あ、そうなんですかーすいません、身分証とかってあります? 一応確認させていただければって思いまして」
「……いいですけど」
 財布の中に入ってる学生証を取り出す。危ない。さっき嘘ついてここら辺ですなんて言ってたらどうなってたことか。
 当たり前かもしれないがヘタな嘘は吐かない方が良さそうだ。
「おー緑黄館。うちの娘も行ってるんですよ」
「はぁ、そうなんですか」
「でもどうしてこちらに? 帰り道はこっちじゃないですよね?」
「えっと、人と会う約束があって」
 嘘は吐いてない。いや嘘だけど。でも会おうと思ってた。まぁまだ見つかってないけど。
 少し歯切れの悪い俺の言葉に中年のお巡りさんがクッと顔をあげた。ちょうど目が合って思わず目を逸らしてしまう。
「人と……お友達とかですか?」
「あーまぁ、知り合い、ですかね。少し説明しづらいというか……その」
 これは本当だ。友達ではなくて知り合い。どういう経緯の知り合いなのか説明しづらい。
 というより俺も分かっていない。美穂ちゃんと俺って一体どんな関係だというのか。
 そもそも、会える確証もないっていうのにここまできて俺は一体なにをやっているんだ。
 何も考えずただ心配だったから――その結果がこれだ。不審者扱いの職務質問。
「んーいやね、最近ここら辺で不審者が出没する事案がありまして、あちらの学校側からもね、パトロールを強化してほしいみたいなお願いもあってね、今色々気を張ってるんですけど」
「不審者って、別に俺はそんなんじゃ」
「じゃあなんでウロウロしてんのよ。ここら辺住んでないんでしょ?」
 俺の反目を跳ね返したのは後ろで控えていた中年のお巡りさんだった。
 あからさまに疑ってますという顔で斜めに俺を見てくる。
「だからそれは、人と会う約束が」
「いつ来るの? どんな人?」
「なんでそんなこと言わなきゃ――」
「日之太さん?」
 また、名前を呼ばれた。
 ハッとして振り向くとそこには明日部美穂がいて、血色の悪い顔で俺を見ている。
 そして俺の近くにいるお巡りさん2人を見て、フッと笑った。
「なんでこっちにいるんですか。待ち合わせ、校門前って言ったじゃないですか」
 美穂ちゃんの言葉に一瞬ポカンとしてしまう。だがすぐにどういう意図なのか察し、はぁっと息を吐いて見せる。
「いや、さすがに校門前は……だって女子高だろ?」
「別に気にしなくてもいいと思いますけど」
「知り合い?」
 アイコンタクトしながら会話をしていると、中年のお巡りさんが割り込んできた。
 俺は再びお巡りさん2人の方を向き、彼女に手を向ける。
「会う約束をしてた子です。ほんとは正門前で会う予定だったんですけど、その……女子高の前で野郎1人はその、気恥ずかしくて」
「どういうご関係で?」
 まだ聞くのかよ。チラッと彼女へ視線をやると、美穂ちゃんはパタパタと近づいて隣にきた。
「私の兄です。今日は迎えに来てくれたんです」
「あっ、ご兄妹でしたか。なるほど、だからなんですね」
「はい、あの、もう行ってもいいですか? それともまだなにか――」
「妹さん学生証は?」
 またもや中年のお巡りさんが不躾に訊いてくる。一体何を疑っているんだ。
 どう見ても兄妹――には見えないだろうけど、だからといって不健全な関係とでもいうのか。
 美穂ちゃんが俺を見る。ここは拒否してもいいとは思うが、そうなると絶対ややこしくなるだろう。俺は彼女と目を合わせて頷いた。
 複雑な表情をしながら美穂ちゃんは通学用のカバンを開けて、ポケットから学生証やらICカードが入ったパスケースを取り出す。
「……どうぞ」
「はいどうも……お兄さんと苗字違うんだね。住んでるところも」
 中年のお巡りさんの言葉に美穂ちゃんはグッと眉間にしわを寄せて黙り込む。背の高いお巡りさんは俺と美穂ちゃんの学生証を覗き込んで「ほんとだ」なんて言った。
 疑惑の視線の中年のお巡りさん。俺はうんざりといった調子で視線をそらし、肩を竦める。
「家庭の事情で察してほしいんですけど……まぁもういいです。俺とこの子、母親が違うんですよ。最近、家族になったというか、まだなってはないんですけど。でも、そういうことです」
「あー……なるほど?」
「あの、もういいですか? 私達この後食事に行くんです。その……私のお母さんと、日之太さん、兄のお父さん、まぁ、私のお父さんでもあるんですけど」
 俺と美穂ちゃんの2人で畳みかけるように架空の設定やら予定やらを話す。
 ここまできてようやく向こうも納得したのか、中年のお巡りさんは控えていた背の高いお巡りさんに学生証を渡した。
「ご協力どうも。もういいですよ」
 そう言って学生証を渡してくる背の高いお巡りさん。僕と美穂ちゃんがおずおずと受け取ると、2人のお巡りさんは「どうも」なんて言ってパトカーへと去って行く。
 俺は隣にいる美穂ちゃんと目を合わせる。そうこうしているうちにパトカーのドアが閉まる音が聴こえ、さらにエンジン音も聴こえてくる。
 ゆっくりと動き出すパトカー。俺はその場から少しだけ動いてパトカーが完全に視界から消えたのを確認できると、だっはぁーっと一際大きく息を吐いた。
「疑って悪かったねくらい言えっつうの……」
 恨み節を呟きながら落とした肩をあげる。
 さて、問題はここからだ。隣にいる美穂ちゃんへ視線をやると、彼女もそのオレンジ色の瞳で覗き込んできた。
「それで? どうして日之太さんがここにいるんですか?」
 当然の疑問だ。俺は首筋を掻きながら彼女から顔を逸らし――ゆっくりと視線だけ戻した。
「どうしても、放っておけなかったんだよ。だって……」
「だって?」
「今朝見かけたとき、酷い顔してたから」
「……日之太さんのせいでもあるんですけど」
 尤もな言い分に俺は俯く。それはまぁそうなのかもしれないけど、なにもそんな当てつけみたいな言い方せんでも。
「なーんて、冗談です。私のこと、気にしてくれたんですよね?」
 どうやって話をすすめようか困っていると、美穂ちゃんの方から歩み寄ってくれた。
 そっと近づいて、彼女が俺の手を取る。
 柔らかくて温かい感触に俺はドキッとして、口元をむずむずとさせながら彼女を見た。
「その、今更だけど助かったよ。美穂ちゃんが俺を見つけてくれなきゃ今頃不審者扱いだった」
「びっくりしました。帰ろうと思ったら学校の近くで職質受けてる人がいて、しかも日之太さんだし。私が来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「……ほんとにね。どうするつもりだったんだか。美穂ちゃんに会うことしか考えてなくて、細かいこと、なんも考えてなかった」
 力なく笑いながら白状すると、美穂ちゃんは俺の手をギュッと強く握りしめて顔を背ける。もしかして照れているのだろうか。思ったより力が強くてちょっと痛いんだが。
 どうしたものかと小首を傾げて彼女を見つめていると、美穂ちゃんがチラッと顔を向けてきた。「ん?」と余裕なふりで微笑んで見せると、彼女はムッとして手を離してしまう。
「日之太さんって、そういう人だったんですね」
「そういう人? そういう人って?」
「なんか、大人の男の人みたい」
 間違いなく大人の男の人なのだが。プイっとそっぽ向いて歩き出す彼女の後姿を眺める。
 ポニーテールにしているからだろう。今日の彼女はうなじとか耳が少しだけ見えていて、ほのかに赤くなっていた。