不運

ー/ー



 もうすぐ二十時になってしまう。すでに装備を買い揃えて出発準備を終えているはず。余裕が有れば最後のレベリングをおこなっているだろう。

 サクさん以外の三人はレベル二十を越えている。サクさんのプレイヤースキルはそれ以上だと思うので、推奨攻略レベル二十のダンジョンは安全圏だ。

 付け加えれば、攻略メンバーに欠員がないのも幸いだ。なんらかの理由でゲームを禁止にされたり、停電でログインできなくなったりと、そういった不測の事態はいくらでも起こりえる。そうならないためにサーラちゃんとレガシー君は、この二日は良い子で過ごし、今日だけは夜更かしをさせてほしいと、ご両親に頼んでくれたという。ふたりは何歳なの? というプライベートを詮索したりはしない。

 今日まで協力してくれたことに感謝している。もし、実際に会うなんてことがあるのなら、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげよう。私のほうがお姉さんだったらね。

 それもこれもハヤトを無事に蘇生させることができたならだ。

 スマホからでも女神の業務はできるけど、さすがにリアルタイムの戦闘サポートは不可能だ。

 今すぐ電車が動けばダンジョンを抜ける前にログインできる。安全を期すには私のサポートは必須だ。絶対に失敗は許されないのだから。 

 なんで今日のこの時間なのよ。お願い、動いて!

 この願いを汲み取ってくれる者はいない。現実とは非情なモノだ。ならばせめて、非現実は情に満ちてくれ。

 四人はついにダンジョンに突入した。

 私は心の声援を送るのみだけど、もしも間に合うのなら全力でサポートさせてもらうよ。

 電車が動き出したのは、それから四十五分後のことだった。止まっては動き、動いては止まるを繰り返し、最寄り駅に着いたのは二十二時三十分。一刻を争う事態なので、ここからは全力で自転車を漕いだ。

 十二分後に帰着した私は、ただいまの挨拶をそこそこに、二階に駆け上がってゲームを起動。ベッドに横になってログインした。

「良かった。四人とも無事ね」

 ダンジョンボスとの戦いはタイムリミットの四十分前から始まっており、現在も継続して戦闘中だ。

 モンスターは【ジャイアントリザード】。ワニのように硬そうな表皮をもちながら、滑らかにスルスルと這いまわる。その動きに翻弄され、後衛の守りを担うレガシー君は壁役をこなせていない。

 乱れた連携をどうにかしようと駆けまわり槍を振り回しているのは、期待の新人である『赤い流星』ことサクさんだ。

 この戦いのために新調した槍は、彼の筋力と相まって、ジャイアントリザードに相応のダメージを与えている。だけど、この戦いで一番の功労者はサーラちゃんだろう。前衛を抜けてくるモンスターの攻撃をどうにかこうにか避けていた。これはハヤトに近接戦闘のレクチャーを受けたからだろう。

「もうひと息よ、頑張って!」

 絵美ちゃんに電話せずに画面越しで応援するのは、小さなミスも許されない戦いの最中に彼女の集中力を乱さないため。

 拮抗した戦いは佳境を迎え、サーラちゃんの治療やポーションでの回復が追いつかなくなってきた。みんなのHPはイエローゾーンを前後し始めたけど、モンスターの動きもかなり悪い。

「大丈夫、このままいけば勝てる」

 ハヤトの蘇生は目前だ。そんなふうに私が勝利の言葉を口にしたからだろうか。ボス部屋が揺れ出して、赤と黒に明滅し始めた。

「何これ!」

 こんなことは初めてだ。演出的な感じがあるのでバグというわけではないようだけど、なぜか不安が拭えない。

「アドミス!」

 二秒と置かずにチュルリ~ンという音がして、電子の女神がVR空間に現れた。

「はい、なんでしょうか?」
「これはどういう状況なの?!」

 地震と光の明滅に襲われるボス部屋で、四人は戸惑いながらも戦闘を継続している。ジャイアントリザードは苦しげで、この戦いはもうすぐ幕を引きそうにもかかわらず、予断を許さない雰囲気がある。そんな気がしてならなかった。

「あぁ、これですか? これはワタシとは関係ありませんから怒らないでくださいね」

 不穏な言いまわしで私の苛立ちは怒りの一歩手前まで伸びあがった。

「どういうことなのか聞いてるのよ!」

 そんな感情も受け流し、アドミスは平静な声色で答えた。

「ダンジョンの暴走です。第一踏破されたあと、たまにある現象ですね。弱体化するのではなく、狂暴化するんです」

 苦しんでいるように見えたモンスターの身体がひと回り大きくなった。丸みのある身体は鋭利になり、ドラゴンとも言えるようなフォルムになっていく。

「なんで……」

 なんでこんなときに。不測の事態は起こるもの。やはり現実は非情だった。それなのに、非現実はもっと非情なのか!

「これはこのゲームの仕様です。ワタシは関与していません。二百五十六分の一の確率で発生するのです。公式に発表されていますよ」
「ふざけないでよ! あんた、ハヤトに恨みでもあるの! 助けさせてくれてもいいじゃない!」
「ですから、これはゲームの仕様です。ワタシは何もしていません」
「バカ、バカ、バカ……、このバカ野郎!」

 こんな馬鹿げた展開が起こるなんて。ゲーマーならば喜ぶことだろう。だけど、これは現実だ。人の命が懸かっているんだ。

「落ち着いてください。あなたは女神ヒナコですよ。ダンジョンで戦うあなたの使徒とその仲間は諦めていません。女神の御業などなくても戦っていたのです。今こそアナタが力を振るうときなのではないですか?」

 【ジャイアントリザード】は【ドラゴニックリザード】に改名され、さきほどまでとは比べ物にならない威圧をもって、みんなの前に立ちはだかっている。それでも、牙も爪も鱗もサイズも、すべてがリザードの枠をはみ出したモンスターを相手に、怯む者はひとりもいない。

 そうだ、臆することなんてない。隼人の命は懸かってはいるけど、これはゲーム。そのゲームの演出で『大きなトカゲ』が『竜もどき』になっただけ。私のサポートがあれば討伐可能なボスモンスターの一匹に過ぎない。私はこんなふうに開き直った。



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 もうすぐ二十時になってしまう。すでに装備を買い揃えて出発準備を終えているはず。余裕が有れば最後のレベリングをおこなっているだろう。
 サクさん以外の三人はレベル二十を越えている。サクさんのプレイヤースキルはそれ以上だと思うので、推奨攻略レベル二十のダンジョンは安全圏だ。
 付け加えれば、攻略メンバーに欠員がないのも幸いだ。なんらかの理由でゲームを禁止にされたり、停電でログインできなくなったりと、そういった不測の事態はいくらでも起こりえる。そうならないためにサーラちゃんとレガシー君は、この二日は良い子で過ごし、今日だけは夜更かしをさせてほしいと、ご両親に頼んでくれたという。ふたりは何歳なの? というプライベートを詮索したりはしない。
 今日まで協力してくれたことに感謝している。もし、実際に会うなんてことがあるのなら、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげよう。私のほうがお姉さんだったらね。
 それもこれもハヤトを無事に蘇生させることができたならだ。
 スマホからでも女神の業務はできるけど、さすがにリアルタイムの戦闘サポートは不可能だ。
 今すぐ電車が動けばダンジョンを抜ける前にログインできる。安全を期すには私のサポートは必須だ。絶対に失敗は許されないのだから。 
 なんで今日のこの時間なのよ。お願い、動いて!
 この願いを汲み取ってくれる者はいない。現実とは非情なモノだ。ならばせめて、非現実は情に満ちてくれ。
 四人はついにダンジョンに突入した。
 私は心の声援を送るのみだけど、もしも間に合うのなら全力でサポートさせてもらうよ。
 電車が動き出したのは、それから四十五分後のことだった。止まっては動き、動いては止まるを繰り返し、最寄り駅に着いたのは二十二時三十分。一刻を争う事態なので、ここからは全力で自転車を漕いだ。
 十二分後に帰着した私は、ただいまの挨拶をそこそこに、二階に駆け上がってゲームを起動。ベッドに横になってログインした。
「良かった。四人とも無事ね」
 ダンジョンボスとの戦いはタイムリミットの四十分前から始まっており、現在も継続して戦闘中だ。
 モンスターは【ジャイアントリザード】。ワニのように硬そうな表皮をもちながら、滑らかにスルスルと這いまわる。その動きに翻弄され、後衛の守りを担うレガシー君は壁役をこなせていない。
 乱れた連携をどうにかしようと駆けまわり槍を振り回しているのは、期待の新人である『赤い流星』ことサクさんだ。
 この戦いのために新調した槍は、彼の筋力と相まって、ジャイアントリザードに相応のダメージを与えている。だけど、この戦いで一番の功労者はサーラちゃんだろう。前衛を抜けてくるモンスターの攻撃をどうにかこうにか避けていた。これはハヤトに近接戦闘のレクチャーを受けたからだろう。
「もうひと息よ、頑張って!」
 絵美ちゃんに電話せずに画面越しで応援するのは、小さなミスも許されない戦いの最中に彼女の集中力を乱さないため。
 拮抗した戦いは佳境を迎え、サーラちゃんの治療やポーションでの回復が追いつかなくなってきた。みんなのHPはイエローゾーンを前後し始めたけど、モンスターの動きもかなり悪い。
「大丈夫、このままいけば勝てる」
 ハヤトの蘇生は目前だ。そんなふうに私が勝利の言葉を口にしたからだろうか。ボス部屋が揺れ出して、赤と黒に明滅し始めた。
「何これ!」
 こんなことは初めてだ。演出的な感じがあるのでバグというわけではないようだけど、なぜか不安が拭えない。
「アドミス!」
 二秒と置かずにチュルリ~ンという音がして、電子の女神がVR空間に現れた。
「はい、なんでしょうか?」
「これはどういう状況なの?!」
 地震と光の明滅に襲われるボス部屋で、四人は戸惑いながらも戦闘を継続している。ジャイアントリザードは苦しげで、この戦いはもうすぐ幕を引きそうにもかかわらず、予断を許さない雰囲気がある。そんな気がしてならなかった。
「あぁ、これですか? これはワタシとは関係ありませんから怒らないでくださいね」
 不穏な言いまわしで私の苛立ちは怒りの一歩手前まで伸びあがった。
「どういうことなのか聞いてるのよ!」
 そんな感情も受け流し、アドミスは平静な声色で答えた。
「ダンジョンの暴走です。第一踏破されたあと、たまにある現象ですね。弱体化するのではなく、狂暴化するんです」
 苦しんでいるように見えたモンスターの身体がひと回り大きくなった。丸みのある身体は鋭利になり、ドラゴンとも言えるようなフォルムになっていく。
「なんで……」
 なんでこんなときに。不測の事態は起こるもの。やはり現実は非情だった。それなのに、非現実はもっと非情なのか!
「これはこのゲームの仕様です。ワタシは関与していません。二百五十六分の一の確率で発生するのです。公式に発表されていますよ」
「ふざけないでよ! あんた、ハヤトに恨みでもあるの! 助けさせてくれてもいいじゃない!」
「ですから、これはゲームの仕様です。ワタシは何もしていません」
「バカ、バカ、バカ……、このバカ野郎!」
 こんな馬鹿げた展開が起こるなんて。ゲーマーならば喜ぶことだろう。だけど、これは現実だ。人の命が懸かっているんだ。
「落ち着いてください。あなたは女神ヒナコですよ。ダンジョンで戦うあなたの使徒とその仲間は諦めていません。女神の御業などなくても戦っていたのです。今こそアナタが力を振るうときなのではないですか?」
 【ジャイアントリザード】は【ドラゴニックリザード】に改名され、さきほどまでとは比べ物にならない威圧をもって、みんなの前に立ちはだかっている。それでも、牙も爪も鱗もサイズも、すべてがリザードの枠をはみ出したモンスターを相手に、怯む者はひとりもいない。
 そうだ、臆することなんてない。隼人の命は懸かってはいるけど、これはゲーム。そのゲームの演出で『大きなトカゲ』が『竜もどき』になっただけ。私のサポートがあれば討伐可能なボスモンスターの一匹に過ぎない。私はこんなふうに開き直った。