救世主

ー/ー



 サーラちゃんとレガシー君は、夜更かしするとゲームを制限されかねないので二十一時にログアウト。ハヤト救出の日にゲーム禁止なんてことになったら目も当てられない。配慮ある判断だ。

 一方、レベルが追いついていないエナコは今日も今日とて夜更かしのレベリングだ。お昼に一時間の仮眠を取ってるけど、二日続けて三時間の睡眠では眠かろう。

 経験値効率アップのために三人パーティーでのレベリングでは、火耐性の低いモンスターを選んでいる。とはいえ、ここはなかなかの強敵が出現する狩場だ。

 経験値アップとレベルアップボーナスの御業だけを使い、天から見守る私のまぶたは重い。コーヒーを飲んで抗っているけれど、今日の睡魔はすこぶる手強い。だけど、この睡魔をあっさりと蹴散らすほどの事態が発生した。

「ちょっと、絵美ちゃん?!」

 突然、エナコの膝が崩れて座り込んだ。それから数秒間動かない。見れば、キャラの目が閉じているってことは寝落ちか?!

 前衛戦士と弓使いヒーラーの守りを抜けた一匹が、大きな爪でエナコを引っかいた。ひっくり返ったエナコのHPは残っているので戦闘不能ではないけれど、そのまま仰向けで寝ている。擬似感覚で受けた衝撃でもエナコは目を覚まさない。

「絵美ちゃん、起きて!」 

 声掛けしてもいっこうに起きる気配がない。

「やばいって! デスペナルティを喰らったら四時間の苦労が水の泡だよ」

 四匹のモンスターが相手では、NPCふたりだけで動かないエナコを守るのは難しい。

 【女神の息吹】(回復:小)

 こんな助力も次の一撃で軽く消し飛んでしまうし、唯一の攻撃手段である【女神の憤怒】(落雷による大ダメージ、行動制度低下:大、効果時間:一分)『千(ジュエール)』~一万(ジュエール)』も、攻撃対象はモンスター単体だ。

「あー、あー、あー、絵美ちゃん起きて!」

 今できることはスマホに向かって叫ぶか必死に祈ることくらいだ。

「疾風突き!」

 その祈りが届いたのか、突如現れたプレイヤーがモンスターを串刺しにした。

「だれ?!」

 私の祈りが召喚したかのように、突如として現れた謎の戦士が次々にモンスターを切り刻んで突き殺していく。それは、褐色の肌と各所にある小さなタトゥーが特徴的な『ランディー』という大地の恵を敬愛する種族だ。

 白い兜に赤い鎧を身に纏った槍使いは、物の見事にモンスターを倒してエナコの窮地を救ってみせた。

「かっこいい!」

 思わずそんな声が出るほどに高いプレイヤースキルを持っている。

「助かりました」

 こんな言葉は彼には聞こえないのだけど、言わずにはいられない。

 戦いを終えた彼はエナコに近寄って声をかけた。

「大丈夫ですか?」

 だけど、熟睡している絵美ちゃんは答えることはできない。彼は白い兜のバイザー越しからエナコの顔を覗き込んだ。

「寝てる?」

 はい、寝てます。

 それを確認した彼は突然走りだして、近くに見えるモンスターへとアタックした。

「もしかして、寝てるエナコを守るために?」

 なんと紳士な人だろう。深夜帯で人の気配のない狩場で会った赤い鎧の槍使いは、寝落ちた彼女にセクハラするでもなく、守るために戦ってくれているのだ。

 この狩場でソロだなんて、よっぽど高レベルなプレイヤーなのだろう。そう思って覗いた彼のステータスに私は驚いた。

「レベル十一?!」

 この狩場は推奨レベル十五以上。もちろん四人のパーティーでだ。

 上級プレイヤーならレベル十くらいの差は覆せるとは聞いたけど、それを本当に体現しているとは驚きだった。

「筋力に極振りしてる。武器と体上の鎧以外は初期装備だ。兜もたいした物じゃないし」

 『当たらなければどうということはない』という言葉を残した人も赤かったけど、その人はたしか三倍速い人だったはず。速さではなく、プレイヤースキルで回避して、高い攻撃力で仕留めるといった戦闘スタイルらしい。こりゃたまげた。

 その赤い彗星みたいな人の名前は『サク』。濁点取ったの?

 彼は寝落ちしたエナコが自動ログアウトするまでの三十分のあいだ、彼女を守りながらレベリングをおこなっていた。高レベルのモンスターを相手にしているのでレベルは瞬く間に十三に達した。

 エナコがログアウトしたのを確認した彼は、「ここはいい狩場だな」と言って去っていった。

「やるじゃない」

 あれはきっとプロゲーマーに違いない。コロシアムでお金を賭けたタイムアタックしたりするような人かもしれない。その強さに関心しながら布団に入った私は、「ID確認しておけばよかった!」という後悔と、深夜に摂ったカフェインに入眠を妨げられ、なかなか寝付くことができなかった。

 ***

「ごめんなさい」

 これは、次の日の十時にログインした私に、いの一番に告げられた言葉だ。

「いいって。徹夜が続いてたんだから。無理しないでって言ったでしょ」
「気づいたら四時前で、二時間くらい寝てたみたいなんですけど。死ななくて良かったです」

 とうぜん彼女は赤い鎧のプレイヤーに助けられたことを知らない。

「それがね。あなたが寝落ちたときに通りかかりのプレイヤーが助けてくれたの。そのあとも自動ログアウトするまで、ずっと守ってくれてた」
「ホントですか?! それはお礼を言わないと」
「そうなのよ。ID確認しておけばって後悔してる。レベル十一なのに、めちゃめちゃ強くてさ」
「どんな人ですか。あたしも探してみます」
「特徴あるから見ればわかるよ」
「へー、どんなです?」
「槍使いでね。赤い鎧とバイザー付きの兜を被ってるの」
「えっ?!」
「ん?」
「その人、『サク』って人じゃないですか?」
「そうよ、なんで知ってるの? まさかフレンドだった」

 そういうことなら助けた理由もうなずける。あの時間に現れたことにも。

「フレンドっていうか、さっきフレンドになりました。朝から一緒にレベリングしたんですよ。いやぁ、強いですよね。ふたりでやったから効率も良くて」
「でかした!」

 なんたる幸運だろう。あの戦闘能力はぜひ欲しい。人格に問題がなければハヤトの蘇生作戦への参加を打診したいと思っていたのだ。

 残念ながら現在はログアウト中だったので、絵美ちゃんに彼のログイン通知を設定してもらった。

 今日の予定は三時までレベリング。休憩を挟んでからは、関所を越えるための通行手形と国境越えのための許可証の入手クエストを完了させることになっている。ハヤトが死んでしまったダンジョンがそこにあるので、このクエストは必須だ。

 みんながお昼ご飯から戻ってきた一時過ぎに、狩場に向かっていたときだ。

「日奈子さん、サクさんがログインしたよ」

 私にだけ聞こえるような小さな声で絵美ちゃんが教えてくれた。

「おっけー!」

 急いでID検索してみると、サクさんは南方の町にいた。

「発見した。ちょっと遠いな。南の方にあるアッティーナって町だね。行ったことないよね?」
「ありませんねぇ」
「ふたりにも訊いてみて」

 一度行った町ならば、その人は馬車であっという間に行けるのだけど、残念ながらどちらも行ったことはなかった。 

 必須じゃない遠方のクエストはめんどくさくてみんな避けるんだろうな。それに、関所を越えるためのクエストが必要だしね。それも避けてしまう理由だろう。

「時間を取られるけど彼の勧誘も優先度高いんだよなぁ。でも断られたらそれこそ時間の無駄だし」

 頭を抱えて悩んでいると、エナコは「ちょっと待っててね」と、ふたりに声をかけてから私に言った。

「なんでそんなに悩んでるんです? 直接聞いてみればいいじゃないですか」
「だから、そのために時間を使って関所のクエストやって、危険な山を越えてアッティーナまで行くかって悩んでるんでしょ」
「行かないで聞けばいいじゃないですか。フレンドメッセージで」
「あっ、そうか」

 ハヤトはフレンドメッセージが使えないのですっかり忘れていた。普通はフレンド同士のやり取りができるんだった。

「絵美ちゃん。こっちに来られるか聞いてみて。一緒にレベリングやろうとか言ってさ」
「はーい」

 彼女から送られたメッセージはすぐに返信されてきた。快い了承を得られ、近くの町まで来てくれるという。

 やはり馬車が使えたようで、彼は十分ほどでやってきた。

「昨日の夜に寝落ちしたあたしを助けてくれたのってサクさんだったんですね。ありがとうございます」
「寝落ちたのに、なんでわかったの?」

 よく考えたら寝たままログアウトした絵美ちゃんがそれを知っているのはおかしなことだった。

「あたしは女神の使徒なので、天啓をいただいたんです」
「女神さま?!」

 このサクさんの驚き顔は過剰だった。表情感知のセンサーが異常をきたしたかと思うほどに。

「ともかくお店に入りましょう」

 ご足労いただいたお礼にと空腹ゲージを満たすために入ったのは、もはや行きつけとなったキラボシ食堂だ。そこでエナコは、ハヤトの救出作戦への参加をお願いした。



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 サーラちゃんとレガシー君は、夜更かしするとゲームを制限されかねないので二十一時にログアウト。ハヤト救出の日にゲーム禁止なんてことになったら目も当てられない。配慮ある判断だ。
 一方、レベルが追いついていないエナコは今日も今日とて夜更かしのレベリングだ。お昼に一時間の仮眠を取ってるけど、二日続けて三時間の睡眠では眠かろう。
 経験値効率アップのために三人パーティーでのレベリングでは、火耐性の低いモンスターを選んでいる。とはいえ、ここはなかなかの強敵が出現する狩場だ。
 経験値アップとレベルアップボーナスの御業だけを使い、天から見守る私のまぶたは重い。コーヒーを飲んで抗っているけれど、今日の睡魔はすこぶる手強い。だけど、この睡魔をあっさりと蹴散らすほどの事態が発生した。
「ちょっと、絵美ちゃん?!」
 突然、エナコの膝が崩れて座り込んだ。それから数秒間動かない。見れば、キャラの目が閉じているってことは寝落ちか?!
 前衛戦士と弓使いヒーラーの守りを抜けた一匹が、大きな爪でエナコを引っかいた。ひっくり返ったエナコのHPは残っているので戦闘不能ではないけれど、そのまま仰向けで寝ている。擬似感覚で受けた衝撃でもエナコは目を覚まさない。
「絵美ちゃん、起きて!」 
 声掛けしてもいっこうに起きる気配がない。
「やばいって! デスペナルティを喰らったら四時間の苦労が水の泡だよ」
 四匹のモンスターが相手では、NPCふたりだけで動かないエナコを守るのは難しい。
 【女神の息吹】(回復:小)
 こんな助力も次の一撃で軽く消し飛んでしまうし、唯一の攻撃手段である【女神の憤怒】(落雷による大ダメージ、行動制度低下:大、効果時間:一分)『千|J《ジュエール》』~一万|J《ジュエール》』も、攻撃対象はモンスター単体だ。
「あー、あー、あー、絵美ちゃん起きて!」
 今できることはスマホに向かって叫ぶか必死に祈ることくらいだ。
「疾風突き!」
 その祈りが届いたのか、突如現れたプレイヤーがモンスターを串刺しにした。
「だれ?!」
 私の祈りが召喚したかのように、突如として現れた謎の戦士が次々にモンスターを切り刻んで突き殺していく。それは、褐色の肌と各所にある小さなタトゥーが特徴的な『ランディー』という大地の恵を敬愛する種族だ。
 白い兜に赤い鎧を身に纏った槍使いは、物の見事にモンスターを倒してエナコの窮地を救ってみせた。
「かっこいい!」
 思わずそんな声が出るほどに高いプレイヤースキルを持っている。
「助かりました」
 こんな言葉は彼には聞こえないのだけど、言わずにはいられない。
 戦いを終えた彼はエナコに近寄って声をかけた。
「大丈夫ですか?」
 だけど、熟睡している絵美ちゃんは答えることはできない。彼は白い兜のバイザー越しからエナコの顔を覗き込んだ。
「寝てる?」
 はい、寝てます。
 それを確認した彼は突然走りだして、近くに見えるモンスターへとアタックした。
「もしかして、寝てるエナコを守るために?」
 なんと紳士な人だろう。深夜帯で人の気配のない狩場で会った赤い鎧の槍使いは、寝落ちた彼女にセクハラするでもなく、守るために戦ってくれているのだ。
 この狩場でソロだなんて、よっぽど高レベルなプレイヤーなのだろう。そう思って覗いた彼のステータスに私は驚いた。
「レベル十一?!」
 この狩場は推奨レベル十五以上。もちろん四人のパーティーでだ。
 上級プレイヤーならレベル十くらいの差は覆せるとは聞いたけど、それを本当に体現しているとは驚きだった。
「筋力に極振りしてる。武器と体上の鎧以外は初期装備だ。兜もたいした物じゃないし」
 『当たらなければどうということはない』という言葉を残した人も赤かったけど、その人はたしか三倍速い人だったはず。速さではなく、プレイヤースキルで回避して、高い攻撃力で仕留めるといった戦闘スタイルらしい。こりゃたまげた。
 その赤い彗星みたいな人の名前は『サク』。濁点取ったの?
 彼は寝落ちしたエナコが自動ログアウトするまでの三十分のあいだ、彼女を守りながらレベリングをおこなっていた。高レベルのモンスターを相手にしているのでレベルは瞬く間に十三に達した。
 エナコがログアウトしたのを確認した彼は、「ここはいい狩場だな」と言って去っていった。
「やるじゃない」
 あれはきっとプロゲーマーに違いない。コロシアムでお金を賭けたタイムアタックしたりするような人かもしれない。その強さに関心しながら布団に入った私は、「ID確認しておけばよかった!」という後悔と、深夜に摂ったカフェインに入眠を妨げられ、なかなか寝付くことができなかった。
 ***
「ごめんなさい」
 これは、次の日の十時にログインした私に、いの一番に告げられた言葉だ。
「いいって。徹夜が続いてたんだから。無理しないでって言ったでしょ」
「気づいたら四時前で、二時間くらい寝てたみたいなんですけど。死ななくて良かったです」
 とうぜん彼女は赤い鎧のプレイヤーに助けられたことを知らない。
「それがね。あなたが寝落ちたときに通りかかりのプレイヤーが助けてくれたの。そのあとも自動ログアウトするまで、ずっと守ってくれてた」
「ホントですか?! それはお礼を言わないと」
「そうなのよ。ID確認しておけばって後悔してる。レベル十一なのに、めちゃめちゃ強くてさ」
「どんな人ですか。あたしも探してみます」
「特徴あるから見ればわかるよ」
「へー、どんなです?」
「槍使いでね。赤い鎧とバイザー付きの兜を被ってるの」
「えっ?!」
「ん?」
「その人、『サク』って人じゃないですか?」
「そうよ、なんで知ってるの? まさかフレンドだった」
 そういうことなら助けた理由もうなずける。あの時間に現れたことにも。
「フレンドっていうか、さっきフレンドになりました。朝から一緒にレベリングしたんですよ。いやぁ、強いですよね。ふたりでやったから効率も良くて」
「でかした!」
 なんたる幸運だろう。あの戦闘能力はぜひ欲しい。人格に問題がなければハヤトの蘇生作戦への参加を打診したいと思っていたのだ。
 残念ながら現在はログアウト中だったので、絵美ちゃんに彼のログイン通知を設定してもらった。
 今日の予定は三時までレベリング。休憩を挟んでからは、関所を越えるための通行手形と国境越えのための許可証の入手クエストを完了させることになっている。ハヤトが死んでしまったダンジョンがそこにあるので、このクエストは必須だ。
 みんながお昼ご飯から戻ってきた一時過ぎに、狩場に向かっていたときだ。
「日奈子さん、サクさんがログインしたよ」
 私にだけ聞こえるような小さな声で絵美ちゃんが教えてくれた。
「おっけー!」
 急いでID検索してみると、サクさんは南方の町にいた。
「発見した。ちょっと遠いな。南の方にあるアッティーナって町だね。行ったことないよね?」
「ありませんねぇ」
「ふたりにも訊いてみて」
 一度行った町ならば、その人は馬車であっという間に行けるのだけど、残念ながらどちらも行ったことはなかった。 
 必須じゃない遠方のクエストはめんどくさくてみんな避けるんだろうな。それに、関所を越えるためのクエストが必要だしね。それも避けてしまう理由だろう。
「時間を取られるけど彼の勧誘も優先度高いんだよなぁ。でも断られたらそれこそ時間の無駄だし」
 頭を抱えて悩んでいると、エナコは「ちょっと待っててね」と、ふたりに声をかけてから私に言った。
「なんでそんなに悩んでるんです? 直接聞いてみればいいじゃないですか」
「だから、そのために時間を使って関所のクエストやって、危険な山を越えてアッティーナまで行くかって悩んでるんでしょ」
「行かないで聞けばいいじゃないですか。フレンドメッセージで」
「あっ、そうか」
 ハヤトはフレンドメッセージが使えないのですっかり忘れていた。普通はフレンド同士のやり取りができるんだった。
「絵美ちゃん。こっちに来られるか聞いてみて。一緒にレベリングやろうとか言ってさ」
「はーい」
 彼女から送られたメッセージはすぐに返信されてきた。快い了承を得られ、近くの町まで来てくれるという。
 やはり馬車が使えたようで、彼は十分ほどでやってきた。
「昨日の夜に寝落ちしたあたしを助けてくれたのってサクさんだったんですね。ありがとうございます」
「寝落ちたのに、なんでわかったの?」
 よく考えたら寝たままログアウトした絵美ちゃんがそれを知っているのはおかしなことだった。
「あたしは女神の使徒なので、天啓をいただいたんです」
「女神さま?!」
 このサクさんの驚き顔は過剰だった。表情感知のセンサーが異常をきたしたかと思うほどに。
「ともかくお店に入りましょう」
 ご足労いただいたお礼にと空腹ゲージを満たすために入ったのは、もはや行きつけとなったキラボシ食堂だ。そこでエナコは、ハヤトの救出作戦への参加をお願いした。