表示設定
表示設定
目次 目次




第十八話 最終戦、土流 対 雷

ー/ー



 東の空はまだ暗がりの中にある。
 夜明けはまだ暫く先のようだ。

 ほんの数日ぶりに対峙する巨大な龍の妖怪は、満足げな表情をして私を見下ろしていた。

 鋼鐵結界(こうてつけっかい)で暁も一緒に雷撃から防御したはずであったが、間に合わなかったのかすぐ隣で彼女を気を失って倒れていた。
 当然周りにいた人間は論外だが、その中にあの妖怪の娘の姿もあった。これまでの経験からして、あの娘は特別な強さを持っているのではないかと思っていたが……彼女も普通の妖怪、私の思い違いであったか。

 しかしこれでこの場で体を起こしているのは私と雷龍(らいりゅう)のみ。どうやら奴は私と一対一を望んでいるらしい。
 上等だ、どの道援護を呼びに行く余裕はない。

 相変わらず息の詰まりそうな圧迫感のある妖気が漂っているが、何故か私は今目の前にいる雷龍には違和感があった。圧倒的な妖気を前にしていると言うのに、以前と比べて迫力に欠けている。
 そう、簡単に言えば奴のあの莫大な妖気が、幾分か減少しているように感じるのだ。

 だが妖怪の力の源でもある妖気は、そう簡単に失われる代物ではない。
 奴は自身が従えている妖怪に妖気を分け与えて強化しているであろうが、折角手に入れた力を、致命的になるほど与える大盤振る舞いするような奴でもあるまい。

 あまりに大きすぎて感覚が麻痺しているのだろうか?
 それとも初対面の時は恐怖も相まって記憶が過大評価しているのか。私に限ってそんなはずはないと思うのだが。

 取りあえず今確かなのは、心底叩き伏せたいと思っていた奴が目の前にいる。
 ……ということだ。

『ほう、相当怒ってるようだな? 安曇拓磨(あずみのたくま)よ』

 自分を前にして未だ口を開かぬ私に、雷龍はそう問いかけた。
 まぁ当然奴が知らぬはずがないであろう、私があの妖怪の正体に気づいたことに。

 否、始めからそうなるように仕組んでいたのは明白だ。この都合の良い拍子にのうのうと現れたのも奴の計算通り。
 飲まれてはならぬと分かっていても、心はそれを許してはくれなかった。

「……何故白狼(はくろう)をあのような姿にした」

 父上の式神を私たちは白狼と呼んでいた。
 暁と雫のように式神に〝名〟として名付ける陰陽師は恐らく私だけであり、例えば暁であれば「赤鳥」のように言わば種別名で呼ぶのが一般的だ。

 白狼はとても賢く、陰陽頭の父上の考えることは全て分かっているようだった。
 父上を好いていない私の気持ちですら理解していて、それを咎めることをしない優しい式神だった。

 あの気高き式神・白狼を凶暴化させ、あろうことか私自身の手で消滅させた。
 陰陽師の都合でこの世に留まった精霊は、その陰陽師によって召天どころか無と化したのだ。

 この怒りと嘆きの感情の矛先を、奴に向けずして何処に収めよというのか。

『感動の再会であったろう? 安曇尊(あずみのたける)は死んだが心力(しんりょく)は我が受け継いだからな、あの式神は召喚から解放されなかったのだ。奴も尊の元へ逝くのを望んでおった故、我は優しいから願いを叶えてやったまでだ。……息子の其方の手でな』

 それは僅かな理性で抑えていた私の頭に血を昇らせるには十分であった。いつもの冷静さは消え失せ全神経が「奴を倒せ」と叫び声を上げている。
 前回奴と対峙した時とほぼ変わらぬ心力しか残っていないはずだが、もうそれすら気にする余裕は何処にもない。

 乱暴に取り出した護符にありったけの心力を込めた。

「安曇式陰陽術、土流波渦(どりゅうはか)ッ!」
『妖術、雷光玉(らいこうぎょく)……!』

 土流波渦。父上が操られながら最後に使った「土流波濤(どりゅうはとう)」の派生術だ。波濤を更に渦を巻かせ回転を加えることで攻撃力を上げている。
 対する雷龍は以前に見せた光の玉を角の間で作り、打ち放つ打撃技を繰り出してきた。以前私は守りに徹したが……今回はそんな生温いことはしない。

 土流波渦とぶつかり雷光玉はバチバチと激しい音を立てる。一進一退のせめぎ合いに更に新たに波渦を作り出すも、奴も同じく雷光玉を放ち波渦の攻撃を封じられてしまった。
 だが前はあんなに押されていたにも関わらず、今の私でも押すことはなくとも引くこともなかった。やはり奴の妖力は何故かは知らぬが低下している。

 それよりもっと予想外だったのは、奴自身がにわかに怪訝な表情を見せたことだ。
 まるで「そんなはずはない」とでも言うように。

 無論、奴は私を〝殺さない程度〟に力を加減している。
 奴のことだ、まだ暫くは私を弄んでから地獄に落とすことを目論んでいる。故にここで私を殺すつもりはないはずだ。

 しかし奴が思っていたより私が応戦しており、僅かだが動揺を見せたのだ。それが何を意味するのかは直ぐに分かった。

 奴自身も気づいていない。己の妖気が低下していることに。
 それもそうか、奴が実際に妖術を使うのは私を相手にする時のみなのだから。

 ならば遠慮なく、気づかれる前に今ここで討ち取る!

(ごん)よ、()の気を相生(そうしょう)せよ……! 安曇式陰陽術、鋼土波渦(こうどはか)ッ!!」
『何!?』

 陰陽五行相生、土生金(どしょうきん)
 土は鉱物を生み出すという相生の思想から編み出された、二つの気を織り交ぜた術を発動した。

 当然一度に二つの気を汲み取る必要があり術の難易度は上がるが、先ほど私はここで既に五行全ての気を取得している。
 この場で一度把握した気を探すのは容易い。

 そして織り込むする気が多ければ多いほど、術の威力も上がる。
 だが相変わらず残りの心力は僅かだ、そう長くは持たない。

「おぉおおお!」

 土に金の気を上乗せしたことで、雷光玉の雷の力を金が受け流している。そして力が分散したところを土流波渦が鞠に穴をこじ開けるが如くに進んでいく。
 電撃音と土流の轟音が激しさを増し、時折闇夜を明るく照らした。

 そして遂に雷光玉を突破すると、まるで雷が落ちたようなけたたましい爆発音が鳴り響いた。
 ここで背後で気を失っていた暁が目を覚ました気配がしたが、残念ながらそれに構っている余裕はない。この勝機を逃すはずがないのだ。

「ゆけぇーッ!」

 同じように何本かの波渦が雷光玉を突破し、雷龍目がけて襲いかかった。
 心力は全開、もうこれ以上は出せない。

 だが、目前で奴は目の色を変えた。

『調子に乗るなよ、小僧!!』

 雷龍は波渦が襲いかかる寸前、網目状に光を張り巡らせ間一髪全ての波渦を撒き散らせてしまった。
 奴は解き放つ妖気を上げ、私の心力を上回り術を返したのだ。光の網の向こうで鋭い眼光を向ける雷龍に全身が硬直する気がした。

 もの凄い重圧だ。

『拓磨様、これは……!?』
「来るな! 下がっていろ!」

 目を覚ませば激戦の渦の中だ、暁が驚くのも無理はない。彼女が立ち上がろうとしたのを尻目に見たので私はそれを制した。
 だがどうする? これ以上の術はもう使えない。今ここで私まで倒れるわけにはいかないのに。

『どうした小僧、もうお仕舞いか? 我をここで倒す気でいたのであろう?』

 私がこれ以上動けないのを奴も分かっており、雷龍はわざとらしくほくそ笑み、それを見て思わず舌打ちをした。
 形勢逆転とは正にこのこと。

 奴は網の防御壁を解除すると、再び雷光玉を作り始めた。先ほどより妖気を多く含み、大きさも増している。
 心臓が大きく鼓動を打っているのが分かり前回の記憶が脳裏に蘇った。これではまた前の繰り返しだが、どうする術もない。殺されはしなくとも、あれを食らえば暫くは再起不能になるだろう。

 ……すまない、白狼。
 其方の正体にすら気付けなかった、これが私の限界だ。

『もう少し楽しめると思ったのだが……残念であったな』

 名残惜しそうに放たれた雷光玉は、一直線に私目がけて向かってきた。
 私はその光の眩しさにゆっくり目を閉じた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第十九話 覚醒


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 東の空はまだ暗がりの中にある。
 夜明けはまだ暫く先のようだ。
 ほんの数日ぶりに対峙する巨大な龍の妖怪は、満足げな表情をして私を見下ろしていた。
 |鋼鐵結界《こうてつけっかい》で暁も一緒に雷撃から防御したはずであったが、間に合わなかったのかすぐ隣で彼女を気を失って倒れていた。
 当然周りにいた人間は論外だが、その中にあの妖怪の娘の姿もあった。これまでの経験からして、あの娘は特別な強さを持っているのではないかと思っていたが……彼女も普通の妖怪、私の思い違いであったか。
 しかしこれでこの場で体を起こしているのは私と|雷龍《らいりゅう》のみ。どうやら奴は私と一対一を望んでいるらしい。
 上等だ、どの道援護を呼びに行く余裕はない。
 相変わらず息の詰まりそうな圧迫感のある妖気が漂っているが、何故か私は今目の前にいる雷龍には違和感があった。圧倒的な妖気を前にしていると言うのに、以前と比べて迫力に欠けている。
 そう、簡単に言えば奴のあの莫大な妖気が、幾分か減少しているように感じるのだ。
 だが妖怪の力の源でもある妖気は、そう簡単に失われる代物ではない。
 奴は自身が従えている妖怪に妖気を分け与えて強化しているであろうが、折角手に入れた力を、致命的になるほど与える大盤振る舞いするような奴でもあるまい。
 あまりに大きすぎて感覚が麻痺しているのだろうか?
 それとも初対面の時は恐怖も相まって記憶が過大評価しているのか。私に限ってそんなはずはないと思うのだが。
 取りあえず今確かなのは、心底叩き伏せたいと思っていた奴が目の前にいる。
 ……ということだ。
『ほう、相当怒ってるようだな? |安曇拓磨《あずみのたくま》よ』
 自分を前にして未だ口を開かぬ私に、雷龍はそう問いかけた。
 まぁ当然奴が知らぬはずがないであろう、私があの妖怪の正体に気づいたことに。
 否、始めからそうなるように仕組んでいたのは明白だ。この都合の良い拍子にのうのうと現れたのも奴の計算通り。
 飲まれてはならぬと分かっていても、心はそれを許してはくれなかった。
「……何故|白狼《はくろう》をあのような姿にした」
 父上の式神を私たちは白狼と呼んでいた。
 暁と雫のように式神に〝名〟として名付ける陰陽師は恐らく私だけであり、例えば暁であれば「赤鳥」のように言わば種別名で呼ぶのが一般的だ。
 白狼はとても賢く、陰陽頭の父上の考えることは全て分かっているようだった。
 父上を好いていない私の気持ちですら理解していて、それを咎めることをしない優しい式神だった。
 あの気高き式神・白狼を凶暴化させ、あろうことか私自身の手で消滅させた。
 陰陽師の都合でこの世に留まった精霊は、その陰陽師によって召天どころか無と化したのだ。
 この怒りと嘆きの感情の矛先を、奴に向けずして何処に収めよというのか。
『感動の再会であったろう? |安曇尊《あずみのたける》は死んだが|心力《しんりょく》は我が受け継いだからな、あの式神は召喚から解放されなかったのだ。奴も尊の元へ逝くのを望んでおった故、我は優しいから願いを叶えてやったまでだ。……息子の其方の手でな』
 それは僅かな理性で抑えていた私の頭に血を昇らせるには十分であった。いつもの冷静さは消え失せ全神経が「奴を倒せ」と叫び声を上げている。
 前回奴と対峙した時とほぼ変わらぬ心力しか残っていないはずだが、もうそれすら気にする余裕は何処にもない。
 乱暴に取り出した護符にありったけの心力を込めた。
「安曇式陰陽術、|土流波渦《どりゅうはか》ッ!」
『妖術、|雷光玉《らいこうぎょく》……!』
 土流波渦。父上が操られながら最後に使った「|土流波濤《どりゅうはとう》」の派生術だ。波濤を更に渦を巻かせ回転を加えることで攻撃力を上げている。
 対する雷龍は以前に見せた光の玉を角の間で作り、打ち放つ打撃技を繰り出してきた。以前私は守りに徹したが……今回はそんな生温いことはしない。
 土流波渦とぶつかり雷光玉はバチバチと激しい音を立てる。一進一退のせめぎ合いに更に新たに波渦を作り出すも、奴も同じく雷光玉を放ち波渦の攻撃を封じられてしまった。
 だが前はあんなに押されていたにも関わらず、今の私でも押すことはなくとも引くこともなかった。やはり奴の妖力は何故かは知らぬが低下している。
 それよりもっと予想外だったのは、奴自身がにわかに怪訝な表情を見せたことだ。
 まるで「そんなはずはない」とでも言うように。
 無論、奴は私を〝殺さない程度〟に力を加減している。
 奴のことだ、まだ暫くは私を弄んでから地獄に落とすことを目論んでいる。故にここで私を殺すつもりはないはずだ。
 しかし奴が思っていたより私が応戦しており、僅かだが動揺を見せたのだ。それが何を意味するのかは直ぐに分かった。
 奴自身も気づいていない。己の妖気が低下していることに。
 それもそうか、奴が実際に妖術を使うのは私を相手にする時のみなのだから。
 ならば遠慮なく、気づかれる前に今ここで討ち取る!
「|金《ごん》よ、|土《ど》の気を|相生《そうしょう》せよ……! 安曇式陰陽術、|鋼土波渦《こうどはか》ッ!!」
『何!?』
 陰陽五行相生、|土生金《どしょうきん》。
 土は鉱物を生み出すという相生の思想から編み出された、二つの気を織り交ぜた術を発動した。
 当然一度に二つの気を汲み取る必要があり術の難易度は上がるが、先ほど私はここで既に五行全ての気を取得している。
 この場で一度把握した気を探すのは容易い。
 そして織り込むする気が多ければ多いほど、術の威力も上がる。
 だが相変わらず残りの心力は僅かだ、そう長くは持たない。
「おぉおおお!」
 土に金の気を上乗せしたことで、雷光玉の雷の力を金が受け流している。そして力が分散したところを土流波渦が鞠に穴をこじ開けるが如くに進んでいく。
 電撃音と土流の轟音が激しさを増し、時折闇夜を明るく照らした。
 そして遂に雷光玉を突破すると、まるで雷が落ちたようなけたたましい爆発音が鳴り響いた。
 ここで背後で気を失っていた暁が目を覚ました気配がしたが、残念ながらそれに構っている余裕はない。この勝機を逃すはずがないのだ。
「ゆけぇーッ!」
 同じように何本かの波渦が雷光玉を突破し、雷龍目がけて襲いかかった。
 心力は全開、もうこれ以上は出せない。
 だが、目前で奴は目の色を変えた。
『調子に乗るなよ、小僧!!』
 雷龍は波渦が襲いかかる寸前、網目状に光を張り巡らせ間一髪全ての波渦を撒き散らせてしまった。
 奴は解き放つ妖気を上げ、私の心力を上回り術を返したのだ。光の網の向こうで鋭い眼光を向ける雷龍に全身が硬直する気がした。
 もの凄い重圧だ。
『拓磨様、これは……!?』
「来るな! 下がっていろ!」
 目を覚ませば激戦の渦の中だ、暁が驚くのも無理はない。彼女が立ち上がろうとしたのを尻目に見たので私はそれを制した。
 だがどうする? これ以上の術はもう使えない。今ここで私まで倒れるわけにはいかないのに。
『どうした小僧、もうお仕舞いか? 我をここで倒す気でいたのであろう?』
 私がこれ以上動けないのを奴も分かっており、雷龍はわざとらしくほくそ笑み、それを見て思わず舌打ちをした。
 形勢逆転とは正にこのこと。
 奴は網の防御壁を解除すると、再び雷光玉を作り始めた。先ほどより妖気を多く含み、大きさも増している。
 心臓が大きく鼓動を打っているのが分かり前回の記憶が脳裏に蘇った。これではまた前の繰り返しだが、どうする術もない。殺されはしなくとも、あれを食らえば暫くは再起不能になるだろう。
 ……すまない、白狼。
 其方の正体にすら気付けなかった、これが私の限界だ。
『もう少し楽しめると思ったのだが……残念であったな』
 名残惜しそうに放たれた雷光玉は、一直線に私目がけて向かってきた。
 私はその光の眩しさにゆっくり目を閉じた。