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お見合い物語②

ー/ー



 2階から何やら釘打ちみたいな音が響いてくる。

 ちょうど店に入ろうとしていた盟子が何事かと階段を上がってみると、2階の玄関口の前にすごい色の人がいて、地べたに座り込んで金づちを持って絶賛作業中だった。
 
「あ、おつかれー」
 すごい色の人が顔を上げた。
 ロイヤルブルーのシャツの腕をまくり上げ、上半身をはだけてウエストできゅっと縛ったつなぎはド派手なレッド。頭はパープルのヘアバンドで前髪を上げている。足元は黒のコンバースのハイカット。トータルでものすごい色合いだ。

「何してるんですか?」
「店の前のパネルが壊れちゃったんだって。ついでだから色塗ってデザインも一新してるとこ」
 工具箱を広げ、釘を取り出して慣れた手つきで打ち込み始める。後ろにはカラフルな絵の具のボトルが並んでいる。
「……意外。先生ってそういうのもやるんですね」
「そう? 美大生はみんなDIY得意よ」
 見れば赤い作業着はだいぶ年季が入ってカラフルだ。そして、そのすさまじい色味をも凌駕する中の人の個性。

 ふわり、と。6月の風が甘い香りを運んだ。
 カフェの中庭に開いたアンバークイーン、琥珀色をした強香性のバラが二階まで薫っているのだ。

「あ、そういえば盟子さぁ、バックで入れられないの? 車」
「すみません、まだちょっと不安で……ぶつけたらいけないから」
「そっかー、もう一回するか、特訓」

 ちょっと嬉しい。
 その方がいいかも……とか仕方なさげな顔をしつつ、盟子は話題を変えた。

「ところでお見合いどうだったんですか」

 当然のことながら破談になったのだろうと。どうせまたギャーギャー愚痴るんだろうと思って疑わなかった。ところが。
 守谷は急に表情を変えた。

「そっれがさぁ」
 浮かんだのは満面の笑み。
「すーっごい美人だったの!」

……完全に、予想していなかった返事だった。

「美人、ですか」
「そうなの! また会いませんか? って言われちゃった!」
「……で、デートの約束してきたんですか!?」
「うん! 玲峰きれいな人好きだもーん♪」
 
 あまりに屈託のない笑顔と予想の斜め上を行く展開に、すぐには言葉が出てこなかった。
……あれだけ散々ブチ切れてたくせに、まんまと父親の策に嵌っている、というわけだ。
 しかもお見合い相手。一時の遊びではなくて、その先に結婚があるのを解っているんだろうか。

 軽いめまいをおぼえた。男はやっぱり美人がいいのかという絶望的な気持ちで、盟子は守谷のご機嫌な横顔を見つめた。ふらふらとしゃがみこみそうだった。
 
「ご結婚おめでとうございます! 真面目でノーマルな好青年を、生涯演じ通したらいいんじゃないですか?」
「あははは! 頑張るー!」

 そうやって毒づくのが精いっぱいだった。それ以上は何も言えなかった。どんな人ですかとか、今後お付き合いするんですかとか、そんなことを迂闊に聞けば、ぐさぐさと刺されることになるかもしれないから。

「……じゃ、失礼します」

 下に降りて、従業員口のドアの前で呆然と立ち尽くした。

――玲峰先生が結婚。

 ほんの少しだけ近づけたと思っていた。
 でもあっという間にまた、先生は遠くに行ってしまう。今度はもう、二度と手が届かないかもしれない遠くに。

 ドアを握る手が震えた。



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 2階から何やら釘打ちみたいな音が響いてくる。
 ちょうど店に入ろうとしていた盟子が何事かと階段を上がってみると、2階の玄関口の前にすごい色の人がいて、地べたに座り込んで金づちを持って絶賛作業中だった。
「あ、おつかれー」
 すごい色の人が顔を上げた。
 ロイヤルブルーのシャツの腕をまくり上げ、上半身をはだけてウエストできゅっと縛ったつなぎはド派手なレッド。頭はパープルのヘアバンドで前髪を上げている。足元は黒のコンバースのハイカット。トータルでものすごい色合いだ。
「何してるんですか?」
「店の前のパネルが壊れちゃったんだって。ついでだから色塗ってデザインも一新してるとこ」
 工具箱を広げ、釘を取り出して慣れた手つきで打ち込み始める。後ろにはカラフルな絵の具のボトルが並んでいる。
「……意外。先生ってそういうのもやるんですね」
「そう? 美大生はみんなDIY得意よ」
 見れば赤い作業着はだいぶ年季が入ってカラフルだ。そして、そのすさまじい色味をも凌駕する中の人の個性。
 ふわり、と。6月の風が甘い香りを運んだ。
 カフェの中庭に開いたアンバークイーン、琥珀色をした強香性のバラが二階まで薫っているのだ。
「あ、そういえば盟子さぁ、バックで入れられないの? 車」
「すみません、まだちょっと不安で……ぶつけたらいけないから」
「そっかー、もう一回するか、特訓」
 ちょっと嬉しい。
 その方がいいかも……とか仕方なさげな顔をしつつ、盟子は話題を変えた。
「ところでお見合いどうだったんですか」
 当然のことながら破談になったのだろうと。どうせまたギャーギャー愚痴るんだろうと思って疑わなかった。ところが。
 守谷は急に表情を変えた。
「そっれがさぁ」
 浮かんだのは満面の笑み。
「すーっごい美人だったの!」
……完全に、予想していなかった返事だった。
「美人、ですか」
「そうなの! また会いませんか? って言われちゃった!」
「……で、デートの約束してきたんですか!?」
「うん! 玲峰きれいな人好きだもーん♪」
 あまりに屈託のない笑顔と予想の斜め上を行く展開に、すぐには言葉が出てこなかった。
……あれだけ散々ブチ切れてたくせに、まんまと父親の策に嵌っている、というわけだ。
 しかもお見合い相手。一時の遊びではなくて、その先に結婚があるのを解っているんだろうか。
 軽いめまいをおぼえた。男はやっぱり美人がいいのかという絶望的な気持ちで、盟子は守谷のご機嫌な横顔を見つめた。ふらふらとしゃがみこみそうだった。
「ご結婚おめでとうございます! 真面目でノーマルな好青年を、生涯演じ通したらいいんじゃないですか?」
「あははは! 頑張るー!」
 そうやって毒づくのが精いっぱいだった。それ以上は何も言えなかった。どんな人ですかとか、今後お付き合いするんですかとか、そんなことを迂闊に聞けば、ぐさぐさと刺されることになるかもしれないから。
「……じゃ、失礼します」
 下に降りて、従業員口のドアの前で呆然と立ち尽くした。
――玲峰先生が結婚。
 ほんの少しだけ近づけたと思っていた。 でもあっという間にまた、先生は遠くに行ってしまう。今度はもう、二度と手が届かないかもしれない遠くに。
 ドアを握る手が震えた。