作戦実行前日の夜―マエナスの家。
日中の騒がしさは無く、稽古で疲れたロアとカインは静かに寝息を立て、マエナスも久しぶりに深い眠りに入っていた。
シュッ…シュッ…シュッ…
と、規則正しく、空を切る剣の音が月の光が眩しく注ぐ庭に響いている。
「眠れないのですか?」
その音に気付き、寝所から起きだし、様子を見に顔を出したファランクスが、アクリスにそっと声をかける。
「起こしちゃったか……うん、もう少しだけ、体を動かしたくなったんだよね。」
「落ち着かないのもわかりますが、休むことも大事……」
「ファラ……?」
顎に手を添え、少し悩んでから再び口を開き、
「ですが…私も、久々に手合わせがしたい気分になりました…お相手をお願いしても?」
「…こちらこそっ!」
剣を抜き、アクリスの正面に若干体を斜めにして向かい合い、静かに視線を向け、圧をかける。
アクリスの剣術の師はファランクスだ。
立ち回りも、癖も、すべて知られている。だからこそ、真剣での勝負は、例え鍛錬であっても気が抜けない。
スウッと息を吸い、大きく踏み込んで素早く距離を詰めてファランクスの懐へと入り込もうとした。しかし、その動きに合わせてファランクスも動き、手前で剣を弾かれて攻撃を阻止された。
「やっぱだめかぁ……」
「王子……最初はいつもこれですからね。そろそろ違う動きを学んだ方が良いかと思います。」
「先手必勝って言って教えたのはお前だろうファラ!」
素早くしゃがみ、足払いをして転ばそうとしたが、これもお見通し。トンッと飛び上がり、あっさりとかわされてしまった。
「……うーん」
「私が相手というのもあるかもしれませんが、今まで行ってきた鍛錬の復習をしても仕方がありません。基本を忘れていないのは良い事ですけれど。」
「手加減しろとは言わないけど……もう少しアドバイスしてくれても良くないか?」
「ただの確認ですよ。私から王子に教えられることはもうありませんから。あとは、おのれ次第、ということです……ねっ!!」
まるで楽団の指揮者のごとく、滑らかに剣を振り動かし、アクリスを翻弄しながら攻撃を仕掛けるファランクス。いつも穏やかな彼からは見て取れないほどの力強く、そして華麗なステップを見せる。
「そうやってすぐに本気だす……てあっ!!」
「これが私の本気だと思っているようなら甘いですよ王子っ!」
庭に響く剣と剣がぶつかり合う音。
子弟として、主従として、兄弟として……アクリスとファランクスはお互いの思いもぶつけ合うように剣を交える。
その時間は、今までで一番と言えるほど、充実した時間となった。息が上がり、お互いに動けなくなるまで……。
ドサッと……同時に地面に仰向けに倒れこむ。
「あーーー!つっかれた……ありがと、ファラ。」
「いえいえ……私も良い準備運動となりました。」
夜が明ければ、【ハルト城奪還作戦】が始まる。
期待と不安が入り混じり、アクリスもファランクスも落ち着いてはいられなかったのだ。
「……大丈夫ですよ、王子。」
「あぁ、わかってる……わかってるよファラ。」
深い藍色の空に向かって手をかざし、拳を作り、強く握り……強く誓う。
「取り戻すんだ……っ」