これまでの経験から虫タイプはやめてと強く願った。この願いはどこかの誰かに届いたようで、虫の次に嫌な人型でもなく、獣型のモンスターのボスが現れた。
「熊のモンスターだ。強そうですね」
絵美ちゃんの声に怯えはあるけど、ダンジョンを進むあいだについていた【恐怖】のステータスは消えている。
熊のモンスター【フィアーズベア】のシンボルの色は黄色に近い黄緑だ。適度な強さと言えるけど相性があまりよくなかった。
この熊は怪力で防御力もかなり高いため、ふたりの重戦士はジワジワと削られ押されている。もし、突破されてしまえば一気に窮地におちいる可能性が高い。
隼人のように本物の命は懸かってないけど、ここで死んでしまってはレベルダウンしてしまう。これがこのゲームのシビアなところだ。それは、結果的にハヤトの救出の失敗に繋がる。
低レベルの治療魔術は接触する必要があるので、前衛を下がらせないとヒーラーに危険が及んでしまう。なので、治療を受けているあいだはひとり前衛をこなさないとならない。そんなときは!
【女神の合力】(筋力強化:小、体力強化:小、効果時間:一分)『五百
J』
「今よ絵美ちゃん」
「フレイムアロー」
振りかざした杖の先から炎の矢が撃ちだされ、重戦士に押されたフィアーズベアの身体を焼いた。巻き込まれた重戦士のHPが若干減ってしまったけど、熊の怯みは大きい。追撃も入って治療の時間も稼げたので総合的には優位だ。
「ラディンは前衛に復帰。エドワードは後退して治療」
こうして前衛の壁を立て直し、再び地味な防衛戦が継続された。とはいえ、完璧に守り続けられるわけもなく、何度も抜けられヒヤリとする場面があった。だけど、レベル上げで狩場を変えるたびに、いろいろなモンスターと近接戦の練習をしていた彼女の回避スキルは高い。五時間を超える戦いの中で、ただキャラクターのレベルアップをするのではなく、プレイヤースキルもしっかりと上げていた。
だけど、レベルアップによるすべてのボーナスポイントは魔法に関する能力に振ったため、筋力値、体力値、生命力、素早さなどは並みだ。初期装備のローブと低い筋力値では、熊ほどの攻撃力ならワンパンで瀕死だろう。となれば避けるしかない。
どんなビルドにするにしても一般的には必ず生命力には振り分ける。だけど、彼女はフレイマーという種族の長所を伸ばすことに注ぎ込んだ。つまり、火属性魔法の威力アップだ。
ここまでに貯めたお金を使って魔法の杖を買い替え、魔法のスクロールを購入して契約の儀式を済ませた。これで本当の意味での初級魔法士となったわけだ。それがついに炸裂する。
「火を司りし猛る精霊メラーラよ
熱く滾る意志を以って
立ち塞がる障壁を焼き尽くせ」
滑らかに唱えられた三節の呪文が杖を介して顕現する。
「散開!」
エナコの指示を受けた前衛ふたりが強撃と同時に退いた。
「勝負よ!」
【女神の微笑み】(魔法強化の結界:小、効果時間:小)
魔法発動の直前に、女神の御業が当たりを包む。
「ファイヤーストリーム」
突き出した杖に灯る火がフィアーズベアに向けて流れだす。ハヤトが戦った推奨攻略レベル二十六のダンジョンボス、ウィザード:レベル1の魔族と同じ魔法は、レベル七とは思えない威力を感じさせた。これはフレイマーという種族の特性と火属性魔法にポイントを注ぎ込んだ結果だろう。モンスターの苦しみ具合からもそれは覗えた。
「全力追撃!」
再び前に詰めた前衛は、双腕を振り回すモンスターと削り合う。苦しみながら暴れるモンスターのHPはきっとレッドゾーンに違いない。互いに余力は少ないけれど、ボスモンスターはヒーリング能力がある。長引くほどにこちらが不利だ。
エナコのMPは残り三割なのでファイヤーストリームは使えない。魔法の杖に込められたフレイムアローは撃てるけど、消耗した魔力に見合った威力になってしまう。
遅々とした回復のさなかでも、エナコは杖の狙いをモンスターから外さなかった。
血しぶきの舞う戦いの中、ついに前衛のひとりが倒された。治療のために近づけば乱戦に巻き込まれてヒーラーもやられかねない。残った前衛が相討ちで膝をついたとき、エナコの杖が火を噴いた。
「フレイムアロー」
五割に達した魔力によって最大の威力の魔法がフィアーズベアを襲い、その足が後ろにたたらを踏んだ。
すかさず駆け寄るヒーラーが戦闘不能になったエドワードを治療する。立ち上がる力を取り戻した彼は、剣を強く握りなおしてフィアーズベアに突進していった。
振り下ろされる鉤爪をラディンが受け止めた隙を突き、脇に引き絞ったエドワードの短剣が肉厚の胸に突き刺さり、戦いは決着した。
「日奈子さん、やりました!」
「やったね、勝ったね、おめでとう!」
初めてのダンジョン。初めてのボス戦。ダメージは受けないながらも厳しい戦いだった。エドワードとラディンの活躍のおかげだ。もちろんフィナちゃんも。
「みんな、ありがとう」
力を失い圧し掛かっているフィアーズベアを押しのけて、エドワードとラディンが勝鬨を上げた
「フィナ、エドワードの治療して」
光の粒を放散してモンスターが消えたその場には、真っ赤なダンジョンコアが現れた。第一踏破者の証である赤黒い物ではないけれど、この色は五番以内なので高値で取引される逸品だ。
「それを売れば強い装備を買い揃えられるよ」
大量の経験値や名声を得たことは大きい。ボスモンスターがドロップしたアイテムも、女神の御業の効果があったからか良い物が手に入った。
【剛健の腕輪】(筋力値+4、体力値+3)
「この腕輪、あたしにはあまり関係ないかな」
「それを売って魔法士用のアイテムを買えばいいよ」
初心者の初日にしてはかなりの進行具合だけど、やっぱりレベルは八まで上げておきたかった。それは絵美ちゃんも同じだったようで、「今日はレベル八までやります。あと一時間はかからないでしょ」と、ひたすらに乗り気だった。頑張り過ぎて燃え尽きないでね。
「今日はお疲れさまでした。装備の買い替えや次に受けるクエストなんかはお任せしますから。あたしは起きたらすぐにレベリング始めるので、日奈子さんはしっかり寝て風邪を治してください」
「うん、ありがと。だけどこの三日は身体に鞭を打って頑張らないと。絵美ちゃんだけじゃ最大の効率で進められないから」
「では、また明日。おやすみ、日奈子さん」
「おやすみ」
赤いダンジョンコアを得たことで序盤の装備はどうにかなる。これはたいへんありがたいし、絵美ちゃんのヤル気のおかげでレベル上げノルマも達成できた。だけど、すでに四時を回っている。できれば二時には寝たかった。この無理が明日に悪影響を与えなければいいんだけど。
絵美ちゃんのゲームへの順応性が高いのは嬉しい誤算だ。守られた後衛から、ただ魔法を撃ってくれればと考えていただけに、想定よりも戦闘レベルの高いパーティーになりそう。だけど……。
「やっぱり信頼できる前衛が必要だよね」
心配事が尽きないなか、私は眠りに落ちていった。