謝罪

ー/ー



「いやー、面白いですね。これは隼人がハマるのも無理ないな」
「飲み込みがいいのもありがたいけど、好きになってくれたことはもっとありがたいわ」

 これから何十時間とプレイするのに、面倒くさいどころかゲーム自体が嫌だとなったら隼人を助けるどころじゃない。

「急いで帰りましょ」

 ゲーム機を詰め込んだリュックを背負い、乗り気な彼女に急かされてマンションの敷地から出たときだ。

「あっ!」

 走ってきた少女が勢いよくぶつかってきた。背中に背負うゲーム機の重さにバランスが取れず、圧し掛かる少女をそのままに私は仰向けに倒れていく。

「おっと!」

 そんな私と少女を間一髪のところで絵美ちゃんが支えた。

「あっぶなぁ」

 アスファルトに倒れたら精密機器のゲーム機がダメージを受けかねない。壊れてしまったら隼人を助けるすべがなくなってしまうところだった。

「すみませーん!」

 冷や汗モノの事故未遂を起こした少女は、私に抱きついた状態のまま謝罪した。

「怪我はない?」
「はい、わたしは大丈夫です。お姉さんは大丈夫ですか?」

 背中に背負っていたゲーム機が無事なら問題ない。

「へーき、へーき。走ると危ないから気をつけて」
「はい、本当にすみませんでした」

 立ち上がった少女は深々と頭を下げ、私のマンションの隣の家に入っていった。

「お隣さんか。このご時世にしては気品と礼儀のある良い子じゃないか」

 小学生か中学生か。小柄な可愛らしい子だった。

「もしゲーム機が壊れてたら、ちゃんと弁償してもらえそうとか思いました?」
「思ってない。少ししか」
「支えられて良かった。あの子のためにも」

 リアルな世界での事故を回避し、リュックを交代で背負いながら戻ってきた私たちは、絵美ちゃんの家にゲーム機をセッティングした。

「VRマスクとスマホの接続を忘れないでね」
「了解です」
「んじゃ、帰ったら連絡するから。絵美ちゃんはとにかくレベルアップね。ただし、絶対に死なないで。経験値をごっそり持っていかれるペナルティでレベルダウンしちゃうから」
「了解です」

 コンビニでジュエールを購入し、家に戻ってからスマホを開いた私は背筋が凍った。いくつかのメッセージに紛れ、彼からのメッセージがあったからだ。

「立花君……」

 今日は昼から立花君とのお食事会という名のデートの約束をしていた。だけど、隼人の死とその蘇生という大きな出来事によって、すっかり忘れてしまっていた。時刻はすでに二十時を過ぎている。

 彼からのメッセージは、大雨で何かトラブルでもあったのではないかという私を心配する内容だった。

「どうしよう。なんて伝えたら」

 隼人の救出作戦に集中しなければならないのに、新たな問題が浮かび上がってしまった。いや、これは隼人を助ける障害にはならない。私個人の問題だ。このことで彼と仲違いしてしまっても、弟を失うことに比べればたいしたことはない。だけど、込み上げる何かが胸を圧迫する。

「謝っておかなきゃ」

 さすがにメッセージでは失礼だと思ったので、気まずいけれど電話で謝ることにした。指が震える。口頭でなんと言えばいいのかわからない。考えがまとまらないツーコールの内に通話になった。

「あのう、立花……」
「大原! 無事か? 何かあったのか?」
「えーと、あったと言えばそうなんだけど、ごめんなさい。連絡もしなくて」
「無事ならいい。今、晩飯をオーダーしたところだ」
「もしかして、まだいるの?」
「スマホが壊れたとかで連絡が取れない状況で大原が来たときに僕がいなかったら困るだろ」

 なんて人だ。深読みを通り越してもはや妄想だよ。親心でもそこまで心配しないだろう。そのうえ、この時間まで待っているなんて人が良過ぎる。

「ってことで、まだしばらくはいるんだけど、今から来るか?」

 話せる範囲で説明したら、さすがに呆れるか怒るに違いない。だけど、その覚悟で電話したんだ。面と向かって謝ろう。絵美ちゃんのサポートもあるし時間はかけられない。

「わかった。今から行くよ。どこにいるの?」

 私は自転車をかっ飛ばし、立花君の待つファミレスに向かった。

「ごめんなさい」

 座席に着いて早々に私は頭を下げた。

「いやまぁ、すっぽかされたと思ったらちょっと悲しくなったけど、こうして連絡もくれたし、事故にあったわけでもなかったから良かったよ」
「本当にごめんなさい。すっぽかした感じになってしまったけど、そうじゃなくて。忘れていたわけでもないんだけど、いろいろあって結局忘れてしまって」

 テーブルに額を押し当てたまま、思いつく限り言葉を並べて謝罪した。

「頭を上げてくれよ。目の前の女の子がそんな状態じゃ、まわりの目が気になって食べられないって」

 そーっと頭を上げた私の顔を見た立花君は眉を寄せた。そんな表情に胸がギュッとなったけど、それは嫌悪によるものではなかった。

「顔色が悪いな。風邪でもひいてる?」
「今日の大雨に降られて」
「だったら電話で言ってくれればいいのに。呼び出してごめん。良かったらこれ食べて」

 謝りにきた私が謝られては世話が無い。さらにデザートまで差し出されてしまった。

「いえ、違うの。もともと具合が悪かったの。今朝は随分良くなってたんだけど、いろいろ困ったことがあって、そのことで大雨に打たれたのはたしかなんだけど……」

 このことを言い訳にしたくない。雨は関係ない。話すべきはそんなことじゃないんだ。

「立花君にバイト先を誘われたときにちょっと話したけど、バイト以外にもやらなきゃいけないことがあって。それが今の私には何よりも優先するべきことなの。それが解決しないと今日みたいに突発的なことが……」
「どんなこと?」

 そう突っ込まれるであろうとは思っていた。すべては話せないけど、表面上の理由だけでも伝えるしかない。

「前回会ったときに、弟がゲームにハマってるって言ったでしょ」

 突然何を言い出すのだろうと言った顔だった。そんな顔を見ながらも私は話を進めた。

「そのゲームのサポートを半ば強制的にさせられていて、そのゲームで弟が死んじゃって」

 思い出したら涙が出てきてしまった。

「おいおい、泣くなって」
「なんとしても生きて戦い続けないといけなかったのに…………。私、バイトで疲れが溜まってて具合が悪くなっちゃって…………。今日はあなたとご飯たべるってことだったから、昨日の夜はサポートしないで寝ちゃったの…………。そしたら……そしたら、隼人が死んじゃって…………」

 きっと伝わりはしない。隼人がプレイしているゲームで隼人のキャラが死んだくらいで約束がすっぽかされた。そのうえ涙を流している私は極度を超えたイカレたゲームヲタクのブラコンだ。

「だけど、ハヤトを蘇生させる手がひとつだけあることを知って。期限が四日しかないから、そのための準備をしていたら…………。ごめんなさい」

 食べながら聞いていた立花君は「なるほど」とだけ言って料理をたいらげた。

「つまり、隼人君のゲームのサポートを頼まれていて断われない状況にあると。それが終わらない限り自分の時間が自由に取れないわけだ」

「うん、そんな感じ」
「それはどんなゲームなの?」

 二十分ほどの時間を使い、話せる範囲でいろいろと説明すると、「最近のゲームって本当に凄いんだな」と彼は感想をのべた。

「忙しいのに何度も誘ったり、体調が悪いのに来てもらっちゃってごめん。それにゲームのことなんて話してもらっちゃって」
「んーん、そんなこと。謝るのは私のほう」
「バイトもほどほどにして風邪を治しな。じゃないとゲームも楽しく遊べないぞ」
「気遣いありがとう」

 こうして、私の謝罪の会は終わった。彼とのほど良い距離感の関係も。

「泣いてる場合じゃない。帰って絵美ちゃんのサポートしなきゃ」

 隼人のゲーム召喚が切っ掛けで得た私の恋のチャンスは、そのゲームが理由で幕を閉じた。でも、ハヤトだってリディアちゃんとの失恋を乗り越えたんだ。私も乗り越えて先に進む。そのためにはハヤトを蘇生させなければならない。いっしょに先に進むために。次に流すのは喜びの涙にしてやる!

 その日から、三日三晩の徹夜が始まった。



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「飲み込みがいいのもありがたいけど、好きになってくれたことはもっとありがたいわ」
 これから何十時間とプレイするのに、面倒くさいどころかゲーム自体が嫌だとなったら隼人を助けるどころじゃない。
「急いで帰りましょ」
 ゲーム機を詰め込んだリュックを背負い、乗り気な彼女に急かされてマンションの敷地から出たときだ。
「あっ!」
 走ってきた少女が勢いよくぶつかってきた。背中に背負うゲーム機の重さにバランスが取れず、圧し掛かる少女をそのままに私は仰向けに倒れていく。
「おっと!」
 そんな私と少女を間一髪のところで絵美ちゃんが支えた。
「あっぶなぁ」
 アスファルトに倒れたら精密機器のゲーム機がダメージを受けかねない。壊れてしまったら隼人を助けるすべがなくなってしまうところだった。
「すみませーん!」
 冷や汗モノの事故未遂を起こした少女は、私に抱きついた状態のまま謝罪した。
「怪我はない?」
「はい、わたしは大丈夫です。お姉さんは大丈夫ですか?」
 背中に背負っていたゲーム機が無事なら問題ない。
「へーき、へーき。走ると危ないから気をつけて」
「はい、本当にすみませんでした」
 立ち上がった少女は深々と頭を下げ、私のマンションの隣の家に入っていった。
「お隣さんか。このご時世にしては気品と礼儀のある良い子じゃないか」
 小学生か中学生か。小柄な可愛らしい子だった。
「もしゲーム機が壊れてたら、ちゃんと弁償してもらえそうとか思いました?」
「思ってない。少ししか」
「支えられて良かった。あの子のためにも」
 リアルな世界での事故を回避し、リュックを交代で背負いながら戻ってきた私たちは、絵美ちゃんの家にゲーム機をセッティングした。
「VRマスクとスマホの接続を忘れないでね」
「了解です」
「んじゃ、帰ったら連絡するから。絵美ちゃんはとにかくレベルアップね。ただし、絶対に死なないで。経験値をごっそり持っていかれるペナルティでレベルダウンしちゃうから」
「了解です」
 コンビニでジュエールを購入し、家に戻ってからスマホを開いた私は背筋が凍った。いくつかのメッセージに紛れ、彼からのメッセージがあったからだ。
「立花君……」
 今日は昼から立花君とのお食事会という名のデートの約束をしていた。だけど、隼人の死とその蘇生という大きな出来事によって、すっかり忘れてしまっていた。時刻はすでに二十時を過ぎている。
 彼からのメッセージは、大雨で何かトラブルでもあったのではないかという私を心配する内容だった。
「どうしよう。なんて伝えたら」
 隼人の救出作戦に集中しなければならないのに、新たな問題が浮かび上がってしまった。いや、これは隼人を助ける障害にはならない。私個人の問題だ。このことで彼と仲違いしてしまっても、弟を失うことに比べればたいしたことはない。だけど、込み上げる何かが胸を圧迫する。
「謝っておかなきゃ」
 さすがにメッセージでは失礼だと思ったので、気まずいけれど電話で謝ることにした。指が震える。口頭でなんと言えばいいのかわからない。考えがまとまらないツーコールの内に通話になった。
「あのう、立花……」
「大原! 無事か? 何かあったのか?」
「えーと、あったと言えばそうなんだけど、ごめんなさい。連絡もしなくて」
「無事ならいい。今、晩飯をオーダーしたところだ」
「もしかして、まだいるの?」
「スマホが壊れたとかで連絡が取れない状況で大原が来たときに僕がいなかったら困るだろ」
 なんて人だ。深読みを通り越してもはや妄想だよ。親心でもそこまで心配しないだろう。そのうえ、この時間まで待っているなんて人が良過ぎる。
「ってことで、まだしばらくはいるんだけど、今から来るか?」
 話せる範囲で説明したら、さすがに呆れるか怒るに違いない。だけど、その覚悟で電話したんだ。面と向かって謝ろう。絵美ちゃんのサポートもあるし時間はかけられない。
「わかった。今から行くよ。どこにいるの?」
 私は自転車をかっ飛ばし、立花君の待つファミレスに向かった。
「ごめんなさい」
 座席に着いて早々に私は頭を下げた。
「いやまぁ、すっぽかされたと思ったらちょっと悲しくなったけど、こうして連絡もくれたし、事故にあったわけでもなかったから良かったよ」
「本当にごめんなさい。すっぽかした感じになってしまったけど、そうじゃなくて。忘れていたわけでもないんだけど、いろいろあって結局忘れてしまって」
 テーブルに額を押し当てたまま、思いつく限り言葉を並べて謝罪した。
「頭を上げてくれよ。目の前の女の子がそんな状態じゃ、まわりの目が気になって食べられないって」
 そーっと頭を上げた私の顔を見た立花君は眉を寄せた。そんな表情に胸がギュッとなったけど、それは嫌悪によるものではなかった。
「顔色が悪いな。風邪でもひいてる?」
「今日の大雨に降られて」
「だったら電話で言ってくれればいいのに。呼び出してごめん。良かったらこれ食べて」
 謝りにきた私が謝られては世話が無い。さらにデザートまで差し出されてしまった。
「いえ、違うの。もともと具合が悪かったの。今朝は随分良くなってたんだけど、いろいろ困ったことがあって、そのことで大雨に打たれたのはたしかなんだけど……」
 このことを言い訳にしたくない。雨は関係ない。話すべきはそんなことじゃないんだ。
「立花君にバイト先を誘われたときにちょっと話したけど、バイト以外にもやらなきゃいけないことがあって。それが今の私には何よりも優先するべきことなの。それが解決しないと今日みたいに突発的なことが……」
「どんなこと?」
 そう突っ込まれるであろうとは思っていた。すべては話せないけど、表面上の理由だけでも伝えるしかない。
「前回会ったときに、弟がゲームにハマってるって言ったでしょ」
 突然何を言い出すのだろうと言った顔だった。そんな顔を見ながらも私は話を進めた。
「そのゲームのサポートを半ば強制的にさせられていて、そのゲームで弟が死んじゃって」
 思い出したら涙が出てきてしまった。
「おいおい、泣くなって」
「なんとしても生きて戦い続けないといけなかったのに…………。私、バイトで疲れが溜まってて具合が悪くなっちゃって…………。今日はあなたとご飯たべるってことだったから、昨日の夜はサポートしないで寝ちゃったの…………。そしたら……そしたら、隼人が死んじゃって…………」
 きっと伝わりはしない。隼人がプレイしているゲームで隼人のキャラが死んだくらいで約束がすっぽかされた。そのうえ涙を流している私は極度を超えたイカレたゲームヲタクのブラコンだ。
「だけど、ハヤトを蘇生させる手がひとつだけあることを知って。期限が四日しかないから、そのための準備をしていたら…………。ごめんなさい」
 食べながら聞いていた立花君は「なるほど」とだけ言って料理をたいらげた。
「つまり、隼人君のゲームのサポートを頼まれていて断われない状況にあると。それが終わらない限り自分の時間が自由に取れないわけだ」
「うん、そんな感じ」
「それはどんなゲームなの?」
 二十分ほどの時間を使い、話せる範囲でいろいろと説明すると、「最近のゲームって本当に凄いんだな」と彼は感想をのべた。
「忙しいのに何度も誘ったり、体調が悪いのに来てもらっちゃってごめん。それにゲームのことなんて話してもらっちゃって」
「んーん、そんなこと。謝るのは私のほう」
「バイトもほどほどにして風邪を治しな。じゃないとゲームも楽しく遊べないぞ」
「気遣いありがとう」
 こうして、私の謝罪の会は終わった。彼とのほど良い距離感の関係も。
「泣いてる場合じゃない。帰って絵美ちゃんのサポートしなきゃ」
 隼人のゲーム召喚が切っ掛けで得た私の恋のチャンスは、そのゲームが理由で幕を閉じた。でも、ハヤトだってリディアちゃんとの失恋を乗り越えたんだ。私も乗り越えて先に進む。そのためにはハヤトを蘇生させなければならない。いっしょに先に進むために。次に流すのは喜びの涙にしてやる!
 その日から、三日三晩の徹夜が始まった。