幼馴染

ー/ー



 雨上がりの午後。私は頭痛を押して駅前のカフェに行き、絵美ちゃんに食事をご馳走している。その理由がわからない絵美ちゃんは若干困惑の色を浮かべているけど、とりあえず美味しそうに食べていた。

「絵美ちゃん。『できることがあれば相談に乗りますから』って言ってくれたから、さっそく相談させてもらうわ」
「乗りますよ。ご飯にデザートまで付けるくらい困ってるってことですよね?」

 こんなんじゃ安いくらいの大変な案件なんだよ。

「相談っていうかお願いなんだけど、あるゲームをやってもらいたいの」
「ゲームですか?」
「フロンティアっていうオンラインゲーム。知ってる?」
「隼人が楽しみにしてたやつですね。そのゲームに夢中で映画の約束はそっちのけってことかな?」
「うん、まぁそれに近いわね。ただ、自分の意思ではないというか……」

 難しい。理由を言わずに要望だけを伝えて協力してもらわないといけないのだから。

「そのゲームでハヤトが死んでしまったの。普通なら教会で蘇生されるんだけど、ちょっとしたバグでそれができなくて。その蘇生をお願いしたいのよ。それもあと四日以内に」
「四日ですか?」
「それを過ぎるともう蘇生ができなくて」
「困ったバグですね。それって日奈子さんはできないんですか?」
「うん、事情があって私はプレイヤーとしてゲームに入れないの」

 このあとも真実を隠しながら詳しい内容を説明した。

「そのサーラって子と一緒に隼人が負けたダンジョンボスを四日以内に倒し、なおかつ、あたしだってバレてはいけないと」
「そうなの。おかしなことを言っていると思うだろうけど、頼めるのは絵美ちゃんしかいないの」

 こんな怪しげなお願いを引き受けてくれる人はそうはいない。だけど、長くて深い付き合いのあるあなたなら。

 私は深々と頭を下げた。

「いいですよ。オンラインゲームなんてあまりやったことないんですけど」
「ホントに? ホントのホントに?」

 きっと彼女なら引き受けてくれる。そう信じてお願いした身でありながら、あまりにあっさりと了承を得られたことが信じられず、私は何度も聞き返した。

「ホントですって。ゲームで隼人を助けるって誰でもできそうですけど、ご飯をおごってまでお願いするってのは、深~い理由があるんでしょ?」
「それは……」
「それがあの涙に繋がっているんなら理由を知らなくたって力になりますよ。ってまた泣かないでぇ!」
「ありがとうぉぉぉぉ」

 これが泣くようなことかと彼女は思うだろう。だけど、私の涙に何かを感じてか、力を貸してくれるというのだ。これこそが長く深い付き合いのある幼馴染の絆か。もしかして、愛情もまだ残ってる?

「で、具体的には何をどうすればいいんですか?」

 溢れそうになる涙を拭い、私は彼女に説明した。

「それで、いつから始めます? 夏休みの課題は終わってるし予定らしい予定もありませんけど」
「なら、今からお願い。ログインチケットやらゲームソフトは私が用意するから」
「いやいや、それくらいお小遣いで十分用意できます。問題はパソコンかゲーム機ですね。ゲーム機は弟がほぼ独占してるし、パソコンがけっこう古いやつなんで、最新のVRを動かすのは厳しいと思うんですよ」
「何年前?」
「中学に上がったときに買ってもらったから四年ちょっと前です」

 たしかにそれは画質を落としても厳しい。映像からの情報取得は重要だしタイムラグが大きいとシビアな戦闘で不利になる。命が懸かっているのだからそれは避けたい。

「あっ、それ以前にVRのヘッドセットが。あれって最新型にしか対応してないんじゃないんですか?」
「持ってないかぁ」
「持ってませんねぇ。ゲームソフトとセットでもかなり高いですよね?」
「たしか七万円くらい」
「うわぁ。貯金叩けばなんとか……。弟にも少し出させるかな」

 さすがにそこまではさせられない。となれば打てる手はひとつだけ。

「いいわ。私のを使って」
「日奈子さんは?」
「私は実家のゲーム機を使うから大丈夫」
「それだと隼人はどうするんですか?」
「あっ、隼人はぁ、別のところでプレイしているの」

 この失言はこう誤魔化したけど、彼女は気にした様子はない。

「ってことで私のゲーム機を取りに行かないと」
「ひとり暮らしの部屋に?!」
「そうよ」
「あたしも一緒に行きます!」

 絵美ちゃんの目が強く輝いた。

「日奈子さんのお部屋を見てみたい!」
「え、あー、うん。じゃぁ行こうか」

 私たちはゲーム機を取りに、私の部屋に向かった。

「おー、いいじゃないですか。素敵っす! ゴチャゴチャに散らかってるっていうお約束じゃなかったですね」
「殺風景で女の子らしくないでしょ。無理矢理ひとり暮らしをさせてもらってるからお金ないの」
「んじゃ、早速キャラメイクをしちゃいましょう。自宅でひとりじゃ戸惑って無駄に時間がかかりそうだから、ここでレクチャーしてもらわないと」

 これは電車の中で決めたおおまかな予定のひとつだ。エアコンのスイッチを入れ、冷たい麦茶に茶菓子を準備し、絵美ちゃんを座らせVRマスクを装着してもらう。

「タイトル出たら『IDの新規作成』って音声入力して」

 IDとパスワードを設定したら運営からの返信を待つ。登録完了のメッセージが届いたらログインしてキャラクターメイクを開始した。

「名前は『エミ』と『ヒナコ』を合体させて『エナコ』にします」

 私の名前が三分の二も入っているけど、まぁいいか。

「自分をまるごとスキャンすると手っ取り早いんだけど、隼人にバレるのはまずいから。適当に作って」

「あたしも日奈子さんがやろうとしたフレイマーって種族にします。火の魔法が似合うようにオレンジ色の髪と瞳っていうキャラはどうですか?」

 迷いなく外観を作り上げると、能力値を振り分ける戦闘能力ビルドもサクサクと終わらせた。

「オッケー、準備できましたよ」
「じゃぁ、さっそくフロンティアの世界に出立よ!」

 フレイマーの里を旅だった少女が人間の町にやってきた。そういった設定で彼女の冒険は始まった。

 このゲームに一般のファンタジーのような職業といった概念はない。あくまでキャラクターのパラメーターや装備と自称が戦士だとか魔法士だとかを決める。

「とにかくレベル上げよ。最低限やらないといけないクエストを受けつつ、ひたすら戦うしかないわ」

 こうして、二時間に及ぶ基本操作と戦闘知識のレクチャーを済ませて初心者を抜け出した彼女は、すっかり超リアルなVRMMORPGの虜になっていた。



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 雨上がりの午後。私は頭痛を押して駅前のカフェに行き、絵美ちゃんに食事をご馳走している。その理由がわからない絵美ちゃんは若干困惑の色を浮かべているけど、とりあえず美味しそうに食べていた。
「絵美ちゃん。『できることがあれば相談に乗りますから』って言ってくれたから、さっそく相談させてもらうわ」
「乗りますよ。ご飯にデザートまで付けるくらい困ってるってことですよね?」
 こんなんじゃ安いくらいの大変な案件なんだよ。
「相談っていうかお願いなんだけど、あるゲームをやってもらいたいの」
「ゲームですか?」
「フロンティアっていうオンラインゲーム。知ってる?」
「隼人が楽しみにしてたやつですね。そのゲームに夢中で映画の約束はそっちのけってことかな?」
「うん、まぁそれに近いわね。ただ、自分の意思ではないというか……」
 難しい。理由を言わずに要望だけを伝えて協力してもらわないといけないのだから。
「そのゲームでハヤトが死んでしまったの。普通なら教会で蘇生されるんだけど、ちょっとしたバグでそれができなくて。その蘇生をお願いしたいのよ。それもあと四日以内に」
「四日ですか?」
「それを過ぎるともう蘇生ができなくて」
「困ったバグですね。それって日奈子さんはできないんですか?」
「うん、事情があって私はプレイヤーとしてゲームに入れないの」
 このあとも真実を隠しながら詳しい内容を説明した。
「そのサーラって子と一緒に隼人が負けたダンジョンボスを四日以内に倒し、なおかつ、あたしだってバレてはいけないと」
「そうなの。おかしなことを言っていると思うだろうけど、頼めるのは絵美ちゃんしかいないの」
 こんな怪しげなお願いを引き受けてくれる人はそうはいない。だけど、長くて深い付き合いのあるあなたなら。
 私は深々と頭を下げた。
「いいですよ。オンラインゲームなんてあまりやったことないんですけど」
「ホントに? ホントのホントに?」
 きっと彼女なら引き受けてくれる。そう信じてお願いした身でありながら、あまりにあっさりと了承を得られたことが信じられず、私は何度も聞き返した。
「ホントですって。ゲームで隼人を助けるって誰でもできそうですけど、ご飯をおごってまでお願いするってのは、深~い理由があるんでしょ?」
「それは……」
「それがあの涙に繋がっているんなら理由を知らなくたって力になりますよ。ってまた泣かないでぇ!」
「ありがとうぉぉぉぉ」
 これが泣くようなことかと彼女は思うだろう。だけど、私の涙に何かを感じてか、力を貸してくれるというのだ。これこそが長く深い付き合いのある幼馴染の絆か。もしかして、愛情もまだ残ってる?
「で、具体的には何をどうすればいいんですか?」
 溢れそうになる涙を拭い、私は彼女に説明した。
「それで、いつから始めます? 夏休みの課題は終わってるし予定らしい予定もありませんけど」
「なら、今からお願い。ログインチケットやらゲームソフトは私が用意するから」
「いやいや、それくらいお小遣いで十分用意できます。問題はパソコンかゲーム機ですね。ゲーム機は弟がほぼ独占してるし、パソコンがけっこう古いやつなんで、最新のVRを動かすのは厳しいと思うんですよ」
「何年前?」
「中学に上がったときに買ってもらったから四年ちょっと前です」
 たしかにそれは画質を落としても厳しい。映像からの情報取得は重要だしタイムラグが大きいとシビアな戦闘で不利になる。命が懸かっているのだからそれは避けたい。
「あっ、それ以前にVRのヘッドセットが。あれって最新型にしか対応してないんじゃないんですか?」
「持ってないかぁ」
「持ってませんねぇ。ゲームソフトとセットでもかなり高いですよね?」
「たしか七万円くらい」
「うわぁ。貯金叩けばなんとか……。弟にも少し出させるかな」
 さすがにそこまではさせられない。となれば打てる手はひとつだけ。
「いいわ。私のを使って」
「日奈子さんは?」
「私は実家のゲーム機を使うから大丈夫」
「それだと隼人はどうするんですか?」
「あっ、隼人はぁ、別のところでプレイしているの」
 この失言はこう誤魔化したけど、彼女は気にした様子はない。
「ってことで私のゲーム機を取りに行かないと」
「ひとり暮らしの部屋に?!」
「そうよ」
「あたしも一緒に行きます!」
 絵美ちゃんの目が強く輝いた。
「日奈子さんのお部屋を見てみたい!」
「え、あー、うん。じゃぁ行こうか」
 私たちはゲーム機を取りに、私の部屋に向かった。
「おー、いいじゃないですか。素敵っす! ゴチャゴチャに散らかってるっていうお約束じゃなかったですね」
「殺風景で女の子らしくないでしょ。無理矢理ひとり暮らしをさせてもらってるからお金ないの」
「んじゃ、早速キャラメイクをしちゃいましょう。自宅でひとりじゃ戸惑って無駄に時間がかかりそうだから、ここでレクチャーしてもらわないと」
 これは電車の中で決めたおおまかな予定のひとつだ。エアコンのスイッチを入れ、冷たい麦茶に茶菓子を準備し、絵美ちゃんを座らせVRマスクを装着してもらう。
「タイトル出たら『IDの新規作成』って音声入力して」
 IDとパスワードを設定したら運営からの返信を待つ。登録完了のメッセージが届いたらログインしてキャラクターメイクを開始した。
「名前は『エミ』と『ヒナコ』を合体させて『エナコ』にします」
 私の名前が三分の二も入っているけど、まぁいいか。
「自分をまるごとスキャンすると手っ取り早いんだけど、隼人にバレるのはまずいから。適当に作って」
「あたしも日奈子さんがやろうとしたフレイマーって種族にします。火の魔法が似合うようにオレンジ色の髪と瞳っていうキャラはどうですか?」
 迷いなく外観を作り上げると、能力値を振り分ける戦闘能力ビルドもサクサクと終わらせた。
「オッケー、準備できましたよ」
「じゃぁ、さっそくフロンティアの世界に出立よ!」
 フレイマーの里を旅だった少女が人間の町にやってきた。そういった設定で彼女の冒険は始まった。
 このゲームに一般のファンタジーのような職業といった概念はない。あくまでキャラクターのパラメーターや装備と自称が戦士だとか魔法士だとかを決める。
「とにかくレベル上げよ。最低限やらないといけないクエストを受けつつ、ひたすら戦うしかないわ」
 こうして、二時間に及ぶ基本操作と戦闘知識のレクチャーを済ませて初心者を抜け出した彼女は、すっかり超リアルなVRMMORPGの虜になっていた。