目が覚めたのは十二時二十分。三時間ほど寝ていた。体調はずいぶんと良くなった感じはあるけど、受け入れがたい出来事が胸を締め付ける。信じられない、信じたくない。たかがゲームで死んだだけでプレイヤーが死ぬなんて本当にあるのか。そんな馬鹿げたことが起こるはずがない。
冷静になった頭がそう思わせる。もう一度確認しようと私は隼人の部屋に入った。
ゲーム機を起動してVRマスクを被る。タイトルロゴが消えて真っ暗な画面が星の海に変わり、そこからゲームの舞台となる惑星に飛んでいくのだけど、画面は星の海のまま動かなかった。
「女神ヒナコ」
こんなふうに私を呼ぶのは、この事件の首謀者である女神アドミスだ。
「やっとログインしてくれましたね。さっきは急にスマホを切っちゃうもんだから、アナタから顔を出すまで待っていたんですよ」
「なんで? ゲームオーバーなら私は必要ないでしょ? 敢闘賞でもくれるの?」
「喧嘩腰にならないでください。そんな賞をもらっても嬉しくないことはわかっています」
「だったらなんなのよ!」
「さっきの話の続きです。聞いてください」
私がスマホを切ったときに言いかけたことか。たしか「今後の」とか聞こえた気がする。『今後』って隼人は死んでしまったのに『今後』とは? 妙な感覚が胸を内から圧迫した。自分から聞くことへの恐れと『今後』の内容を知りたい欲求がせめぎ合う。
「いいわよ。聞いてあげる」
アドミスは薄い笑いを浮かべて話しだした。
「昨夜の戦いでハヤトさんは死んでしまいました。それは変わりません。ハヤトさんは死んだのです」
嘘偽りのない断言が私の胸を鷲づかんだ。
「ですが……。これはゲームであることも事実。ゲームのルールを入れないというのはフェアじゃありません。なので」
ゲームのルール、ファンタジー世界の
理。
「それってもしかして、蘇生できるってこと?」
我慢できずに口にした言葉に、「そのとおりですよ女神ヒナコ」とアドミスはハッキリとした口調で言った。
ファンタジーRPGで蘇生は当たり前のこと。蘇生が可能ならこれまでの私の苦労はなんだったのか。創作物でよくあるデスゲーム物と同じように考えていたことが馬鹿らしい。
「あっ、今アナタはこれまでの苦労が馬鹿らしいなんて思いましたね。蘇生できるならヌルゲーみたいに思うのは早いですよ」
そうだ、現実世界に干渉できる電子世界の女神の言うことが、そんなに甘いはずはない。きっと、大きなペナルティがあるのだろう。
「で、どうやるのよ!」
「フロンティアには『死』の他に『戦闘不能』がありますよね? 急所を刺されたり、首を斬られたりするのが『死』で、HPがなくなるのが『戦闘不能』です」
「それくらい知ってる!」
「ゼロを下回ったダメージによって時間は違いますが、戦闘不能の状態ならば一割のHPで戦闘に復帰します。白魔術や治療系のポーションを使うことで短時間で復帰が可能です。ハヤトさんも戦闘不能だったのですけど、パーティーが全滅してしまったので、『死』を迎えてしまったわけです。誰かが助けてくれれば良かったのですけど、その仲間は先にいなくなってしまいましたからね」
「だから、どうやって蘇生させるのよ!」
「『死』が確定した場合でも一定時間内であればレアなアイテムで蘇生ができます。もしパーティーが全滅した場合は拠点となる町の教会で蘇生しますが、デスペナルティでごっそり経験値が失われます。ですが、ボス戦に限り課金アイテムの【再燃の焚き木】を所持していれば、デスペナルティを回避して蘇生できるのです。今回はそのアイテムを使ってハヤトさんを蘇生させます」
「課金アイテムの再燃の焚き木?」
「はい。ですが、命とは本来ひとつ……」
アドミスは不穏な声色で言葉を止めた。
「ファンタジーの世界とはいっても、簡単に蘇生できたのでは命が持つ輝きは弱くなってしまいます。そうならないようにファンタジーという理不尽な戦いの世界に落とし込んで、ふたつの条件を付けます」
「勿体ぶらないで早く言って!」
「せっかちですね。まずひとつめ。ハヤトさんは教会で蘇生しません。カレの魂はダンジョン深くのボスの部屋に囚われています。ですので、もう一度ボスに挑んで勝利してください」
「勝利してくださいって、いったい誰が?」
「ハヤトさんと一緒に戦った人です」
「サーラちゃんってこと?」
「または電話していた人か電源を切った人ですね」
「それってサーラちゃんひとりと同じことでしょ!」
サーラちゃんのレベルは十七。あのダンジョンボスを倒すのは簡単じゃない。あと三つはレベルを上げないと厳しい。こんなふうに考えていたとき、アドミスがふたつめの条件を告げた。
「もうひとつの条件……というか蘇生期限は四日以内です。カレの魂が消えてしまう前に蘇生させてください」
「四日? たったの?」
厳しい条件を突き付けたアドミスが、さらなる厳しい状況を告げた。
「はい」
今のレベル帯だとレベルをひとつあげるのに半日以上はかかる。仮に今日からレベル上げに集中しても、半日もログインしていられるとは限らない。最低ラインのレベル二十まで上げるのだってかなり厳しい。
「簡単な条件ではないとわかっているのですが、ハヤトさんが挑んだダンジョンは三日前に踏破されているので、あと四日で閉じてしまうのです」
「それって……つまり」
「あと四日以内に蘇生させないと二度とダンジョンには入れません」
「そんな……。サーラちゃんのレベル上げだけでも厳しいのに。それ以前にどうやってサーラちゃんに伝えるのよ!」
【女神の囁き】じゃ事細かに伝えられない。
「こんなの無理ゲーよ! 隼人を助けるなんてできっこないわ!」
「人の命は軽くないのです」
「あんたにそれを言われたくない!」
「ですが、手段が無いよりずっと良いと思いませんか? あとはアナタ次第です」
頼みの綱はサーラちゃんだけ。でも、どうやって知らせればいいのか。四日以内にあのダンジョンに再挑戦してもらったうえにボスを倒し、【再燃の焚き木】を使うだなんて伝わりっこない。他に協力者が……。
「アドミス!」
「なんでしょうか?」
「サーラちゃんに協力者がいてもいいのよね?」
「もちろんです。さすがに彼女ひとりでは無理でしょうし」
「その協力者に、どこまでなら話してもいい?」
これはもう外から助けを送り込むしかない。
「それはダメって言ったじゃないですか」
「そうね。だけど、こうも言った。ペナルティを課すって。ならそのペナルティを飲む」
「そうきましたか。それはそれで面白いですね。ですが、ハヤトさんをフロンティアの中に召喚したことや、命が懸かっていることを話すのはダメですよ。世界が大混乱におちいってしまいますから」
「それ以外ならいいのね?」
「内容によります。何を伝えるんですか?」
「サーラちゃんと合流して期限以内にボスを倒し、ハヤトを蘇生してほしいってこと。ゲームのバグで期限以内に蘇生しないとキャラクターデリートされて、もうログインできなくなってしまうこと。これならどう?」
「理由を言わないってことですね。それならいいでしょう。軽いペナルティで」
「やっぱりあるんだ」
「ゼロってわけにはいきません。女神ヒナコの使徒を送り込むわけですからね。ハヤトさんの負荷が軽くなる分だけ、アナタにペナルティを課さないと公平じゃありませんから」
いやらしい笑いのアドミスの顔を、私はじっと見つめて言葉を待った。
「女神ヒナコの使徒が一緒のときは、女神の御業の
神聖力を1・5倍にします」
「軽くねぇよ!」
ともかく、ハヤトの蘇生方法があり、それを実行する使徒をフロンティアの世界に送り込めることになった。その使徒を誰にお願いするのかという人選はもう済んでいる。手に取ったスマホの画面には、その人からメッセージが何件か届いていた。
「もしもし、絵美ちゃん?」