表示設定
表示設定
目次 目次




ー/ー



 美男美女のカップルだと、学校中の注目の的だった。先輩と並んで歩く千紗は無邪気な笑顔を振りまき、先輩の取り巻きにすら認められていた。

「……そんなことだろうと思ってたよ」

 俺は口をへの字に結んで目を眇める。

「つまんない女、って言われた」

「それがどうした?」

 俺の吐き捨てるような口調に、千紗が食って掛かる。

「それがどうした、って? 私、先輩に、要らない、って言われちゃったんだよ!?」

「じゃあ、そんな奴と一緒にいる必要ねぇだろ。別れてスッキリだ」

 俺は真っ直ぐに千紗を見る。精一杯の侮蔑を込めた眼差しで。

 千紗の口は半分開いたまま、一瞬止まった。しかし、次の瞬間には俺に詰め寄る。

「私はそんなふうには思えない! だって先輩は私のすべてだったんだよ?」

「お前は馬鹿か? お前の存在理由は先輩なのか?」

「そうよ! そうだったのに……」

 俺は大きくため息をついた。

「お前さ、何しに来たんだよ?」

 訊かなくても分かっている。千紗が欲しいのは肯定の言葉。

 だけど口が裂けてもそんな言葉は言ってやらない。

「……将行、ひょっとして怒ってる?」

 剣呑な雰囲気に戸惑い、千紗は上目遣いに俺を見た。俺はずっと腹の底に沈んでいた思いを静かに吐き出す。

「ひょっとしなくても、怒ってる。――俺は、誰かが俺のことをつまんない奴と言っても平気だ。世界中の奴が、俺をカスと言おうがクソと言おうが関係ない。俺様の価値は俺様が決めるからだ」

「あはは……。マサちゃんらしいなぁ……」

 千紗は苦笑しながら懐かしい呼び方をした。

「……長靴を履いてくれたり傘をひっくり返してくれたりしても、マサちゃんは慰めてくれたりはしないんだよね」

 千紗は顔を隠すように傘を傾けるが、骨がひっくり返った傘ではうまくいかない。

「俺は優しくないからな」

「違うよぉ。優しいからだよ」

 千紗の目尻から、小さな輝きが細い尾を引きながら、あとからあとから落ちてくる。

「ふん。ちっとは周りを見ろよ。……お前は一人じゃないから、さ」

 俺はふと思い出してポケットをまさぐった。人差し指の先がお目当ての固い感触を探し当てる。

「神様じゃなくて、俺様からだ」

 俺はそれをやすやすと千紗の傘に乗せた。千紗は傘をそっと下ろし、それが何かを確かめた。

「目を覚ませよ」

 白地に水色のストライプの包装。〈眠気スッキリ〉と書かれたそれは、俺が勉強中によく舐めている飴だ。

「……ありがとう」

 千紗は小さく微笑んだ。

「ごめんね。心配かけて……」

「ふん」

 俺が顔を背けようとしたとき、ふいに千紗の体が煙のように消えた。

「え……?」

 呆然とする俺の前に、おばさんのガーデニングシューズと骨が反対側にひっくり返った赤い花柄の傘。ぽつんと残されたそれらは何も語らない。

「……幻……?」

 やがて雲間から光が差し、雨は止んだ。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 美男美女のカップルだと、学校中の注目の的だった。先輩と並んで歩く千紗は無邪気な笑顔を振りまき、先輩の取り巻きにすら認められていた。
「……そんなことだろうと思ってたよ」
 俺は口をへの字に結んで目を眇める。
「つまんない女、って言われた」
「それがどうした?」
 俺の吐き捨てるような口調に、千紗が食って掛かる。
「それがどうした、って? 私、先輩に、要らない、って言われちゃったんだよ!?」
「じゃあ、そんな奴と一緒にいる必要ねぇだろ。別れてスッキリだ」
 俺は真っ直ぐに千紗を見る。精一杯の侮蔑を込めた眼差しで。
 千紗の口は半分開いたまま、一瞬止まった。しかし、次の瞬間には俺に詰め寄る。
「私はそんなふうには思えない! だって先輩は私のすべてだったんだよ?」
「お前は馬鹿か? お前の存在理由は先輩なのか?」
「そうよ! そうだったのに……」
 俺は大きくため息をついた。
「お前さ、何しに来たんだよ?」
 訊かなくても分かっている。千紗が欲しいのは肯定の言葉。
 だけど口が裂けてもそんな言葉は言ってやらない。
「……将行、ひょっとして怒ってる?」
 剣呑な雰囲気に戸惑い、千紗は上目遣いに俺を見た。俺はずっと腹の底に沈んでいた思いを静かに吐き出す。
「ひょっとしなくても、怒ってる。――俺は、誰かが俺のことをつまんない奴と言っても平気だ。世界中の奴が、俺をカスと言おうがクソと言おうが関係ない。俺様の価値は俺様が決めるからだ」
「あはは……。マサちゃんらしいなぁ……」
 千紗は苦笑しながら懐かしい呼び方をした。
「……長靴を履いてくれたり傘をひっくり返してくれたりしても、マサちゃんは慰めてくれたりはしないんだよね」
 千紗は顔を隠すように傘を傾けるが、骨がひっくり返った傘ではうまくいかない。
「俺は優しくないからな」
「違うよぉ。優しいからだよ」
 千紗の目尻から、小さな輝きが細い尾を引きながら、あとからあとから落ちてくる。
「ふん。ちっとは周りを見ろよ。……お前は一人じゃないから、さ」
 俺はふと思い出してポケットをまさぐった。人差し指の先がお目当ての固い感触を探し当てる。
「神様じゃなくて、俺様からだ」
 俺はそれをやすやすと千紗の傘に乗せた。千紗は傘をそっと下ろし、それが何かを確かめた。
「目を覚ませよ」
 白地に水色のストライプの包装。〈眠気スッキリ〉と書かれたそれは、俺が勉強中によく舐めている飴だ。
「……ありがとう」
 千紗は小さく微笑んだ。
「ごめんね。心配かけて……」
「ふん」
 俺が顔を背けようとしたとき、ふいに千紗の体が煙のように消えた。
「え……?」
 呆然とする俺の前に、おばさんのガーデニングシューズと骨が反対側にひっくり返った赤い花柄の傘。ぽつんと残されたそれらは何も語らない。
「……幻……?」
 やがて雲間から光が差し、雨は止んだ。