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ー/ー



「あっめ、あっめ~」

 千紗は濡れるのもおかまいなしに、傘の下から手を一杯に伸ばして、即興らしき歌を歌っていた。今にもスキップでも始めそうな足には、何故かおばさんのガーデニングシューズを履いている。

「お前、靴……」

 かかとの方が妙に低くなっているそれは、決して雨の日に向いたものではない。故に千紗の白いハイソックスは撥ねた泥で汚れてしまっていた。

「雨なんだから長靴を履かなくちゃ」

「それ、長靴じゃねぇよ」

「長靴の、つ、も、り! ねぇ、将行も長靴を履いてきてよ」

「長靴なんか持ってねぇよ」

 子供の頃は、足のサイズが変わるたびに新しい長靴を買ってもらっていた。長靴は雨の日の必需品だった。――いったい、いつから雨の日でも靴で歩くようになったのだろう。

「おじさんとお揃いの釣り用のやつ、持っているじゃない」

 唇を突き出して千紗がむくれる。

「何で俺がお前に付き合って、そんな阿呆な格好をしなくちゃならないんだ?」

「いいじゃない。……子供の頃みたいに、神様の飴を探そうよ」

 ――雲の上に住んでいる神様は泣き虫で、涙は飴になって、雨と一緒に降ってくる。

 子供の頃に読んだ絵本の話だ。

 もしかしたら本当に飴が降ってくるかもしれないと期待して、俺たちは雨が降ると先を争って外に出た。長靴を履いて、傘を差して。

「お前……」

「い、い、か、ら!」

 結局、千紗に押し切られた。

 物置から引っ張り出してきた長靴は、膝まであるためか歩くたびにぼこぼこという音がする。千紗のガーデニングシューズと対照的で、俺たちが並ぶとなんとも間抜けだった。家の前がそれほど人通りの多い道でなかったことに俺は感謝した。

 俺の姿に満足した千紗は、次の要求を出す。

「ねぇ、傘をひっくり返してよ」

 赤い花柄の傘をぐいっと突き出す。当然、千紗の長い黒髪は守ってくれるものを失って次々に雨粒の襲撃を受けるが、気にするそぶりも見せない。

「あれも、やるのか?」

 俺は、がっくりと肩を落とした。

 子供の頃の俺たちは、神様の飴を取る方法を真剣に話し合った。

 もし降ってきたら絶対に落としてはならない。そのためには傘の骨をひっくり返して皿の形にすればいいのではないか。そんなことを俺が言い出した。雨水も溜まってしまうが、飴を落とすよりはずっといい。

 千紗はうまく傘をひっくり返すことができなかった。だからいつも俺がやってあげていた。一度、傘の骨を折ってしまったのはご愛嬌だ。二人してきっちり怒られた。

「神様の飴、欲しくない?」

 真顔で千紗が尋ねる。

「ガキじゃあるまいし、欲しいわけねぇだろ」

 昔はどうして欲しいと思ったのだろう。

 願いの叶う魔法の飴というわけではない、ただの飴だ。けれど、神様の飴、というだけで、子供だった俺たちにはすごいものに思えた。手に入らなくても、空から飴が降ってくると考えただけでわくわくした。

 本当は……、いくら子供でも、飴なんか降ってくるわけがないと分かっていた。ただ雨空の中で千紗とはしゃぐのが楽しかった。

 そのうち、俺は名案を思いついた。

 ある雨の日、千紗の好きな苺の飴をポケットにねじ込んで外へ出た。そして気づかれないように千紗の傘に乗せた。ほとんど身長差のなかった千紗の傘は思ったよりも高くて大変だったけれど、何とか成功した。

 千紗は飛び上がって喜んで、一つしかない飴だから半分こしようと、割れもしない小さな飴を一生懸命、分けようとした。その結果、水溜りに落としてしまったのだ。泣きじゃくる千紗に、水溜りの水はジョウハツしてまた雨になるから、この飴もジョウハツしてまた降って来るよ、と俺はうそぶいた。

 それから俺は、いつもポケットに苺の飴をいくつか忍ばせるようになった。そんなことが何度か続いた後、今度は俺の傘にコーラ飴が乗っていた。

「私は欲しいな、神様の飴」

 千紗の長い黒髪が、濡れて頬に張り付いていた。俺は黙って傘を受け取り、ひっくり返してから千紗に戻す。千紗は嬉しそうに笑った。昔と同じように。

「小さい頃は楽しかったなぁ……」

 聞き取るのがやっとの小さな声。

 そして、それから。呟くように――。

「……私、先輩に振られちゃった……」


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「あっめ、あっめ~」
 千紗は濡れるのもおかまいなしに、傘の下から手を一杯に伸ばして、即興らしき歌を歌っていた。今にもスキップでも始めそうな足には、何故かおばさんのガーデニングシューズを履いている。
「お前、靴……」
 かかとの方が妙に低くなっているそれは、決して雨の日に向いたものではない。故に千紗の白いハイソックスは撥ねた泥で汚れてしまっていた。
「雨なんだから長靴を履かなくちゃ」
「それ、長靴じゃねぇよ」
「長靴の、つ、も、り! ねぇ、将行も長靴を履いてきてよ」
「長靴なんか持ってねぇよ」
 子供の頃は、足のサイズが変わるたびに新しい長靴を買ってもらっていた。長靴は雨の日の必需品だった。――いったい、いつから雨の日でも靴で歩くようになったのだろう。
「おじさんとお揃いの釣り用のやつ、持っているじゃない」
 唇を突き出して千紗がむくれる。
「何で俺がお前に付き合って、そんな阿呆な格好をしなくちゃならないんだ?」
「いいじゃない。……子供の頃みたいに、神様の飴を探そうよ」
 ――雲の上に住んでいる神様は泣き虫で、涙は飴になって、雨と一緒に降ってくる。
 子供の頃に読んだ絵本の話だ。
 もしかしたら本当に飴が降ってくるかもしれないと期待して、俺たちは雨が降ると先を争って外に出た。長靴を履いて、傘を差して。
「お前……」
「い、い、か、ら!」
 結局、千紗に押し切られた。
 物置から引っ張り出してきた長靴は、膝まであるためか歩くたびにぼこぼこという音がする。千紗のガーデニングシューズと対照的で、俺たちが並ぶとなんとも間抜けだった。家の前がそれほど人通りの多い道でなかったことに俺は感謝した。
 俺の姿に満足した千紗は、次の要求を出す。
「ねぇ、傘をひっくり返してよ」
 赤い花柄の傘をぐいっと突き出す。当然、千紗の長い黒髪は守ってくれるものを失って次々に雨粒の襲撃を受けるが、気にするそぶりも見せない。
「あれも、やるのか?」
 俺は、がっくりと肩を落とした。
 子供の頃の俺たちは、神様の飴を取る方法を真剣に話し合った。
 もし降ってきたら絶対に落としてはならない。そのためには傘の骨をひっくり返して皿の形にすればいいのではないか。そんなことを俺が言い出した。雨水も溜まってしまうが、飴を落とすよりはずっといい。
 千紗はうまく傘をひっくり返すことができなかった。だからいつも俺がやってあげていた。一度、傘の骨を折ってしまったのはご愛嬌だ。二人してきっちり怒られた。
「神様の飴、欲しくない?」
 真顔で千紗が尋ねる。
「ガキじゃあるまいし、欲しいわけねぇだろ」
 昔はどうして欲しいと思ったのだろう。
 願いの叶う魔法の飴というわけではない、ただの飴だ。けれど、神様の飴、というだけで、子供だった俺たちにはすごいものに思えた。手に入らなくても、空から飴が降ってくると考えただけでわくわくした。
 本当は……、いくら子供でも、飴なんか降ってくるわけがないと分かっていた。ただ雨空の中で千紗とはしゃぐのが楽しかった。
 そのうち、俺は名案を思いついた。
 ある雨の日、千紗の好きな苺の飴をポケットにねじ込んで外へ出た。そして気づかれないように千紗の傘に乗せた。ほとんど身長差のなかった千紗の傘は思ったよりも高くて大変だったけれど、何とか成功した。
 千紗は飛び上がって喜んで、一つしかない飴だから半分こしようと、割れもしない小さな飴を一生懸命、分けようとした。その結果、水溜りに落としてしまったのだ。泣きじゃくる千紗に、水溜りの水はジョウハツしてまた雨になるから、この飴もジョウハツしてまた降って来るよ、と俺はうそぶいた。
 それから俺は、いつもポケットに苺の飴をいくつか忍ばせるようになった。そんなことが何度か続いた後、今度は俺の傘にコーラ飴が乗っていた。
「私は欲しいな、神様の飴」
 千紗の長い黒髪が、濡れて頬に張り付いていた。俺は黙って傘を受け取り、ひっくり返してから千紗に戻す。千紗は嬉しそうに笑った。昔と同じように。
「小さい頃は楽しかったなぁ……」
 聞き取るのがやっとの小さな声。
 そして、それから。呟くように――。
「……私、先輩に振られちゃった……」