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僕と小説と夏色インパクト

ー/ー



 小説を書いているというと、みんな「すごい!」と言うが、僕にとって小説書くことは呼吸のようなもので。

 呼吸器に病気や障がいのない人間に対して、「自発呼吸できてすごい!」とならないように、いつも当たり前にしていることをすごいと言われてもぴんと来ないのは当然のこと。

 となれば、似たような人種が集まるのは、至極まっとうな流れな訳で。入学早々に文芸部に行き着いた僕は、同じような境遇の仲間たちと、日々を楽しく過ごしていた。

 

 僕ら文芸部に部室として割り当てられた、図書室にほど近い空き教室。

 もうじき最終下校時刻ということもあって、窓から差し込む光はオレンジ色をしており、ただの教室をどこか幻想的な空間に仕立て上げてくれている。

 照明は、あえて点けていない。

 僕を含めた四名の部員たちが、全会一致で「その方がそれっぽい!」という理由でまとまったからだ。

「それじゃあ、始めましょうか。私たちの共有世界観構築を」

 部長のAkira先輩が、ウェーブロングの銀色の髪をかき上げながら、静かに言い放つ。

 彼女の声はよく通るので、声量を抑えていても、不思議と耳に入ってくるのだ。

 ちなみに、彼女の名前の表記がローマ字になっているのは、同じ部員にもう一人『アキラ』がいるからで、ローマ字表記を希望したのは、他でもないAkira先輩である。

「集まったお題って何だったけ?」

 早速発言したのが、もう一人の『アキラ』。ちなみにこちらは男なので、アキラ君と表記させていただく。

 彼は髪の先端部分に緑色のメッシュが入っているが、これを散髪のたびに毎回セットしているのかと思うと頭が下がる思いだ。

 ちなみに彼が言ったお題というのは、毎月部活動として(おこな)っている、部誌に載せるための小説のお題のこと。

 お題については一般生徒からランダムで一単語ずつ募集して、それを含ませた短編小説(小説界隈や落語業界などでは三題噺(さんだいばなし)と呼ばれるものの亜種)を書くのが、代々続いた文芸部のスタイル。毎月どの程度お題が来るかは(ふた)を開けなければわからないので、こうして月の半ばくらいで開票する訳だ。

「最近はお題の投稿数が減ってるから~、最悪入ってなかったりして~」

 現文芸部の最後の一人、一年の夏羽が、頭の痛い話をしてくれる。

 彼女の髪は、薄い紫の入った銀のストレートロング。Akira先輩もそうだが、ここまで染めていて指導を受けないのだから、うちの学校の校則は相当緩いと言えた。

「さすがにゼロだったらどうしようもないけど、持ってみた感じ、数枚は入ってるぞ?」

 僕は段ボールを加工して作ったお題箱を、その場で振って見せる。箱を揺らすたびにカサカサと音が鳴って、多少ながら中身が入っていることをみんなに伝えた。

 夏羽の言う通り、ここ数年にかけて、徐々にお題の集まりが悪くなっているというのが現実。以前は集まったお題を部員みんなで分担して、それぞれ短編小説を書いていたらしいが、今となっては部員全員で同じお題の短編を書くのが精一杯となってしまった。

 そこで採用されたのが、最初にAkira先輩が『共有世界観構築』というやり方。

 これは、部員全員で、集まったお題を基に同じ世界観を作り上げ、その世界で起こっているであろういろいろな出来事を、それぞれの部員が自由に作り上げて執筆するというスタイルである。

 同じ世界を舞台としていても、書き手が違えば仕上がるジャンルすら変わるのが小説というもの。

 青春もの、ミステリ、特撮もの、世界系、ラブコメにティーンズラブなどなど。どのジャンルが好きかだったり、どのジャンルが書きやすいだったり。そこは作者としての個性が最も出るポイント。

 実際、今までに共有世界観で書かれてきた作品で、ジャンルが被ったことはほぼない。仮にジャンルが被っていても、内容や文章の構成は全く違うので、両方掲載したとて、読み味が同じということにはなっていない。

「うちの代でお題ゼロになったら嫌だな~」

「そうならないように、今の僕たちががんばって活動してるんだろ?」

「まぁ集まらなかったら集まらなかったで、お題偽装すればいいだけじゃね?」

 同学年のアキラ君は、割とこういったことを口にするタイプだ。けれど、人が悪いという訳ではなく、要領がいい世渡り上手といった印象。持ち前のチャラい雰囲気も含め、彼の周りには、いつも多くの友人がいることが多い。

「それはいざという時の最終手段。そうなる前にやれることをやろうって話をしたばっかりじゃないか」

 アキラ君が言っているのは、お題として集まったことにして、自分たちでお題を用意してしまえばいいというものだが、それをやり始めてしまったら、歴代の文芸部の先輩たちに申し訳が立たないというもの。

 一般生徒たちが部誌に興味を持ってくれれば、その分お題を貰える率が上がるはずと、Akira先輩を筆頭に、こうして懸命に知恵を絞っている訳で。

「そうだよ、アキラ君。やれることがあるうちは、そういったことを言うのはなし」

「……は~い。すんませんっした~。マジマンジ~」

 アキラ君が一応謝罪したということで、いよいよお題の確認へ。

 僕がお題箱のふたを開くと、中には三枚のメモ帳らしき紙切れが入っていた。

「今回は三枚か。三題噺でギリギリの量ですね」

「それは仕方ないよ。入れてくれただけありがたいと思わなくちゃ」

 そういう訳で、メモ帳を取り出し、机の上に並べる。

 出て来たお題は『コーヒー』『空』『海の上を走る電車』の三つ。先月はお題が五つあったから、半分とまでは行かないが、結構手痛い減少と言えた。

「『コーヒー』と『空』、それに『海の上を走る電車』。コーヒーはともかく、先々週と先週の金ローの影響出まくりじゃないですか~」

 夏羽の言う通り、先々週はハリウッドの某有名アクション俳優主演の戦闘機の映画が地上波でやっていたし、先週は同じ局がジ〇リの某人気作が何度目ともわからない放映を行っていたのである。

「まぁ、公序良俗に反しない限り、思いついた単語なら何でもいいっていうのが、お題投稿の数少ない決まりだからね。こういうこともあるだろうさ」

 とにかく、最低限のお題はそろった。あとはみんなで話し合って、共有世界観を構築すれば、あとは個々の作業に移るだけ。

「それじゃあ、この三つのお題うち、世界観のメインとなるワードを決めようか」

 いつものようにAkira先輩が進行をして、共有世界観構築が始まる。

「この三つの中なら、やっぱ『海の上を走る電車』じゃねぇ?」

 何故かボディビルダーみたいなポーズをとって、上腕の筋肉をぴくぴくと震わせるアキラ君。と言っても、アキラ君は瘦せ型で、特段筋肉質という訳でもないので、かろうじて浮き出たように見える上腕筋が、かすかに震えているだけなのだが。

「アキラ君先輩の謎ポーズはともかく~、うちも『海の上を走る電車』はいいと思う~」

 『海の上を走る電車』というのが、絵的に映えるというのは、言われるまでもない。それを世界観のメインに使いたいと思うのは、誰もが考えることだろう。しかし――。

「僕はあえてコーヒーで行きたいな」

「あ、出たよ。ズミ君のあまのじゃく」

「いや、別に逆張りしたいとかじゃなくて、海の上を走る電車ってのをメインに据えちゃうと、全員同じような話にならないかなと思って」

 イメージしやすい強いワードほど、みんな同じようなイメージを持っているもの。それに焦点を当ててしまえば、代り映えのしない四つの短編小説が出来上がって、結果として一般生徒たちからの注目も弱くなってしまうのではないか。僕はそれを懸念した訳である。

「でも、『空』とか『コーヒー』とか、人によってイメージの違うものをメインに据えるのは、結構博打じゃね?」

 アキラ君のを聞いて、「それはそうかも」と僕も思ってしまう。

 結局のところ、価値観の違いは当たり前に存在して、それをわかった上で、どこかに落としどころを作らなければならない訳である。

「う~ん。両者の意見は、どっちももっともだ」

 Akira先輩が、仲裁に入ってくれた。さすがは頼れる部長だ。

「でも、今作りたいのが共有世界観であるってところを忘れないでね?」

 お題に対する反応は人それぞれでも、話し合いによって人は分かり合える。それこそが共有世界観の構築を行う意義であり、言葉を扱う者としての役割であろう、と先輩は言いたいのだろう。

 三題噺におけるお題の解釈は、筆者の采配次第。

 例えばお題の一つが『巨大ロボット』だったとしても、SFの世界観に捕らわれず、『巨大ロボットのプラモデル』や『ロボットアニメを見ている子ども』という登場させてもあり、というのが、本来の三題噺の在り方だ。

 海の上を走る電車にしても、同じように、何も「登場人物が海の上を走る電車に乗っている」必要はない。

 『海の上を走る電車』の絵でもいいし、ジオラマでもいいし、そういう場面がテレビに映っているでもいい。

「そういえば、お昼休みの時にクラスの子が、どこかのテーマパークに海の上を走る電車のアトラクションがあるって言ってたな~」

「それだ!」

 夏羽の不意の一言に、僕は大きく反応してしまう。

 テーマパークが舞台ならば、そこで起こるエピソードには事欠かない。それこそ海の上を走る電車のアトラクションに乗っていてもいいし、見かけるだけでもいい訳だ。捉え方の自由度が高く、それぞれの物語に組み込みやすいロケーションと言えよう。

「夏羽でかした! 今日帰りにアイス奢ってやるよ!」

「ん? よくわかんないけど、アイス奢ってくれるなら行く~!」

 僕は小型犬のようにはしゃぐ夏羽をなだめつつ、Akira先輩の方に視線をやった。

「舞台はテーマパークということね? いいんじゃないかな。いろいろ事件も起こしやすそうだし?」

 見た目の可憐さとは裏腹に、どんなお題が出されても必ず作中で殺人事件を起こす先輩が、今回も例に漏れず、あくどい笑みを浮かべている。

「ん~、じゃあ俺はヒーローショーとかだそうかな。空とコーヒーなら何とかなるっしょ」

 アキラ君も、この方向性で不満はないらしい。こう見えて特撮ヒーローオタクな彼らしい着想である。

「夏羽はどう? 何か思い浮かんだ?」

「う~ん。テーマパークが舞台なら、うちはテーマパーク風異世界転生かな~。かわいい女の子たくさん出せそうだし」

 この子もこの子でブレがない。異世界転生ハーレムものが大好きな夏羽らしい発想と言えた。

「それじゃあ僕は……」

 僕にはまだこれと言った得意ジャンルがない。だからいろいろ書いてきたし、今後もいろんなジャンルに手を出してみたいと思っている。

 では今回は何に挑戦するか。

 ちょうどそのタイミングで、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴った。部活動をしている生徒も、このチャイムが鳴ったら下校しなければならない。

 もちろんうちの部活も例に漏れず、本日の活動は終了。あとは共有した世界観を基に、月末までに作品を完成させればいい。

「それじゃあ諸君。今日の活動は終わりだよ。気を付けて帰ってね?」

「う~い」

 と。アキラ君。

「あ~い」

 と、夏羽。

「お疲れ様です」

 と、僕。

 それぞれの返事で、部室をあとにし、家路へとつく。

 約束通り、夏羽にコンビニでアイスをご馳走し、家に帰り着いた僕。早速自室へと引っ込み、共有世界観を基に想像の翼を広げた。

 まずは舞台となるテーマパーク。これは実在するらしいので、インターネットで検索をする。

 ある程度情報をピックアップできたら、次はお題との兼ね合いを考えつつ、作中のイベントを用意。この場合のイベントというのは、物語中でメインシナリオとなるできごとのこと。

 これがミステリ小説なら『事件』と言い換えてもいいが、僕が書くのはミステリ小説ではないので『イベント』と呼称している。

 イベントを作りにあたり、僕は脳内に展開した作中世界に、自身の意識をダイブさせた。

 もちろん、これはあくまで比喩表現であり、実際に僕の意識が作中世界に入り込んでいる訳ではない。が、より深く、より色鮮やかに、作品世界を強くイメージすることで、僕の脳は、自分の居場所を誤認してくれるのである。

 次の瞬間。僕の目に映っていたのは、真夏のテーマパークの光景だった。

 いかにも夏休みらしく、薄着でこの場所を訪れている、家族連れやカップル。家族連れはともかく、カップルはそんなに寄り添っていて暑くないのだろうか。

 いや、実際には暑いのだろうが、それでもくっついていたいのがカップルというものだろう。

 そう考えた場合。僕は誰とこの場所に来ているのが妥当だろうか。

 家族……は、さすがにない。僕だって人並みの高校生。家族と来るのが嫌という訳ではないが、恥ずかしいので却下。

 となると、日頃の交友関係の中からということになるが、Akira先輩には確か彼氏がいただろうし、アキラ君と男二人で来るような場所でもない。

 残りは夏羽だが。いくら部活仲間と言っても、休日まで一緒にいるほどの仲でもないし、想像の中とは言え、勝手に彼女を登場させるのは、さすがに気持ち悪がられる可能性がある。

 こんな時に頼りになるのが、空想上のヒロインというやつだ。

 名前は、仮に清美(きよみ)としておこう。

 僕が勝手に空想しているだけなので、設定は自由自在。ここはド定番として、幼馴染ということにしようか。

 

 幼馴染の清美は、幼稚園の頃から一緒にいるので気心が知れているし、特に意識しないでも遊びに誘える相手だ。付き合っているという訳でもないものの、いつも一緒にいるからか、周囲からは夫婦扱いされることもしばしば。

 今回は、清美の方からのお誘いで、こうしてテーマパークを訪れている。

 それにしても、今日の清美は何だか妙に気合が入っているように見えた。服装がいつものスポーティーな服装と違って可愛らしいチョイスだし、手ぐしで整えるだけのショートヘアも、よく手入れされている。普段ならつけない香水までつけているのだから、身内のひいき目を抜いたとしても、可愛い女の子以外の何物でもない。

「今日はずいぶん可愛らしい恰好をしてるけど、ついにおしゃれに目覚めたのか?」

 真正面から「可愛い」と褒めることのできない僕は、こんな具合でからかうような言い方をしてしまう。

「……それって、可愛く見えてるってこと?」

 僕の真意を確認するように、前傾姿勢になって、上目遣いに僕の顔色を窺ってくる清美。

 前かがみになったことでTシャツの胸元がたわんで、その下に、普通なら見えてはいけないものが見えた。

 僕がとっさに視線をそらして、一言。

「その姿勢はよくない」

 と告げると、清美はその意味を理解したのか、顔を紅潮させて「えっち……」と言いつつ胸元を両手で隠す。

 

 と、ここまで考えて、僕は一度意識を浮上させた。

「これだと導入だけで文字数使い過ぎかな~」

 僕はどちらかというとキャラクター主導の作者で、キャラクターの設定を深掘りした上で、そこにイベントを差し込んでやる、という順番で物語を考える。

 「この人物」が「この状況」に置かれたら、きっと「こう行動する」という感じで、物語を広げていく訳だ。

 しかし、キャラクターの深掘りをしようとするあまり、そこに尺を使いすぎてしまって、文字数が足りなくなる、というのが、僕の悪い癖。

 本当に必要な情報だけを抜粋して、簡潔に、わかりやすく書かなければ、読者はその文章から何を読み取ればいいのかわからなくなってしまう。

 今回の場合。

 必要なのは、「僕」と「清美」の容姿や性格。それから舞台となるテーマパークの風景、空気感、温度やにおいなど。

 あまりまとめると説明臭くなってしまうので、あくまで作中の「僕」が見て、感じたことのように描写していくのが大切。

 この世のあらゆるメディアの中で、小説というのは、人間が持っている五感全ての情報を視聴者に届けることができる唯一の媒体と言われている。

 

 例えば、「アスファルトが焼けるにおいがした」と書かれていた時、何となく想像ができたのではないだろうか。

「肌を焼くような日差し」と書かれていたら、皮膚がジリジリ熱されているあの感覚を思い浮かべないだろうか。

「空高くそびえる入道雲」と書かれていれば、晴れ渡った空にくっきりと浮かぶ、あのもこもこ雲を思い浮かべないだろうか。

「絶え間なく続くセミの声」と書かれていれば、束の間の繁殖期を懸命に生きているセミたちの叫び声が脳裏に響くのではないだろうか。

「雨上がりに香る木々のにおい」と書かれていれば、あのどこか青臭い、何とも表現しがたいにおいが思い起こされないだろうか。

 

 これまでの表現で『夏』という言葉は一切使っていない。それでも、前述の文章が並んでいれば、不思議と「ああ、この作品の中では季節は夏なんだな」と読者は理解してくれるのだ。

 そういった、読者の記憶すら使って、物語を脳裏に投影させるのが小説とメディア媒体の強みであり、おもしろい部分と言える。

 僕も、これを先輩から教わった時は目から鱗だった。

 

 そして、これを踏まえた上で、僕は物語を書かなければならない。

 物語の冒頭。

 この小説における最初の一文。

 僕ならば、こうする。

 

 それは幻想のような清廉な美少女だった。

 それは陽炎のように曖昧な美少女だった。

 それは空想のように儚げな美少女だった。

 それは偶像のように無垢な美少女だった。

 それは演奏のように壮大な美少女だった。

 

 これはつまり、主人公の「僕」にとって、ヒロインの「清美」がどれくらい衝撃的な美少女であったか、を表している訳だが。

 これくらい大げさに書かなければ、読者には伝わらないというのが、クリエイターあるあるというやつで。

 これくらい大げさに書かなければ、読者はその「美少女」という一文を読み飛ばしてしまう。

 僕は、作中の「僕」が幼馴染の美少女っぷりに衝撃を受けたことを印象付けたいので、このような出だしを考えた訳だ。

 もっとも、僕が考えたような癖の強い文章は、読み手に嫌がられることもあるが。

 

 という具合で、僕は物語をしたためていく。

 普段とは違うヒロインの魅力に当てられて、右往左往する主人公。そして、この日のために男性心をくすぐるテクニックというものを散々勉強してきたヒロインとの、もどかしはずかしの恋愛模様を描いた恋愛ショートストーリーを完成させた僕。

 普段はファンタジーやSFを書くことが多い僕だけど、たまには全く違うジャンルを書いてみるというのも、多くの気付きがあっていい。

 僕はまだ、経験が多少あるだけのアマチュアだから、前のめりで学ぶ姿勢が大事だろうと思っている。

 勉強したことが生かし切れていなくても、結局何が言いたいのかわからなくなってしまっていても。こうして作品として世に出すことで、相応の反応がもらえて、僕を成長させる栄養素になるのだから、それはそれでいいのだ。

 

「相変わらず、言葉遊びが好きだね~、君は。ミステリは一切書かないくせに」

 Akira先輩がクスリと笑う。

「表現方法として使えるなら、ミステリの技法だって取り入れますよ。でも、ミステリそのものは僕がイメージできないので、難しいですね」

 巷では、「作者は自分の経験したことしか書けない」などという論調が出回っているが、僕に言わせれば、そんな論調はナンセンスだ。

 その論調の通りだというのならば、ハリウッドの某SF超大作の監督は、「遠い昔、遥か彼方の銀河系」にいたことになるし、日本の超有名世紀末バトル漫画は、作者が「199X年に地球が核の炎に包まれた世界線」にいたことになってしまう。

 しかし、人間には『空想する』という能力が備わっているので、経験したことが全てではない。

 もちろん、空想をするにもある程度の教養が必要なので、今すぐ誰でも可能という訳でもないが。

「ズミ君が恋愛ものなんて珍しいじゃ~ん。何か心境の変化でもあったん?」

「まさか、好きな人ができたとか!?」

 こういうのは過剰に反応すれば、ますますからかい標的になってしまう。多少鬱陶しく感じても、話題の鮮度が落ちるまでじっと耐えることで、一番楽に場を乗り切ることができるのだ。

「はいはい、二人とも。今は誤字脱字のチェック中なんだから、お喋りばっかりしてないの」

「「は~い、部長」」

 そんなこんなで原稿チェックが終われば、あとはそれを部誌の企画に合うようにデータ上で清書して、生徒全員に行き渡る分と、学校での保存用を含めた枚数で印刷、製本すれば完成。翌月の頭には生徒たちに配られる手はずとなっている。

 

 結局、僕が書いた作品に感想は一切来なかったが、Akira先輩が手堅い作品で一定数の評価を得て、文芸部に届くお題の投書は、また少しずつ数を伸ばしつつあった。

 最近は夏羽もどんどん力をつけて来ているし、アキラ君は天然で流行を掴むタイプなので、侮れない。

 才能のない自分は、いつかみんなに置いて行かれてしまうのではないか。

 創作者としてまだまだだなとへこむ自分と、まだ伸びしろしかないと諦めない自分。双方が心中で蠢いているのを感じつつ、僕は今日も小説を書く。

 僕を見てとは言わない。

 僕の作品を見てくれ。

 それが僕の全てだ。


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 小説を書いているというと、みんな「すごい!」と言うが、僕にとって小説書くことは呼吸のようなもので。
 呼吸器に病気や障がいのない人間に対して、「自発呼吸できてすごい!」とならないように、いつも当たり前にしていることをすごいと言われてもぴんと来ないのは当然のこと。
 となれば、似たような人種が集まるのは、至極まっとうな流れな訳で。入学早々に文芸部に行き着いた僕は、同じような境遇の仲間たちと、日々を楽しく過ごしていた。
 僕ら文芸部に部室として割り当てられた、図書室にほど近い空き教室。
 もうじき最終下校時刻ということもあって、窓から差し込む光はオレンジ色をしており、ただの教室をどこか幻想的な空間に仕立て上げてくれている。
 照明は、あえて点けていない。
 僕を含めた四名の部員たちが、全会一致で「その方がそれっぽい!」という理由でまとまったからだ。
「それじゃあ、始めましょうか。私たちの共有世界観構築を」
 部長のAkira先輩が、ウェーブロングの銀色の髪をかき上げながら、静かに言い放つ。
 彼女の声はよく通るので、声量を抑えていても、不思議と耳に入ってくるのだ。
 ちなみに、彼女の名前の表記がローマ字になっているのは、同じ部員にもう一人『アキラ』がいるからで、ローマ字表記を希望したのは、他でもないAkira先輩である。
「集まったお題って何だったけ?」
 早速発言したのが、もう一人の『アキラ』。ちなみにこちらは男なので、アキラ君と表記させていただく。
 彼は髪の先端部分に緑色のメッシュが入っているが、これを散髪のたびに毎回セットしているのかと思うと頭が下がる思いだ。
 ちなみに彼が言ったお題というのは、毎月部活動として|行《おこな》っている、部誌に載せるための小説のお題のこと。
 お題については一般生徒からランダムで一単語ずつ募集して、それを含ませた短編小説(小説界隈や落語業界などでは|三題噺《さんだいばなし》と呼ばれるものの亜種)を書くのが、代々続いた文芸部のスタイル。毎月どの程度お題が来るかは|蓋《ふた》を開けなければわからないので、こうして月の半ばくらいで開票する訳だ。
「最近はお題の投稿数が減ってるから~、最悪入ってなかったりして~」
 現文芸部の最後の一人、一年の夏羽が、頭の痛い話をしてくれる。
 彼女の髪は、薄い紫の入った銀のストレートロング。Akira先輩もそうだが、ここまで染めていて指導を受けないのだから、うちの学校の校則は相当緩いと言えた。
「さすがにゼロだったらどうしようもないけど、持ってみた感じ、数枚は入ってるぞ?」
 僕は段ボールを加工して作ったお題箱を、その場で振って見せる。箱を揺らすたびにカサカサと音が鳴って、多少ながら中身が入っていることをみんなに伝えた。
 夏羽の言う通り、ここ数年にかけて、徐々にお題の集まりが悪くなっているというのが現実。以前は集まったお題を部員みんなで分担して、それぞれ短編小説を書いていたらしいが、今となっては部員全員で同じお題の短編を書くのが精一杯となってしまった。
 そこで採用されたのが、最初にAkira先輩が『共有世界観構築』というやり方。
 これは、部員全員で、集まったお題を基に同じ世界観を作り上げ、その世界で起こっているであろういろいろな出来事を、それぞれの部員が自由に作り上げて執筆するというスタイルである。
 同じ世界を舞台としていても、書き手が違えば仕上がるジャンルすら変わるのが小説というもの。
 青春もの、ミステリ、特撮もの、世界系、ラブコメにティーンズラブなどなど。どのジャンルが好きかだったり、どのジャンルが書きやすいだったり。そこは作者としての個性が最も出るポイント。
 実際、今までに共有世界観で書かれてきた作品で、ジャンルが被ったことはほぼない。仮にジャンルが被っていても、内容や文章の構成は全く違うので、両方掲載したとて、読み味が同じということにはなっていない。
「うちの代でお題ゼロになったら嫌だな~」
「そうならないように、今の僕たちががんばって活動してるんだろ?」
「まぁ集まらなかったら集まらなかったで、お題偽装すればいいだけじゃね?」
 同学年のアキラ君は、割とこういったことを口にするタイプだ。けれど、人が悪いという訳ではなく、要領がいい世渡り上手といった印象。持ち前のチャラい雰囲気も含め、彼の周りには、いつも多くの友人がいることが多い。
「それはいざという時の最終手段。そうなる前にやれることをやろうって話をしたばっかりじゃないか」
 アキラ君が言っているのは、お題として集まったことにして、自分たちでお題を用意してしまえばいいというものだが、それをやり始めてしまったら、歴代の文芸部の先輩たちに申し訳が立たないというもの。
 一般生徒たちが部誌に興味を持ってくれれば、その分お題を貰える率が上がるはずと、Akira先輩を筆頭に、こうして懸命に知恵を絞っている訳で。
「そうだよ、アキラ君。やれることがあるうちは、そういったことを言うのはなし」
「……は~い。すんませんっした~。マジマンジ~」
 アキラ君が一応謝罪したということで、いよいよお題の確認へ。
 僕がお題箱のふたを開くと、中には三枚のメモ帳らしき紙切れが入っていた。
「今回は三枚か。三題噺でギリギリの量ですね」
「それは仕方ないよ。入れてくれただけありがたいと思わなくちゃ」
 そういう訳で、メモ帳を取り出し、机の上に並べる。
 出て来たお題は『コーヒー』『空』『海の上を走る電車』の三つ。先月はお題が五つあったから、半分とまでは行かないが、結構手痛い減少と言えた。
「『コーヒー』と『空』、それに『海の上を走る電車』。コーヒーはともかく、先々週と先週の金ローの影響出まくりじゃないですか~」
 夏羽の言う通り、先々週はハリウッドの某有名アクション俳優主演の戦闘機の映画が地上波でやっていたし、先週は同じ局がジ〇リの某人気作が何度目ともわからない放映を行っていたのである。
「まぁ、公序良俗に反しない限り、思いついた単語なら何でもいいっていうのが、お題投稿の数少ない決まりだからね。こういうこともあるだろうさ」
 とにかく、最低限のお題はそろった。あとはみんなで話し合って、共有世界観を構築すれば、あとは個々の作業に移るだけ。
「それじゃあ、この三つのお題うち、世界観のメインとなるワードを決めようか」
 いつものようにAkira先輩が進行をして、共有世界観構築が始まる。
「この三つの中なら、やっぱ『海の上を走る電車』じゃねぇ?」
 何故かボディビルダーみたいなポーズをとって、上腕の筋肉をぴくぴくと震わせるアキラ君。と言っても、アキラ君は瘦せ型で、特段筋肉質という訳でもないので、かろうじて浮き出たように見える上腕筋が、かすかに震えているだけなのだが。
「アキラ君先輩の謎ポーズはともかく~、うちも『海の上を走る電車』はいいと思う~」
 『海の上を走る電車』というのが、絵的に映えるというのは、言われるまでもない。それを世界観のメインに使いたいと思うのは、誰もが考えることだろう。しかし――。
「僕はあえてコーヒーで行きたいな」
「あ、出たよ。ズミ君のあまのじゃく」
「いや、別に逆張りしたいとかじゃなくて、海の上を走る電車ってのをメインに据えちゃうと、全員同じような話にならないかなと思って」
 イメージしやすい強いワードほど、みんな同じようなイメージを持っているもの。それに焦点を当ててしまえば、代り映えのしない四つの短編小説が出来上がって、結果として一般生徒たちからの注目も弱くなってしまうのではないか。僕はそれを懸念した訳である。
「でも、『空』とか『コーヒー』とか、人によってイメージの違うものをメインに据えるのは、結構博打じゃね?」
 アキラ君のを聞いて、「それはそうかも」と僕も思ってしまう。
 結局のところ、価値観の違いは当たり前に存在して、それをわかった上で、どこかに落としどころを作らなければならない訳である。
「う~ん。両者の意見は、どっちももっともだ」
 Akira先輩が、仲裁に入ってくれた。さすがは頼れる部長だ。
「でも、今作りたいのが共有世界観であるってところを忘れないでね?」
 お題に対する反応は人それぞれでも、話し合いによって人は分かり合える。それこそが共有世界観の構築を行う意義であり、言葉を扱う者としての役割であろう、と先輩は言いたいのだろう。
 三題噺におけるお題の解釈は、筆者の采配次第。
 例えばお題の一つが『巨大ロボット』だったとしても、SFの世界観に捕らわれず、『巨大ロボットのプラモデル』や『ロボットアニメを見ている子ども』という登場させてもあり、というのが、本来の三題噺の在り方だ。
 海の上を走る電車にしても、同じように、何も「登場人物が海の上を走る電車に乗っている」必要はない。
 『海の上を走る電車』の絵でもいいし、ジオラマでもいいし、そういう場面がテレビに映っているでもいい。
「そういえば、お昼休みの時にクラスの子が、どこかのテーマパークに海の上を走る電車のアトラクションがあるって言ってたな~」
「それだ!」
 夏羽の不意の一言に、僕は大きく反応してしまう。
 テーマパークが舞台ならば、そこで起こるエピソードには事欠かない。それこそ海の上を走る電車のアトラクションに乗っていてもいいし、見かけるだけでもいい訳だ。捉え方の自由度が高く、それぞれの物語に組み込みやすいロケーションと言えよう。
「夏羽でかした! 今日帰りにアイス奢ってやるよ!」
「ん? よくわかんないけど、アイス奢ってくれるなら行く~!」
 僕は小型犬のようにはしゃぐ夏羽をなだめつつ、Akira先輩の方に視線をやった。
「舞台はテーマパークということね? いいんじゃないかな。いろいろ事件も起こしやすそうだし?」
 見た目の可憐さとは裏腹に、どんなお題が出されても必ず作中で殺人事件を起こす先輩が、今回も例に漏れず、あくどい笑みを浮かべている。
「ん~、じゃあ俺はヒーローショーとかだそうかな。空とコーヒーなら何とかなるっしょ」
 アキラ君も、この方向性で不満はないらしい。こう見えて特撮ヒーローオタクな彼らしい着想である。
「夏羽はどう? 何か思い浮かんだ?」
「う~ん。テーマパークが舞台なら、うちはテーマパーク風異世界転生かな~。かわいい女の子たくさん出せそうだし」
 この子もこの子でブレがない。異世界転生ハーレムものが大好きな夏羽らしい発想と言えた。
「それじゃあ僕は……」
 僕にはまだこれと言った得意ジャンルがない。だからいろいろ書いてきたし、今後もいろんなジャンルに手を出してみたいと思っている。
 では今回は何に挑戦するか。
 ちょうどそのタイミングで、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴った。部活動をしている生徒も、このチャイムが鳴ったら下校しなければならない。
 もちろんうちの部活も例に漏れず、本日の活動は終了。あとは共有した世界観を基に、月末までに作品を完成させればいい。
「それじゃあ諸君。今日の活動は終わりだよ。気を付けて帰ってね?」
「う~い」
 と。アキラ君。
「あ~い」
 と、夏羽。
「お疲れ様です」
 と、僕。
 それぞれの返事で、部室をあとにし、家路へとつく。
 約束通り、夏羽にコンビニでアイスをご馳走し、家に帰り着いた僕。早速自室へと引っ込み、共有世界観を基に想像の翼を広げた。
 まずは舞台となるテーマパーク。これは実在するらしいので、インターネットで検索をする。
 ある程度情報をピックアップできたら、次はお題との兼ね合いを考えつつ、作中のイベントを用意。この場合のイベントというのは、物語中でメインシナリオとなるできごとのこと。
 これがミステリ小説なら『事件』と言い換えてもいいが、僕が書くのはミステリ小説ではないので『イベント』と呼称している。
 イベントを作りにあたり、僕は脳内に展開した作中世界に、自身の意識をダイブさせた。
 もちろん、これはあくまで比喩表現であり、実際に僕の意識が作中世界に入り込んでいる訳ではない。が、より深く、より色鮮やかに、作品世界を強くイメージすることで、僕の脳は、自分の居場所を誤認してくれるのである。
 次の瞬間。僕の目に映っていたのは、真夏のテーマパークの光景だった。
 いかにも夏休みらしく、薄着でこの場所を訪れている、家族連れやカップル。家族連れはともかく、カップルはそんなに寄り添っていて暑くないのだろうか。
 いや、実際には暑いのだろうが、それでもくっついていたいのがカップルというものだろう。
 そう考えた場合。僕は誰とこの場所に来ているのが妥当だろうか。
 家族……は、さすがにない。僕だって人並みの高校生。家族と来るのが嫌という訳ではないが、恥ずかしいので却下。
 となると、日頃の交友関係の中からということになるが、Akira先輩には確か彼氏がいただろうし、アキラ君と男二人で来るような場所でもない。
 残りは夏羽だが。いくら部活仲間と言っても、休日まで一緒にいるほどの仲でもないし、想像の中とは言え、勝手に彼女を登場させるのは、さすがに気持ち悪がられる可能性がある。
 こんな時に頼りになるのが、空想上のヒロインというやつだ。
 名前は、仮に|清美《きよみ》としておこう。
 僕が勝手に空想しているだけなので、設定は自由自在。ここはド定番として、幼馴染ということにしようか。
 幼馴染の清美は、幼稚園の頃から一緒にいるので気心が知れているし、特に意識しないでも遊びに誘える相手だ。付き合っているという訳でもないものの、いつも一緒にいるからか、周囲からは夫婦扱いされることもしばしば。
 今回は、清美の方からのお誘いで、こうしてテーマパークを訪れている。
 それにしても、今日の清美は何だか妙に気合が入っているように見えた。服装がいつものスポーティーな服装と違って可愛らしいチョイスだし、手ぐしで整えるだけのショートヘアも、よく手入れされている。普段ならつけない香水までつけているのだから、身内のひいき目を抜いたとしても、可愛い女の子以外の何物でもない。
「今日はずいぶん可愛らしい恰好をしてるけど、ついにおしゃれに目覚めたのか?」
 真正面から「可愛い」と褒めることのできない僕は、こんな具合でからかうような言い方をしてしまう。
「……それって、可愛く見えてるってこと?」
 僕の真意を確認するように、前傾姿勢になって、上目遣いに僕の顔色を窺ってくる清美。
 前かがみになったことでTシャツの胸元がたわんで、その下に、普通なら見えてはいけないものが見えた。
 僕がとっさに視線をそらして、一言。
「その姿勢はよくない」
 と告げると、清美はその意味を理解したのか、顔を紅潮させて「えっち……」と言いつつ胸元を両手で隠す。
 と、ここまで考えて、僕は一度意識を浮上させた。
「これだと導入だけで文字数使い過ぎかな~」
 僕はどちらかというとキャラクター主導の作者で、キャラクターの設定を深掘りした上で、そこにイベントを差し込んでやる、という順番で物語を考える。
 「この人物」が「この状況」に置かれたら、きっと「こう行動する」という感じで、物語を広げていく訳だ。
 しかし、キャラクターの深掘りをしようとするあまり、そこに尺を使いすぎてしまって、文字数が足りなくなる、というのが、僕の悪い癖。
 本当に必要な情報だけを抜粋して、簡潔に、わかりやすく書かなければ、読者はその文章から何を読み取ればいいのかわからなくなってしまう。
 今回の場合。
 必要なのは、「僕」と「清美」の容姿や性格。それから舞台となるテーマパークの風景、空気感、温度やにおいなど。
 あまりまとめると説明臭くなってしまうので、あくまで作中の「僕」が見て、感じたことのように描写していくのが大切。
 この世のあらゆるメディアの中で、小説というのは、人間が持っている五感全ての情報を視聴者に届けることができる唯一の媒体と言われている。
 例えば、「アスファルトが焼けるにおいがした」と書かれていた時、何となく想像ができたのではないだろうか。
「肌を焼くような日差し」と書かれていたら、皮膚がジリジリ熱されているあの感覚を思い浮かべないだろうか。
「空高くそびえる入道雲」と書かれていれば、晴れ渡った空にくっきりと浮かぶ、あのもこもこ雲を思い浮かべないだろうか。
「絶え間なく続くセミの声」と書かれていれば、束の間の繁殖期を懸命に生きているセミたちの叫び声が脳裏に響くのではないだろうか。
「雨上がりに香る木々のにおい」と書かれていれば、あのどこか青臭い、何とも表現しがたいにおいが思い起こされないだろうか。
 これまでの表現で『夏』という言葉は一切使っていない。それでも、前述の文章が並んでいれば、不思議と「ああ、この作品の中では季節は夏なんだな」と読者は理解してくれるのだ。
 そういった、読者の記憶すら使って、物語を脳裏に投影させるのが小説とメディア媒体の強みであり、おもしろい部分と言える。
 僕も、これを先輩から教わった時は目から鱗だった。
 そして、これを踏まえた上で、僕は物語を書かなければならない。
 物語の冒頭。
 この小説における最初の一文。
 僕ならば、こうする。
 それは幻想のような清廉な美少女だった。
 それは陽炎のように曖昧な美少女だった。
 それは空想のように儚げな美少女だった。
 それは偶像のように無垢な美少女だった。
 それは演奏のように壮大な美少女だった。
 これはつまり、主人公の「僕」にとって、ヒロインの「清美」がどれくらい衝撃的な美少女であったか、を表している訳だが。
 これくらい大げさに書かなければ、読者には伝わらないというのが、クリエイターあるあるというやつで。
 これくらい大げさに書かなければ、読者はその「美少女」という一文を読み飛ばしてしまう。
 僕は、作中の「僕」が幼馴染の美少女っぷりに衝撃を受けたことを印象付けたいので、このような出だしを考えた訳だ。
 もっとも、僕が考えたような癖の強い文章は、読み手に嫌がられることもあるが。
 という具合で、僕は物語をしたためていく。
 普段とは違うヒロインの魅力に当てられて、右往左往する主人公。そして、この日のために男性心をくすぐるテクニックというものを散々勉強してきたヒロインとの、もどかしはずかしの恋愛模様を描いた恋愛ショートストーリーを完成させた僕。
 普段はファンタジーやSFを書くことが多い僕だけど、たまには全く違うジャンルを書いてみるというのも、多くの気付きがあっていい。
 僕はまだ、経験が多少あるだけのアマチュアだから、前のめりで学ぶ姿勢が大事だろうと思っている。
 勉強したことが生かし切れていなくても、結局何が言いたいのかわからなくなってしまっていても。こうして作品として世に出すことで、相応の反応がもらえて、僕を成長させる栄養素になるのだから、それはそれでいいのだ。
「相変わらず、言葉遊びが好きだね~、君は。ミステリは一切書かないくせに」
 Akira先輩がクスリと笑う。
「表現方法として使えるなら、ミステリの技法だって取り入れますよ。でも、ミステリそのものは僕がイメージできないので、難しいですね」
 巷では、「作者は自分の経験したことしか書けない」などという論調が出回っているが、僕に言わせれば、そんな論調はナンセンスだ。
 その論調の通りだというのならば、ハリウッドの某SF超大作の監督は、「遠い昔、遥か彼方の銀河系」にいたことになるし、日本の超有名世紀末バトル漫画は、作者が「199X年に地球が核の炎に包まれた世界線」にいたことになってしまう。
 しかし、人間には『空想する』という能力が備わっているので、経験したことが全てではない。
 もちろん、空想をするにもある程度の教養が必要なので、今すぐ誰でも可能という訳でもないが。
「ズミ君が恋愛ものなんて珍しいじゃ~ん。何か心境の変化でもあったん?」
「まさか、好きな人ができたとか!?」
 こういうのは過剰に反応すれば、ますますからかい標的になってしまう。多少鬱陶しく感じても、話題の鮮度が落ちるまでじっと耐えることで、一番楽に場を乗り切ることができるのだ。
「はいはい、二人とも。今は誤字脱字のチェック中なんだから、お喋りばっかりしてないの」
「「は~い、部長」」
 そんなこんなで原稿チェックが終われば、あとはそれを部誌の企画に合うようにデータ上で清書して、生徒全員に行き渡る分と、学校での保存用を含めた枚数で印刷、製本すれば完成。翌月の頭には生徒たちに配られる手はずとなっている。
 結局、僕が書いた作品に感想は一切来なかったが、Akira先輩が手堅い作品で一定数の評価を得て、文芸部に届くお題の投書は、また少しずつ数を伸ばしつつあった。
 最近は夏羽もどんどん力をつけて来ているし、アキラ君は天然で流行を掴むタイプなので、侮れない。
 才能のない自分は、いつかみんなに置いて行かれてしまうのではないか。
 創作者としてまだまだだなとへこむ自分と、まだ伸びしろしかないと諦めない自分。双方が心中で蠢いているのを感じつつ、僕は今日も小説を書く。
 僕を見てとは言わない。
 僕の作品を見てくれ。
 それが僕の全てだ。