境界
ー/ー「何だっていうんですか! 説明しなさい!」
数名の教員を引き連れた女帝磯部が屋上にすっ飛んできて、ものすごい剣幕で怒鳴っている。梅崎、黒田、小林。3人の生徒たちの顔ぶれを見渡して、その矛先は最後に守谷に向く。当然ながら。
「磯部先生、私です。警報機ならしたの……」
盟子は名乗り出た。最初からこうするつもりだった。
普段から真面目で問題もなく存在感すらない生徒からの申告に、磯部が目を丸くする。
「どういうことなの梅崎」
「……黒田さんと小林くんが守谷先生を脅迫しました」
「何ですって!?」
「黒田さんが先生を襲って、小林くんがそれを隠れて撮影して脅したんです」
こんなにも脳みそを高速回転させたのは人生初かもしれない。
数名の教員を引き連れた女帝磯部が屋上にすっ飛んできて、ものすごい剣幕で怒鳴っている。梅崎、黒田、小林。3人の生徒たちの顔ぶれを見渡して、その矛先は最後に守谷に向く。当然ながら。
「磯部先生、私です。警報機ならしたの……」
盟子は名乗り出た。最初からこうするつもりだった。
普段から真面目で問題もなく存在感すらない生徒からの申告に、磯部が目を丸くする。
「どういうことなの梅崎」
「……黒田さんと小林くんが守谷先生を脅迫しました」
「何ですって!?」
「黒田さんが先生を襲って、小林くんがそれを隠れて撮影して脅したんです」
こんなにも脳みそを高速回転させたのは人生初かもしれない。
どうしたら守れるか、庇えるか。必死で考えた。時間を与えてはいけない。今すぐに全部晒す。脅しに使おうとしていた動画も、編集前に抑えられては逆の証拠になるはずだ。
「ち、違います! そんなことしてないです!」
当然、雄眞が素直にそれを認めるわけもない。そんなことをすれば、小林家の真面目な次男というアイデンティティが崩壊する。
「守谷先生がここに黒田を呼び出したんですよ! それで、不安だから一緒にきてって黒田に頼まれて。だから俺も一緒に……」
「嘘つき。私さっき音楽室の前で、先生の方が南緒に呼び出されたって聞いたもん!」
そう、守谷が南緒を呼び出す理由なんてどこにも存在しないのだ。それはもう悲しいくらいに。
「そりゃ、黒田が守谷先生を好きなのは俺だって知ってますよ。でも、それをいいことに何か間違いがあったらいけないと思って心配になったんです。守谷先生にとっても、黒田にとっても」
腸が煮えくり返る、という言葉の意味を今まで知らないで生きて来たけれど、このことか。盟子はそう思った。
「そしたら守谷先生が黒田に、何と言うか、その、手を出して……」
憎い。腹が立つ。悔しい。……いや、哀しい。
――こんな人じゃなかったのにな。
胸に浮かぶのは小学生の頃の遠足の記憶。山登りの途中。
『メイちゃんホントに体力ないよねー』
と。中盤で既にバテていた盟子を、身の軽い南緒はからかいながらもずっと引っ張ってくれた。そして頂上に着いたら、待ち構えていた雄眞がおやつのラムネを差し出してくれて。
『これ梅崎の分な。全種類あるよ』
と、5種類の味をひとつずつ取っておいてくれたのが嬉しかった。あの時、確かに友達だったのに。
――そんなこともあったなぁ。
盟子はフェンスに手をかけた。
勢いをつけて2mはあろうかという金網の上に登り切り、身を乗り出す。そこからは生まれ育った町が一望の下に見渡せた。心とは裏腹に穏やかな午後だった。
「小林はさ、私がここから飛び降りたとしても言えるの? それが真実だって。自分は嘘ついてないって」
フェンスの上からそう問いかけると、先生たちが慌てて駆け寄ってきた。梅崎さんやめて、と担任の藤本が卒倒しそうになっている。
雄眞の顔は蒼白だった。
「梅崎! 落ち着くのよ、ね、ね。大丈夫だから!」
さすがの女帝も教師歴が長いとはいえ、目の前で飛び降りようとした生徒なんてそうそういないはずだ。
「磯部先生ごめんなさい。でも私、小林と南緒が嘘を認めるまでここから降りません」
と、盟子が宣言したその時に。
「梅崎さんが飛び降りるくらいならあたしが飛び降ります」
そう言った守谷がひょいと金網に飛びついてするすると登り、細い支柱の上にすっと立ちあがった。
その場の全員が凍り付く。
少しでも風が吹いたりバランスを崩せばフェンスの向こう側に真っ逆さまだ。降りるためにしゃがむことすら危険だ。
「ち、違います! そんなことしてないです!」
当然、雄眞が素直にそれを認めるわけもない。そんなことをすれば、小林家の真面目な次男というアイデンティティが崩壊する。
「守谷先生がここに黒田を呼び出したんですよ! それで、不安だから一緒にきてって黒田に頼まれて。だから俺も一緒に……」
「嘘つき。私さっき音楽室の前で、先生の方が南緒に呼び出されたって聞いたもん!」
そう、守谷が南緒を呼び出す理由なんてどこにも存在しないのだ。それはもう悲しいくらいに。
「そりゃ、黒田が守谷先生を好きなのは俺だって知ってますよ。でも、それをいいことに何か間違いがあったらいけないと思って心配になったんです。守谷先生にとっても、黒田にとっても」
腸が煮えくり返る、という言葉の意味を今まで知らないで生きて来たけれど、このことか。盟子はそう思った。
「そしたら守谷先生が黒田に、何と言うか、その、手を出して……」
憎い。腹が立つ。悔しい。……いや、哀しい。
――こんな人じゃなかったのにな。
胸に浮かぶのは小学生の頃の遠足の記憶。山登りの途中。
『メイちゃんホントに体力ないよねー』
と。中盤で既にバテていた盟子を、身の軽い南緒はからかいながらもずっと引っ張ってくれた。そして頂上に着いたら、待ち構えていた雄眞がおやつのラムネを差し出してくれて。
『これ梅崎の分な。全種類あるよ』
と、5種類の味をひとつずつ取っておいてくれたのが嬉しかった。あの時、確かに友達だったのに。
――そんなこともあったなぁ。
盟子はフェンスに手をかけた。
勢いをつけて2mはあろうかという金網の上に登り切り、身を乗り出す。そこからは生まれ育った町が一望の下に見渡せた。心とは裏腹に穏やかな午後だった。
「小林はさ、私がここから飛び降りたとしても言えるの? それが真実だって。自分は嘘ついてないって」
フェンスの上からそう問いかけると、先生たちが慌てて駆け寄ってきた。梅崎さんやめて、と担任の藤本が卒倒しそうになっている。
雄眞の顔は蒼白だった。
「梅崎! 落ち着くのよ、ね、ね。大丈夫だから!」
さすがの女帝も教師歴が長いとはいえ、目の前で飛び降りようとした生徒なんてそうそういないはずだ。
「磯部先生ごめんなさい。でも私、小林と南緒が嘘を認めるまでここから降りません」
と、盟子が宣言したその時に。
「梅崎さんが飛び降りるくらいならあたしが飛び降ります」
そう言った守谷がひょいと金網に飛びついてするすると登り、細い支柱の上にすっと立ちあがった。
その場の全員が凍り付く。
少しでも風が吹いたりバランスを崩せばフェンスの向こう側に真っ逆さまだ。降りるためにしゃがむことすら危険だ。
「……みんなに迷惑かけてごめん。あたしがいなければよかったよね」
「先生やめ……」
行かないで、と言いたいのに声が出ない。その輪郭が痛いほど目に焼き付く。空を背に美しく伸びた四肢と脊椎。まるで飛び立とうとしている飛天みたいに。こちらの世界とあちらの世界の境界、これから踏み出す一歩でそのどちらにも行けてしまう。
「あたしがいなくなるから、そしたら何もなかったことにして収めてね」
そう言って跳躍しようとした時。盟子が泣きだすより先に金切り声が聞こえた。先生やめて、ごめんなさい、ごめんなさい、と。
南緒が泣いていた。
「玲峰、いいかげんにしな!」
そこへ磯部の一喝が飛ぶ。
「わざとらしいのよ! そんな軽業師みたいなことしてないで降りといで」
「えー、だって梅崎さんが先に降りてくれないとぉ」
守谷はけろっと表情を変えた。
「お、降りますから……」
盟子が地面に足をつけたのを見届けると、守谷が支柱から飛び降りて音もなく着地する。
「あんたね、藤本先生泣いちゃったじゃないのよ!」
磯部の横で担任の藤本が、やっぱり泣きながらへたり込んでいる。
そのくらい、さっき支柱に立った守谷は、風ひとつ吹けば本当に向こうの世界に行ってしまいそうに危うかった。
「私はあんたが身が軽いこと知ってますけどね、他の人が見たら卒倒するわよ」
「だってぇ」
どうやら飛び降り未遂は茶番、ということらしい。
「で、次は小林!」
その動画とやらを見せてごらんなさい、と審判者のような厳しい目を磯部に向けられて、今度は雄眞が固まる番だった。
「あの、これは……」
当然だろう。編集前のものを見られては計画的犯行なのがバレバレだ。
「違うんです、黒田さんに頼まれてて……守谷先生の弱みを握りたいからって」
いいからまずは見せなさい、と迫られて渋々スマホの画面を開く。
しかし。
「あ、れ……?」
え?え?と呟きながら雄眞の目が見開かれていく。
撮影したはずの動画は真っ黒だったのだ。声も映像も入っていない黒い画面が数分間。録画を終えた時のぴこんという音は盟子にも確かに聞こえたのに。
だから言ったじゃん♪と守谷が後ろで笑った。
「何なのよこれ、何も撮れてないじゃないの」
「磯部先生、もうよくない? 動画ないんだから、今回のこれは何もなかったことにしません?」
「そうもいかないけど……そうね、まずは一旦戻りましょうか」
お騒がせしましたと他の教員たちに頭を下げて、一同は屋上から撤収することになった。
*
「それにしても」
階段を降りながら磯部が口を開いた。
「何もあんな茶番しなくたってさ、あんたが屋上に女の子誘い出したりする性格じゃないことくらい最初から知ってたわよ」
盟子は聞き耳を立てる。
「懐かしいね。屋上って言えば、あんたしょっちゅう屋上の鍵借りに来て神楽の練習してたっけね」
「ちょ、磯部先生」
「時々様子見に行ってたけど、そりゃもう踊ってばっかで。女の子といたことなんか一度もなかったわよ」
訝しげな顔をしている生徒3人に向かって磯部は説明した。
「玲峰の担任だったのよ私。高校2年と3年の時だったわね。ちょっと特殊な問題児だったのこの子」
黒歴史やめてー! と守谷が叫んでいる。
なるほど、始業式の直後から怒鳴られたり、何だかんだと仲が良かったわけだ。
「それにしたって昔は硬派な感じだったのが、今はピアスに化粧に穴開いた服よ。何があったって言うのよ」
「色々あったの!」
そういう後ろ盾があるのなら、南緒も雄眞ももう守谷に手をだすことはできないだろう。しようとも思わないだろうけれど。
言葉少なに項垂れる二人の横顔を、盟子はそっと見つめた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「何だっていうんですか! 説明しなさい!」
数名の教員を引き連れた女帝磯部が屋上にすっ飛んできて、ものすごい剣幕で怒鳴っている。梅崎、黒田、小林。3人の生徒たちの顔ぶれを見渡して、その矛先は最後に守谷に向く。当然ながら。
「磯部先生、私です。警報機ならしたの……」
盟子は名乗り出た。最初からこうするつもりだった。
普段から真面目で問題もなく存在感すらない生徒からの申告に、磯部が目を丸くする。
普段から真面目で問題もなく存在感すらない生徒からの申告に、磯部が目を丸くする。
「どういうことなの梅崎」
「……黒田さんと小林くんが守谷先生を脅迫しました」
「何ですって!?」
「黒田さんが先生を襲って、小林くんがそれを隠れて撮影して脅したんです」
こんなにも脳みそを高速回転させたのは人生初かもしれない。
「……黒田さんと小林くんが守谷先生を脅迫しました」
「何ですって!?」
「黒田さんが先生を襲って、小林くんがそれを隠れて撮影して脅したんです」
こんなにも脳みそを高速回転させたのは人生初かもしれない。
どうしたら守れるか、庇えるか。必死で考えた。時間を与えてはいけない。今すぐに全部晒す。脅しに使おうとしていた動画も、編集前に抑えられては逆の証拠になるはずだ。
「ち、違います! そんなことしてないです!」
当然、雄眞が素直にそれを認めるわけもない。そんなことをすれば、小林家の真面目な次男というアイデンティティが崩壊する。
「守谷先生がここに黒田を呼び出したんですよ! それで、不安だから一緒にきてって黒田に頼まれて。だから俺も一緒に……」
「嘘つき。私さっき音楽室の前で、先生の方が南緒に呼び出されたって聞いたもん!」
そう、守谷が南緒を呼び出す理由なんてどこにも存在しないのだ。それはもう悲しいくらいに。
当然、雄眞が素直にそれを認めるわけもない。そんなことをすれば、小林家の真面目な次男というアイデンティティが崩壊する。
「守谷先生がここに黒田を呼び出したんですよ! それで、不安だから一緒にきてって黒田に頼まれて。だから俺も一緒に……」
「嘘つき。私さっき音楽室の前で、先生の方が南緒に呼び出されたって聞いたもん!」
そう、守谷が南緒を呼び出す理由なんてどこにも存在しないのだ。それはもう悲しいくらいに。
「そりゃ、黒田が守谷先生を好きなのは俺だって知ってますよ。でも、それをいいことに何か|間違い《・・・》があったらいけないと思って心配になったんです。守谷先生にとっても、黒田にとっても」
腸が煮えくり返る、という言葉の意味を今まで知らないで生きて来たけれど、このことか。盟子はそう思った。
腸が煮えくり返る、という言葉の意味を今まで知らないで生きて来たけれど、このことか。盟子はそう思った。
「そしたら守谷先生が黒田に、何と言うか、その、手を出して……」
憎い。腹が立つ。悔しい。……いや、哀しい。
――こんな人じゃなかったのにな。
胸に浮かぶのは小学生の頃の遠足の記憶。山登りの途中。
『メイちゃんホントに体力ないよねー』
と。中盤で既にバテていた盟子を、身の軽い南緒はからかいながらもずっと引っ張ってくれた。そして頂上に着いたら、待ち構えていた雄眞がおやつのラムネを差し出してくれて。
『これ梅崎の分な。全種類あるよ』
と、5種類の味をひとつずつ取っておいてくれたのが嬉しかった。あの時、確かに友達だったのに。
『メイちゃんホントに体力ないよねー』
と。中盤で既にバテていた盟子を、身の軽い南緒はからかいながらもずっと引っ張ってくれた。そして頂上に着いたら、待ち構えていた雄眞がおやつのラムネを差し出してくれて。
『これ梅崎の分な。全種類あるよ』
と、5種類の味をひとつずつ取っておいてくれたのが嬉しかった。あの時、確かに友達だったのに。
――そんなこともあったなぁ。
盟子はフェンスに手をかけた。
勢いをつけて2mはあろうかという金網の上に登り切り、身を乗り出す。そこからは生まれ育った町が一望の下に見渡せた。心とは裏腹に穏やかな午後だった。
勢いをつけて2mはあろうかという金網の上に登り切り、身を乗り出す。そこからは生まれ育った町が一望の下に見渡せた。心とは裏腹に穏やかな午後だった。
「小林はさ、私がここから飛び降りたとしても言えるの? それが真実だって。自分は嘘ついてないって」
フェンスの上からそう問いかけると、先生たちが慌てて駆け寄ってきた。梅崎さんやめて、と担任の藤本が卒倒しそうになっている。
雄眞の顔は蒼白だった。
フェンスの上からそう問いかけると、先生たちが慌てて駆け寄ってきた。梅崎さんやめて、と担任の藤本が卒倒しそうになっている。
雄眞の顔は蒼白だった。
「梅崎! 落ち着くのよ、ね、ね。大丈夫だから!」
さすがの女帝も教師歴が長いとはいえ、目の前で飛び降りようとした生徒なんてそうそういないはずだ。
「磯部先生ごめんなさい。でも私、小林と南緒が嘘を認めるまでここから降りません」
と、盟子が宣言したその時に。
さすがの女帝も教師歴が長いとはいえ、目の前で飛び降りようとした生徒なんてそうそういないはずだ。
「磯部先生ごめんなさい。でも私、小林と南緒が嘘を認めるまでここから降りません」
と、盟子が宣言したその時に。
「梅崎さんが飛び降りるくらいならあたしが飛び降ります」
そう言った守谷がひょいと金網に飛びついてするすると登り、細い支柱の上にすっと立ちあがった。
その場の全員が凍り付く。
少しでも風が吹いたりバランスを崩せばフェンスの向こう側に真っ逆さまだ。降りるためにしゃがむことすら危険だ。
そう言った守谷がひょいと金網に飛びついてするすると登り、細い支柱の上にすっと立ちあがった。
その場の全員が凍り付く。
少しでも風が吹いたりバランスを崩せばフェンスの向こう側に真っ逆さまだ。降りるためにしゃがむことすら危険だ。
「……みんなに迷惑かけてごめん。あたしがいなければよかったよね」
「先生やめ……」
行かないで、と言いたいのに声が出ない。その輪郭が痛いほど目に焼き付く。空を背に美しく伸びた四肢と脊椎。まるで飛び立とうとしている飛天みたいに。こちらの世界とあちらの世界の境界、これから踏み出す一歩でそのどちらにも行けてしまう。
「先生やめ……」
行かないで、と言いたいのに声が出ない。その輪郭が痛いほど目に焼き付く。空を背に美しく伸びた四肢と脊椎。まるで飛び立とうとしている飛天みたいに。こちらの世界とあちらの世界の境界、これから踏み出す一歩でそのどちらにも行けてしまう。
「あたしがいなくなるから、そしたら何もなかったことにして収めてね」
そう言って跳躍しようとした時。盟子が泣きだすより先に金切り声が聞こえた。先生やめて、ごめんなさい、ごめんなさい、と。
南緒が泣いていた。
南緒が泣いていた。
「玲峰、いいかげんにしな!」
そこへ磯部の一喝が飛ぶ。
「わざとらしいのよ! そんな軽業師みたいなことしてないで降りといで」
「えー、だって梅崎さんが先に降りてくれないとぉ」
守谷はけろっと表情を変えた。
「お、降りますから……」
盟子が地面に足をつけたのを見届けると、守谷が支柱から飛び降りて音もなく着地する。
そこへ磯部の一喝が飛ぶ。
「わざとらしいのよ! そんな軽業師みたいなことしてないで降りといで」
「えー、だって梅崎さんが先に降りてくれないとぉ」
守谷はけろっと表情を変えた。
「お、降りますから……」
盟子が地面に足をつけたのを見届けると、守谷が支柱から飛び降りて音もなく着地する。
「あんたね、藤本先生泣いちゃったじゃないのよ!」
磯部の横で担任の藤本が、やっぱり泣きながらへたり込んでいる。
そのくらい、さっき支柱に立った守谷は、風ひとつ吹けば本当に向こうの世界に行ってしまいそうに危うかった。
「私はあんたが身が軽いこと知ってますけどね、他の人が見たら卒倒するわよ」
「だってぇ」
どうやら飛び降り未遂は茶番、ということらしい。
磯部の横で担任の藤本が、やっぱり泣きながらへたり込んでいる。
そのくらい、さっき支柱に立った守谷は、風ひとつ吹けば本当に向こうの世界に行ってしまいそうに危うかった。
「私はあんたが身が軽いこと知ってますけどね、他の人が見たら卒倒するわよ」
「だってぇ」
どうやら飛び降り未遂は茶番、ということらしい。
「で、次は小林!」
その動画とやらを見せてごらんなさい、と審判者のような厳しい目を磯部に向けられて、今度は雄眞が固まる番だった。
「あの、これは……」
当然だろう。編集前のものを見られては計画的犯行なのがバレバレだ。
「違うんです、黒田さんに頼まれてて……守谷先生の弱みを握りたいからって」
いいからまずは見せなさい、と迫られて渋々スマホの画面を開く。
しかし。
「あ、れ……?」
え?え?と呟きながら雄眞の目が見開かれていく。
撮影したはずの動画は真っ黒だったのだ。声も映像も入っていない黒い画面が数分間。録画を終えた時のぴこんという音は盟子にも確かに聞こえたのに。
その動画とやらを見せてごらんなさい、と審判者のような厳しい目を磯部に向けられて、今度は雄眞が固まる番だった。
「あの、これは……」
当然だろう。編集前のものを見られては計画的犯行なのがバレバレだ。
「違うんです、黒田さんに頼まれてて……守谷先生の弱みを握りたいからって」
いいからまずは見せなさい、と迫られて渋々スマホの画面を開く。
しかし。
「あ、れ……?」
え?え?と呟きながら雄眞の目が見開かれていく。
撮影したはずの動画は真っ黒だったのだ。声も映像も入っていない黒い画面が数分間。録画を終えた時のぴこんという音は盟子にも確かに聞こえたのに。
だから言ったじゃん♪と守谷が後ろで笑った。
「何なのよこれ、何も撮れてないじゃないの」
「磯部先生、もうよくない? 動画ないんだから、今回のこれは何もなかったことにしません?」
「そうもいかないけど……そうね、まずは一旦戻りましょうか」
お騒がせしましたと他の教員たちに頭を下げて、一同は屋上から撤収することになった。
「何なのよこれ、何も撮れてないじゃないの」
「磯部先生、もうよくない? 動画ないんだから、今回のこれは何もなかったことにしません?」
「そうもいかないけど……そうね、まずは一旦戻りましょうか」
お騒がせしましたと他の教員たちに頭を下げて、一同は屋上から撤収することになった。
*
「それにしても」
階段を降りながら磯部が口を開いた。
「何もあんな茶番しなくたってさ、あんたが屋上に女の子誘い出したりする性格じゃないことくらい最初から知ってたわよ」
盟子は聞き耳を立てる。
「懐かしいね。屋上って言えば、あんたしょっちゅう屋上の鍵借りに来て神楽の練習してたっけね」
「ちょ、磯部先生」
「時々様子見に行ってたけど、そりゃもう踊ってばっかで。女の子といたことなんか一度もなかったわよ」
訝しげな顔をしている生徒3人に向かって磯部は説明した。
階段を降りながら磯部が口を開いた。
「何もあんな茶番しなくたってさ、あんたが屋上に女の子誘い出したりする性格じゃないことくらい最初から知ってたわよ」
盟子は聞き耳を立てる。
「懐かしいね。屋上って言えば、あんたしょっちゅう屋上の鍵借りに来て神楽の練習してたっけね」
「ちょ、磯部先生」
「時々様子見に行ってたけど、そりゃもう踊ってばっかで。女の子といたことなんか一度もなかったわよ」
訝しげな顔をしている生徒3人に向かって磯部は説明した。
「玲峰の担任だったのよ私。高校2年と3年の時だったわね。ちょっと特殊な問題児だったのこの子」
黒歴史やめてー! と守谷が叫んでいる。
なるほど、始業式の直後から怒鳴られたり、何だかんだと仲が良かったわけだ。
黒歴史やめてー! と守谷が叫んでいる。
なるほど、始業式の直後から怒鳴られたり、何だかんだと仲が良かったわけだ。
「それにしたって昔は硬派な感じだったのが、今はピアスに化粧に穴開いた服よ。何があったって言うのよ」
「色々あったの!」
「色々あったの!」
そういう後ろ盾があるのなら、南緒も雄眞ももう守谷に手をだすことはできないだろう。しようとも思わないだろうけれど。
言葉少なに項垂れる二人の横顔を、盟子はそっと見つめた。