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#2

ー/ー



 たぶん、誰もが苦しんでた。父さんも母さんもブライアンも、俺も。
 ひとつになりたくてなれなかった。それは素直じゃなかった俺のせいでもある。

 漠然と理由がわかっても、急に父さんとの距離は埋められないし、すべてが理解できたわけじゃない。この後ろ向きと前向きの気持ちに折り合いをつけるには、まだまだ時間がかかるだろう。

「そもそもなんだよ、あの台本のメッセージは」
「ああ、気づいてくれたのかい」

「そりゃ気づくだろ。タイタニックで別れる時もそうだったけど、遺言めいたことを言ったり書いたりするのやめろよ」

 思い出したらだんだん腹が立ってきた。俺を一時(いっとき)でも悲しい気持ちにさせやがって。
 ひと言ひと言が俺の心を揺さぶる力を持ってるんだって、ブライアンは無自覚なんだよな。

「そんなつもりじゃなかったんだ……ただ死は覚悟してたから、湿っぽくなってしまったのかもしれないね。でもすべて、嘘偽りのない私の気持ちだよ」

 ……わかってる。

 俺は手すりにもたれ、懐中時計を眺めた。全力で俺を守ろうとしてくれたブライアンの愛と、十七年間俺を育ててくれた父さんの愛は、方向は違っても同等だったのかな……。

 頭上を滑空する十数羽の白いカモメが、陸地が近いことを告げた。

***

 サウサンプトンで下船した俺とブライアンは、港へ迎えに来た父さんと母さんに再会した。「ただいま」の言葉が、喉の奥につかえて出てこない――。

 父さんは怒りとも喜びともつかぬ顔で歩み寄り、なにも言わず、俺を抱きしめた。

 肩を震わせる父さんに、心から申し訳ないと思った。
 そんな風に思ったのは初めてだった。

 被害者はいつも俺だと信じて疑わなかった。うまくいかないのは、すべて父さんのせいにしてた。俺は悪くないと、自分以外に責任を押しつけていたんだ。

「ごめん。父さん、母さん。俺が無理やりブライアンを誘ったんだ」
「責めたりせん。生きていてくれさえすれば」

 父さんが俺を否定していたのは思い過ごしで、俺が一方的に父さんを否定してただけだったのかなと、涙を浮かべ俺とブライアンの生還を喜ぶ父さんの姿を見て思う。

「俺の描いた絵、まだ持っててくれたの?」

 思い切って訊くと、父さんは目を瞬かせた。

「ああ……世界で一番大好きな絵だ。私の大切な宝だよ」
「知ってた? 俺、美術得意なんだ。遊園地に連れて行ってくれたら、また描くよ」
「もちろんだとも。母さんとブライアンと一緒に行こう」
「いいね、約束だよ」

 不思議なくらい滑らかに言葉が出てきた。俺って、父さんとこんな風にしゃべれたんだな。くすぐったい発見だった。

 俺は命あることに感謝した。父さんと母さんを悲しませずに済んだ。

 自信はないけど、いつか本当に「ひとつの家族」になれるような気がした。
 時間をかけたなら、きっと。


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みんなのリアクション

 たぶん、誰もが苦しんでた。父さんも母さんもブライアンも、俺も。
 ひとつになりたくてなれなかった。それは素直じゃなかった俺のせいでもある。
 漠然と理由がわかっても、急に父さんとの距離は埋められないし、すべてが理解できたわけじゃない。この後ろ向きと前向きの気持ちに折り合いをつけるには、まだまだ時間がかかるだろう。
「そもそもなんだよ、あの台本のメッセージは」
「ああ、気づいてくれたのかい」
「そりゃ気づくだろ。タイタニックで別れる時もそうだったけど、遺言めいたことを言ったり書いたりするのやめろよ」
 思い出したらだんだん腹が立ってきた。俺を|一時《いっとき》でも悲しい気持ちにさせやがって。
 ひと言ひと言が俺の心を揺さぶる力を持ってるんだって、ブライアンは無自覚なんだよな。
「そんなつもりじゃなかったんだ……ただ死は覚悟してたから、湿っぽくなってしまったのかもしれないね。でもすべて、嘘偽りのない私の気持ちだよ」
 ……わかってる。
 俺は手すりにもたれ、懐中時計を眺めた。全力で俺を守ろうとしてくれたブライアンの愛と、十七年間俺を育ててくれた父さんの愛は、方向は違っても同等だったのかな……。
 頭上を滑空する十数羽の白いカモメが、陸地が近いことを告げた。
***
 サウサンプトンで下船した俺とブライアンは、港へ迎えに来た父さんと母さんに再会した。「ただいま」の言葉が、喉の奥につかえて出てこない――。
 父さんは怒りとも喜びともつかぬ顔で歩み寄り、なにも言わず、俺を抱きしめた。
 肩を震わせる父さんに、心から申し訳ないと思った。
 そんな風に思ったのは初めてだった。
 被害者はいつも俺だと信じて疑わなかった。うまくいかないのは、すべて父さんのせいにしてた。俺は悪くないと、自分以外に責任を押しつけていたんだ。
「ごめん。父さん、母さん。俺が無理やりブライアンを誘ったんだ」
「責めたりせん。生きていてくれさえすれば」
 父さんが俺を否定していたのは思い過ごしで、俺が一方的に父さんを否定してただけだったのかなと、涙を浮かべ俺とブライアンの生還を喜ぶ父さんの姿を見て思う。
「俺の描いた絵、まだ持っててくれたの?」
 思い切って訊くと、父さんは目を瞬かせた。
「ああ……世界で一番大好きな絵だ。私の大切な宝だよ」
「知ってた? 俺、美術得意なんだ。遊園地に連れて行ってくれたら、また描くよ」
「もちろんだとも。母さんとブライアンと一緒に行こう」
「いいね、約束だよ」
 不思議なくらい滑らかに言葉が出てきた。俺って、父さんとこんな風にしゃべれたんだな。くすぐったい発見だった。
 俺は命あることに感謝した。父さんと母さんを悲しませずに済んだ。
 自信はないけど、いつか本当に「ひとつの家族」になれるような気がした。
 時間をかけたなら、きっと。