「……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」
目を覚ました僕は、寝汗をぐっしょりかき、顔面が蒼白となった。
何ちゅう、悪夢なんだ……ブルッと身震いをする。まさか、三重トラップのこんな悪夢を見るなんて……これは、悪夢どころではない。凶夢だ。
僕は呼吸を整えて、滴る汗を拭いた。
カレンダーを見ると……今日は二月十四日。バレンタインデー。
今日一日、女性からは逃げた方がいい。
そう。冴えない僕はどっちにしろ、何も貰える筈がないんだ。夢のお告げだったと思って、誰とも関わらないようにしよう。
出勤した僕は、一日中、女性を避けた。
飽くまで夢の中のことだ……なんて、思う余裕はなかった。今日に限って、原田さんに末永さん、早乙女さんが近寄って来て、何か言おうとしたのだけれど……僕は自らの身を守るため、ことごとく逃げ回ったのだった。
「よし、逃げ切った……」
帰宅前。ホッと一息、吐いた時だった。
「あの、清村くん。大事なお話があるの。これから、ちょっとだけ……いいかな?」
そう話し掛けて来たのは、岡城さん……職場で一番人気の美女。
彼女が話すだけで、職場の男性、皆んながこちらを見る。爽やかな風が通り抜けて、うっとりとする……。
いつもの僕ならば、迷わず喜んで、彼女に付き合っただろう。
だが、今日は違う。あれだけ、酷い目に遭ったんだ。これで同じことを繰り返したら、余程、学習能力のない奴だ。
「いや、ダメだ。そんなの、付き合うことはできない」
「えっ?」
呆気に取られる彼女を、思い切り睨んだ。
「お前もどうせ、甘い言葉で惑わせて、僕を酷い目に遭わせるんだろう! もう、そんな手に乗るものか! いい様に利用するのなら僕じゃなく、誰か、別の奴にしてくれ!」
「そんな……酷い。私、そんなつもりは……」
彼女の目から、大粒の涙が溢れ落ちる……だが、どうせこれも、作戦のうちなんだろう。
「もう二度と、僕に話し掛けないでくれ!」
ずばりと言ってやった僕は、清々しくその場を去った。
よし! 言ってやった。
偉いぞ、僕。これでやっと、身の安全が保証されたんだ。
周囲からは非難の声が上がるけれど、そんなの関係ない。自分の身を守ることが最優先だ。
だが……意気揚々と帰路に着く僕は、背後から、騒がしい足音がするのに気が付いた。
「何だ?」
思わず、振り返ると……
「ごぅらぁぁー、われ! 待てや!」
「バラすぞ、ごらぁ!」
「はぁ!?」
何と、後ろから追って来るのはヤクザ風の男達。そう……あの夢の中に出て来た奴らだった。
「どうしてだぁ!」
僕は逃げる、逃げる……会社の中を。
訳が分からなかった。どうして、女の誘いを断ったのに、こんな目に遭うんだ?
どうにか撒いて、とある部屋に逃げ込んだ。取り敢えずは、ホッと一息吐く。
すると……
「ようこそ! 我らが世界へ!」
「我らと共に、人生ゲームを始めよう!」
「はぁあ!?」
そこに居たのは、見覚えのある黒尽くめ。
いや、訳が分からない。こいつらは、あの凶夢の中の話だろう?
逃げる、逃げる。部屋を出て、兎に角、逃げる。
おかしい……この会社は、おかしい。
というか、そもそも僕って、会社員だったっけ?
今日って、バレンタインだったっけ?
全ての記憶があやふやで、よく分からない。
「そうか……」
考えて、考えて……一つの結論に辿り着いた時には、僕はそのオフィスビルを出ていた。
「この世界も、きっと……」
その時……まさに、僕の真上から、何かが降って来た。
それが、原田さんなのかどうかは、確かめる術はない……
ただ僕は、今度こそ凶夢が醒めて、まともな現実に目覚めることを祈っていた。