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#3

ー/ー



 混沌とした船上に薄日が射す。
 冷たい風がブランケットのすそと台本をはためかせた。

 いまとなっては五月祭の舞台に立つどころか、いつイギリスへ帰れるかもわからない。このカルパチア号がどこへ俺たちを連れて行くのかさえ。

 俺は力なく床に座り込み、デッキの壁に寄りかかった。台本を膝の上に載せ、指先でタイトルをなぞる。

 いまや俺の全財産はこの台本とポケットの懐中時計だけだ。教科書も宿題の束も洋服も、すべて海に沈んだ。俺は時計を取り出し、文字盤を見つめた。父さんはどんな思いで、この時計を俺にくれたんだろう。

 形だけの間に合わせ? それとも、なにか意味が込められているのか。本人に訊かなきゃ、わからないよな……。でも、意味があると期待して、肩透かしを食うのが怖い。

 吹きつける風がパラパラと台本をめくった。最後のページに俺の落書きが残っている。昨夜、部屋でブライアンを待つあいだ書いた独り言だ。

 どれほど幸せか、どれほど愛されてるか。
 どれだけ世界が広いのか――。

 それを知ることができたら、運命は俺を最もふさわしい場所へと運んでくれる……?

 そこはどんな場所だろう。
 俺は望んだ場所にいつかたどり着けるのか。

 問いの答えを知る時、俺は大人になれるのか。答えを得た後、俺は変われるのか。それとも変わらなければ、答えは得られないのだろうか。

 今の俺じゃ、たどり着ける気がしない。どこにも……。

 持て余した心を綴ったその言葉の下に、ブライアンの文字(メッセージ)を見つけ、俺は目を疑った。
  
You'll get there(たどり着けるよ).』
 
 いつ書き込んだんだ。俺が着替えてるときか……? 
 鼻の奥がつんと痛くなる。俺は泣きそうになるのをこらえた。
 ブライアンの文字がかすんでいく。

 ずるいだろ、こんなの。文字じゃなく、直接俺に伝えろよ。

 ひとりにしないでくれ。早くここに来いよ。俺だけイギリスに帰すつもりかよ。約束したくせに。
 また会おうって、約束したくせに――。


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みんなのリアクション

 混沌とした船上に薄日が射す。
 冷たい風がブランケットのすそと台本をはためかせた。
 いまとなっては五月祭の舞台に立つどころか、いつイギリスへ帰れるかもわからない。このカルパチア号がどこへ俺たちを連れて行くのかさえ。
 俺は力なく床に座り込み、デッキの壁に寄りかかった。台本を膝の上に載せ、指先でタイトルをなぞる。
 いまや俺の全財産はこの台本とポケットの懐中時計だけだ。教科書も宿題の束も洋服も、すべて海に沈んだ。俺は時計を取り出し、文字盤を見つめた。父さんはどんな思いで、この時計を俺にくれたんだろう。
 形だけの間に合わせ? それとも、なにか意味が込められているのか。本人に訊かなきゃ、わからないよな……。でも、意味があると期待して、肩透かしを食うのが怖い。
 吹きつける風がパラパラと台本をめくった。最後のページに俺の落書きが残っている。昨夜、部屋でブライアンを待つあいだ書いた独り言だ。
 どれほど幸せか、どれほど愛されてるか。
 どれだけ世界が広いのか――。
 それを知ることができたら、運命は俺を最もふさわしい場所へと運んでくれる……?
 そこはどんな場所だろう。
 俺は望んだ場所にいつかたどり着けるのか。
 問いの答えを知る時、俺は大人になれるのか。答えを得た後、俺は変われるのか。それとも変わらなければ、答えは得られないのだろうか。
 今の俺じゃ、たどり着ける気がしない。どこにも……。
 持て余した心を綴ったその言葉の下に、ブライアンの|文字《メッセージ》を見つけ、俺は目を疑った。
『|You'll get there《たどり着けるよ》.』
 いつ書き込んだんだ。俺が着替えてるときか……? 
 鼻の奥がつんと痛くなる。俺は泣きそうになるのをこらえた。
 ブライアンの文字がかすんでいく。
 ずるいだろ、こんなの。文字じゃなく、直接俺に伝えろよ。
 ひとりにしないでくれ。早くここに来いよ。俺だけイギリスに帰すつもりかよ。約束したくせに。
 また会おうって、約束したくせに――。