#5
ー/ー 少しずつ船体が傾斜角度を増していくのに比例して、前列が徐々に捌けていく。
俺は永遠にボートの順番が回ってこなければいいと思った。ここでブライアンと別れたら次はどこで会えるんだ。ニューヨークで、イギリスで?
誰か確かな未来を教えてくれよ。俺もブライアンも助かるんだろ? イギリスに戻ったら父さんの小言にうんざりする日々が待ってるんだろ?
「次のボートには乗れそうだな、アシュリー」
ほっとしたようにブライアンがつぶやいた。
「俺は乗りたくない……」
その声は周囲の喧騒にかき消された。またひとり、またひとりとボートに乗りこみ、とうとう俺の番が来てしまう。
そうだ、謝らなきゃ、伝えなくちゃ、ぐずぐずするな。早く。
「俺、ブライアンをはみ出し者だなんて思ってない。型にはまらず自由に生きるブライアンに憧れてた。ずっとブライアンみたいになりたいと思ってた」
唐突に早口で伝えた俺に、ブライアンが目を細めわずかに笑った。
俺は永遠にボートの順番が回ってこなければいいと思った。ここでブライアンと別れたら次はどこで会えるんだ。ニューヨークで、イギリスで?
誰か確かな未来を教えてくれよ。俺もブライアンも助かるんだろ? イギリスに戻ったら父さんの小言にうんざりする日々が待ってるんだろ?
「次のボートには乗れそうだな、アシュリー」
ほっとしたようにブライアンがつぶやいた。
「俺は乗りたくない……」
その声は周囲の喧騒にかき消された。またひとり、またひとりとボートに乗りこみ、とうとう俺の番が来てしまう。
そうだ、謝らなきゃ、伝えなくちゃ、ぐずぐずするな。早く。
「俺、ブライアンをはみ出し者だなんて思ってない。型にはまらず自由に生きるブライアンに憧れてた。ずっとブライアンみたいになりたいと思ってた」
唐突に早口で伝えた俺に、ブライアンが目を細めわずかに笑った。
「嬉しいよ。ありがとう」
「実の父親だと黙ってたことに関しては相当議論の余地があるけどな」
ブライアンが「そうだね」とうなずき、丸めてコートのポケットに忍ばせていた台本を俺によこした。貴重品を持ち出すべきところ、台本かよとあっけにとられる。
「五月祭の舞台、楽しみにしてるよ」
「無事にイギリスへ帰れるかもわからないだろ」
「なに言ってるんだい。帰れるさ、王子様」
その自信はどこからくるんだ。だけどいまの弱気な俺には心強い励ましに聞こえた。
「夢はあきらめちゃいけないよ。きっと、両立できる道が見つかるはずだ。仕事ばかりじゃ自分の世界や可能性は広がらないからね。柔軟に、たくさんのことに興味を持って、気になったことはどんどんチャレンジするんだよ」
「実の父親だと黙ってたことに関しては相当議論の余地があるけどな」
ブライアンが「そうだね」とうなずき、丸めてコートのポケットに忍ばせていた台本を俺によこした。貴重品を持ち出すべきところ、台本かよとあっけにとられる。
「五月祭の舞台、楽しみにしてるよ」
「無事にイギリスへ帰れるかもわからないだろ」
「なに言ってるんだい。帰れるさ、王子様」
その自信はどこからくるんだ。だけどいまの弱気な俺には心強い励ましに聞こえた。
「夢はあきらめちゃいけないよ。きっと、両立できる道が見つかるはずだ。仕事ばかりじゃ自分の世界や可能性は広がらないからね。柔軟に、たくさんのことに興味を持って、気になったことはどんどんチャレンジするんだよ」
台本を受け取ると、ブライアンは自分のマフラーをはずし、俺の首元にぐるりと巻いた。カシミアのやわらかな生地が頬をなでる。
「……わかったよ。いいか、ブライアン。できるだけ早くボートに乗れよ」
「約束する。ニューヨークで会おう」
どこからか微かにストリングスの音色が聴こえた。なぜこんなときに。場違いなその美しい調べは、沈みゆく船上で誰のために奏でられているのか。
さあ、とブライアンがボートに乗るよう俺をうながす。
俺は一歩進み、振り返る。
ブライアンのぬくもり、匂い、力強さと優しさ。すべてを失いたくて腕を伸ばした。
「ブライアン……」
「アシュリー、愛しているよ」
俺たちはほんの刹那、強く抱き合って体を離した。
ブライアンの肩越しに青く小さな南十字星が、儚く瞬いていた。
「……わかったよ。いいか、ブライアン。できるだけ早くボートに乗れよ」
「約束する。ニューヨークで会おう」
どこからか微かにストリングスの音色が聴こえた。なぜこんなときに。場違いなその美しい調べは、沈みゆく船上で誰のために奏でられているのか。
さあ、とブライアンがボートに乗るよう俺をうながす。
俺は一歩進み、振り返る。
ブライアンのぬくもり、匂い、力強さと優しさ。すべてを失いたくて腕を伸ばした。
「ブライアン……」
「アシュリー、愛しているよ」
俺たちはほんの刹那、強く抱き合って体を離した。
ブライアンの肩越しに青く小さな南十字星が、儚く瞬いていた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
少しずつ船体が傾斜角度を増していくのに比例して、前列が徐々に|捌《は》けていく。
俺は永遠にボートの順番が回ってこなければいいと思った。ここでブライアンと別れたら次はどこで会えるんだ。ニューヨークで、イギリスで?
誰か確かな未来を教えてくれよ。俺もブライアンも助かるんだろ? イギリスに戻ったら父さんの小言にうんざりする日々が待ってるんだろ?
「次のボートには乗れそうだな、アシュリー」
ほっとしたようにブライアンがつぶやいた。
ほっとしたようにブライアンがつぶやいた。
「俺は乗りたくない……」
その声は周囲の喧騒にかき消された。またひとり、またひとりとボートに乗りこみ、とうとう俺の番が来てしまう。
そうだ、謝らなきゃ、伝えなくちゃ、ぐずぐずするな。早く。
「俺、ブライアンをはみ出し者だなんて思ってない。型にはまらず自由に生きるブライアンに憧れてた。ずっとブライアンみたいになりたいと思ってた」
唐突に早口で伝えた俺に、ブライアンが目を細めわずかに笑った。
「嬉しいよ。ありがとう」
「実の父親だと黙ってたことに関しては相当議論の余地があるけどな」
「実の父親だと黙ってたことに関しては相当議論の余地があるけどな」
ブライアンが「そうだね」とうなずき、丸めてコートのポケットに忍ばせていた台本を俺によこした。貴重品を持ち出すべきところ、台本かよとあっけにとられる。
「|五月祭《メイデイ》の舞台、楽しみにしてるよ」
「無事にイギリスへ帰れるかもわからないだろ」
「なに言ってるんだい。帰れるさ、王子様」
「無事にイギリスへ帰れるかもわからないだろ」
「なに言ってるんだい。帰れるさ、王子様」
その自信はどこからくるんだ。だけどいまの弱気な俺には心強い励ましに聞こえた。
「夢はあきらめちゃいけないよ。きっと、両立できる道が見つかるはずだ。仕事ばかりじゃ自分の世界や可能性は広がらないからね。柔軟に、たくさんのことに興味を持って、気になったことはどんどんチャレンジするんだよ」
台本を受け取ると、ブライアンは自分のマフラーをはずし、俺の首元にぐるりと巻いた。カシミアのやわらかな生地が頬をなでる。
「……わかったよ。いいか、ブライアン。できるだけ早くボートに乗れよ」
「約束する。ニューヨークで会おう」
「約束する。ニューヨークで会おう」
どこからか微かにストリングスの音色が聴こえた。なぜこんなときに。場違いなその美しい調べは、沈みゆく船上で誰のために奏でられているのか。
さあ、とブライアンがボートに乗るよう俺をうながす。
俺は一歩進み、振り返る。
ブライアンのぬくもり、匂い、力強さと優しさ。すべてを失いたくて腕を伸ばした。
俺は一歩進み、振り返る。
ブライアンのぬくもり、匂い、力強さと優しさ。すべてを失いたくて腕を伸ばした。
「ブライアン……」
「アシュリー、愛しているよ」
「アシュリー、愛しているよ」
俺たちはほんの刹那、強く抱き合って体を離した。
ブライアンの肩越しに青く小さな|南十字星《サザンクロス》が、儚く瞬いていた。
ブライアンの肩越しに青く小さな|南十字星《サザンクロス》が、儚く瞬いていた。