#3
ー/ー エレベーターに乗り最上階のデッキへ出ると、すでに大勢のひとが集まり騒然としていた。昇降装置から海面へ救命ボートを降ろす作業が始まっていて、長い順番待ちの列ができている。
「女性とお子さんが優先です!」
航海士が乗客に協力を求め、スチュワードたちは納得しない男性客の対応に追われていた。
「アシュリーも並んで」
「女性と子供が先だろ。俺はブライアンと乗れるまで待つよ」
「君だって子供だ」
「うるさい」
数隻待てば俺は子供枠で順番が回ってくる。でも、ブライアンは? 一等船客だからといって、船が沈む前に必ずボートに乗せてもらえるのか? 二等、三等の女性や子供が次々とやってくるのに。
俺はコートの襟を立て、いち早くボートへ乗り込もうとする乗客たちの姿を遠巻きに眺めた。
手漕ぎボートで月明かりもない暗い海に出るより、煌々と電気の点るタイタニックに残ったほうが安全な気がする。
現在地がカナダ付近だとして、アメリカまでまだ何百マイルもあるし、救難艇にいつ拾われるかもわからない。
俺はポケットの懐中時計を取り出した。父さんが誕生日にくれたものだ。蓋を開けると午前一時を指していた。
「女性とお子さんが優先です!」
航海士が乗客に協力を求め、スチュワードたちは納得しない男性客の対応に追われていた。
「アシュリーも並んで」
「女性と子供が先だろ。俺はブライアンと乗れるまで待つよ」
「君だって子供だ」
「うるさい」
数隻待てば俺は子供枠で順番が回ってくる。でも、ブライアンは? 一等船客だからといって、船が沈む前に必ずボートに乗せてもらえるのか? 二等、三等の女性や子供が次々とやってくるのに。
俺はコートの襟を立て、いち早くボートへ乗り込もうとする乗客たちの姿を遠巻きに眺めた。
手漕ぎボートで月明かりもない暗い海に出るより、煌々と電気の点るタイタニックに残ったほうが安全な気がする。
現在地がカナダ付近だとして、アメリカまでまだ何百マイルもあるし、救難艇にいつ拾われるかもわからない。
俺はポケットの懐中時計を取り出した。父さんが誕生日にくれたものだ。蓋を開けると午前一時を指していた。
なんだか頭がぼうっとする。ブライアンの話を聞いてから、視界に映るものすべてフィルターをかけたように現実味が感じられず、夢の中にいるみたいだ。
「ブライアン……本当に沈んだら、保険金の支払いは莫大な額になるだろうな」
郵船としての機能を持つタイタニックは郵便のほか多くの貨物を積んでいて、アメリカへ移住するために家財道具一式を持ち込んだ乗客も相当数いるだろう。それが全部海の藻くずとなるなんて、悲劇だ。
「沈むんだよ、本当に。いつまでものんきなこと言ってないで、いい加減列に並んでくれないか。私は気が気じゃないよ」
「俺だって気が気じゃないよ。ブライアンはいつ乗れるんだ。同じボートの席が確保できるまで、俺はここにいる」
「アシュリー、この状況がわからないのか。時間が経つにつれどんどん人が増えて収拾がつかなくなる。混乱に巻き込まれれば、助かる命も助からない」
「でも、タイタニックが沈むなんて……」
そのとき、前方から金属の軋む音が聞こえ船体が船首方向に傾いた。
いたるところで悲鳴が上がる。俺はバランスを崩し転びかけた。とっさにブライアンが目の前の手すりに掴まり、俺の体を支えた。息が止まるほどの衝撃だった。
船が沈んでいく――。
紛れもない現実を目の当たりにして、半信半疑でいた俺は動揺した。信じたくなかった。いま起こっていることが、すべて現実だなんて。
「ブライアン……本当に沈んだら、保険金の支払いは莫大な額になるだろうな」
郵船としての機能を持つタイタニックは郵便のほか多くの貨物を積んでいて、アメリカへ移住するために家財道具一式を持ち込んだ乗客も相当数いるだろう。それが全部海の藻くずとなるなんて、悲劇だ。
「沈むんだよ、本当に。いつまでものんきなこと言ってないで、いい加減列に並んでくれないか。私は気が気じゃないよ」
「俺だって気が気じゃないよ。ブライアンはいつ乗れるんだ。同じボートの席が確保できるまで、俺はここにいる」
「アシュリー、この状況がわからないのか。時間が経つにつれどんどん人が増えて収拾がつかなくなる。混乱に巻き込まれれば、助かる命も助からない」
「でも、タイタニックが沈むなんて……」
そのとき、前方から金属の軋む音が聞こえ船体が船首方向に傾いた。
いたるところで悲鳴が上がる。俺はバランスを崩し転びかけた。とっさにブライアンが目の前の手すりに掴まり、俺の体を支えた。息が止まるほどの衝撃だった。
船が沈んでいく――。
紛れもない現実を目の当たりにして、半信半疑でいた俺は動揺した。信じたくなかった。いま起こっていることが、すべて現実だなんて。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
エレベーターに乗り最上階のデッキへ出ると、すでに大勢のひとが集まり騒然としていた。|昇降装置《ダビット》から海面へ救命ボートを降ろす作業が始まっていて、長い順番待ちの列ができている。
「女性とお子さんが優先です!」
航海士が乗客に協力を求め、スチュワードたちは納得しない男性客の対応に追われていた。
「アシュリーも並んで」
「女性と子供が先だろ。俺はブライアンと乗れるまで待つよ」
「君だって子供だ」
「うるさい」
「女性と子供が先だろ。俺はブライアンと乗れるまで待つよ」
「君だって子供だ」
「うるさい」
数隻待てば俺は子供枠で順番が回ってくる。でも、ブライアンは? 一等船客だからといって、船が沈む前に必ずボートに乗せてもらえるのか? 二等、三等の女性や子供が次々とやってくるのに。
俺はコートの襟を立て、いち早くボートへ乗り込もうとする乗客たちの姿を遠巻きに眺めた。
手漕ぎボートで月明かりもない暗い海に出るより、煌々と電気の点るタイタニックに残ったほうが安全な気がする。
現在地がカナダ付近だとして、アメリカまでまだ何百マイルもあるし、救難艇にいつ拾われるかもわからない。
俺はポケットの懐中時計を取り出した。父さんが誕生日にくれたものだ。蓋を開けると午前一時を指していた。
なんだか頭がぼうっとする。ブライアンの話を聞いてから、視界に映るものすべてフィルターをかけたように現実味が感じられず、夢の中にいるみたいだ。
「ブライアン……本当に沈んだら、保険金の支払いは莫大な額になるだろうな」
郵船としての機能を持つタイタニックは郵便のほか多くの貨物を積んでいて、アメリカへ移住するために家財道具一式を持ち込んだ乗客も相当数いるだろう。それが全部海の藻くずとなるなんて、悲劇だ。
「沈むんだよ、本当に。いつまでものんきなこと言ってないで、いい加減列に並んでくれないか。私は気が気じゃないよ」
「俺だって気が気じゃないよ。ブライアンはいつ乗れるんだ。同じボートの席が確保できるまで、俺はここにいる」
「俺だって気が気じゃないよ。ブライアンはいつ乗れるんだ。同じボートの席が確保できるまで、俺はここにいる」
「アシュリー、この状況がわからないのか。時間が経つにつれどんどん人が増えて収拾がつかなくなる。混乱に巻き込まれれば、助かる命も助からない」
「でも、タイタニックが沈むなんて……」
「でも、タイタニックが沈むなんて……」
そのとき、前方から金属の軋む音が聞こえ船体が船首方向に傾いた。
いたるところで悲鳴が上がる。俺はバランスを崩し転びかけた。とっさにブライアンが目の前の手すりに掴まり、俺の体を支えた。息が止まるほどの衝撃だった。
船が沈んでいく――。
紛れもない現実を目の当たりにして、半信半疑でいた俺は動揺した。信じたくなかった。いま起こっていることが、すべて現実だなんて。