#2
ー/ー「俺は、ブライアンの息子なのか」
恐るおそる訊ねた。少し声が震えた。沈黙ののち視線を背けていたブライアンが、観念したように俺を見た。
「そうだよ、アシュリー……君は私の息子だ。写真の女性は君の母親で、アメリカ留学のときに出会ったんだ」
「俺の母さん……? どうして黙ってたんだ。俺は養子に出されたのか?」
「アシュリーを授かった十七年前、私たちは学生だった。彼女は休学して君を産んだんだ。けれど……アシュリーが一歳になる直前、病気で亡くなってしまった。まともな子育ては無理だと見かねた兄さんが私をイギリスに呼び戻し、アシュリーを養子にと申し出てくれたんだ」
「理解できない。自分の子供を手放すなんて、愛してなかったってことだろ」
「誤解しないでくれ。私も彼女も心から君を愛していた。私ひとりで育てようとも思った。でも、兄さんの後ろ盾があればよりよい人生を歩める。兄さんは私と違って立派なひとだ。誰よりもアシュリーを幸せにしてやれると思ったんだよ」
「なんだよ、それ」
俺のため……考えた末の決断だと言われても納得できないし、心が追いつかない。
恐るおそる訊ねた。少し声が震えた。沈黙ののち視線を背けていたブライアンが、観念したように俺を見た。
「そうだよ、アシュリー……君は私の息子だ。写真の女性は君の母親で、アメリカ留学のときに出会ったんだ」
「俺の母さん……? どうして黙ってたんだ。俺は養子に出されたのか?」
「アシュリーを授かった十七年前、私たちは学生だった。彼女は休学して君を産んだんだ。けれど……アシュリーが一歳になる直前、病気で亡くなってしまった。まともな子育ては無理だと見かねた兄さんが私をイギリスに呼び戻し、アシュリーを養子にと申し出てくれたんだ」
「理解できない。自分の子供を手放すなんて、愛してなかったってことだろ」
「誤解しないでくれ。私も彼女も心から君を愛していた。私ひとりで育てようとも思った。でも、兄さんの後ろ盾があればよりよい人生を歩める。兄さんは私と違って立派なひとだ。誰よりもアシュリーを幸せにしてやれると思ったんだよ」
「なんだよ、それ」
俺のため……考えた末の決断だと言われても納得できないし、心が追いつかない。
「兄さんがアメリカ行きを怒って反対したのは、アシュリーが出生のルーツを知ってしまうのではと不安だったからかもしれない」
どんな思いで父さんは俺を育てたんだ。
懐かない俺を、反抗してばかりの俺を。
自分の子供だと言い聞かせて接してきたのか。十七年間も。
それって、ひどくないか。父さんに対しても、俺に対しても。あまりにきつい現実が、俺の呼吸を乱す。
「アシュリー、詳しくは後で話そう。今この船に大変なことが起きてる。三十分ほど前に地震のような揺れがあっただろう。氷山にぶつかったんだ。かなりの区画が浸水して、沈没は免れないとスチュワードたちが話していた。一等船客から避難を開始するらしい。アシュリーも急いで着替えて。外は寒い。できるだけ厚着するんだ」
思いもよらない話を畳みかけられ絶句した。
俺は、ブライアンの息子だった。
そしていま、不沈船と呼ばれたタイタニックが海の底へ沈もうとしている。
にわかに信じられずにいたところへ、客室係の女性が救命胴衣を配りにやって来た。渡された胴衣は役に立つのか疑わしいほど薄っぺらいものだった。
「フレイザー様、貴重品のみお持ちになり、メインデッキへ避難願います」
俺たちを不安にさせないよう平静を装ってはいても、彼女の声はうわずっていた。
どんな思いで父さんは俺を育てたんだ。
懐かない俺を、反抗してばかりの俺を。
自分の子供だと言い聞かせて接してきたのか。十七年間も。
それって、ひどくないか。父さんに対しても、俺に対しても。あまりにきつい現実が、俺の呼吸を乱す。
「アシュリー、詳しくは後で話そう。今この船に大変なことが起きてる。三十分ほど前に地震のような揺れがあっただろう。氷山にぶつかったんだ。かなりの区画が浸水して、沈没は免れないとスチュワードたちが話していた。一等船客から避難を開始するらしい。アシュリーも急いで着替えて。外は寒い。できるだけ厚着するんだ」
思いもよらない話を畳みかけられ絶句した。
俺は、ブライアンの息子だった。
そしていま、不沈船と呼ばれたタイタニックが海の底へ沈もうとしている。
にわかに信じられずにいたところへ、客室係の女性が救命胴衣を配りにやって来た。渡された胴衣は役に立つのか疑わしいほど薄っぺらいものだった。
「フレイザー様、貴重品のみお持ちになり、メインデッキへ避難願います」
俺たちを不安にさせないよう平静を装ってはいても、彼女の声はうわずっていた。
沈むのか、本当に。
よりによって、俺たちの乗っている船が――。
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「俺は、ブライアンの息子なのか」
恐るおそる訊ねた。少し声が震えた。沈黙ののち視線を背けていたブライアンが、観念したように俺を見た。
「そうだよ、アシュリー……君は私の息子だ。写真の女性は君の母親で、アメリカ留学のときに出会ったんだ」
「俺の母さん……? どうして黙ってたんだ。俺は養子に出されたのか?」
「アシュリーを授かった十七年前、私たちは学生だった。彼女は休学して君を産んだんだ。けれど……アシュリーが一歳になる直前、病気で亡くなってしまった。まともな子育ては無理だと見かねた兄さんが私をイギリスに呼び戻し、アシュリーを養子にと申し出てくれたんだ」
「理解できない。自分の子供を手放すなんて、愛してなかったってことだろ」
「誤解しないでくれ。私も彼女も心から君を愛していた。私ひとりで育てようとも思った。でも、兄さんの後ろ盾があればよりよい人生を歩める。兄さんは私と違って立派なひとだ。誰よりもアシュリーを幸せにしてやれると思ったんだよ」
「なんだよ、それ」
俺のため……考えた末の決断だと言われても納得できないし、心が追いつかない。
「兄さんがアメリカ行きを怒って反対したのは、アシュリーが出生のルーツを知ってしまうのではと不安だったからかもしれない」
どんな思いで父さんは俺を育てたんだ。
懐かない俺を、反抗してばかりの俺を。
自分の子供だと言い聞かせて接してきたのか。十七年間も。
懐かない俺を、反抗してばかりの俺を。
自分の子供だと言い聞かせて接してきたのか。十七年間も。
それって、ひどくないか。父さんに対しても、俺に対しても。あまりにきつい現実が、俺の呼吸を乱す。
「アシュリー、詳しくは後で話そう。今この船に大変なことが起きてる。三十分ほど前に地震のような揺れがあっただろう。氷山にぶつかったんだ。かなりの区画が浸水して、沈没は免れないとスチュワードたちが話していた。一等船客から避難を開始するらしい。アシュリーも急いで着替えて。外は寒い。できるだけ厚着するんだ」
思いもよらない話を畳みかけられ絶句した。
俺は、ブライアンの息子だった。
そしていま、不沈船と呼ばれたタイタニックが海の底へ沈もうとしている。
俺は、ブライアンの息子だった。
そしていま、不沈船と呼ばれたタイタニックが海の底へ沈もうとしている。
にわかに信じられずにいたところへ、客室係の女性が救命胴衣を配りにやって来た。渡された胴衣は役に立つのか疑わしいほど薄っぺらいものだった。
「フレイザー様、貴重品のみお持ちになり、メインデッキへ避難願います」
俺たちを不安にさせないよう平静を装ってはいても、彼女の声はうわずっていた。
俺たちを不安にさせないよう平静を装ってはいても、彼女の声はうわずっていた。
沈むのか、本当に。
よりによって、俺たちの乗っている船が――。