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#1

ー/ー



 図書室でしばらく時間を過ごし部屋に戻ると、ブライアンは不在だった。
 気を張って戻って来たのに拍子抜けだ。

 時刻は二十二時半を回っている。バーに酒でも飲みに行ったのか。

 しばらく台本を読んだり思いついた言葉を書き留めたりして待ったものの、なかなか戻って来ない。俺は先にシャワーを浴び、ルームサービスで紅茶を頼んだ。

 飲みながら謝罪の言葉をどう切り出そうか思案していたときだった。突然地震に似た振動が部屋全体を小刻みに揺らした。

 ティーカップとソーサーが触れ合いカチカチと小さく音を立てる。なにかあったのかと窓から外を眺めてみたけれど、霧ひとつない澄んだ夜が広がっているだけだった。

 エンジントラブルなのか、そのうち停船し奇妙な静けさが部屋に満ち始める。

 ブライアンはなにしてるんだ。俺はずっと落ち着かず、ガウンを羽織りベッドに座り込んだ。日付が変わる前に謝れるかだんだん怪しくなってきた。まさか深酒してつぶれてるんじゃないだろうな。

*

 午前零時過ぎ、不穏な空気に耐えかねて、外の様子を見に行こうとドアを開けたとき、ちょうど戻ってきたブライアンと鉢合わせた。

 俺が前を見ず体当たりしたせいで、ブライアンが抱えていた手帳と数枚の写真が絨毯に落ちた。取材用のメモだろうか。

「ごめん、ブライアン」
「いいんだアシュリー。私が拾う。触らないでくれ」
「は?」
 触るなってなんだよ。拒否され頭にきた俺はむきになって拾い上げた。

「この写真……もしかしてブライアン……?」
「見ないでくれ、頼むから」

 俺から取り上げようとするブライアンの手を払い写真を凝視した。
 二十代、いやもっと若い。

 十代後半のブライアンと、同じ年ごろの綺麗な女性が写っていて、その腕には金髪の赤ん坊が抱かれていた。フランス語教室の彼女じゃない。

「結婚してたのかよ」

 独身だとばかり思っていたので面食らった。二枚目の写真は、三、四歳くらいの俺とブライアンのツーショットだった。

 余白に『Dear my son, Ashley.』と記されている。
 心臓が、どくんと跳ね上がった。

「これ、どういう……息子って」
「親しみを込めてそう書いただけだよ。さあ、返してくれ」

「もう一枚の写真は? この女性(ひと)と結婚したんだろ? どこに住んでるんだ? 抱いてる赤ん坊はどこのどいつだよ。ブライアンの子供なんだろ」

「アシュリー、いまはそれどころじゃないんだ」
「逃げるなよ!」

 俺は高ぶる気持ちを抑えきれず、拳で壁を叩きつけた。ブライアンは押し黙った。

 ずっと疑問だった。どうして俺は父さんよりブライアンに似ているのか。
 父さんに馴染めず、ブライアンに親しみを感じるのか。
 ブライアンと仲良くしていると、なぜ父さんは不機嫌になるのか。


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みんなのリアクション

 図書室でしばらく時間を過ごし部屋に戻ると、ブライアンは不在だった。
 気を張って戻って来たのに拍子抜けだ。
 時刻は二十二時半を回っている。バーに酒でも飲みに行ったのか。
 しばらく台本を読んだり思いついた言葉を書き留めたりして待ったものの、なかなか戻って来ない。俺は先にシャワーを浴び、ルームサービスで紅茶を頼んだ。
 飲みながら謝罪の言葉をどう切り出そうか思案していたときだった。突然地震に似た振動が部屋全体を小刻みに揺らした。
 ティーカップとソーサーが触れ合いカチカチと小さく音を立てる。なにかあったのかと窓から外を眺めてみたけれど、霧ひとつない澄んだ夜が広がっているだけだった。
 エンジントラブルなのか、そのうち停船し奇妙な静けさが部屋に満ち始める。
 ブライアンはなにしてるんだ。俺はずっと落ち着かず、ガウンを羽織りベッドに座り込んだ。日付が変わる前に謝れるかだんだん怪しくなってきた。まさか深酒してつぶれてるんじゃないだろうな。
*
 午前零時過ぎ、不穏な空気に耐えかねて、外の様子を見に行こうとドアを開けたとき、ちょうど戻ってきたブライアンと鉢合わせた。
 俺が前を見ず体当たりしたせいで、ブライアンが抱えていた手帳と数枚の写真が絨毯に落ちた。取材用のメモだろうか。
「ごめん、ブライアン」
「いいんだアシュリー。私が拾う。触らないでくれ」
「は?」
 触るなってなんだよ。拒否され頭にきた俺はむきになって拾い上げた。
「この写真……もしかしてブライアン……?」
「見ないでくれ、頼むから」
 俺から取り上げようとするブライアンの手を払い写真を凝視した。
 二十代、いやもっと若い。
 十代後半のブライアンと、同じ年ごろの綺麗な女性が写っていて、その腕には金髪の赤ん坊が抱かれていた。フランス語教室の彼女じゃない。
「結婚してたのかよ」
 独身だとばかり思っていたので面食らった。二枚目の写真は、三、四歳くらいの俺とブライアンのツーショットだった。
 余白に『Dear my son, Ashley.』と記されている。
 心臓が、どくんと跳ね上がった。
「これ、どういう……息子って」
「親しみを込めてそう書いただけだよ。さあ、返してくれ」
「もう一枚の写真は? この|女性《ひと》と結婚したんだろ? どこに住んでるんだ? 抱いてる赤ん坊はどこのどいつだよ。ブライアンの子供なんだろ」
「アシュリー、いまはそれどころじゃないんだ」
「逃げるなよ!」
 俺は高ぶる気持ちを抑えきれず、拳で壁を叩きつけた。ブライアンは押し黙った。
 ずっと疑問だった。どうして俺は父さんよりブライアンに似ているのか。
 父さんに馴染めず、ブライアンに親しみを感じるのか。
 ブライアンと仲良くしていると、なぜ父さんは不機嫌になるのか。