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#2

ー/ー



「久しぶりだな、ブライアンが迎えに来てくれるの」

「たまにはいいだろう? それにしても見違えたよアシュリー。ここ数か月でずいぶん大人っぽくなったね。義姉さんに聞いたよ。甥っ子が五月祭(メイデイ)の王子役なんて、私は鼻が高い」

「そんな風に思ってもらえて嬉しいよ。父さんは嫌な顔するだろうから、まだ話してないんだ」

 父さんは演劇に関して理解がない。というか毛嫌いしている。貴族院で議員をしてるせいか、将来役に立たないものに時間を費やすのは無駄だと思っていて、社会に出て即戦えるよう学業に励めと強要してくる。

 演劇部に入った時も猛反対にあった。成績が落ちた時点で活動禁止という条件はいまも変わりない。

「なにか急ぎの用? オペラは来週だろ?」
 市街地の川沿いを通り、車は実家のウィンチェスターへ向け走り出した。

「そのことなんだが、急にアメリカへ行くことになってね」
「あー……そういうことか」

 春休み唯一のイベントは白紙だ。
 楽しみにしていただけに、がっかり感が半端ない。

「今度はどんな取材? 美術館の落成式典、古代遺跡に降る黒い雨の謎、季節的にカルガモの引っ越しとか」

 ブライアンはデイリー・エクスプレスのジャーナリストだ。四男という立ち位置のせいか職業もフレキシブル。議員や弁護士など地に足のついた職業を良しとするフレイザー家ではかなり異端(かわりもの)だ。逆に俺はブライアンの柔軟なチャレンジ精神を格好いいと思っていて、ずっと応援している。

「懐かしいな。確かにそんな仕事もあったねぇ」

 落成式典その他の取材は、ブライアンが駆け出しのころ実際に任された仕事だ。ちゃんと記事になって発売されて、ふたりして乾杯したのを覚えてる。

「自分の文章を何万ものひとに読んでもらえるって、気持ちいいよな。俺も一度はやってみたい」

「記事になるまでは大変だけど、やりがいがあるよ。アシュリーはスマートで行動力があるから、向いてるかもしれない」

 跡取りの俺がジャーナリストなんて父さんは許さないだろうな。
 とにかく頭の固い人だから。

「それでね、アシュリー。今回は仕事じゃないんだ。良かったら一緒にアメリカへ行かないか。タイタニック号に乗るんだ」
「……本当に?」

 思いがけない誘いに驚いた。タイタニックはホワイト・スター・ライン社が建造した世界最大級の客船だ。
 
 イギリス南部のサウサンプトンから、フランスのシェルブールとアイルランドのクイーンズタウンに寄港し、その後アメリカのニューヨークを目指す。大型豪華客船と謳われるだけあって注目度が高く、チケットは入手困難と各紙が報じていた。

 ブライアンは封筒を胸ポケットから取り出し、得意げに俺に寄こした。興味津々で封を開けると、一等のチケットが二枚入っていた。思いもよらないサプライズに鳥肌が立つ。

「乗りたいって言ってただろう」
「すごいな。どうやって手に入れたんだよ」

「めぐりめぐって私のところに回って来たんだ。何度も出航延期が続いたからね。いつ動くかわからない船にしびれを切らした持ち主が手放したんだよ。それを同僚が買い取ったんだけれど、先日盲腸で入院してしまってね。私が急きょ譲り受けたってわけさ」

「こんな幸運めったにないよ」

 俺は浮きたつような気持ちで奇跡のチケットを眺めた。タイタニックをこの目で確かめたい。どれほど豪華で、大型で、世界最新鋭なのかを。


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「久しぶりだな、ブライアンが迎えに来てくれるの」
「たまにはいいだろう? それにしても見違えたよアシュリー。ここ数か月でずいぶん大人っぽくなったね。義姉さんに聞いたよ。甥っ子が|五月祭《メイデイ》の王子役なんて、私は鼻が高い」
「そんな風に思ってもらえて嬉しいよ。父さんは嫌な顔するだろうから、まだ話してないんだ」
 父さんは演劇に関して理解がない。というか毛嫌いしている。貴族院で議員をしてるせいか、将来役に立たないものに時間を費やすのは無駄だと思っていて、社会に出て即戦えるよう学業に励めと強要してくる。
 演劇部に入った時も猛反対にあった。成績が落ちた時点で活動禁止という条件はいまも変わりない。
「なにか急ぎの用? オペラは来週だろ?」
 市街地の川沿いを通り、車は実家のウィンチェスターへ向け走り出した。
「そのことなんだが、急にアメリカへ行くことになってね」
「あー……そういうことか」
 春休み唯一のイベントは白紙だ。
 楽しみにしていただけに、がっかり感が半端ない。
「今度はどんな取材? 美術館の落成式典、古代遺跡に降る黒い雨の謎、季節的にカルガモの引っ越しとか」
 ブライアンはデイリー・エクスプレスのジャーナリストだ。四男という立ち位置のせいか職業もフレキシブル。議員や弁護士など地に足のついた職業を良しとするフレイザー家ではかなり|異端《かわりもの》だ。逆に俺はブライアンの柔軟なチャレンジ精神を格好いいと思っていて、ずっと応援している。
「懐かしいな。確かにそんな仕事もあったねぇ」
 落成式典その他の取材は、ブライアンが駆け出しのころ実際に任された仕事だ。ちゃんと記事になって発売されて、ふたりして乾杯したのを覚えてる。
「自分の文章を何万ものひとに読んでもらえるって、気持ちいいよな。俺も一度はやってみたい」
「記事になるまでは大変だけど、やりがいがあるよ。アシュリーはスマートで行動力があるから、向いてるかもしれない」
 跡取りの俺がジャーナリストなんて父さんは許さないだろうな。
 とにかく頭の固い人だから。
「それでね、アシュリー。今回は仕事じゃないんだ。良かったら一緒にアメリカへ行かないか。タイタニック号に乗るんだ」
「……本当に?」
 思いがけない誘いに驚いた。タイタニックはホワイト・スター・ライン社が建造した世界最大級の客船だ。
 イギリス南部のサウサンプトンから、フランスのシェルブールとアイルランドのクイーンズタウンに寄港し、その後アメリカのニューヨークを目指す。大型豪華客船と謳われるだけあって注目度が高く、チケットは入手困難と各紙が報じていた。
 ブライアンは封筒を胸ポケットから取り出し、得意げに俺に寄こした。興味津々で封を開けると、一等のチケットが二枚入っていた。思いもよらないサプライズに鳥肌が立つ。
「乗りたいって言ってただろう」
「すごいな。どうやって手に入れたんだよ」
「めぐりめぐって私のところに回って来たんだ。何度も出航延期が続いたからね。いつ動くかわからない船にしびれを切らした持ち主が手放したんだよ。それを同僚が買い取ったんだけれど、先日盲腸で入院してしまってね。私が急きょ譲り受けたってわけさ」
「こんな幸運めったにないよ」
 俺は浮きたつような気持ちで奇跡のチケットを眺めた。タイタニックをこの目で確かめたい。どれほど豪華で、大型で、世界最新鋭なのかを。