不穏
ー/ー
「これは熱があるな」
寝つきが悪かったものの、どうにか七時間の睡眠を確保した。だけど、身体は重だるい。用意してあった朝ごはんを胃袋に詰め込み、女性としての最低限の身だしなみだけは整えてバイトに向かった。
十一時の日差しは強くて駅に行くだけで汗まみれだ。電車のエアコンが涼しいと思ったのは最初だけで、汗が冷えて体温が奪われたせいか、目的地に着いた頃には頭痛にも襲われていた。これはいかん。
それでもバイトをこなさなければペナルティを課せられる。今後の女神業務に支障が出てしまってはまずい。
コンビニで買ったドリンク剤で残り少ない気合に燃料を注ぎ、四時間のバイトを乗り越えた。だけど、そのあとは隣の駅で十七時から二十時までのバイトが待っている。
「明日は休みだ。頑張ろう……」
次が短めだったことが幸いし、なんとかバイトをまっとうした私は、フラフラしながら家に帰り着いた。
「ただいまぁ」
「おかえり」
ダイニングから聞こえるお母さんの声で私の気合は燃え尽きた。
シャワーで汗を流し、トマトジュースで空腹を紛らわせてからフロンティアに降臨するつもりだったけどベッドに倒れ込んでしまった。
「ジュエールのチャージし忘れた……コンビニ……」
起き上がる気力がなかった。しばらくうつ伏していると、御飯ができたとお母さんが私を呼んだ。
「とりあえずご飯。コンビニはそのあと」
食べなければ元気にならない。食欲のない身体に栄養を流し入れようとダイニングに下りた。
「具合悪そうね。バイトのし過ぎ?」
「みたい。でも、明日は休みだから。今夜の女神の仕事も休もうかなぁ」
「女神って何よ。ともかく寝なさい。そういうときは食べるより寝るよ。ビタミンCと水は飲んでね」
二階に上がった私はハヤトの部屋ではなく自室に入って横になった。
「今日はサーラちゃんいるな。大丈夫っしょ。普段だって私がいないときはあるんだし」
今夜は女神の仕事はお休み。風邪なんだからしょうがないよね。我が家の看護師の言葉に従って私は寝ることにした。
その夜。泥のように眠る私はハヤトが帰ってくる夢を見た。
「ただいま」
玄関の扉が開き、隼人が入ってくる。
「おつかれさん。大変だったね」
「うん、大変だった。なんで俺がこんな目に」
隼人は疲れた顔を下に向けた。
「愚痴ったってしょうがないでしょ。私だって大変だったんだから」
「なんで?」
「あんたを助けるためよ。女神として力添えしてたの」
突然、隼人の表情が嫌悪に染まった。
「力添え? 嘘だ!」
「ホントよ。気づかなかった?」
「気づいてたよ。だけど、あのときは助けてくれなかった。だから俺は」
怒りか悲しみか、肩がわなないている。だけど、その理由がわからない。
「何よ、どういうこと?」
「だからサーラちゃんも……」
「何言ってるの? サーラちゃんがどうしたって?」
力を抜いた隼人が背を向けた。
「いいよ。もう終わったから。姉ちゃんこそお疲れさま」
「ちょっと、隼人。待って、どこに行くのよ」
隼人は玄関の扉を開けて、そのまま闇の中に消えていった。
「隼人?! 隼人!」
汗をかきながら目覚めた私は天井をぼーっと見ている。感覚からして熱はまだ下がりきってはいないようだ。枕もとの電子体温計を耳に三秒。三十七度六分の表示は治りかけとは言い難くて起きる気がしない。
カーテンが遮る陽光は弱いので曇り空なのだと思われる。
「雨の予報だったっけ」
降ってくる前にコンビニに行かないと厄介なので、私は身体を転がしてベッドを下りた。
ダイニングにはいつものように朝ごはんが用意してあり、お皿の下にはメモが挟んであった。
『友達と映画に行ってきます。お昼は自分でお願いね。熱が下がっていないのならおとなしく寝てなさい』
「それが寝てられないのよ。今日は立花君とデートなの」
少々の熱など問題じゃない。そのために昨日は早く寝たのだから。
汗でビッショリだったのでシャワーを浴びてから朝食をいただいた。
食後はいつものようにフロンティアにログインをする。真っ暗な画面に星が浮かんで流れだし、近づいてくる惑星の大陸へと降り立つような演出でフロンティアの視点に切り替わる。だけど、今日はいつもと少しだけ違う。普段はハヤトの直上になるはずなのに、今日は拠点としている町から離れた谷間だった。
「なんでこんなところに?」
ここにハヤトはいない。すぐそばには攻略されたらしいダンジョンの入口があって何組かのプレイヤーが集まっている。
「あのダンジョンに入った?」
妙な予感がしてダンジョンのレベルを確認してみたけど、『推奨攻略レベル二十』となっていた。
「なら、サーラちゃんと一緒なのかも」
ID検索をかけてみるけどサーラちゃんはログアウト状態だった。となれば、まだ宿屋で寝ているのかも。あいつも疲れているだろうし。
「いまのうちにコンビニ行くか」
確認するべきことはまだあった。だけど、私はそれをせずに席を立った。
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寝つきが悪かったものの、どうにか七時間の睡眠を確保した。だけど、身体は重だるい。用意してあった朝ごはんを胃袋に詰め込み、女性としての最低限の身だしなみだけは整えてバイトに向かった。
十一時の日差しは強くて駅に行くだけで汗まみれだ。電車のエアコンが涼しいと思ったのは最初だけで、汗が冷えて体温が奪われたせいか、目的地に着いた頃には頭痛にも襲われていた。これはいかん。
それでもバイトをこなさなければペナルティを課せられる。今後の女神業務に支障が出てしまってはまずい。
コンビニで買ったドリンク剤で残り少ない気合に燃料を注ぎ、四時間のバイトを乗り越えた。だけど、そのあとは隣の駅で十七時から二十時までのバイトが待っている。
「明日は休みだ。頑張ろう……」
次が短めだったことが幸いし、なんとかバイトをまっとうした私は、フラフラしながら家に帰り着いた。
「ただいまぁ」
「おかえり」
ダイニングから聞こえるお母さんの声で私の気合は燃え尽きた。
シャワーで汗を流し、トマトジュースで空腹を紛らわせてからフロンティアに降臨するつもりだったけどベッドに倒れ込んでしまった。
「ジュエールのチャージし忘れた……コンビニ……」
起き上がる気力がなかった。しばらくうつ伏していると、御飯ができたとお母さんが私を呼んだ。
「とりあえずご飯。コンビニはそのあと」
食べなければ元気にならない。食欲のない身体に栄養を流し入れようとダイニングに下りた。
「具合悪そうね。バイトのし過ぎ?」
「みたい。でも、明日は休みだから。今夜の女神の仕事も休もうかなぁ」
「女神って何よ。ともかく寝なさい。そういうときは食べるより寝るよ。ビタミンCと水は飲んでね」
二階に上がった私はハヤトの部屋ではなく自室に入って横になった。
「今日はサーラちゃんいるな。大丈夫っしょ。普段だって私がいないときはあるんだし」
今夜は女神の仕事はお休み。風邪なんだからしょうがないよね。我が家の看護師の言葉に従って私は寝ることにした。
その夜。泥のように眠る私はハヤトが帰ってくる夢を見た。
「ただいま」
玄関の扉が開き、隼人が入ってくる。
「おつかれさん。大変だったね」
「うん、大変だった。なんで俺がこんな目に」
隼人は疲れた顔を下に向けた。
「愚痴ったってしょうがないでしょ。私だって大変だったんだから」
「なんで?」
「あんたを助けるためよ。女神として力添えしてたの」
突然、隼人の表情が嫌悪に染まった。
「力添え? 嘘だ!」
「ホントよ。気づかなかった?」
「気づいてたよ。だけど、あのときは助けてくれなかった。だから俺は」
怒りか悲しみか、肩がわなないている。だけど、その理由がわからない。
「何よ、どういうこと?」
「だからサーラちゃんも……」
「何言ってるの? サーラちゃんがどうしたって?」
力を抜いた隼人が背を向けた。
「いいよ。もう終わったから。姉ちゃんこそお疲れさま」
「ちょっと、隼人。待って、どこに行くのよ」
隼人は玄関の扉を開けて、そのまま闇の中に消えていった。
「隼人?! 隼人!」
汗をかきながら目覚めた私は天井をぼーっと見ている。感覚からして熱はまだ下がりきってはいないようだ。枕もとの電子体温計を耳に三秒。三十七度六分の表示は治りかけとは言い難くて起きる気がしない。
カーテンが遮る陽光は弱いので曇り空なのだと思われる。
「雨の予報だったっけ」
降ってくる前にコンビニに行かないと厄介なので、私は身体を転がしてベッドを下りた。
ダイニングにはいつものように朝ごはんが用意してあり、お皿の下にはメモが挟んであった。
『友達と映画に行ってきます。お昼は自分でお願いね。熱が下がっていないのならおとなしく寝てなさい』
「それが寝てられないのよ。今日は立花君とデートなの」
少々の熱など問題じゃない。そのために昨日は早く寝たのだから。
汗でビッショリだったのでシャワーを浴びてから朝食をいただいた。
食後はいつものようにフロンティアにログインをする。真っ暗な画面に星が浮かんで流れだし、近づいてくる惑星の大陸へと降り立つような演出でフロンティアの視点に切り替わる。だけど、今日はいつもと少しだけ違う。普段はハヤトの直上になるはずなのに、今日は拠点としている町から離れた谷間だった。
「なんでこんなところに?」
ここにハヤトはいない。すぐそばには攻略されたらしいダンジョンの入口があって何組かのプレイヤーが集まっている。
「あのダンジョンに入った?」
妙な予感がしてダンジョンのレベルを確認してみたけど、『推奨攻略レベル二十』となっていた。
「なら、サーラちゃんと一緒なのかも」
ID検索をかけてみるけどサーラちゃんはログアウト状態だった。となれば、まだ宿屋で寝ているのかも。あいつも疲れているだろうし。
「いまのうちにコンビニ行くか」
確認するべきことはまだあった。だけど、私はそれをせずに席を立った。