体調

ー/ー



 その夜。愛のキューピッド大作戦に失敗して落ち込む私に、立花君からLINEが届いた。内容はランチのお誘いだ。

「うおーい、明日はバイトだよー!」

 これは『おあずけ』という名の拷問だ。

◆ごめんなさい。明日は夕方までバイトなの

 私は泣く泣く断りの返事をした。

 ハヤトもたまには休んでよ! 女神業務が休めないってことは、バイトも休めないってことなんだぞ。

 悔しい思いで迎えた次の日の夜に、明日のディナーのお誘いが来た。

「あーー! 明後日の夜はサーラちゃんとストーリーボスに挑む日だ!」

 何かあっては大変なので、さすがにボス戦は放置できない。そうでなくてもハヤトの気合の入れようが凄い。それが、危なっかしくも感じる。

◆その日はどうしても外せない予定があるの。早めに言ってくれると合わせられるかも
 せっかくのトークもあまり弾まない。ちょっと悲しい気分の私に、立花君はこう返してきた。
◆なら二日後のお昼はどう? その日もバイト?
 二日後の予定はない。ストーリーボスのあとだし、傾向的に昼間はボス戦などに挑むことは少ない。さらに、その曜日はサーラちゃんがログインしない日なので、なおさら安全である可能性が高い。デートには打って付けのタイミングだ。デートだよね?
◆了解。その日なら大丈夫だと思う。バイトは入れないから

 こうして、第二回の立花君とのお食事会の日程が決まった。

 あのとき以来、隼人は付き物が落ちたかのようにスッキリとした様子だった。その分、有り余ったエネルギーをフロンティアの攻略に注ぎ込んでいたので、私の苦労が増していった。それは、これまで力を入れていなかったメインストーリーに取り組み始めたからだ。

 このゲームのイベントは大きく分けて四つに分類されている。
 1:メインストーリー
 2:ダンジョン攻略
 3:ギルド依頼
 4:住民などからの直接の依頼
 5:アドミスの必須クエスト

 ハヤトに起こったリディアちゃんの恋愛事情は、おそらく5にに当てはまる特殊な事例だ。その他、1から4の進め方によって生成されるオリジナルクエストもある。

 最近のAIって凄い。クエストも作っちゃうなんて。キャラクターだってもはや人間と遜色ない。

 遥か遠い国に現れたダンジョンから次々にモンスターが湧き出して、この世界の平和は脅かされている。そのダンジョンが魔界に繋がっていて、そこに君臨する魔王を倒すというのがフロンティアのメインストーリーだ。

 これまではゲームシステムに慣れることやレベルや装備の充実のために、2から4のイベントをこなしていたけど、これからはメインストーリーを積極的に進めていくことになるだろう。もちろん、出現したダンジョンを踏破しなければならないし、そのダンジョンで得られるアイテムも重要だ。

 レベル二十を超えて小さな称号を得たハヤトは、失恋という経験によって少年から青年になった。私はそう思っていた。だけど違った。思春期というのはそんな美しいモノじゃない。恋愛という経験はそのひとつでしかなかったのだ。

 ハヤトは今日もサーラちゃんと冒険中。ほぼ毎日のようにログインしてくるサーラちゃんはきっと夏休みなのだろう。リアル情報を語らないのはネットのルールだけど、学生であることはほぼ間違いない。今のハヤトにとってはとてもありがたいフレンドだ。

 【農村を襲うモンスターを討伐せよ】

 これが今回のアドミスの必須クエスト。サーラちゃんがログインしているときだったのはありがたいけど、推奨攻略レベルが少し高い。アドミスのクエストでモンスターが絡むモノはそういう傾向にある。無茶な戦いをするハヤトを見てハラハラとイライラが同時に私の心を揺らすので、疲労に心労が重なった。

 このクエストは制限時間が長いので、明日以降に送れば良かったと後悔している。

「ハヤトさん。このあたりのモンスター強すぎませんか? 経験値は多いけど」
「いけるって。サーラちゃんも強くなったし。称号持ちのサポートがけっこう強いから守ってくれるよ」
「でも、前衛がハヤトさんひとりですよ」

 自分が前衛を務め、サーラちゃんを守らせる盾持ちの重戦士とサブヒーラー兼支援攻撃のアーチャーというのが、ハヤト定番のパーティー編成だ。これが悪いとは言わないけど戦う相手によって編成の変更は重要だろう。これまでのボス戦では効果的だったとしても、フィールドモンスターとはいえ複数を相手にするには、いささか危険じゃないかと思う。

 ハヤトはレベルの割に強いかもしれない。そのせいなのかはわからないけど、最近は自分の命が懸っていることを忘れているかのように前のめりになっている気がする。

「まったく、こっちの財布事情も知らないで!」

 【女神の声援】(攻撃強化:小、効果時間:一分)
 【女神の衣】(守備力強化:小、効果時間:一分)

 前衛で大立ち回りを繰り返すハヤトの支援をするためにジュエールが飛んでいく。

 ここに来るまでもハイレベルのモンスターとの戦闘でパーティーはかなり消耗しているにもかかわらず、ハヤトはクエストボスに挑んでしまった。

「馬鹿ね! サーラちゃんのMPもアーチャーの矢も残り少ないじゃない」

 今回のボスはグリフォン。空中から襲ってくるから対応しづらいうえに、頼みの綱のアーチャーの矢が少ない。そうなれば、嘴や鷲爪と真正面から斬り合わなければならないのが厄介だ。

 戦闘が始まるとその厄介さは思った以上であり、グリフォンは身体も大きくて羽毛には刃が通りにくい。慎重に戦ってくれれば勝てる気はするけれど、私の眠気は限界なので長期戦になってしまうと的確なタイミングでサポートをする自信がなかった。

「しかたない。これで終わらせて!」

 【女神の憤怒】(落雷による攻撃、行動制度低下、効果時間:一分)

 これは先日使えるようになった直接的にモンスターを攻撃できる御業だ。

 急激に暗くなった空に黒い雲が広がった。そのなかに光が数度瞬いてゴロゴロと燻るような雷鳴が聞こえた直後、秒速十万キロメートルの稲妻がグリフォンを襲った。

 この御業は、込めた神聖力(ジュエール)によって威力が増す。三千(ジュエール)の雷撃を受け、一瞬動きを止めたグリフォンが落ちてくる。そこにハヤトと重戦士が襲いかかった。残り少ないMPでサーラちゃんが支援をしたことで、乱戦の末に強敵グリフォンを討ち取ることができた。

「今日はもう寝かせてもらうよ。さすがに眠い」

 まぶたは半分落ちている。油断すると意識が飛ぶほどだ。最近の平均睡眠時間は四時間くらいだろうか。毎日のようにバイトして疲れているのに、お風呂にゆっくり浸かってもいない。

 ハヤトに駆け寄るサーラちゃんが「また雷ですよ。前よりも凄かったですね」と声をかけるなかで私がログアウト操作をした瞬間、「やっぱりな。何か起こるんじゃないかって思った」と、ハヤトの不穏な返しが聞こえた。だけど、頭が回らない私は、そのまま自室に戻ってベッドに横になった。

 それから三十分は過ぎただろうか。ひどく疲れているのになかなか寝付けない。突如湧いてきた苛立ちが神経を逆撫でし、怒りが感情をたぎらせる。疲労が思考を妨げるからか、解消しない問題が頭にこびり付いたままだ。

 ゲームの世界でデスゲームをさせられているハヤトのほうが、よっぽど楽しんでるんじゃないの?

 サーラちゃんと笑顔で話している姿が浮かんでくる。私が毎日のようにバイトして、夜中に起きて様子を見て、睡眠も趣味も削っていることが理不尽だ。

「なんで私だけ」

 そうではないことはわかっている。だから声を殺した。

 涙が出てくる。これはなんの涙だろう。疲労、睡眠不足、浪費されていくバイト代。夏休みなのに何も楽しめていない。そのうえハヤトの命がかかっているという重圧を逃がせない。

 頭が痛い。気持ち悪い。心も身体もつらいなかで、唯一の光が立花君との約束だった。



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 その夜。愛のキューピッド大作戦に失敗して落ち込む私に、立花君からLINEが届いた。内容はランチのお誘いだ。
「うおーい、明日はバイトだよー!」
 これは『おあずけ』という名の拷問だ。
◆ごめんなさい。明日は夕方までバイトなの
 私は泣く泣く断りの返事をした。
 ハヤトもたまには休んでよ! 女神業務が休めないってことは、バイトも休めないってことなんだぞ。
 悔しい思いで迎えた次の日の夜に、明日のディナーのお誘いが来た。
「あーー! 明後日の夜はサーラちゃんとストーリーボスに挑む日だ!」
 何かあっては大変なので、さすがにボス戦は放置できない。そうでなくてもハヤトの気合の入れようが凄い。それが、危なっかしくも感じる。
◆その日はどうしても外せない予定があるの。早めに言ってくれると合わせられるかも
 せっかくのトークもあまり弾まない。ちょっと悲しい気分の私に、立花君はこう返してきた。
◆なら二日後のお昼はどう? その日もバイト?
 二日後の予定はない。ストーリーボスのあとだし、傾向的に昼間はボス戦などに挑むことは少ない。さらに、その曜日はサーラちゃんがログインしない日なので、なおさら安全である可能性が高い。デートには打って付けのタイミングだ。デートだよね?
◆了解。その日なら大丈夫だと思う。バイトは入れないから
 こうして、第二回の立花君とのお食事会の日程が決まった。
 あのとき以来、隼人は付き物が落ちたかのようにスッキリとした様子だった。その分、有り余ったエネルギーをフロンティアの攻略に注ぎ込んでいたので、私の苦労が増していった。それは、これまで力を入れていなかったメインストーリーに取り組み始めたからだ。
 このゲームのイベントは大きく分けて四つに分類されている。
 1:メインストーリー
 2:ダンジョン攻略
 3:ギルド依頼
 4:住民などからの直接の依頼
 5:アドミスの必須クエスト
 ハヤトに起こったリディアちゃんの恋愛事情は、おそらく5にに当てはまる特殊な事例だ。その他、1から4の進め方によって生成されるオリジナルクエストもある。
 最近のAIって凄い。クエストも作っちゃうなんて。キャラクターだってもはや人間と遜色ない。
 遥か遠い国に現れたダンジョンから次々にモンスターが湧き出して、この世界の平和は脅かされている。そのダンジョンが魔界に繋がっていて、そこに君臨する魔王を倒すというのがフロンティアのメインストーリーだ。
 これまではゲームシステムに慣れることやレベルや装備の充実のために、2から4のイベントをこなしていたけど、これからはメインストーリーを積極的に進めていくことになるだろう。もちろん、出現したダンジョンを踏破しなければならないし、そのダンジョンで得られるアイテムも重要だ。
 レベル二十を超えて小さな称号を得たハヤトは、失恋という経験によって少年から青年になった。私はそう思っていた。だけど違った。思春期というのはそんな美しいモノじゃない。恋愛という経験はそのひとつでしかなかったのだ。
 ハヤトは今日もサーラちゃんと冒険中。ほぼ毎日のようにログインしてくるサーラちゃんはきっと夏休みなのだろう。リアル情報を語らないのはネットのルールだけど、学生であることはほぼ間違いない。今のハヤトにとってはとてもありがたいフレンドだ。
 【農村を襲うモンスターを討伐せよ】
 これが今回のアドミスの必須クエスト。サーラちゃんがログインしているときだったのはありがたいけど、推奨攻略レベルが少し高い。アドミスのクエストでモンスターが絡むモノはそういう傾向にある。無茶な戦いをするハヤトを見てハラハラとイライラが同時に私の心を揺らすので、疲労に心労が重なった。
 このクエストは制限時間が長いので、明日以降に送れば良かったと後悔している。
「ハヤトさん。このあたりのモンスター強すぎませんか? 経験値は多いけど」
「いけるって。サーラちゃんも強くなったし。称号持ちのサポートがけっこう強いから守ってくれるよ」
「でも、前衛がハヤトさんひとりですよ」
 自分が前衛を務め、サーラちゃんを守らせる盾持ちの重戦士とサブヒーラー兼支援攻撃のアーチャーというのが、ハヤト定番のパーティー編成だ。これが悪いとは言わないけど戦う相手によって編成の変更は重要だろう。これまでのボス戦では効果的だったとしても、フィールドモンスターとはいえ複数を相手にするには、いささか危険じゃないかと思う。
 ハヤトはレベルの割に強いかもしれない。そのせいなのかはわからないけど、最近は自分の命が懸っていることを忘れているかのように前のめりになっている気がする。
「まったく、こっちの財布事情も知らないで!」
 【女神の声援】(攻撃強化:小、効果時間:一分)
 【女神の衣】(守備力強化:小、効果時間:一分)
 前衛で大立ち回りを繰り返すハヤトの支援をするためにジュエールが飛んでいく。
 ここに来るまでもハイレベルのモンスターとの戦闘でパーティーはかなり消耗しているにもかかわらず、ハヤトはクエストボスに挑んでしまった。
「馬鹿ね! サーラちゃんのMPもアーチャーの矢も残り少ないじゃない」
 今回のボスはグリフォン。空中から襲ってくるから対応しづらいうえに、頼みの綱のアーチャーの矢が少ない。そうなれば、嘴や鷲爪と真正面から斬り合わなければならないのが厄介だ。
 戦闘が始まるとその厄介さは思った以上であり、グリフォンは身体も大きくて羽毛には刃が通りにくい。慎重に戦ってくれれば勝てる気はするけれど、私の眠気は限界なので長期戦になってしまうと的確なタイミングでサポートをする自信がなかった。
「しかたない。これで終わらせて!」
 【女神の憤怒】(落雷による攻撃、行動制度低下、効果時間:一分)
 これは先日使えるようになった直接的にモンスターを攻撃できる御業だ。
 急激に暗くなった空に黒い雲が広がった。そのなかに光が数度瞬いてゴロゴロと燻るような雷鳴が聞こえた直後、秒速十万キロメートルの稲妻がグリフォンを襲った。
 この御業は、込めた|神聖力《ジュエール》によって威力が増す。三千|J《ジュエール》の雷撃を受け、一瞬動きを止めたグリフォンが落ちてくる。そこにハヤトと重戦士が襲いかかった。残り少ないMPでサーラちゃんが支援をしたことで、乱戦の末に強敵グリフォンを討ち取ることができた。
「今日はもう寝かせてもらうよ。さすがに眠い」
 まぶたは半分落ちている。油断すると意識が飛ぶほどだ。最近の平均睡眠時間は四時間くらいだろうか。毎日のようにバイトして疲れているのに、お風呂にゆっくり浸かってもいない。
 ハヤトに駆け寄るサーラちゃんが「また雷ですよ。前よりも凄かったですね」と声をかけるなかで私がログアウト操作をした瞬間、「やっぱりな。何か起こるんじゃないかって思った」と、ハヤトの不穏な返しが聞こえた。だけど、頭が回らない私は、そのまま自室に戻ってベッドに横になった。
 それから三十分は過ぎただろうか。ひどく疲れているのになかなか寝付けない。突如湧いてきた苛立ちが神経を逆撫でし、怒りが感情をたぎらせる。疲労が思考を妨げるからか、解消しない問題が頭にこびり付いたままだ。
 ゲームの世界でデスゲームをさせられているハヤトのほうが、よっぽど楽しんでるんじゃないの?
 サーラちゃんと笑顔で話している姿が浮かんでくる。私が毎日のようにバイトして、夜中に起きて様子を見て、睡眠も趣味も削っていることが理不尽だ。
「なんで私だけ」
 そうではないことはわかっている。だから声を殺した。
 涙が出てくる。これはなんの涙だろう。疲労、睡眠不足、浪費されていくバイト代。夏休みなのに何も楽しめていない。そのうえハヤトの命がかかっているという重圧を逃がせない。
 頭が痛い。気持ち悪い。心も身体もつらいなかで、唯一の光が立花君との約束だった。