表示設定
表示設定
目次 目次




守護霊

ー/ー



 夕方の風雅堂カフェは、客足が一旦途絶える。
 アフタヌーンティーのマダムたちが引き上げて行き、仕事帰りの常連たちがやって来るにはまだ早い空白の時間帯。
 それでもぼんやりしている暇はない。
 ホールの様子を見つつ、食器の片付けや店内の清掃を同時進行で進めていかねばならない。消毒した真っ白い布巾を一枚一枚伸ばして干すと、盟子は茶渋のついたカップの漂白に取り掛かった。これが済んだら明日の分のアイスコーヒー作りがある。

「コーヒーくださいなー」
 20時前。
 上の住人が降りて来てキッチンに顔を出し、ピンクローズのマイカップを託して上に戻っていく。5万円するというマイセン。いつも取り扱いに緊張する。

「失礼します」
 ブレンドコーヒーを入れたマイセンをトレーに載せて盟子は2階のドアをノックした。ここは学校ではないのに、いつも職員室に入るみたいなやりとりになってしまう。
 守谷の部屋をのぞき込むと、作業用デスクのある寝室からタイピング音が聞こえていた。邪魔をしないよう、盟子は黙ってコーヒーをテーブルに置いて下がろうとした。

「あ、梅ちゃんちょい待ってー、今そっち行くから」
「はい?」
 
 パソコンを切り上げると、守谷はドアを開けて下の階のキッチンに向けて叫んだ。
「花ちゃーん、梅ちゃん5分借りるから。ちょっと面談」
「変なことしないでよー」
 下から市来花の容赦ない毒舌が返ってくる。
「うっさいわね!」
 この2人はいつもこんな感じだ。

「……あらぁ、これ」
 テーブルについた守谷はすぐに気が付いたようだった。カップをよけて、その下に敷かれた鮮やかな花文様のコースターを取り上げる。
「琉球紅型?」
「お土産です」

……あちこちライバルだらけの学校ではどうしたって渡せるわけがない。
 かと言って、他の子にはない接点を持っている自分が少し後ろめたくもある。
 
「うわぁきれいじゃん! ありがと」
 考えてみたらプレゼントを渡すことになるわけで、今更ドギマギした。どうやら受け取ってもらえそうだ。自分で使うことになる可能性も一応考えていたけれど。
「あの、色が鮮やかで、なんか先生ぽいなって」
「わかるー! 玲峰ってこんな感じだよね、華やかで」
 このマイセン専用にするね!と守谷はコースターをカップの下に戻すと、急にがらっと表情と口調を変えた。

「……ところで、あなた黒田ちゃんと何かあったわけ?」
「え?」
「最近あんまり喋ってるとこ見ないじゃん。喧嘩でもした?」
 その質問に、何と返したらいいんだろう。

「してません、けど」
 言い訳が得意な方ではない。
「でも、南緒の方はしてるつもりかも、喧嘩」
「どういうこと? よかったら聞かせてくれない?」
「……ずるいと思うんです」
 そう言った盟子の目を、守谷は怪訝そうに覗き込んだ。
「ずるいって、何が?」
「……アルバイトの立場を利用して先生に話を聞いてもらうのって、告げ口みたいでフェアじゃないなって。南緒の知らないところで」
 強張っていた守谷の眉間がふっと緩んだ。

「……そういう子だってわかってた」
 盟子の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「なんつーかさぁ、バカ正直すぎて不器用で、7年くらい前のどこかの誰かさんそっくりなのよね、あなた」
 守谷は苦笑いしながらコーヒーを一口含む。

「じゃあ質問変えるけど、黒田ちゃんって友達(・・)なの?」
「たぶん……」
 それについては自信がない。利用価値がある時は友達で、そうじゃない時は友達じゃないかもしれない。
「友達やめな」
「え? どうしてですか?」
「どうしても」
「何ですかそれ」
「いいからせんせぇの言うこと聞くの! 察してちょうだい」
「いえ、先生、それよりも……」

 盟子は初田神社、と言いかけて床に視線を落とした。

「私と南緒のことは別にいいんです。それよりも玲峰先生が巻き込まれないかって、そっちの方が心配で。初田神社の例大祭の時みたいに」
「あたし、が?」
「あ、いえ、何でもありません! 先生は大丈夫です。私がちゃんと守りますから」
「え、うそ嬉しい! 今きゅんとしちゃった!」
 盟子の不安を吹き飛ばすように、守谷がカラカラと笑った。

「何だかよくわかんないけど、あたしは大丈夫だよ?」
 その瞳にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「ねぇ。守護霊(・・・)って信じる?」
 なんの脈絡もない唐突な話題転換に、盟子は顔を上げた。
 守護霊。普通の会話ではほぼお目にかかれないようなその言葉。

「覚えてるかなぁ、夏にうちの実家の遠峰神社に行ったでしょ? あそこ、お(いぬ)様を祀ってるの」
「はぁ、それは説明書きを読みましたけど……」
「嬉しい! ちゃんと読んでくれたんだ。あたしね、その眷属さんに護られてるのー」
「……!?」
「ま、信じる信じないはお任せするけど」
 なんと返すべきか。守谷が澄ました顔でそんなことを言うと妙に説得力があるような気もする。
 
「だからあたしはね、悪しきを寄せ付けず、なの」
 逡巡する盟子の肩に手を置いて、ね、心配しないで、と守谷は大輪の薔薇のような笑顔を咲かせた。

「……ふふ、遠峰の守谷玲峰は怖いんだよ♪」



次のエピソードへ進む 呼び出し


みんなのリアクション

 夕方の風雅堂カフェは、客足が一旦途絶える。
 アフタヌーンティーのマダムたちが引き上げて行き、仕事帰りの常連たちがやって来るにはまだ早い空白の時間帯。
 それでもぼんやりしている暇はない。
 ホールの様子を見つつ、食器の片付けや店内の清掃を同時進行で進めていかねばならない。消毒した真っ白い布巾を一枚一枚伸ばして干すと、盟子は茶渋のついたカップの漂白に取り掛かった。これが済んだら明日の分のアイスコーヒー作りがある。
「コーヒーくださいなー」
 20時前。
 上の住人が降りて来てキッチンに顔を出し、ピンクローズのマイカップを託して上に戻っていく。5万円するというマイセン。いつも取り扱いに緊張する。
「失礼します」
 ブレンドコーヒーを入れたマイセンをトレーに載せて盟子は2階のドアをノックした。ここは学校ではないのに、いつも職員室に入るみたいなやりとりになってしまう。
 守谷の部屋をのぞき込むと、作業用デスクのある寝室からタイピング音が聞こえていた。邪魔をしないよう、盟子は黙ってコーヒーをテーブルに置いて下がろうとした。
「あ、梅ちゃんちょい待ってー、今そっち行くから」
「はい?」
 パソコンを切り上げると、守谷はドアを開けて下の階のキッチンに向けて叫んだ。
「花ちゃーん、梅ちゃん5分借りるから。ちょっと面談」
「変なことしないでよー」
 下から市来花の容赦ない毒舌が返ってくる。
「うっさいわね!」
 この2人はいつもこんな感じだ。
「……あらぁ、これ」
 テーブルについた守谷はすぐに気が付いたようだった。カップをよけて、その下に敷かれた鮮やかな花文様のコースターを取り上げる。
「琉球紅型?」
「お土産です」
……あちこちライバルだらけの学校ではどうしたって渡せるわけがない。
 かと言って、他の子にはない接点を持っている自分が少し後ろめたくもある。
「うわぁきれいじゃん! ありがと」
 考えてみたらプレゼントを渡すことになるわけで、今更ドギマギした。どうやら受け取ってもらえそうだ。自分で使うことになる可能性も一応考えていたけれど。
「あの、色が鮮やかで、なんか先生ぽいなって」
「わかるー! 玲峰ってこんな感じだよね、華やかで」
 このマイセン専用にするね!と守谷はコースターをカップの下に戻すと、急にがらっと表情と口調を変えた。
「……ところで、あなた黒田ちゃんと何かあったわけ?」
「え?」
「最近あんまり喋ってるとこ見ないじゃん。喧嘩でもした?」
 その質問に、何と返したらいいんだろう。
「してません、けど」
 言い訳が得意な方ではない。
「でも、南緒の方はしてるつもりかも、喧嘩」
「どういうこと? よかったら聞かせてくれない?」
「……ずるいと思うんです」
 そう言った盟子の目を、守谷は怪訝そうに覗き込んだ。
「ずるいって、何が?」
「……アルバイトの立場を利用して先生に話を聞いてもらうのって、告げ口みたいでフェアじゃないなって。南緒の知らないところで」
 強張っていた守谷の眉間がふっと緩んだ。
「……そういう子だってわかってた」
 盟子の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「なんつーかさぁ、バカ正直すぎて不器用で、7年くらい前のどこかの誰かさんそっくりなのよね、あなた」
 守谷は苦笑いしながらコーヒーを一口含む。
「じゃあ質問変えるけど、黒田ちゃんって|友達《・・》なの?」
「たぶん……」
 それについては自信がない。利用価値がある時は友達で、そうじゃない時は友達じゃないかもしれない。
「友達やめな」
「え? どうしてですか?」
「どうしても」
「何ですかそれ」
「いいからせんせぇの言うこと聞くの! 察してちょうだい」
「いえ、先生、それよりも……」
 盟子は初田神社、と言いかけて床に視線を落とした。
「私と南緒のことは別にいいんです。それよりも玲峰先生が巻き込まれないかって、そっちの方が心配で。初田神社の例大祭の時みたいに」
「あたし、が?」
「あ、いえ、何でもありません! 先生は大丈夫です。私がちゃんと守りますから」
「え、うそ嬉しい! 今きゅんとしちゃった!」
 盟子の不安を吹き飛ばすように、守谷がカラカラと笑った。
「何だかよくわかんないけど、あたしは大丈夫だよ?」
 その瞳にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「ねぇ。|守護霊《・・・》って信じる?」
 なんの脈絡もない唐突な話題転換に、盟子は顔を上げた。
 守護霊。普通の会話ではほぼお目にかかれないようなその言葉。
「覚えてるかなぁ、夏にうちの実家の遠峰神社に行ったでしょ? あそこ、お| 狗 《いぬ》様を祀ってるの」
「はぁ、それは説明書きを読みましたけど……」
「嬉しい! ちゃんと読んでくれたんだ。あたしね、その眷属さんに護られてるのー」
「……!?」
「ま、信じる信じないはお任せするけど」
 なんと返すべきか。守谷が澄ました顔でそんなことを言うと妙に説得力があるような気もする。
「だからあたしはね、悪しきを寄せ付けず、なの」
 逡巡する盟子の肩に手を置いて、ね、心配しないで、と守谷は大輪の薔薇のような笑顔を咲かせた。
「……ふふ、遠峰の守谷玲峰は怖いんだよ♪」