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第十一話 饒舌にご用心

ー/ー



 日数で言えば三日ほどしか経っていないのに、私にはここに来るのがとてつもなく久しぶりな気がしてなりません。
 それほどこの数日で色々なことが起きました。

 空から軽やかに地上へ降り立った私は、いつも通り華麗に美少女の姿に変身し、ひとり目の前の門を潜ります。
 え、拓磨(たくま)様ですか? 拓磨様は一足先に屋敷へお戻りになりましたよ。主の代わりにこの陰陽寮へ任務のご報告を差し上げるのが私、式神・暁の大切なお役目なのです。

 もうすっかり皆さんこの光景には慣れっこで、すれ違う陰陽師様とは「こんにちはー」など軽快なご挨拶をするのですが……連日の妖怪との交戦に、やはり皆さん少しお疲れ気味のようですね。
 そんな心配をしながらも、私は陰陽頭(おんみょうのかみ)である雅章(まさあき)様のお部屋をお尋ねしました。

『失礼いたします。拓磨様の式神・暁がご報告に参りました』
「やぁ、暁。拓磨はその後、具合はどうかい?」

 いつも和やかなお顔の雅章様が、心配そうにそう訪ねられました。
 流石は拓磨様の、お父上に継ぐ第二のお師匠様。愛弟子の心配は当然のこと。雅章様の拓磨様溺愛は、寮ではちょっとした有名話なのです。
 そしてそれに蒼士(そうし)様がヤキモチを焼く気持ち、暁には少しだけ分かる気がするな。

 そのご配慮にまずは丁寧にお礼を申し上げ、拓磨様のご無事をお伝えした後、私は早速本日のご報告を始めました。

『朝一番より、二条の大臣様のご祈祷を仕りました。儀式は粛々と進められ、無事に終了したのですが……お屋敷は突如、妖怪・(ぬえ)に襲撃される事態が起きまして』
「何、鵺がか?」

 その言葉に、雅章様は意外そうに驚かれました。
 鵺は夜型の妖怪、昼間に姿を現すのはやはり珍しいことなのでしょう。やはりこれも雷龍(らいりゅう)の影響なのかしら。

 それにしても雷龍、私の大事な拓磨様を襲うなんて身の程知らずです。次会ったら突っついてやります!
 ……っといけない、私としたことが任務報告中に余所事(よそごと)なんて。

『はい。しかし、拓磨様がすぐに結界壁(けっかいへき)を発動したお陰で、大臣様方にお怪我はございません。途中私がご子息の蒼士様をお呼びし、応戦してくださいました』

 山鳥姿で助けを探しに行き、すぐに鉢合わせしたのが蒼士様でした。
 流石は拓磨様と肩を並べられるお方、拓磨様の方がお強いですが、気の察知には精通されていらっしゃいます。妖怪の気を感じ駆けつけたのでしょう。
 拓磨様もすぐ近くにいるのは蒼士様ではないかと想定していたようですし。

 あの方と拓磨様を会わせるのは私としては気が引けましたが、一刻の猶予を争う事態。勿論、多少嫌味は言われましたがそこは私がグッッッと我慢して、大臣宅へとお連れした次第です。
 ……あぁ、でも思い出したら段々また気分が悪くなってきました。

「そうか、蒼士が。ならば蒼士が鵺を倒したのだな?」
『いいえ、倒したのは拓磨様です。拓磨様が木々の気を集められて、木属の陰陽術でトドメを刺されましたので。それで私がご報告に来た次第です』

 あの時の蒼士様のお顔と言ったら、悔しそうで仕方ありませんでした。
 以前拓磨様があの方に邪魔をされましたので、いい気味です。拓磨様が受けた屈辱を身を持って知ったはずです!
 別のお仕事へ向かわれる時のあの小さな背中の何と惨めなこと。

 当然そんな話は、お父上の雅章様には口が裂けても言えませんけれど。
 あくまで私は拓磨様の任務ご報告をしに来ているんですから。

「……拓磨が? 陰陽術でトドメを?」

 そこで雅章様の表情が変わったことに気づいた私は、顔から血の気が引いたのです。

 そうです、拓磨様は討伐任務謹慎中でしたので、それは言わないお約束でしたのに……。
 私としたことが、やってしまいました。

『いや、あの、これはですね……』

 取り繕っても後の祭り。雅章様はいつも和やかな表情をされており、今もそれは変わらないように見えるのですが、明らかに空気が違ったのです。
 扇を取り出し仰いだ雅章様は、真っ黒な感情を放出しながら満面の笑みでお答えになりました。

「うん、分かったよ。悪い子の拓磨君には、あと二日謹慎を延長してもらうからね? 暁」
『――――!!』

 雷に打たれたような衝撃が走り、声も出ませんでした。
 あぁ、最悪です……拓磨様に何とお伝えしたら良いのでしょうか。

 暁のお馬鹿。

 ひらひらと軽快に手を振る雅章様を背に、私は重い足と心を引きずりながら、我が家へ帰っていくのでした。



 鵺を討伐したあの後、大臣に褒美だと再度宴の席に呼ばれたが、私はそれも丁重に断った。
 砂埃に塗れた庭を片付けることもなく、蒼士は次の討伐へ向かっていった。あの身体で大丈夫なのかと流石の私も心配したが、機嫌を損ねた奴は私の心配事など当然聞き入れはしなかった。
 まぁ、奴の身体なのだからそれ以上何も言うことはなかったが。

 そしてその時にはすでに、突然現れた妖怪の娘の姿はなかった。

 蒼士の代わりに簡単に陰陽術で庭の清掃の始末を行い、いつも通り暁を寮へ送り出した後、私は一人屋敷へと帰宅した。
 すると何事もなかったように、娘は寝殿の(ひさし)の上で猫のように気持ちよさそうに寝ているではないか。

 何なのだ、この妖怪は。

『お帰りなさいまし、拓磨様。どうかなさいましたの?』

 雫が何気なしに部屋の奥からひょっこり顔を出した。良かった、やはり彼女の身には何もないようだ。
 式神が破られると、その反動でその式神を操っていた主の身にも何かしら危機が襲うはずだ。その私の身に何も起きていないのだから、あまり心配はしていなかったのだが、それでもその顔を見ると安心するものだ。

「其方、この妖怪と共にしていたはずだが、抜け出したことに気づいているか?」

 心配させられたことを悟られぬよう顔は冷静を装い、私は彼女に尋ねた。
 すると雫は目を見開いて驚いていた。どうやら知らなかったようだな。

『申し訳ございません。大人しく寝ていたので、部屋の掃除をしておりましたわ』
「いや良い、お陰で結果助かったのだが……こやつ、一体何者だ?」

 あの奇妙な術……妖術なのだろうか。何であろうと、この妖怪は私を陰陽師だと理解した上であの術を使っている。でなければ私に〝気〟を与える理由がない。
 娘が起こした現象もさることながら、この屋敷を抜け出しここへ戻ってくるその速さも尋常ではない。それも雫の目を盗んで行動を起こしている。

 蒼士は娘の姿を見たか? ……いや、鵺との戦いでそれどころではなかったはずだ。大臣の屋敷にいたのも数刻の間だった。
 恐らくまだ他の者には気づかれていない。今はまだ存在を知られるべきではない。

 敵であれば厄介だが、味方ならばこの先役に立つかも知れぬ。まだ暫くの間、警戒はするがここで様子を見てみる必要がある。
 陰陽師に味方する妖怪など、聞いたこともないが。

 しかしいずれにせよ、口が聞けぬというのは何かと不便だな。
 このままでは正体も分からぬ。

「雫、この妖怪に言葉を教えることはできるか」
『どうでしょう、やってみませんことには……。でも、ご命令とあらば謹んでお受けいたしますわ』

 彼女の言葉に「頼む」と短い返事をした。
 その時突然、空が妙に騒がしくなった。私と雫が見上げると、珍しく血相変えた暁が高速でこちらへ飛び込んで来るはないか。

 寝殿の中へ着地する寸前に人の姿に変わると、荒い呼吸を繰り返す暁に慌てて雫が駆け寄っていく。

 雫は心配しているが、私には彼女が動転している理由が何となく分かった。
 ……暁、やらかしおったな?

 そして予想通りの暁の報告に頭を抱えたのは、言うまでもない。


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 日数で言えば三日ほどしか経っていないのに、私にはここに来るのがとてつもなく久しぶりな気がしてなりません。
 それほどこの数日で色々なことが起きました。
 空から軽やかに地上へ降り立った私は、いつも通り華麗に美少女の姿に変身し、ひとり目の前の門を潜ります。
 え、|拓磨《たくま》様ですか? 拓磨様は一足先に屋敷へお戻りになりましたよ。主の代わりにこの陰陽寮へ任務のご報告を差し上げるのが私、式神・暁の大切なお役目なのです。
 もうすっかり皆さんこの光景には慣れっこで、すれ違う陰陽師様とは「こんにちはー」など軽快なご挨拶をするのですが……連日の妖怪との交戦に、やはり皆さん少しお疲れ気味のようですね。
 そんな心配をしながらも、私は|陰陽頭《おんみょうのかみ》である|雅章《まさあき》様のお部屋をお尋ねしました。
『失礼いたします。拓磨様の式神・暁がご報告に参りました』
「やぁ、暁。拓磨はその後、具合はどうかい?」
 いつも和やかなお顔の雅章様が、心配そうにそう訪ねられました。
 流石は拓磨様の、お父上に継ぐ第二のお師匠様。愛弟子の心配は当然のこと。雅章様の拓磨様溺愛は、寮ではちょっとした有名話なのです。
 そしてそれに|蒼士《そうし》様がヤキモチを焼く気持ち、暁には少しだけ分かる気がするな。
 そのご配慮にまずは丁寧にお礼を申し上げ、拓磨様のご無事をお伝えした後、私は早速本日のご報告を始めました。
『朝一番より、二条の大臣様のご祈祷を仕りました。儀式は粛々と進められ、無事に終了したのですが……お屋敷は突如、妖怪・|鵺《ぬえ》に襲撃される事態が起きまして』
「何、鵺がか?」
 その言葉に、雅章様は意外そうに驚かれました。
 鵺は夜型の妖怪、昼間に姿を現すのはやはり珍しいことなのでしょう。やはりこれも|雷龍《らいりゅう》の影響なのかしら。
 それにしても雷龍、私の大事な拓磨様を襲うなんて身の程知らずです。次会ったら突っついてやります!
 ……っといけない、私としたことが任務報告中に|余所事《よそごと》なんて。
『はい。しかし、拓磨様がすぐに|結界壁《けっかいへき》を発動したお陰で、大臣様方にお怪我はございません。途中私がご子息の蒼士様をお呼びし、応戦してくださいました』
 山鳥姿で助けを探しに行き、すぐに鉢合わせしたのが蒼士様でした。
 流石は拓磨様と肩を並べられるお方、拓磨様の方が《《何倍も》》お強いですが、気の察知には精通されていらっしゃいます。妖怪の気を感じ駆けつけたのでしょう。
 拓磨様もすぐ近くにいるのは蒼士様ではないかと想定していたようですし。
 あの方と拓磨様を会わせるのは私としては気が引けましたが、一刻の猶予を争う事態。勿論、多少嫌味は言われましたがそこは《《大人の》》私がグッッッと我慢して、大臣宅へとお連れした次第です。
 ……あぁ、でも思い出したら段々また気分が悪くなってきました。
「そうか、蒼士が。ならば蒼士が鵺を倒したのだな?」
『いいえ、倒したのは拓磨様です。拓磨様が木々の気を集められて、木属の陰陽術でトドメを刺されましたので。それで私がご報告に来た次第です』
 あの時の蒼士様のお顔と言ったら、悔しそうで仕方ありませんでした。
 以前拓磨様があの方に邪魔をされましたので、いい気味です。拓磨様が受けた屈辱を身を持って知ったはずです!
 別のお仕事へ向かわれる時のあの小さな背中の何と惨めなこと。
 当然そんな話は、お父上の雅章様には口が裂けても言えませんけれど。
 あくまで私は拓磨様の任務ご報告をしに来ているんですから。
「……拓磨が? 陰陽術でトドメを?」
 そこで雅章様の表情が変わったことに気づいた私は、顔から血の気が引いたのです。
 そうです、拓磨様は討伐任務謹慎中でしたので、それは言わないお約束でしたのに……。
 私としたことが、やってしまいました。
『いや、あの、これはですね……』
 取り繕っても後の祭り。雅章様はいつも和やかな表情をされており、今もそれは変わらないように見えるのですが、明らかに空気が違ったのです。
 扇を取り出し仰いだ雅章様は、真っ黒な感情を放出しながら満面の笑みでお答えになりました。
「うん、分かったよ。悪い子の拓磨君には、あと二日謹慎を延長してもらうからね? 暁」
『――――!!』
 雷に打たれたような衝撃が走り、声も出ませんでした。
 あぁ、最悪です……拓磨様に何とお伝えしたら良いのでしょうか。
 暁のお馬鹿。
 ひらひらと軽快に手を振る雅章様を背に、私は重い足と心を引きずりながら、我が家へ帰っていくのでした。
 鵺を討伐したあの後、大臣に褒美だと再度宴の席に呼ばれたが、私はそれも丁重に断った。
 砂埃に塗れた庭を片付けることもなく、蒼士は次の討伐へ向かっていった。あの身体で大丈夫なのかと流石の私も心配したが、機嫌を損ねた奴は私の心配事など当然聞き入れはしなかった。
 まぁ、奴の身体なのだからそれ以上何も言うことはなかったが。
 そしてその時にはすでに、突然現れた妖怪の娘の姿はなかった。
 蒼士の代わりに簡単に陰陽術で庭の清掃の始末を行い、いつも通り暁を寮へ送り出した後、私は一人屋敷へと帰宅した。
 すると何事もなかったように、娘は寝殿の|廂《ひさし》の上で猫のように気持ちよさそうに寝ているではないか。
 何なのだ、この妖怪は。
『お帰りなさいまし、拓磨様。どうかなさいましたの?』
 雫が何気なしに部屋の奥からひょっこり顔を出した。良かった、やはり彼女の身には何もないようだ。
 式神が破られると、その反動でその式神を操っていた主の身にも何かしら危機が襲うはずだ。その私の身に何も起きていないのだから、あまり心配はしていなかったのだが、それでもその顔を見ると安心するものだ。
「其方、この妖怪と共にしていたはずだが、抜け出したことに気づいているか?」
 心配させられたことを悟られぬよう顔は冷静を装い、私は彼女に尋ねた。
 すると雫は目を見開いて驚いていた。どうやら知らなかったようだな。
『申し訳ございません。大人しく寝ていたので、部屋の掃除をしておりましたわ』
「いや良い、お陰で結果助かったのだが……こやつ、一体何者だ?」
 あの奇妙な術……妖術なのだろうか。何であろうと、この妖怪は私を陰陽師だと理解した上であの術を使っている。でなければ私に〝気〟を与える理由がない。
 娘が起こした現象もさることながら、この屋敷を抜け出しここへ戻ってくるその速さも尋常ではない。それも雫の目を盗んで行動を起こしている。
 蒼士は娘の姿を見たか? ……いや、鵺との戦いでそれどころではなかったはずだ。大臣の屋敷にいたのも数刻の間だった。
 恐らくまだ他の者には気づかれていない。今はまだ存在を知られるべきではない。
 敵であれば厄介だが、味方ならばこの先役に立つかも知れぬ。まだ暫くの間、警戒はするがここで様子を見てみる必要がある。
 陰陽師に味方する妖怪など、聞いたこともないが。
 しかしいずれにせよ、口が聞けぬというのは何かと不便だな。
 このままでは正体も分からぬ。
「雫、この妖怪に言葉を教えることはできるか」
『どうでしょう、やってみませんことには……。でも、ご命令とあらば謹んでお受けいたしますわ』
 彼女の言葉に「頼む」と短い返事をした。
 その時突然、空が妙に騒がしくなった。私と雫が見上げると、珍しく血相変えた暁が高速でこちらへ飛び込んで来るはないか。
 寝殿の中へ着地する寸前に人の姿に変わると、荒い呼吸を繰り返す暁に慌てて雫が駆け寄っていく。
 雫は心配しているが、私には彼女が動転している理由が何となく分かった。
 ……暁、やらかしおったな?
 そして予想通りの暁の報告に頭を抱えたのは、言うまでもない。