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妖艶な占い師

ー/ー



商業都市【ラギルーガ】

この地を創った女神【ホルン】の像を街の中心に、周囲には様々な商店、露店が構えられ、行商人や住民、冒険者など、沢山の人々が往来する活気のある街。

その街にいくつかある宿のひとつ、酒場を併設している【風の(ささや)き亭】に彼の姿はあった。

カウンターの片隅で薄汚れたフードをかぶり、街で女性に人気のノンアルコールのドリンクをちびちびと飲んでいる。

「おうじぃー!おうじー!またそんなもの飲んでらっしゃるのですかー?」

すぐ横の階段をおりながら高身長の美しい顔立をしたエルフが彼に声をかける。名はファランクス。

「ファラ…!あまり大きな声で王子なんて呼ぶんじゃない。それに俺はもう…。」

慌てて振り返り、返事をした拍子にフードが外れ、透き通る青い髪が露わになる。

そう、そこに座っていた者の名はアクリス・ヴァン・カイザード。不死の王の襲撃により滅ぼされた水の都【ハルト】の第1王子である。

「王子は王子です、私の中でそれは変わりません。それ以外の何者でもありません!あ、私も同じものを。」

「結局同じの飲むんじゃないか。」

ため息をつきながらも止めることはせず、乾杯をしてグラスに口をつける。特産品の果実から作られた甘く香る優しい赤色の液体が揺れ、置かれたそのグラスに照明が入り込んで夕刻の空の様な模様をカウンターのテーブルに映し出す。

「さて王子。」

ひと口飲み込んだ後、グラスを見つめ、ファランクスは真剣な声でアクリスに話しかける。

「そろそろ良い時かと。行動に移しましょう。」

「そうか…弱音吐いてわるかったよ。うん、始めよう。」

あれから2年の時が経っていた。

不死の王の襲撃は【ハルト】のみに留まらず、国の主要都市を次々と落としてまわっていた。しかし、半年前からその動きは止まり、大陸全土の都市は少しずつ、落ち着きを取り戻しつつあった。

なぜその動きが止まったのか?

「はい!先ずは仲間集めですね!目星はつけてありますよ!さ!参りましょうか!」

「え?い、今からか?!ちょ、ちょっとまて!おいファラ!!」

その真意はわからないままだが、2年の時を経て、世界がまた違う方へ廻り始めた。そう確信したファランクスはアクリスに進言したのだ。イスから立ち上がり、一気にグラスを空けたファランクスはアクリスの腕を引っ張り酒場を後にする。

「王子、堂々としていてくださいね?これから会いに行く方は少々気難しい人でまともに話を聞いてくださるかが―。」

「え?だー!ちょっと待てと言ってるだろ!わかったからひっぱるなって!まったく…!」

意気揚々、この時を待っていた。ファランクスは気持ちを抑えられない様子でアクリスの話を聞かないほど先へ先へと歩いていく。お得意の小言を言うように、弾丸のような早さで喋り続けている。そんな様子を呆れながら見ていたアクリスも気持ちはおなじなのだろう、ファランクスの姿をにこやかに見つめて足早についていく。

「こっちは…貧民街か?」

活気のある場所があれば、街の影となる場所も生まれる。それはどの都市にも言えることだろう。
賑やかで華やかな中心街から路地に入り少し進めばそこは事業に失敗した者、街のハミダシ者、どこから来たかもわからない流れ者…様々な影が集まり、それもまたひとつの街となる。

「あまりキョロキョロしないでください、目を付けられますよ?さ、目的地はすぐそこです。」

入り組んだ路地をいくつか抜けた先に紫色の薄い布が入り口にかかっている小屋…家が見えてきた。

「ここ、か?あからさまに怪しい雰囲気があるけど…」

「まぁまぁ!入っちゃえばどうってことないですよ!」

と、アクリスの背中を押して無理やりお邪魔する体制になった。

「こ、こんにちわー?」

いくつか天井から吊るされているランプの明かりはあるが、あまり意味の無いほど薄暗い部屋。それでも、入ってすぐ目に入ったのは、ごちゃごちゃと床に散乱している様々な表紙の本と用途不明の小物。その中でも一番でも目立っていたのは中央に水晶が置いてあるこの部屋の有様とはかけ離れた綺麗に片づけられたテーブルと、客人が座る為だろう椅子がひとつ。

「すーみーまーせーん!!」

部屋の奥は確認しにくかったが、雑に布で仕切られた場所があることに気付いたアクリスは何度か声をかけた。が、なんの反応もなく。ならば、とファランクスも一緒になって大きな声で住人を呼ぶ。すると、

「うるっせぇぇぇわっ!人が気持ちよく寝てんのにでけぇ声出すんじゃねぇ!!」

怒られたのである。
布をめくり、足元のごちゃごちゃとした本や、何らかの道具を蹴飛ばしながら奥の部屋から住人が姿を表す。

「なんだお前ら?今は営業時間外だ、出ていきな。」

鋭い目つきに、海藻のような癖の強い長い髪のその女性は汚い口調でアクリスとファランクスを追い返そうとする。

「占術をしてもらうためにお伺いしたのではありません。」

背を向けて奥の部屋に戻ろうとする彼女をファランクスが呼び止める。

「あ?じゃぁ余計に関係ねぇな?まさか取り立てか?」

振り返ってくれた彼女にアクリスは訴えた。

「俺たちに力を貸してほしい、仲間が必要なんだ。国を取り戻すために!」

キョトンとしていたが、スッと顔つきが変わり、彼女はアクリスをまじまじと見つめ応えた。

「はっはぁ?なるほどな…クククッ!おもしれぇ、とりあえず話は聞いてやる。アクリス・ヴァン・カイザード王子。と、火のエルヴンナイトのファランクスさんよ?」

「な、なんでわかったんだ?」

「まぁ占い師やってる身でもあるしな。名前くらい簡単に当てられる。あとお前たち、その界隈だと目立ってるしなぁ。」

「お見通しというわけですか…。」

密かに行動していたと思っていたふたりだが、その端正な顔立ちと容姿、エルフと人間という組み合わせのせいだろうか、一部界隈では噂にはなっていたらしい。

「自己紹介がまだだったな?俺はマエナス、しがない占い師だよ。」

「マエ、ナス…?マエナスってまさか風の都の軍師の名と同じ?」

「流石、腐っても王子ってところか?それなりの教養はおありのようで。」

要塞都市【ウィンドール】
ここは【ハルト】より先に落とされた西の国の、王城を構えた大都市である。強固な要塞を構えた軍事国家で、戦が起きたとしても1度も敗北はなく、その功績は精鋭揃いの騎士たちと有能な軍師によるものだった。その軍師というのがマエナス、この人である…らしいのだが。

「そりゃあウィンドールはハルトとも交易をしていたし、ある程度は把握してるつもりだけど。マエナス、なんて珍しい名前、他の国じゃきかないし、でも、男のはずなんだよな…うーん?」

目の前にいるのは女性のマエナス。困惑するアクリスに対し、

「クククッ…まぁ、わけわからねぇのは仕方ねぇよな。聞いてみるか?少し長くなるがな?」

「とりあえず座りな」とマエナスに促されたアクリスは椅子に腰を落ち着けた。ファランクスはその横に立ち静かに見据えている。

「俺のいた国はどこにも負けず、衰えることのない強い国。その過信も良くなかったんだろうがな。ある日、凄腕の魔術師ってのが城へ来てな?王や俺、騎士たちに実力を魅せつけてくれて、軍の筆頭魔術師として雇われることになった。特例も特例だよ、奴の襲撃が始まって間もない頃だ。領土内の村や町も焼かれ、王も俺も焦りがあったんだろうな、即戦力ってだけの判断で招き入れてしまった。」

話しながら手元のコップにワインを注ぎ、ひと口。喉を潤してマエナスは話を続ける。

「ある時を境に王は魔術師と過ごすようになり、変わっていった。まぁ絶世の美女だったんだよそいつは。わかるだろ?男なら。襲われた町や村に派遣した兵や騎士たちは戻ってこず、作戦の指揮をして派遣を命じた俺の信頼は徐々に落ちていき、敗北が見え始めた王は怯えていたんだろう。だから余計に心酔していき、魔術師に言われるがまま。鎮静剤と称して危ない薬を飲まされて…狂っていった。」

ため息をつく。

「最後はあっけないもんだった。内側から壊されちゃ、抗いようがなかったよ。でも、俺は最後まで諦めなかった。その魔術師、メイアに抵抗してな。俺もそれなりに強かったんだがな…結果呪いを受けてこのザマよ。」

【ハルト】を落とした時と手口が全く違っていたことにアクリスは驚く。他国も弄ぶように、潰しているのだろうか。

「俺があの時もっと注意深くしていれば…なんてな。過ぎたことはもうどうしようもない。」

ワインを飲み干したマエナスは続ける。

「ま、この体も悪くないぜ?わりと美人だろ?あ、でもなぁ…下の方はそのまんまなんだよなぁ、ほら。」

スッと立ち上がったマエナスはアクリスに近づき、下半身がすべて見えるようにスカートを捲し上げ、その中をすべて露出させる。

「あー!あーあー!!王子!ダメッ!見ちゃだめです!マエナスさんもしまって!早く!ダメッ!」

「????」

ファランクスはアクリスの目を手で覆い隠し、何が起こってるのか理解できず困惑してアクリスは固まっている。そんな様子を見てマエナスは笑っていたが、すぐに落ち着いた口調で、ゆっくりと部屋の奥へ移動しながら話を続けた。

「クククッ!ま、そんなわけでお前たちがやろうとしてるような、国を取り戻すことの手助けなんて俺には無理だな。自分の国さえ守れなかったクズだよ。聞いてわかっただろ?帰りな。」

国を守れなかった上に呪いを受け、場末の占い師まで落ちた。今更足掻こうと、戻ってこない自分王、自分の国。

「…俺が、変える。」

「あ?」

「俺が変える!世界を変える!あいつの好きにさせていいわけ無いだろ!これ以上不幸な人や、国を作っちゃだめなんだ!だから!」

「黙れっ!!」

壁を殴りつけ、怒りをあらわにするマエナス。

「2年もぐずぐずしてたてめぇが世界を変えるだ?よくそんなことが言えたもんだな?ハイ分かりましたなんてついてくわけねぇだろ!その間にいくつ都市が奴の手に落ちたと思ってんだ!」

マエナスの言い分に言葉をつまらせるアクリスだったが、拳を握りしめ、立ち上がり、力強く言い返す。

「それは俺が、弱かったから。これは認めるしかない。自分勝手な考えだったのも事実だ。でも、俺は、それでも諦めて2年も無駄に過ごしていたとは思ってはいない!大人しく泣き寝入りはしないと、そう思って鍛えてきた!各地をまわって情報を得て、その時が来るのを、待っていた!時間はかかってしまった。けど…まだ、遅くはない、そう思ってる。応えてほしい、マエナス。」

アクリスの青色の瞳は、内に炎を宿らせたかのような輝きを放ちマエナスを見つめた。時が止まったかのような沈黙が3人を包み込む。

「我々だけでは…とても非力なのです。どうかお願いします。軍師マエナス、我らにお力添えを。」

沈黙を割くように、ファランクスもひと言放ち、頭を下げるが返事はなく。マエナスは黙ったまま奥の部屋へと消えて行った。

「無理…か。」

「王子…。」

ふたりは別の方法を考えるしかないと、小屋を後にしようしたその時だった。

ガラガラガラガラ…ドーンっ!

という音と共にものすごいホコリが奥の仕切られた布の先でたちこめ、真っ白になっているのが見える。ゲホゲホと咳をしながらマエナスが奥の部屋から戻ってきた。手には1枚の紙を持って。それを机に叩きつけて言い放つ。

「今のままじゃお前を信じられねぇ。本当にその気があるんなら、こいつらを連れてきてみな。」

その紙は手配書のようだった。

「これ…は…?」

「見ての通り手配書だ。その3人を連れてこい。」

希望が見えたとふたりは喜んだのだが、

「ただし、条件がある。日数は5日、移動も考えて最短であり、最大だ。あと、お前ひとりで行ってこい、アクリス。」

「な…なぜですか!ダメです!危険です!王子ひとりで出かけるなんて!!」

「黙れ過保護エルフ!そんなんだからしょんべんクセェのが抜けねぇままの甘ちゃんなんだよ!」

相変わらずの汚い物言いである。

「行けるな?アクリス。」

「わかった、いってくる…!」

マエナスの暴言に打ちひしがれてへたり込んでいるファランクスを心配しながらも、アクリスは手配書を握りしめ早速とマエナスの家を出る。

「はぁ…まったく。意地悪なことをしますね。あんなことしなくても…もう心は決めているのでは?」

よろよろと力なく立ち上がったファランクス。何かに気付いたような言い方をしてマエナスと向き合った。

「ふんっ!なんのことだかな?…この世界を取り戻して、ってのは『王』になるってことと同義だ。信頼置けるやつはお前以外にも適材適所で必要になる。やることがデカいだけに今の俺たちだけじゃどうしようもねぇ。最終的にもっと人が必要にはなるが…その為にゃ己の目で見て、感じて相手を見極める力も―」

ニコニコとマエナスに笑顔を向けるファランクス。

「何ニヤニヤしてやがる?」

「いいえ、なーんでもないですよ?ってイタタっ!耳はやめてください!」

マエナスはファランクスの耳をひっぱり、自分の口元に引き寄せ、囁く。

「いつまで笑ってられる?アクリスが帰ってくるまでお前は俺のものだからな?」

「へ、へっ?!」

今まで出したことのない声を出すファランクスをおちょくるように。

「2年もグズグズ…ね。俺が言えることじゃねぇわな…クククッ。」

「そういうの確かツンデレっていうんですよぉ~?」

小さい声で言ったつもりが、しっかりとマエナスの耳に入っていたらしい。マエナスは「そういう事言うやつにはお仕置きだな?」と。抵抗するファランクスを無理やり引っ張り、奥の部屋へと消える。

「お、王子ぃ!早く帰ってきてくださぁぁ…わぁぁ!!」

「面白くなりそうだなぁ?!」

なにはともあれ…アクリスの帰りを待つ。

無事で帰ってきてくれること、己の力で仲間を連れて帰ってきてくれることを祈って。


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商業都市【ラギルーガ】
この地を創った女神【ホルン】の像を街の中心に、周囲には様々な商店、露店が構えられ、行商人や住民、冒険者など、沢山の人々が往来する活気のある街。
その街にいくつかある宿のひとつ、酒場を併設している【風の|囁《ささや》き亭】に彼の姿はあった。
カウンターの片隅で薄汚れたフードをかぶり、街で女性に人気のノンアルコールのドリンクをちびちびと飲んでいる。
「おうじぃー!おうじー!またそんなもの飲んでらっしゃるのですかー?」
すぐ横の階段をおりながら高身長の美しい顔立をしたエルフが彼に声をかける。名はファランクス。
「ファラ…!あまり大きな声で王子なんて呼ぶんじゃない。それに俺はもう…。」
慌てて振り返り、返事をした拍子にフードが外れ、透き通る青い髪が露わになる。
そう、そこに座っていた者の名はアクリス・ヴァン・カイザード。不死の王の襲撃により滅ぼされた水の都【ハルト】の第1王子である。
「王子は王子です、私の中でそれは変わりません。それ以外の何者でもありません!あ、私も同じものを。」
「結局同じの飲むんじゃないか。」
ため息をつきながらも止めることはせず、乾杯をしてグラスに口をつける。特産品の果実から作られた甘く香る優しい赤色の液体が揺れ、置かれたそのグラスに照明が入り込んで夕刻の空の様な模様をカウンターのテーブルに映し出す。
「さて王子。」
ひと口飲み込んだ後、グラスを見つめ、ファランクスは真剣な声でアクリスに話しかける。
「そろそろ良い時かと。行動に移しましょう。」
「そうか…弱音吐いてわるかったよ。うん、始めよう。」
あれから2年の時が経っていた。
不死の王の襲撃は【ハルト】のみに留まらず、国の主要都市を次々と落としてまわっていた。しかし、半年前からその動きは止まり、大陸全土の都市は少しずつ、落ち着きを取り戻しつつあった。
なぜその動きが止まったのか?
「はい!先ずは仲間集めですね!目星はつけてありますよ!さ!参りましょうか!」
「え?い、今からか?!ちょ、ちょっとまて!おいファラ!!」
その真意はわからないままだが、2年の時を経て、世界がまた違う方へ廻り始めた。そう確信したファランクスはアクリスに進言したのだ。イスから立ち上がり、一気にグラスを空けたファランクスはアクリスの腕を引っ張り酒場を後にする。
「王子、堂々としていてくださいね?これから会いに行く方は少々気難しい人でまともに話を聞いてくださるかが―。」
「え?だー!ちょっと待てと言ってるだろ!わかったからひっぱるなって!まったく…!」
意気揚々、この時を待っていた。ファランクスは気持ちを抑えられない様子でアクリスの話を聞かないほど先へ先へと歩いていく。お得意の小言を言うように、弾丸のような早さで喋り続けている。そんな様子を呆れながら見ていたアクリスも気持ちはおなじなのだろう、ファランクスの姿をにこやかに見つめて足早についていく。
「こっちは…貧民街か?」
活気のある場所があれば、街の影となる場所も生まれる。それはどの都市にも言えることだろう。
賑やかで華やかな中心街から路地に入り少し進めばそこは事業に失敗した者、街のハミダシ者、どこから来たかもわからない流れ者…様々な影が集まり、それもまたひとつの街となる。
「あまりキョロキョロしないでください、目を付けられますよ?さ、目的地はすぐそこです。」
入り組んだ路地をいくつか抜けた先に紫色の薄い布が入り口にかかっている小屋…家が見えてきた。
「ここ、か?あからさまに怪しい雰囲気があるけど…」
「まぁまぁ!入っちゃえばどうってことないですよ!」
と、アクリスの背中を押して無理やりお邪魔する体制になった。
「こ、こんにちわー?」
いくつか天井から吊るされているランプの明かりはあるが、あまり意味の無いほど薄暗い部屋。それでも、入ってすぐ目に入ったのは、ごちゃごちゃと床に散乱している様々な表紙の本と用途不明の小物。その中でも一番でも目立っていたのは中央に水晶が置いてあるこの部屋の有様とはかけ離れた綺麗に片づけられたテーブルと、客人が座る為だろう椅子がひとつ。
「すーみーまーせーん!!」
部屋の奥は確認しにくかったが、雑に布で仕切られた場所があることに気付いたアクリスは何度か声をかけた。が、なんの反応もなく。ならば、とファランクスも一緒になって大きな声で住人を呼ぶ。すると、
「うるっせぇぇぇわっ!人が気持ちよく寝てんのにでけぇ声出すんじゃねぇ!!」
怒られたのである。
布をめくり、足元のごちゃごちゃとした本や、何らかの道具を蹴飛ばしながら奥の部屋から住人が姿を表す。
「なんだお前ら?今は営業時間外だ、出ていきな。」
鋭い目つきに、海藻のような癖の強い長い髪のその女性は汚い口調でアクリスとファランクスを追い返そうとする。
「占術をしてもらうためにお伺いしたのではありません。」
背を向けて奥の部屋に戻ろうとする彼女をファランクスが呼び止める。
「あ?じゃぁ余計に関係ねぇな?まさか取り立てか?」
振り返ってくれた彼女にアクリスは訴えた。
「俺たちに力を貸してほしい、仲間が必要なんだ。国を取り戻すために!」
キョトンとしていたが、スッと顔つきが変わり、彼女はアクリスをまじまじと見つめ応えた。
「はっはぁ?なるほどな…クククッ!おもしれぇ、とりあえず話は聞いてやる。アクリス・ヴァン・カイザード王子。と、火のエルヴンナイトのファランクスさんよ?」
「な、なんでわかったんだ?」
「まぁ占い師やってる身でもあるしな。名前くらい簡単に当てられる。あとお前たち、その界隈だと目立ってるしなぁ。」
「お見通しというわけですか…。」
密かに行動していたと思っていたふたりだが、その端正な顔立ちと容姿、エルフと人間という組み合わせのせいだろうか、一部界隈では噂にはなっていたらしい。
「自己紹介がまだだったな?俺はマエナス、しがない占い師だよ。」
「マエ、ナス…?マエナスってまさか風の都の軍師の名と同じ?」
「流石、腐っても王子ってところか?それなりの教養はおありのようで。」
要塞都市【ウィンドール】
ここは【ハルト】より先に落とされた西の国の、王城を構えた大都市である。強固な要塞を構えた軍事国家で、戦が起きたとしても1度も敗北はなく、その功績は精鋭揃いの騎士たちと有能な軍師によるものだった。その軍師というのがマエナス、この人である…らしいのだが。
「そりゃあウィンドールはハルトとも交易をしていたし、ある程度は把握してるつもりだけど。マエナス、なんて珍しい名前、他の国じゃきかないし、でも、男のはずなんだよな…うーん?」
目の前にいるのは女性のマエナス。困惑するアクリスに対し、
「クククッ…まぁ、わけわからねぇのは仕方ねぇよな。聞いてみるか?少し長くなるがな?」
「とりあえず座りな」とマエナスに促されたアクリスは椅子に腰を落ち着けた。ファランクスはその横に立ち静かに見据えている。
「俺のいた国はどこにも負けず、衰えることのない強い国。その過信も良くなかったんだろうがな。ある日、凄腕の魔術師ってのが城へ来てな?王や俺、騎士たちに実力を魅せつけてくれて、軍の筆頭魔術師として雇われることになった。特例も特例だよ、奴の襲撃が始まって間もない頃だ。領土内の村や町も焼かれ、王も俺も焦りがあったんだろうな、即戦力ってだけの判断で招き入れてしまった。」
話しながら手元のコップにワインを注ぎ、ひと口。喉を潤してマエナスは話を続ける。
「ある時を境に王は魔術師と過ごすようになり、変わっていった。まぁ絶世の美女だったんだよそいつは。わかるだろ?男なら。襲われた町や村に派遣した兵や騎士たちは戻ってこず、作戦の指揮をして派遣を命じた俺の信頼は徐々に落ちていき、敗北が見え始めた王は怯えていたんだろう。だから余計に心酔していき、魔術師に言われるがまま。鎮静剤と称して危ない薬を飲まされて…狂っていった。」
ため息をつく。
「最後はあっけないもんだった。内側から壊されちゃ、抗いようがなかったよ。でも、俺は最後まで諦めなかった。その魔術師、メイアに抵抗してな。俺もそれなりに強かったんだがな…結果呪いを受けてこのザマよ。」
【ハルト】を落とした時と手口が全く違っていたことにアクリスは驚く。他国も弄ぶように、潰しているのだろうか。
「俺があの時もっと注意深くしていれば…なんてな。過ぎたことはもうどうしようもない。」
ワインを飲み干したマエナスは続ける。
「ま、この体も悪くないぜ?わりと美人だろ?あ、でもなぁ…下の方はそのまんまなんだよなぁ、ほら。」
スッと立ち上がったマエナスはアクリスに近づき、下半身がすべて見えるようにスカートを捲し上げ、その中をすべて露出させる。
「あー!あーあー!!王子!ダメッ!見ちゃだめです!マエナスさんもしまって!早く!ダメッ!」
「????」
ファランクスはアクリスの目を手で覆い隠し、何が起こってるのか理解できず困惑してアクリスは固まっている。そんな様子を見てマエナスは笑っていたが、すぐに落ち着いた口調で、ゆっくりと部屋の奥へ移動しながら話を続けた。
「クククッ!ま、そんなわけでお前たちがやろうとしてるような、国を取り戻すことの手助けなんて俺には無理だな。自分の国さえ守れなかったクズだよ。聞いてわかっただろ?帰りな。」
国を守れなかった上に呪いを受け、場末の占い師まで落ちた。今更足掻こうと、戻ってこない自分王、自分の国。
「…俺が、変える。」
「あ?」
「俺が変える!世界を変える!あいつの好きにさせていいわけ無いだろ!これ以上不幸な人や、国を作っちゃだめなんだ!だから!」
「黙れっ!!」
壁を殴りつけ、怒りをあらわにするマエナス。
「2年もぐずぐずしてたてめぇが世界を変えるだ?よくそんなことが言えたもんだな?ハイ分かりましたなんてついてくわけねぇだろ!その間にいくつ都市が奴の手に落ちたと思ってんだ!」
マエナスの言い分に言葉をつまらせるアクリスだったが、拳を握りしめ、立ち上がり、力強く言い返す。
「それは俺が、弱かったから。これは認めるしかない。自分勝手な考えだったのも事実だ。でも、俺は、それでも諦めて2年も無駄に過ごしていたとは思ってはいない!大人しく泣き寝入りはしないと、そう思って鍛えてきた!各地をまわって情報を得て、その時が来るのを、待っていた!時間はかかってしまった。けど…まだ、遅くはない、そう思ってる。応えてほしい、マエナス。」
アクリスの青色の瞳は、内に炎を宿らせたかのような輝きを放ちマエナスを見つめた。時が止まったかのような沈黙が3人を包み込む。
「我々だけでは…とても非力なのです。どうかお願いします。軍師マエナス、我らにお力添えを。」
沈黙を割くように、ファランクスもひと言放ち、頭を下げるが返事はなく。マエナスは黙ったまま奥の部屋へと消えて行った。
「無理…か。」
「王子…。」
ふたりは別の方法を考えるしかないと、小屋を後にしようしたその時だった。
ガラガラガラガラ…ドーンっ!
という音と共にものすごいホコリが奥の仕切られた布の先でたちこめ、真っ白になっているのが見える。ゲホゲホと咳をしながらマエナスが奥の部屋から戻ってきた。手には1枚の紙を持って。それを机に叩きつけて言い放つ。
「今のままじゃお前を信じられねぇ。本当にその気があるんなら、こいつらを連れてきてみな。」
その紙は手配書のようだった。
「これ…は…?」
「見ての通り手配書だ。その3人を連れてこい。」
希望が見えたとふたりは喜んだのだが、
「ただし、条件がある。日数は5日、移動も考えて最短であり、最大だ。あと、お前ひとりで行ってこい、アクリス。」
「な…なぜですか!ダメです!危険です!王子ひとりで出かけるなんて!!」
「黙れ過保護エルフ!そんなんだからしょんべんクセェのが抜けねぇままの甘ちゃんなんだよ!」
相変わらずの汚い物言いである。
「行けるな?アクリス。」
「わかった、いってくる…!」
マエナスの暴言に打ちひしがれてへたり込んでいるファランクスを心配しながらも、アクリスは手配書を握りしめ早速とマエナスの家を出る。
「はぁ…まったく。意地悪なことをしますね。あんなことしなくても…もう心は決めているのでは?」
よろよろと力なく立ち上がったファランクス。何かに気付いたような言い方をしてマエナスと向き合った。
「ふんっ!なんのことだかな?…この世界を取り戻して、ってのは『王』になるってことと同義だ。信頼置けるやつはお前以外にも適材適所で必要になる。やることがデカいだけに今の俺たちだけじゃどうしようもねぇ。最終的にもっと人が必要にはなるが…その為にゃ己の目で見て、感じて相手を見極める力も―」
ニコニコとマエナスに笑顔を向けるファランクス。
「何ニヤニヤしてやがる?」
「いいえ、なーんでもないですよ?ってイタタっ!耳はやめてください!」
マエナスはファランクスの耳をひっぱり、自分の口元に引き寄せ、囁く。
「いつまで笑ってられる?アクリスが帰ってくるまでお前は俺のものだからな?」
「へ、へっ?!」
今まで出したことのない声を出すファランクスをおちょくるように。
「2年もグズグズ…ね。俺が言えることじゃねぇわな…クククッ。」
「そういうの確かツンデレっていうんですよぉ~?」
小さい声で言ったつもりが、しっかりとマエナスの耳に入っていたらしい。マエナスは「そういう事言うやつにはお仕置きだな?」と。抵抗するファランクスを無理やり引っ張り、奥の部屋へと消える。
「お、王子ぃ!早く帰ってきてくださぁぁ…わぁぁ!!」
「面白くなりそうだなぁ?!」
なにはともあれ…アクリスの帰りを待つ。
無事で帰ってきてくれること、己の力で仲間を連れて帰ってきてくれることを祈って。