再会
ー/ー
「しぃぃしょぉぁぉぁぉぉぉ…!!!」
「あ~…わ、わかったから離れてもらえると…。」
【ラギルーガ】から南西の方角、街の周辺の森を抜けた先に乾燥した地域が広がっており、更に南にある火山へと続く道筋に谷がある。そこは【竜骨の谷】、全景が竜の骨のような形状をしている為そう呼ばれている。アクリスはそこへ向かう途中、とある少年と偶然に、再会をしていた。
2時間ほど前―。
マエナスの家を飛び出したのはいいものの、向かう先に見当がつかないことに気がついた。
「ぐっ…どこに行けばいいかわからないじゃないか。まずったな…後先考えず行動してはいけないって、この間もファラに怒られたばっかりだったのに。もっと考えて行動しなきゃな、気を付けよ。」
と、自身を戒め、なにか手掛かりはないかと手配書をよく読んで見る。表面には手配人の似顔絵、裏側は無地だ。なにもないだろうと思いつつ一応両面見てみると、無地の裏面にぼんやりと『竜、谷、洞窟』と文字が浮かび上がってきた。そのキーワードにピンときたアクリス。
「【竜骨の谷】か…!」
道しるべをしてくれたマエナスに感謝し走り出す。この2年、各地を周っていたアクリスだ。どこにある場所なのかはすぐに理解した。街を出たアクリスは目的にまでの道を進む。街から離れるにつれ整備された道はなくなり、幾人かの冒険者が通った痕跡を辿るように森の中の悪路を抜けていくしかない。
街のかさほど離れていない森とはいえ、どこに魔物が潜んでいるかはわからない。警戒しながら進む。
…ガサガサっと、不審な音。何かいる。
腰に下げた剣に手をかけ、感覚を研ぎ澄ませ、気配を消して、待ち構える。
「(この周辺にいるといえば…ゴブリンか?でも奴らは群れで移動するはずだ…足音はふたり…?野盗か?)」
なんであろうと先手必勝、こんなところで時間を費やしている場合ではない。数秒後、こちらに向かってきていた何かが姿を現し、キィッン―…!と。
静かな森に剣と剣がぶつかり合う金属音が響き渡る。動きに合わせて揺れたアクリスの青い髪をみてその少年は気付く。
「人かっ…!!」
「貴方は…!」
時は更に遡り、今より1年前―。
その小さな村の名は【ケト】。
この村は古より【精霊の森】と人間の世界を隔てているちょうど境目に存在している。この森はエルフが住まう場所へ繋がる森で、不思議な力を持っており、人が誤って入り込んでしまうと帰ることが無いとされている。その為、人が無闇やたらに入り込まぬよう【ケト】の村人は守り人として暮らしている。
「こら!こっちにいくんじゃない!しっ!しっ!」
薄茶色の髪に、エメラルド色をした瞳が印象的な元気いっぱいなその少年の名はロア。この村の村長の孫として、日々守り人として学びを受け生活している。
「ロアくん、動物にはもう少し優しくしなきゃだよー?」
切り株に腰掛け、ロアのそばで見守る少女、名はカイン。長い金髪を左右で、いわゆるツインテール。エルフの特徴である長い耳…というより半端な長さの耳が特徴の女の子。
「ふふふふ!俺はこんなところでニワトリや子豚と戯れて終わるような男じゃない!いずれ冒険者になって、魔物たちからこの村も世界も守るんだ!とうっ!」
手に持っている木の枝を、まるで剣を降るかのようにブンブンと上下に素振りをし、見えない何かを相手に特訓でもしているかのようだった。
「そんな危ないことしなくても、守り人も立派なお仕事なのになぁ…。」
カインは呆れながらも微笑ましく見つめていた。
そんな穏やかな時間を過していたある日。ロアの祖父である村長が病に倒れたのだ。
この土地特有の風土病。通常は幼い子供の時に1度患うもので、熱は出るものの、体を休めていれば2、3日で治る。不思議とその後は生涯発症することはない病なのだが…稀に高齢者が発症することがある。この場合、なにもしなければ簡単にその身を死に至らしめる恐ろしい病となる。
薬を飲めばそのような事はないが。この時村には材料である薬草が無かったのだ。その薬草が生えているのは…。
「おじいちゃん!私が採ってくるから、待ってて!」
村長が呻き、苦しみながら眠るベッドに寄り添っていたのはカイン。
なぜ彼女が人である村長にここまで必死になるのか…それは―。
エルフ族は人と馴れ合う事は基本的にはしない。途方も無い昔に人と争った遺恨が未だ根付いているからだ。母となる大樹が守護する森から出ることはせず、また人を迎え入れる事もしない。謎に満ちた種族とされている。ファランクスのように、人と行動を共にしているエルフは異端とされ、母の元に帰ることは許されていない。
森と村の境目、その草陰にそっと彼女は捨てられていた。捨てられていた理由、それは彼女が人とエルフの間に生まれたハーフエルフだから。耳の長さが半端なのはそのせいだ。
そんな彼女を助け、保護し、ロアと共に別け隔てなく育てたのは村長だから。その為、血が繋がらずとも、村長は彼女にとって大切な家族。思わず体が動いてしまったのだろう、薬草が生えている場所へと走り出したのだ。
「じいちゃん、水持ってきたから飲めよー…っと?!あぶなっ…てカイン…?!」
飛び出したカインと、水を持ってきたロアが入れ違いに、ぶつかりそうになる。カインは振り返ることなく村長の家を飛び出していった。ただ事じゃないカインの行動に察しがついたロア。
「あのバカ…!こんな夜に【オーガの森】なんかに行くつもりかよ!おばさん!あと頼む!」
部屋で看病をしていた村の住人に乱暴に持ってきた水を預け、ロアはカインを追った。
その薬草があるのは【オーガの森】と呼ばれ場所。
【オーガの森】
身長は有に2メートルを超える、森の巨人と呼ばれる種族が住まう場所だ。緑と茶色が混ざったような皮膚を持ち、どこから持ってきたのかわからない大きな棍棒や斧を持ち人を襲って食らう凶暴な魔物の種族だ。日が高い時間は活動はほとんどせず、暗闇が包む夜に活発になる。
そして今は夜…つまり、カインが飛び込んだその森は、とても危険な場所となっているのだ。
「…追いかけたのはいいけど。うっ…こえぇ…。」
カインを追いかけて飛び出したロア。とっさにだが家に飾られてた剣を持ってきていた。普段は木の枝しか構えたことはなかった。そんな剣の重みに戸惑いながらもカインを探すため慎重に、急いで、森の奥へと進む。
「キャアッ!」
「カインッ!!!」
少し先で声が聞こえた。女の子の声、カインだ。
おもわず大きな声を上げてしまったロア。先程までの慎重さを欠いたまま。カインの名を叫びながら走り出す。
「カイン!!カインどこだ、返事しろよ!!!」
2、3メートルほどの高さか。成長した木の根がせりあがって作り出したであろうわずかな崖の段差。それに気付かずに転落したのだろうか。下を覗きこむとそこに、倒れているカインの姿があった。
「心配かけやがって。カイン!大丈夫か!おー…」
「プシュゥー…はぁぁ~…。」
ほっとしたのもつかの間、スゥっと、血の気が引いていく。
耳元と肩にかかる生暖かく、生臭い息。ぴちゃりぴちゃりと何かが滴り落ちる音を背後に感じた。逃げなければ殺される。しかし恐怖で固まった体はそう簡単に動いてくれない。
「(落ち着け、冷静に…オーガは動きが遅い。何かされても…かわせるはず…)」
背中に感じたオーガの熱が離れ、風が動いた。ロアを仕留めようと攻撃を繰り出そうと動いたのだ。片手に持っている斧を振り下ろそうと、大きく振り上げるが―。
ロアはギリギリのタイミングで体を翻すことができ、オーガの脇を抜けた。
「よしっ避けれた…!あっ…ぐっぁ?!」
抜けきれたと思ったが、オーガの長く大きな手が目の前に現れ、ロアはそのオーガの片腕に飛び込むような形で掴まれてしまった。
「くっそ…カイン…!ぐっ!!ふぅっ…あがっ!!?」
持ってきた剣は掴まれた拍子に地面へ転がって、強く握られているロアの体はバキバキという音を鳴らしている。いくつか骨が折れてしまっているだろうか。オーガが食べやすくしたのもしれない。大きな口を開け、ロアを食べようとしたその時。
「…人じゃなくて野菜食べた方がいいぞっ!」
誰かの声と、シュピッっと風が鳴る音がした。
ロアは恐怖と絶望で目を瞑っていたが、顔に温かい液体が大量にかかったことに驚き目を開けた。目前にあったのは頭を半分に切られ血を吹き出しているオーガの姿だった。何が起きたのかとわからないでいると、掴まれた腕が緩み、体が地面に落ちていくのを感じた。
「(やば…受け身なんてとれな…い。)」
しかし、ロアの体は地面を叩くことは無かった。
オーガの頭を落としただろう人物が素早く動き、オーガの指を切り落としてそこから助け出したのだ。
「王子~?その登場の仕方はちょっといただけないですね。野菜じゃなくてもっと言い方が―。」
「あのなぁ、そんなところにこだわってる場合じゃないだろ!人命優先!君、大丈夫?」
「あ…あなたは…?うっ!」
「これはいけませんね、何箇所も骨が折れてるようです。肋骨も何本も。これは内蔵に損傷があるかもしれませんね。あちらで倒れていた女の子は軽く頭を打っただけみたいで無事のようですが…」
どうやらカインも無事らしいことをファランクスの言葉で確認して安心したロアは、青い髪のその青年の姿を目に焼き付けながらも、意識を暗闇に落としていった。
その後、ロアは村の自分の部屋で目覚めた。
「ロアくん!ごめんね。私が飛び出さなきゃ…ごめんなさい。」
カインはずっと寄り添っていてくれたらしい。ロアはあの後3日間眠り続けていた。その間の事をカインは話し始めた。
「ファランクスさんはロアくんの治療をしてくれて、アクリスさんはおじいちゃんの病気のお薬を用意してくれたの。ほんとうにいい人たちで感謝してもしきれないくらい!先を急いでるみたいですぐ出ていっておもてなしできなかったのが心残りだなぁ…。」
「そっか…うん、かっこいいっす…師匠っ!」
「え?師匠?ロアくん…?」
アクリスのその姿と行動は、ロアの思い描く理想の戦士そのものだったようで、冒険者への憧れを更に強く募らせるのであった。
ロアとカイン、15歳の春の出来事。
そして現在。
森で剣を突き合わせたのはロアであった。そのうしろを追って出てきたのがカイン。
ふたりはアクリスを探し、村を出て、旅をして少しずつ力をつけていたらしい。【ラギルーガ】を目指していたが、この森で迷ってしまい、さまよい歩いた末にアクリスと出会ったのだ。思いもよらなかった出会いにロアは感極まり、アクリスに抱きついて「師匠!」と泣きじゃくってしまった。
「アクリスさん、お久しぶりです。その説は大変お世話になりました。村のみんな、今でもとても感謝しています。またお会いできるなんて…夢みたいです!」
「んっ…師匠!俺、あの時ちゃんとお礼を言えなかったっすね。ありがとうございましたっ!!」
ようやく離れたロアは深々と頭を下げてお礼をする。カインも同様に。
「いや、大したことをしたつもりはないんだけど…でも、村長さんも、君も元気そうで良かったよ。」
にっこりと笑顔で返したアクリスに、ロアは自分の想いを告げた。
「師匠!…いや、アクリス王子!俺も連れて行ってください!あれから毎日鍛えてきました!まだまだ未熟者だとは思います。けど、命を救ってくれた貴方に、今度は俺の命を懸けて貴方を守りたい!守らせてください!お願いします!」
「私も、力になりたいです!お願いします!」
「命…。俺が、なにをしようとしているのかわかっているのかい?」
「わかっているからこそ、共に行かせてほしいんです!」
ロアとカインは、アクリスが戦う理由を知ってたようだ。
「でも今は…俺はひとりで行かなきゃいけなくて。あとその師匠ってのもこま…あ~…断ってもついてくるつもりだな…こりゃ…。」
「はい!師匠!お願いします!」
今は仲間が喉から手が出るほど欲しい状況でもある。まだ幼いふたりを見て戸惑ったが、アクリスの剣を受けたロアの太刀筋にこの1年の成長と努力の成果が見え、これから先、さらなる成長が見込めるだろう事は伺えた。だからこそアクリスも、強く突き放すのを躊躇ってしまったのだ。
「うーん…ファラとマエナスになんて言い訳したらいいもんかな。」
「【竜骨の谷】に行くんすね!」
「サポートなら任せてくださいね!」
頭を抱えながら進むアクリスの後を楽しそうについて歩くロアとカイン。
そして、3人から更に後方、背の高い木の上に人影があった。
「ふふ…見つけたのだ。おでたちに手を出す厄介者ぉ!こうしちゃいられない、シモンに報告…なわぁー?!」
ズザザザザ…と音を立てて木から転げ落ちた。
「良くもやってくれたのだ…許すまじぃ!覚えてろぉ!」
アクリスの知らないうちに、何故か勝手に、言いがかりと因縁をつけられてしまったのである。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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【ラギルーガ】から南西の方角、街の周辺の森を抜けた先に乾燥した地域が広がっており、更に南にある火山へと続く道筋に谷がある。そこは【|竜骨《りゅうこつ》の谷】、全景が竜の骨のような形状をしている為そう呼ばれている。アクリスはそこへ向かう途中、とある少年と偶然に、再会をしていた。
2時間ほど前―。
マエナスの家を飛び出したのはいいものの、向かう先に見当がつかないことに気がついた。
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「【竜骨の谷】か…!」
道しるべをしてくれたマエナスに感謝し走り出す。この2年、各地を周っていたアクリスだ。どこにある場所なのかはすぐに理解した。街を出たアクリスは目的にまでの道を進む。街から離れるにつれ整備された道はなくなり、幾人かの冒険者が通った痕跡を辿るように森の中の悪路を抜けていくしかない。
街のかさほど離れていない森とはいえ、どこに魔物が潜んでいるかはわからない。警戒しながら進む。
…ガサガサっと、不審な音。何かいる。
腰に下げた剣に手をかけ、感覚を研ぎ澄ませ、気配を消して、待ち構える。
「(この周辺にいるといえば…ゴブリンか?でも奴らは群れで移動するはずだ…足音はふたり…?野盗か?)」
なんであろうと先手必勝、こんなところで時間を費やしている場合ではない。数秒後、こちらに向かってきていた何かが姿を現し、キィッン―…!と。
静かな森に剣と剣がぶつかり合う金属音が響き渡る。動きに合わせて揺れたアクリスの青い髪をみてその少年は気付く。
「人かっ…!!」
「貴方は…!」
時は更に遡り、今より1年前―。
その小さな村の名は【ケト】。
この村は|古《いにしえ》より【|精霊《せいれい》の森】と人間の世界を|隔《へだ》てているちょうど境目に存在している。この森はエルフが住まう場所へ繋がる森で、不思議な力を持っており、人が誤って入り込んでしまうと帰ることが無いとされている。その為、人が無闇やたらに入り込まぬよう【ケト】の村人は|守《も》り人として暮らしている。
「こら!こっちにいくんじゃない!しっ!しっ!」
薄茶色の髪に、エメラルド色をした瞳が印象的な元気いっぱいなその少年の名はロア。この村の村長の孫として、日々守り人として学びを受け生活している。
「ロアくん、動物にはもう少し優しくしなきゃだよー?」
切り株に腰掛け、ロアのそばで見守る少女、名はカイン。長い金髪を左右で、いわゆるツインテール。エルフの特徴である長い耳…というより半端な長さの耳が特徴の女の子。
「ふふふふ!俺はこんなところでニワトリや子豚と戯れて終わるような男じゃない!いずれ冒険者になって、魔物たちからこの村も世界も守るんだ!とうっ!」
手に持っている木の枝を、まるで剣を降るかのようにブンブンと上下に素振りをし、見えない何かを相手に特訓でもしているかのようだった。
「そんな危ないことしなくても、守り人も立派なお仕事なのになぁ…。」
カインは呆れながらも微笑ましく見つめていた。
そんな穏やかな時間を過していたある日。ロアの祖父である村長が病に倒れたのだ。
この土地特有の風土病。通常は幼い子供の時に1度|患《わずら》うもので、熱は出るものの、体を休めていれば2、3日で治る。不思議とその後は生涯発症することはない病なのだが…稀に高齢者が発症することがある。この場合、なにもしなければ簡単にその身を死に|至《いた》らしめる恐ろしい病となる。
薬を飲めばそのような事はないが。この時村には材料である薬草が無かったのだ。その薬草が生えているのは…。
「おじいちゃん!私が採ってくるから、待ってて!」
村長が呻き、苦しみながら眠るベッドに寄り添っていたのはカイン。
なぜ彼女が人である村長にここまで必死になるのか…それは―。
エルフ族は人と馴れ合う事は基本的にはしない。途方も無い昔に人と争った|遺恨《いこん》が未だ根付いているからだ。母となる大樹が守護する森から出ることはせず、また人を迎え入れる事もしない。謎に満ちた種族とされている。ファランクスのように、人と行動を共にしているエルフは異端とされ、母の元に帰ることは許されていない。
森と村の境目、その草陰にそっと彼女は捨てられていた。捨てられていた理由、それは彼女が人とエルフの間に生まれたハーフエルフだから。耳の長さが半端なのはそのせいだ。
そんな彼女を助け、保護し、ロアと共に別け隔てなく育てたのは村長だから。その為、血が繋がらずとも、村長は彼女にとって大切な家族。思わず体が動いてしまったのだろう、薬草が生えている場所へと走り出したのだ。
「じいちゃん、水持ってきたから飲めよー…っと?!あぶなっ…てカイン…?!」
飛び出したカインと、水を持ってきたロアが入れ違いに、ぶつかりそうになる。カインは振り返ることなく村長の家を飛び出していった。ただ事じゃないカインの行動に察しがついたロア。
「あのバカ…!こんな夜に【オーガの森】なんかに行くつもりかよ!おばさん!あと頼む!」
部屋で看病をしていた村の住人に乱暴に持ってきた水を預け、ロアはカインを追った。
その薬草があるのは【オーガの森】と呼ばれ場所。
【オーガの森】
身長は有に2メートルを超える、森の巨人と呼ばれる種族が住まう場所だ。緑と茶色が混ざったような皮膚を持ち、どこから持ってきたのかわからない大きな棍棒や斧を持ち人を襲って食らう凶暴な魔物の種族だ。日が高い時間は活動はほとんどせず、暗闇が包む夜に活発になる。
そして今は夜…つまり、カインが飛び込んだその森は、とても危険な場所となっているのだ。
「…追いかけたのはいいけど。うっ…こえぇ…。」
カインを追いかけて飛び出したロア。とっさにだが家に飾られてた剣を持ってきていた。普段は木の枝しか構えたことはなかった。そんな剣の重みに戸惑いながらもカインを探すため慎重に、急いで、森の奥へと進む。
「キャアッ!」
「カインッ!!!」
少し先で声が聞こえた。女の子の声、カインだ。
おもわず大きな声を上げてしまったロア。先程までの慎重さを欠いたまま。カインの名を叫びながら走り出す。
「カイン!!カインどこだ、返事しろよ!!!」
2、3メートルほどの高さか。成長した木の根がせりあがって作り出したであろうわずかな崖の段差。それに気付かずに転落したのだろうか。下を覗きこむとそこに、倒れているカインの姿があった。
「心配かけやがって。カイン!大丈夫か!おー…」
「プシュゥー…はぁぁ~…。」
ほっとしたのもつかの間、スゥっと、血の気が引いていく。
耳元と肩にかかる生暖かく、生臭い息。ぴちゃりぴちゃりと何かが滴り落ちる音を背後に感じた。逃げなければ殺される。しかし恐怖で固まった体はそう簡単に動いてくれない。
「(落ち着け、冷静に…オーガは動きが遅い。何かされても…かわせるはず…)」
背中に感じたオーガの熱が離れ、風が動いた。ロアを仕留めようと攻撃を繰り出そうと動いたのだ。片手に持っている斧を振り下ろそうと、大きく振り上げるが―。
ロアはギリギリのタイミングで体を翻すことができ、オーガの脇を抜けた。
「よしっ避けれた…!あっ…ぐっぁ?!」
抜けきれたと思ったが、オーガの長く大きな手が目の前に現れ、ロアはそのオーガの片腕に飛び込むような形で掴まれてしまった。
「くっそ…カイン…!ぐっ!!ふぅっ…あがっ!!?」
持ってきた剣は掴まれた拍子に地面へ転がって、強く握られているロアの体はバキバキという音を鳴らしている。いくつか骨が折れてしまっているだろうか。オーガが食べやすくしたのもしれない。大きな口を開け、ロアを食べようとしたその時。
「…人じゃなくて野菜食べた方がいいぞっ!」
誰かの声と、シュピッっと風が鳴る音がした。
ロアは恐怖と絶望で目を瞑っていたが、顔に温かい液体が大量にかかったことに驚き目を開けた。目前にあったのは頭を半分に切られ血を吹き出しているオーガの姿だった。何が起きたのかとわからないでいると、掴まれた腕が緩み、体が地面に落ちていくのを感じた。
「(やば…受け身なんてとれな…い。)」
しかし、ロアの体は地面を叩くことは無かった。
オーガの頭を落としただろう人物が素早く動き、オーガの指を切り落としてそこから助け出したのだ。
「王子~?その登場の仕方はちょっといただけないですね。野菜じゃなくてもっと言い方が―。」
「あのなぁ、そんなところにこだわってる場合じゃないだろ!人命優先!君、大丈夫?」
「あ…あなたは…?うっ!」
「これはいけませんね、何箇所も骨が折れてるようです。肋骨も何本も。これは内蔵に損傷があるかもしれませんね。あちらで倒れていた女の子は軽く頭を打っただけみたいで無事のようですが…」
どうやらカインも無事らしいことをファランクスの言葉で確認して安心したロアは、青い髪のその青年の姿を目に焼き付けながらも、意識を暗闇に落としていった。
その後、ロアは村の自分の部屋で目覚めた。
「ロアくん!ごめんね。私が飛び出さなきゃ…ごめんなさい。」
カインはずっと寄り添っていてくれたらしい。ロアはあの後3日間眠り続けていた。その間の事をカインは話し始めた。
「ファランクスさんはロアくんの治療をしてくれて、アクリスさんはおじいちゃんの病気のお薬を用意してくれたの。ほんとうにいい人たちで感謝してもしきれないくらい!先を急いでるみたいですぐ出ていっておもてなしできなかったのが心残りだなぁ…。」
「そっか…うん、かっこいいっす…師匠っ!」
「え?師匠?ロアくん…?」
アクリスのその姿と行動は、ロアの思い描く理想の戦士そのものだったようで、冒険者への憧れを更に強く募らせるのであった。
ロアとカイン、15歳の春の出来事。
そして現在。
森で剣を突き合わせたのはロアであった。そのうしろを追って出てきたのがカイン。
ふたりはアクリスを探し、村を出て、旅をして少しずつ力をつけていたらしい。【ラギルーガ】を目指していたが、この森で迷ってしまい、さまよい歩いた末にアクリスと出会ったのだ。思いもよらなかった出会いにロアは感極まり、アクリスに抱きついて「師匠!」と泣きじゃくってしまった。
「アクリスさん、お久しぶりです。その説は大変お世話になりました。村のみんな、今でもとても感謝しています。またお会いできるなんて…夢みたいです!」
「んっ…師匠!俺、あの時ちゃんとお礼を言えなかったっすね。ありがとうございましたっ!!」
ようやく離れたロアは深々と頭を下げてお礼をする。カインも同様に。
「いや、大したことをしたつもりはないんだけど…でも、村長さんも、君も元気そうで良かったよ。」
にっこりと笑顔で返したアクリスに、ロアは自分の想いを告げた。
「師匠!…いや、アクリス王子!俺も連れて行ってください!あれから毎日鍛えてきました!まだまだ未熟者だとは思います。けど、命を救ってくれた貴方に、今度は俺の命を懸けて貴方を守りたい!守らせてください!お願いします!」
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「命…。俺が、なにをしようとしているのかわかっているのかい?」
「わかっているからこそ、共に行かせてほしいんです!」
ロアとカインは、アクリスが戦う理由を知ってたようだ。
「でも今は…俺はひとりで行かなきゃいけなくて。あとその師匠ってのもこま…あ~…断ってもついてくるつもりだな…こりゃ…。」
「はい!師匠!お願いします!」
今は仲間が喉から手が出るほど欲しい状況でもある。まだ幼いふたりを見て戸惑ったが、アクリスの剣を受けたロアの太刀筋にこの1年の成長と努力の成果が見え、これから先、さらなる成長が見込めるだろう事は伺えた。だからこそアクリスも、強く突き放すのを躊躇ってしまったのだ。
「うーん…ファラとマエナスになんて言い訳したらいいもんかな。」
「【竜骨の谷】に行くんすね!」
「サポートなら任せてくださいね!」
頭を抱えながら進むアクリスの後を楽しそうについて歩くロアとカイン。
そして、3人から更に後方、背の高い木の上に人影があった。
「ふふ…見つけたのだ。おでたちに手を出す厄介者ぉ!こうしちゃいられない、シモンに報告…なわぁー?!」
ズザザザザ…と音を立てて木から転げ落ちた。
「良くもやってくれたのだ…許すまじぃ!覚えてろぉ!」
アクリスの知らないうちに、何故か勝手に、言いがかりと因縁をつけられてしまったのである。