表示設定
表示設定
目次 目次




独りにしないで

ー/ー



「玲さんの部屋を経由して外に出たらいいよ」

 8時半過ぎに仕事を全て終え、床を拭いたモップを立てかけながら健人が言った。まだしぶとく外で待っている小林雄眞と会わずに外に抜ける方法だ。

 表はもうシャッターを下ろしてしまったので、盟子と健人が外に出るには従業員用の裏口を使うしかない。しかしそこには雄眞が待機している。

 けれど、この建物にはもう一つ出入口がある。それは2階だ。
 2階にも玄関口があり、そこから表通りへと外階段が降りているのだ。表通りに出てしまえば、裏口で待ち伏せている雄眞と鉢合わせずに駅の方に行ける。
 だから内部の階段を通って一旦2階を経由して外に出ろという健人の作戦だった。

「俺は普通に裏から帰るから。何か聞かれたらすっとぼけとくわ」
 盟子は何度も頭を下げて事務所の奥の階段へと踏み出す。無意識に足音を殺して昇り、呼吸を整えてから守谷の部屋につながるドアをノックした。

「はぁい」
 ふやけた返事の後に緩慢な動作の気配がしてドアが開いた。
「あれ?」
 顔をのぞかせた守谷は、目を丸くしながらも盟子を引き入れてくれた。

 中は真っ暗だった。
 窓から射しこむ白銀の月明かりに、かっちりした白のワイシャツと黒いスラックス姿が浮かび上がっている。いつもの甘いメイクがないと端正な目鼻立ちが凛々しく見える。

「ごめん、お葬式帰りで」
 けれどその表情は虚ろで、声に力がない。
「……ごめんなさい、あの」
 電気をつけようとする守谷を押しとどめ、玄関を通らせてくださいと伝える。こんな時にこんなことで迷惑をかけてしまうのがたまらなく申し訳ない。
「玄関?」
「はい、あの、裏で待ち伏せされてて……」
「待ち伏せ?」
 かいつまんで事情を説明すると、守谷はほんの少し開けた窓の隙間から下をのぞいた。すると穏やかでない話し声が聞こえてくる。

「なんでおまえにそんなこと教えなきゃなんねーの?」
 健人がすごい剣幕でまくし立てている。
「いや、だから僕は梅崎盟子の友達で……梅崎さんここで働いてますよね?」
「スタッフの名前とか何曜日に出勤してるとか、そんな内部事情を不審者に言うわけねぇし」
「ち、違います、不審者じゃなくて、僕は梅崎さんと同じ秋羽台高校の……」
「いやどう考えても不審者だろ。仮にそういう子がいたとして、おまえが本当に知り合いだっていう証拠とかあんの? 知り合いなら直接やりとりすりゃよくね? ストーカー決定だろ」
 圧倒的に雄眞が圧されているのがわかる。

「次来たら高校と警察に通報するからな! このことは店でも共有しとく!」

 この一言で雄眞の完全敗北が決定的になった。家の顔に泥を塗るようなことを雄眞は絶対にできない。

「1組の小林くん? どういうこと?」
 守谷は眉を顰めた。
「……一方的なんです」
 その言葉で事情を察したようだった。
「なるほどね。ならもう少しここで待ってなさいよ。遅くなったら車出すから」
 2階の住人のことが知れたら更に面倒になる。確かに今は動かない方がいいかもしれない。
「……そっかぁ、梅ちゃんも大変ねぇ」
 守谷は深い息を吐いてくたくたと床に座り込んだ。普段纏っている華やかな主役オーラがすっかり影をひそめている。

 沈黙が訪れる。
 そっと室内に目を走らせると、月光に照らし出された空間はとてもシンプルだった。
 間取りは1階の風雅堂カフェと同じ。窓際に作業用らしき机と画材用のラックと、その横に立てかけられたイーゼル。あちこちに置かれた描きかけのカラフルなキャンバスが部屋に彩りを添えている。申し訳程度の小さなスクエアのテーブルが食卓用かもしれない。光が入ったらとても明るくて気持ちのいい空間になるだろう。何だか美術室みたいだ。ドアの閉まった隣の部屋がたぶん寝室。

「汚くてごめんね。まぁ座りなよ」

 おずおずと腰掛けると、尋ねてもいないのに守谷が口を開いた。

「……祖父が亡くなって」

 俯いているので表情は読み取れない。けれどこんな時であっても、膝を抱えて座り込んだそのシルエットは一枚の絵画のようだ。

「お爺ちゃんね、あたしに神楽を仕込んでくれた人なの。上手かったな。あれは絶対超えられないと思う」
 それは盟子に話しかけているようで、独白のようでもあった。
「宮司も務め上げて立派な人だった。あたし次男だけど溺愛されてて、1歳にもならない頃から神楽教えてたって。だからあたし年齢イコール神楽歴なんだよね」
 ぽつぽつと語られる言葉は、守谷の人生そのものだ。

「将来は兄と一緒に家を継ぐことも期待されてたと思う。でも高校の頃に進路のことでぶつかってね。美大行って絵をやるから神社は継がない! って。そしたらもう家庭内が大変なことになって。お前なんて二度と帰って来るなってお爺ちゃんに言われちゃって」
 あはは、と乾いた笑い声が掠れる。

「……今ならお爺ちゃんの気持ちわかるの。可愛がってた分落胆も大きかっただろうなって。でもあたしにも言い分があったし、そんじゃ出て行ってやるわ! ってなって」
 もう7年になるかなぁ、口もきいてないし会ってもいなかったな。
 そう呟いて守谷は宙を見つめた。在りし日の光景をそこに見ているかのように。

「肺がん」
 あと認知症も、と守谷は続ける。
「玲峰はまだ大学なのかってよく父に聞いてたんだって。でもあたし、意地張って会いに行かなくて……もっとすごい人間になって、もっと立派になったら胸張って会いにいくんだって思ってて」
 絞り出すように紡ぐその言葉を聞いているだけでも胸が苦しい。

「実は例大祭の日はこっそり実家に行ってみたんだよね。でもね、家の前まできてやっぱり入れなかった。それでたまたま帰りに梅ちゃん見つけたってわけ」
 たまらず、盟子は立ち上がった。
「……先生ごめんなさい、私帰ります。そんな大変な時にお邪魔してすみませんでした」
 いつも南緒の傍で中途半端に笑っていたみたいに、曖昧にここに居続けてはいけない気がした。
 けれど。
「だめ! 行かないで! 今独りになったら死にたくなる!」
「え……」
「ここに来て。傍にいて。お願い」
 何かとても切羽詰まった顔で懇願され、痛いほど腕をつかまれ、盟子はためらいながらも守谷の隣の床に腰を下ろす。

「あの時、梅ちゃんのこと」
 ほたり、ほたり、と。涙が床に落ちて沁みていく微かな音がした。
「意地張ってバカみたいだなこの子、って思って、でもあたしも同じじゃんって」
 肩を震わせてこんなふうに男の人が泣くのを見たのは初めてだった。けれどその姿さえも、さめざめと涙をながす女神のようで。

「ねえもっとこっち来て、独りにしないで」
「ちゃんとここにいますよ」
 肩と肩、腕と腕が触れる。
「あのね、聞いてくれる? バカだって笑わない?」
「笑いません」
「……あの時、家に帰ればよかった。ただいまって帰ればよかった。怒られても生きてる時に話したかった」
 悲痛な嗚咽が盟子の胸にも刺さる。どうか心が凪ぐようにと祈りながら呼吸を合わせる。
 
 ややあって、守谷が突然がばっと顔を上げた。

「ところで今何時!?」
「9時過ぎ、です」
「やっべ」
 梅ちゃん送ってかなきゃ!と立ち上がる。

「泣いてる場合じゃねぇのよ。ごめんごめん」
 無理矢理に笑顔を見せられると、胸がきゅうっと締め付けられた。
「こんなとこ見せちゃって恥っずかしー!」
 笑わなくていいのに。泣いたっていいのに。

 慌ただしく顔を洗うと、車のキーを持って「行くよ!」と守谷は靴をつっかけた。
「あ、そうそう」
 そして玄関に置いてある黒縁メガネをかけて黒いマスクをしてにやりと笑う。
「念のため変装。どう? 玲峰だってわかんないでしょ?」
 ワイシャツスラックスにオールバックの頭。黒縁メガネ、マスク。確かにどこかの営業マンのお兄さん然としている。
 見た目は180度違うけれど、すっかりいつもの調子に戻ったみたいだ。

「さ、行こっ!」
「先生」
「ん?」
 盟子はためらいがちに声をかける。
 本当はさっき、慰めになる言葉のひとつでも言えたらよかった。
「あの……お爺ちゃん、わかってたと思いますよ、先生の気持ち」
 その場の空気と流れに乗っかってパッと返せる器用さが絶望的に欠けている。そのことにいつも落胆してばかりだけれど、それでも伝える方がいい。
「お互い素直になれなかっただけですよ。先生だって、お爺ちゃんの気持ち理解できるって言ってたじゃないですか」
 会ったこともない守谷の祖父なのに、何故だかそうだと言える気がする。

「だから、あの、元気出してください、っていうのもおかしいけど……」
「ありがと、でもそんなこと言われたらまた泣いちゃうから」
 きっともう泣かないであろう守谷は、カラカラと笑って盟子の頭をくしゃっと撫でた。
「そしたら今夜独りにしないでくれる?」
 盟子を見つめる瞳は笑っていて、けれどまだ少し切ない色が滲んでいて。
「傍にいて慰めてくれる? なーんて。あはは」

 玄関のドアを開けると、柔らかな月明かりだけが溜まっていた。

 そこに小林雄眞の気配は、もうなかった。



次のエピソードへ進む 世界線


みんなのリアクション

「玲さんの部屋を経由して外に出たらいいよ」
 8時半過ぎに仕事を全て終え、床を拭いたモップを立てかけながら健人が言った。まだしぶとく外で待っている小林雄眞と会わずに外に抜ける方法だ。
 表はもうシャッターを下ろしてしまったので、盟子と健人が外に出るには従業員用の裏口を使うしかない。しかしそこには雄眞が待機している。
 けれど、この建物にはもう一つ出入口がある。それは2階だ。
 2階にも玄関口があり、そこから表通りへと外階段が降りているのだ。表通りに出てしまえば、裏口で待ち伏せている雄眞と鉢合わせずに駅の方に行ける。
 だから内部の階段を通って一旦2階を経由して外に出ろという健人の作戦だった。
「俺は普通に裏から帰るから。何か聞かれたらすっとぼけとくわ」
 盟子は何度も頭を下げて事務所の奥の階段へと踏み出す。無意識に足音を殺して昇り、呼吸を整えてから守谷の部屋につながるドアをノックした。
「はぁい」
 ふやけた返事の後に緩慢な動作の気配がしてドアが開いた。
「あれ?」
 顔をのぞかせた守谷は、目を丸くしながらも盟子を引き入れてくれた。
 中は真っ暗だった。
 窓から射しこむ白銀の月明かりに、かっちりした白のワイシャツと黒いスラックス姿が浮かび上がっている。いつもの甘いメイクがないと端正な目鼻立ちが凛々しく見える。
「ごめん、お葬式帰りで」
 けれどその表情は虚ろで、声に力がない。
「……ごめんなさい、あの」
 電気をつけようとする守谷を押しとどめ、玄関を通らせてくださいと伝える。こんな時にこんなことで迷惑をかけてしまうのがたまらなく申し訳ない。
「玄関?」
「はい、あの、裏で待ち伏せされてて……」
「待ち伏せ?」
 かいつまんで事情を説明すると、守谷はほんの少し開けた窓の隙間から下をのぞいた。すると穏やかでない話し声が聞こえてくる。
「なんでおまえにそんなこと教えなきゃなんねーの?」
 健人がすごい剣幕でまくし立てている。
「いや、だから僕は梅崎盟子の友達で……梅崎さんここで働いてますよね?」
「スタッフの名前とか何曜日に出勤してるとか、そんな内部事情を不審者に言うわけねぇし」
「ち、違います、不審者じゃなくて、僕は梅崎さんと同じ秋羽台高校の……」
「いやどう考えても不審者だろ。仮にそういう子がいたとして、おまえが本当に知り合いだっていう証拠とかあんの? 知り合いなら直接やりとりすりゃよくね? ストーカー決定だろ」
 圧倒的に雄眞が圧されているのがわかる。
「次来たら高校と警察に通報するからな! このことは店でも共有しとく!」
 この一言で雄眞の完全敗北が決定的になった。家の顔に泥を塗るようなことを雄眞は絶対にできない。
「1組の小林くん? どういうこと?」
 守谷は眉を顰めた。
「……一方的なんです」
 その言葉で事情を察したようだった。
「なるほどね。ならもう少しここで待ってなさいよ。遅くなったら車出すから」
 2階の住人のことが知れたら更に面倒になる。確かに今は動かない方がいいかもしれない。
「……そっかぁ、梅ちゃんも大変ねぇ」
 守谷は深い息を吐いてくたくたと床に座り込んだ。普段纏っている華やかな主役オーラがすっかり影をひそめている。
 沈黙が訪れる。
 そっと室内に目を走らせると、月光に照らし出された空間はとてもシンプルだった。
 間取りは1階の風雅堂カフェと同じ。窓際に作業用らしき机と画材用のラックと、その横に立てかけられたイーゼル。あちこちに置かれた描きかけのカラフルなキャンバスが部屋に彩りを添えている。申し訳程度の小さなスクエアのテーブルが食卓用かもしれない。光が入ったらとても明るくて気持ちのいい空間になるだろう。何だか美術室みたいだ。ドアの閉まった隣の部屋がたぶん寝室。
「汚くてごめんね。まぁ座りなよ」
 おずおずと腰掛けると、尋ねてもいないのに守谷が口を開いた。
「……祖父が亡くなって」
 俯いているので表情は読み取れない。けれどこんな時であっても、膝を抱えて座り込んだそのシルエットは一枚の絵画のようだ。
「お爺ちゃんね、あたしに神楽を仕込んでくれた人なの。上手かったな。あれは絶対超えられないと思う」
 それは盟子に話しかけているようで、独白のようでもあった。
「宮司も務め上げて立派な人だった。あたし次男だけど溺愛されてて、1歳にもならない頃から神楽教えてたって。だからあたし年齢イコール神楽歴なんだよね」
 ぽつぽつと語られる言葉は、守谷の人生そのものだ。
「将来は兄と一緒に家を継ぐことも期待されてたと思う。でも高校の頃に進路のことでぶつかってね。美大行って絵をやるから神社は継がない! って。そしたらもう家庭内が大変なことになって。お前なんて二度と帰って来るなってお爺ちゃんに言われちゃって」
 あはは、と乾いた笑い声が掠れる。
「……今ならお爺ちゃんの気持ちわかるの。可愛がってた分落胆も大きかっただろうなって。でもあたしにも言い分があったし、そんじゃ出て行ってやるわ! ってなって」
 もう7年になるかなぁ、口もきいてないし会ってもいなかったな。
 そう呟いて守谷は宙を見つめた。在りし日の光景をそこに見ているかのように。
「肺がん」
 あと認知症も、と守谷は続ける。
「玲峰はまだ大学なのかってよく父に聞いてたんだって。でもあたし、意地張って会いに行かなくて……もっとすごい人間になって、もっと立派になったら胸張って会いにいくんだって思ってて」
 絞り出すように紡ぐその言葉を聞いているだけでも胸が苦しい。
「実は例大祭の日はこっそり実家に行ってみたんだよね。でもね、家の前まできてやっぱり入れなかった。それでたまたま帰りに梅ちゃん見つけたってわけ」
 たまらず、盟子は立ち上がった。
「……先生ごめんなさい、私帰ります。そんな大変な時にお邪魔してすみませんでした」
 いつも南緒の傍で中途半端に笑っていたみたいに、曖昧にここに居続けてはいけない気がした。
 けれど。
「だめ! 行かないで! 今独りになったら死にたくなる!」
「え……」
「ここに来て。傍にいて。お願い」
 何かとても切羽詰まった顔で懇願され、痛いほど腕をつかまれ、盟子はためらいながらも守谷の隣の床に腰を下ろす。
「あの時、梅ちゃんのこと」
 ほたり、ほたり、と。涙が床に落ちて沁みていく微かな音がした。
「意地張ってバカみたいだなこの子、って思って、でもあたしも同じじゃんって」
 肩を震わせてこんなふうに男の人が泣くのを見たのは初めてだった。けれどその姿さえも、さめざめと涙をながす女神のようで。
「ねえもっとこっち来て、独りにしないで」
「ちゃんとここにいますよ」
 肩と肩、腕と腕が触れる。
「あのね、聞いてくれる? バカだって笑わない?」
「笑いません」
「……あの時、家に帰ればよかった。ただいまって帰ればよかった。怒られても生きてる時に話したかった」
 悲痛な嗚咽が盟子の胸にも刺さる。どうか心が凪ぐようにと祈りながら呼吸を合わせる。
 ややあって、守谷が突然がばっと顔を上げた。
「ところで今何時!?」
「9時過ぎ、です」
「やっべ」
 梅ちゃん送ってかなきゃ!と立ち上がる。
「泣いてる場合じゃねぇのよ。ごめんごめん」
 無理矢理に笑顔を見せられると、胸がきゅうっと締め付けられた。
「こんなとこ見せちゃって恥っずかしー!」
 笑わなくていいのに。泣いたっていいのに。
 慌ただしく顔を洗うと、車のキーを持って「行くよ!」と守谷は靴をつっかけた。
「あ、そうそう」
 そして玄関に置いてある黒縁メガネをかけて黒いマスクをしてにやりと笑う。
「念のため変装。どう? 玲峰だってわかんないでしょ?」
 ワイシャツスラックスにオールバックの頭。黒縁メガネ、マスク。確かにどこかの営業マンのお兄さん然としている。
 見た目は180度違うけれど、すっかりいつもの調子に戻ったみたいだ。
「さ、行こっ!」
「先生」
「ん?」
 盟子はためらいがちに声をかける。
 本当はさっき、慰めになる言葉のひとつでも言えたらよかった。
「あの……お爺ちゃん、わかってたと思いますよ、先生の気持ち」
 その場の空気と流れに乗っかってパッと返せる器用さが絶望的に欠けている。そのことにいつも落胆してばかりだけれど、それでも伝える方がいい。
「お互い素直になれなかっただけですよ。先生だって、お爺ちゃんの気持ち理解できるって言ってたじゃないですか」
 会ったこともない守谷の祖父なのに、何故だかそうだと言える気がする。
「だから、あの、元気出してください、っていうのもおかしいけど……」
「ありがと、でもそんなこと言われたらまた泣いちゃうから」
 きっともう泣かないであろう守谷は、カラカラと笑って盟子の頭をくしゃっと撫でた。
「そしたら今夜独りにしないでくれる?」
 盟子を見つめる瞳は笑っていて、けれどまだ少し切ない色が滲んでいて。
「傍にいて慰めてくれる? なーんて。あはは」
 玄関のドアを開けると、柔らかな月明かりだけが溜まっていた。
 そこに小林雄眞の気配は、もうなかった。