所変わって、『教会』サイド。多くの戦闘資格を失った、ただの裏切り者を抱えた中で、これからの策が立ち行かない状態にあった。
「――英雄共……また、また俺の邪魔をするのかよ……!!」
唇を噛みしめる信之。あまりにもの強さで出血するほど。その様子を見て、何も言わない待田に対し、最大級の苛立ちを見せながら胸倉を掴む。
「待田、今は俺が上司だ。現状戦える面子をそろえて英雄共を殲滅しろ」
「――それは出来ねえな。俺一人になっちまう。万が一、億が一俺が負けたらどうすんだよ」
「お前は自ら最強格と名乗ったんだろう!? ならそれに準じた働きをしろよ!!」
感情のままに暴走する信之を、簡単な印を組みその場に二百トン以上の『圧|《プレシオン》』を叩きつける。礼安に放ったものよりも圧倒的に強い『圧』であった。
「――呼吸も出来ねえか。まるで潰れた蛙のようだぜ、お前さん」
「何の……つもりだ……!!」
信之の髪を乱暴に掴み、ゆっくりと持ち上げる。待田の表情は、実に冷ややかなものであった。
「――俺ァよ。手前の癇癪に付き合ってやれるほど、優しくはねェんだわ。いつだって複数のプランニングの元に、最悪を提供してんのかと思ったが……思ったよりもガキ臭ェ。目の前しか見えてねえ猪よりも頭悪ィようでなによりだ、『支部長』様」
懐から煙草を取り出し、年季の入ったライターでじっくりと火をつける。信之の頬を乱暴に掴むと、煙を挑発的に吹きかける。
「最悪は、何も奴の味方をどうこうするだけじゃあねえだろ。頭硬すぎか手前。念能力を扱える者同士……少しは分かってモノ言ってんのかと思ってたぜ」
待田の罵倒に対し、苛立ちを隠さない信之であったが、待田の冷徹な瞳は変わらない。年季の違いが如実に表れた瞬間でもあった。
「決まってんだろ、『信玄』と戦力として残存した『こいつら』を使うんだよ。手前がわざわざ労力をすり減らしてまで絶望させたい気持ちは十分わかった、だがそれじゃあ非効率的だ。当人に害させた瞬間に、一石二鳥の戦果が得られる。信玄が勝利しようと敗北しようと、な」
それに、待田は河本が元から『教会』側の人間でないことは理解していた。それに、本部から『別目的』でやってきた百喰も、信用は一切していない。
待田が最初から信用しているのは、最初から自分のみ。次点で、純粋な負の感情を当人にぶつけたがっていたあの人物。
「――鍾馗とやら。いよいよ出番だぜ」
待田の背後から現れたのは、英雄・武器サイドを完全に裏切った、漆黒のスーツに身を包んだ鍾馗。その瞳は、裏切る前よりも深く淀んでいた。しかし、薄気味悪い笑みを絶やすことはない。今までの比ではない力に身を浸らせた結果、圧倒的な全能感に包まれていたのだ。
「……ようやく、僕の出番ですか。待ちくたびれましたよ」
「悪ィ悪ィ。少々お遊びが過ぎちまったからよ」
手にしているインスタントライセンスが、本人の歪んだ欲により非正規のライセンスに変貌。デバイスドライバーも、『バディ』が未だリタイアしていない影響で、戦闘資格を失っていない。故に、そのままチーティングドライバーに完全変容。
ほんの短い裏切りの間に、並外れた力を手にしていたのだ。
「どれほど、殺した?」
「ざっと、待田さんが殺した人数と同じかそれ以上。その辺りで拠点に帰れず仕舞いだった一年次、二年次の英雄・武器科関わらず僕が皆殺しにしました」
「――流石、卑下しているだけで実力は確かなようだな」
鍾馗は、自身の軍勢の大将であるはずの、信之の首元に錆びだらけの片手剣を向ける。あまりにも自然な動作だった故、信之は一瞬知覚できなかった。
「……大将首、僕に譲ってもらっても構わないんですよ」
「駄目だ鍾馗、まだこいつには利用価値がある。気に食わねえのは俺も一緒だが……効率の良い勝利を目指すには、戦力が少なかろうとどうとでもできる。何とかと鋏は使いよう、ってもんだ」
『圧』を解く待田。肺が長いこと潰されていたため、自身の体内に酸素を取り入れようと咳き込む信之に、そんな彼を見下す二人。立場が完全に逆転した瞬間であった。
「――よし。んじゃあ……信玄のとこに行くぞ。俺が直々に洗脳する」
拠点地下、その奥深くに一つだけ設置された牢獄に、たった一人だけ放置されていた信玄。光一つも刺さないほどの世界であったため、暗闇に目が慣れる事すらあり得ない。さらに、そこら中から人間が嫌う血肉の香りが充満。わざわざ動物の死骸を放置していることにより、悪臭は尋常でない。
複数の裏切り者により、拷問を受けた状態のまま放置されていた信玄。上半身裸、靴は脱がされていた。さらに手足を手錠で繋がれ、椅子に縛り付けられた状態で、多くの傷跡を抱え、まともな治療などされずにいたのだ。血は滴り続け、信玄の足元には巨大な血だまりが形成されていた。
鞭にバット、ハンマーやペンチにゴルフクラブ。多くの拷問道具で、生身に攻撃を受け続けた信玄は、意識が朦朧としていた。受けた拷問の数々の跡が、信玄の足の指の『潰れ方』や、体中の無数の打撲痕により、容易に理解できる。
(――あの子ら、元気してるかな)
自身がどれほど極限状態にあろうと、心配の先は礼安たち。自身の不在により、多くの艱難辛苦が訪れただろう。しかも、『教会』は礼安たちを徹底的に追い詰めようとしている。それが信玄への拷問に表れていた。どこにいるか、あるいはどのような力を振るうのか。
しかし、どれほどの苦痛を浴びせられようとも、信玄は頑なに口を開かなかったのだ。自分を信じているであろうお人よしのために、自分の身を犠牲にしていたのだ。
(……数時間前、大田区のほうで……バカでけえ魔力反応があった。恐らく……待田ってやつが酷いことやったんだろうな。礼安っち……無事だといいんだが)
口の中は、常に血で満たされているように、鉄の味が常時する。無数の釘を噛ませ、何度も殴られた結果そうなったのだ。人間の持つ治癒力など、たかが知れている。絶え間なく溢れる血を細かく吐き出しながら、この牢獄に近づく人物の足音に耳を澄ませる。
(――音は二人。頭が大分ぼーっとしてきたが……逃がしてくれんのかな……)
思考が鈍る信玄の淡い期待は、泡|《あぶく》となり消えた。それは、その場に現れたのが待田と鍾馗であったからだ。
「――よお、信玄とやら。元気してるか」
「……住み心地はさほど良くねェな。エロ本かAVの一つでも用意してくれたら、少しはQOL上がんのにさ」
「俺の趣味のモンで良かったら、鑑賞会でもやろうか?」
冗談交じりに、待田は信玄の頭に手を置く。それと同時に、強力な念能力により脳を汚染していく。
脳をフードプロセッサーに叩き込まれ、即座にスイッチを入れられたかのように切り刻まれ、蹂躙される感覚。血と共に、胃液を吐き出す信玄。脳を犯され、好き放題に弄られる感覚は、物理的な痛みなど可愛く思えるほどの苦しみを生みだす。
「俺ァよ。両性に言えることだが……叫びってのはどうも好かねえ。だから未だにAVでは無理やりヤる類のは好きじゃあねえ。――が、それは拷問とは別の話だ。速度を求めるなら……『力ずく』や『無理やり』ってのは最も効率が良いんだ」
脳内を汚染していく、待田の念能力。まともな思考力を捨てさせるには、最初からフルスロットルで力を行使するに限るのだ。
「昔から、俺は特撮作品において、最初から全力や必殺技を出さねえ敵にやきもきしてたよ。変身くらいは見守ってやるが、その後のパワーアップなんて……気にすることはねェだろうによ。自分が負けるリスク負ってまで、主人公のパワーアップの土台になり続ける……そんなご都合主義的な展開が苦手だったぜ」
最初は同じ念能力と、自身の手に爪を突き立て、痛みを伴った反抗で抵抗していたものの、暴れる事すらやめ、目は虚ろに。吐き出す胃液も、次第に少なくなっていく。心臓の鼓動は荒ぶり、因子や瞳が待田の色に染められていく。
脳内を犯される感覚は、次第に快感へと変わっていくのだ。待田の性的志向と同じように、従順な僕へと作り替えていく。
「――『俺に従え、信玄』。英雄サイドを、お前の手で皆殺しにしてやれ」
力なく、だらりと垂れる首。汚染が済んだのか、手枷足枷を開錠する待田。彼の声に呼応するように、本人についていく信玄。未だ出血を続ける生傷ばかりであったが、待田の手により全ての傷が、目的地へ歩んでいく中で、ただの傷跡へ変わっていく。
完全にはがれた状態のまま放置されていた足指の爪も、体中の根性焼きの跡も、罅や完全に折れた骨の数々も。
「そして、お前さんにもう一つ、命|《めい》を与えてやろうじゃあねえか。これも実に大事なもんだ」
面を上げる信玄に、あくどい笑みを湛える待田。その命令は、この状況を何より面白く捉える彼だからこそのものであった。
「――信之を、お前さんの手で殺せ。そうすれば、少しは温情をくれてやる」
信玄が地上へ辿り着くと、望まない現状がそこにあった。信之が磔にされている状態で、拷問を現在進行形で受けていたのだ。裏切りの末待田派となった残存の英雄たちが、支部長であるはずの信之を痛めつけていた。
まさに、関係性の崩壊。ルールがほぼ無効な中で、大将首も待田に名義は『譲渡』されたため、彼に残された道は服従か死のみ。敗北の可能性があったため、ドライバーを破壊こそしなかったが、当人の価値はほぼ無くなっていた。
「――無様なもんだろ。お前さんへの復讐心のために、多くの部下を捨てていった無能だよ。最初、茨城支部は新興組織な中でも、人数は埼玉支部に匹敵するほどの下っ端がいたんだが……こいつの人使いが荒いせいで下っ端は使い捨て扱い。上に立つ者としての自覚ってのが足らなかった結果こうなった」
多くの試練を乗り越え、信玄の前にいたのは自分を恨んでいた弟。持つ者から力を奪い、持たざる者を脱却し。いつか兄を殺してやりたい、絶望感を抱かせながらどうにかしてやりたいと。マイナス方面でありながらも大志を抱いていた存在。
「――確か。これはどっかからの又聞きのようなもんだが……お前さんこいつに殺されそうになっていたらしいじゃあねえか。仕返すチャンス、それが今じゃあねえか」
その手に戻ってきた、念銃と『信長』のライセンス。奪われた時間は、実に一日に満たないものであったが、拘束されていた時間や意識を失っていた時間が大体なため、不思議と長く感じた。
「――久しぶりだ、『行光』と『長谷部』。俺っちは……銃の長谷部の方が、因子共々慣れ親しんだモンだけどよ」
武器を手に馴染ませる中、ぎりぎりで意識が戻った信之は、信玄を罵倒し始める。
「……よォ、英雄サマ。見るに堪えねェ、みすぼらしいなりしやがって」
「奇遇だな、俺っちも……お前に対しそう思うよ」
お互い、ボロボロの兄弟。どちらかが死ぬまで終わらない、歪んだ兄弟関係。信玄がどう思っているかは知らないが、信之は終わらせたがっていた。しかし、このような呆気ない終わり方を望んではいなかった。
敵は敵らしく。英雄は英雄らしく。徹底的に叩き潰す、呪いともいえる繋がり。
刀身を六十度ほど倒し、念銃モードへと変形。まるで前世からその銃を握っていたのではないか、そう思えるほどに馴染むのだ。
「……『信ちゃん』。俺っち……現状《いま》を変えてやりてェよ。答えてくれよ……俺っち英雄として……まだ何も成し遂げられてねえ。力の芯を担う手前|の願いも、碌にねェ中でやってきたが……やりてェことが見つかったかもしれねェ」
今まで、信玄は誰かの前で泣いたことなんてなかった。だが今は、己の無力に、静かに泣いていた。『二年次最強』と謳われた自分の驕りが、実にばかばかしかった。
「――ここでこいつを殺せれば、お前さんは晴れて自由の身だ。仲間の元にも戻れる。良いことずくめじゃあねえか」
「信玄……殺せよ。俺を……敵である俺を、容赦なく殺せよ」
信之の怨嗟の声が、信玄の心の傷を深く抉る。お互いのすれ違いが生んだ、兄弟の軋轢。
持つ者と持たざる者。最初からすべてが運命の悪戯に決めつけられた中で、信玄は多く悩んできたのだ。
「――信之。俺っちは……俺は、お前が思うほど……出来た奴なんかじゃあないし、努力なしでこの座を得た訳じゃあなかったんだよ」