再びの静寂と共に、礼安たちのもとにやってきたのは、裏切る勇気すらなく戦意喪失していた、英雄科と武器科一年次の同級生たちであった。
「――みんな、ごめんね。私が負けちゃったばっかりに」
しかし、その礼安の謝罪に対し、罵声を浴びせるわけでも、悲哀の表情を見せるでもなく。
皆、静かにデバイスを差し出したのだ。
「え……え??」
呆気にとられる礼安の表情は、すぐさま明るいものへ変わる。その理由は、その一年次の集団から現れた人物二人であった。
「剣崎ちゃんに、橘ちゃん!!」
「二人とも、生きてたか!!」
礼安と透、二人の表情がぱあ、と花開く。透に関しては、二人が生きていたことに対し、静かに涙を流しながら。
二人とも、先の埼玉支部による案件を片付けた功労者の一人。今や英雄科から武器科に転身し、他の武器たちと一線を画す実践能力により、武器科一年次内においてある程度の地位を確立、今は一年一組に所属していた。それこそ、剣崎奈央と橘立花であった。
「――仮にも、元々一緒に戦った仲。ここで諦めたら、アタシたち英雄科と武器科の名折れっしょ」
「正直、ウチらにできる事なんてたかが知れてる。ラーちゃんが勝てない相手に食らいつけるほどの度胸もない。なら、残された内でやれることを全力でやるだけ」
残された面子で、戦力として活かせるのは、支部を落とした経験のある面子のみ。残りはまだ見習いのスタートラインにすら立っていない、才能の卵たち。
しかし、デバイスのスワッピングに加え何かしらの策を講じないと、恐らく総当たり|《ブルートフォース》攻撃で全てが無に帰す。いくら敵側に『手を出さない』と不戦宣言を行った者がいたとしても。
「――――あ、分かっちゃった。みんなの力を借りながら、この状況をどうにかできる作戦が」
礼安が唐突にひらめいたと思ったら、それをすぐさま皆に共有。皆の表情は、実に唖然としていた。その策は、限りなく『望まない戦闘をせず、かつ敵方の戦力も削ぐ、間違いなくルールに則った』方法。
「――本気|《マジ》で言ってますの?」
「うん、本気も本気、超本気|《マジガチ》だよ」
「……でも、確かにそれはアリだな」
「カチコミしなくていいんですか礼安さん!?」
その場にいた一年次も、唖然としていたが、その礼安の策こそ、生存している一年次皆を護る選択であったため、ただ静かに頷いたのだった。
その時、『教会』サイドでも大きな動きがあった。多くの下っ端となった二年次の生徒たちが、次々にデバイスが機能を失っていくのだった。
次第にパニックに陥る中、皆一様にチーティングドライバーを装着しようとするも、ドライバーが変異すらしない。ポイントも消失。急激に『教会』側の保有するポイントが、八割がた消失したのだ。あれだけ人数のアドバンテージがあったのにも拘らず、あれだけのポイントアドバンテージがあったのにも拘らず。
「――おい、これは一体どういうことだ、待田」
「どうもこうも……こりゃあ無法者への裁きが下ったかな」
「どういうことだ、この試合前の時間帯はルールの穴を突くのは不問だったはずだ」
待田は次第に怒り始める信之の肩に手を置き、静かにその怒りをなだめようとしていた。
「誰が考え付いたか……正直分からんが。普通ならいたずらに戦力が消えちまうから、よほどの事態じゃあねえ限り、誰も『あのルール』を活かそうだなんて考えねえ。ただの緊急事態用のルールだったのかもしれねえが……今となっちゃあ無法で好き放題やってきた俺たちへの、ツケが回ってきたんじゃあねえか?」
「――教えろ、何が起こっている」
「簡単だ、俺らとは違って……『ルールに則って』、戦力を八割がた一息にブッチったのさ」
「……!! まさか……!!」
その場にいた一年次が、皆一斉に『リタイア』ボタンを押した。それによって、それに繋がる面子全員が、戦闘資格を失った。扱えるデバイス量は単純に減ったものの、それにより得られた成果はそれ以上であった。
「――皆、『リタイア』して、託してくれてありがとう」
「これが試合|《ゲーム》だからこそ、ルールがあるからこそ成り立つ、リアルでは真似できない逃げ道を、攻めとして活かした。それが礼安の考え……かどうかは正直分かりませんが」
「――恐らく、これもあの学園長の考えというより構想にあったんだろうな。多量に裏切り者が出た際に、その裏切り者にわざわざ戦力を割く価値もないからこそ、ルールのもとに無力化。全て計算ずくだろうな」
茨城支部の明確な強みは、粒だった強者が存在すること。他の支部以上に出向者がいるため、通常よりも際立った戦力を保有している。しかし、そこは弱みにもなりうる。それは、出向者の数。元手の人数自体が少ない上に、支部の中では新興。だからこそ、人数をどこかで補強する必要が生まれる。
それが多くの二年次であったが、それはあくまで非正規雇用されたアルバイト。使い捨ての戦力としては有用であるが、それに依存した均衡|《バランス》だからこそいけなかったのだ。
「……皆裏切ったなら、その裏切った元を断つ。カチコミより頭が良いです、流石礼安さん!」
「――思ったんだけどよ、エヴァ先輩って頭のいいカチコミ以外に考えられねえの?」
あとは、残る不安要素である丙良と信玄の不在をどうするか。
「正直……この最強格である礼安たち含めでも……相手方の強者に勝てるかどうかは分かりませんわ。そこをどうするかは……河本先輩をはじめとして臨機応変に対応するべきと考えますの」
一年次生徒が次々に上層の学園フロアに順々にワープしていく中、残ったのは剣崎と橘。二人は、透にある聖遺物を渡した。一つは高尚な女神像、一つは熊手を思わせる馬鍬の欠片。
「……これは、今までウチらで集めた聖遺物。二つしかないけど……一個の物語の在処は分かってるんだ。それが――」
「西遊記、だろ? 何となく分かってるよ、二人のことだし」
剣崎と橘の二人は笑みながらワープし、屋内実習場を後にする。もう一つの物語元は分からなかったものの、何となく心当たりがあるようだった。
「……よォ、院。お前にコレ……渡しとく」
唐突に渡されたその女神像は、そこまで大きくはなかったものの、見るもの全てを魅了する呪いがかけられている……とされているが、院にとって不思議とそこまでの感覚は無かった。サモトラケのニケよろしく、その像自体の完成度を称賛しはするものの、院だけは一切惹かれない。
「凄いね、透ちゃんこれ何??」
「元々天音家に伝わる家宝なんだ。あのクソ野郎が金になるものを差し押さえようとしたときも無事だった、何故かどっかに無くしたかのように逃げ果せた、二つの聖遺物だ」
その見た目は、扇情的なポーズを取る、見目麗しい女神。布一枚ほどしか羽織っていないようで、儚げな表情を湛える目線の下には、数多の剣が突き立てられている。
「――まさか、これって……」
「ま、詳しいことは後だ。今は休息をとるしかないだろ。礼安も……まだ本調子じゃあねえ」
礼安に肩を貸しながら、近くの仮設住居に運び込む透と河本。これからの作戦を思案しながら、エヴァたちもその仮設住宅へ入り込んだのだった。