礼安に対し、事の詳細をすべて話しきるまでに、話を噛み砕く時間含め数分。
結果、半身だけ院と透に支えてもらいながら起こされた礼安は、自身の無力を憂いていた。
「――ごめんね。私が弱かったばかりに……拠点が攻め落とされちゃった」
「……礼安さんだけの責任ではないよ。丙良くんに指摘されるまで、私も気付かなかったんだ」
礼安は、どことなく加賀美に対し『親近感』を覚えたが、それを言語化することはよした。
現状、深夜二時。試合開始まであと七時間。しかしその間に、英雄側が失ったものが多すぎた。この拠点内に残っているのは、裏切る覚悟など最初から無かった一年次生徒ばかり。しかも、その生徒たちの大多数は、既に戦意喪失状態にあった。
一年次最強たる礼安が敗北したこともあり、「自分が敵うはずない」と落胆していたのだ。皆、『教会』の軍勢に殺されてしまうのではないか、その予感を膨らませていた。
「――ですが、正直礼安さんをはじめとした、皆さんの欺く作戦に関してはお見事と言わざるを得ません」
破壊されたデバイスを素手で摘みながら、訝しげに見つめる河本。
「それに関しては、礼安が大将首になった瞬間から、ある程度決めていました。礼安に一番暴れてもらいたいと思いましてね」
「実際、それが功を奏した、って訳っスよ。『デバイスの入れ替え』こそ、礼安を活かす道だった」
そう、礼安があの時装着したのは、そして待田に破壊されたのは、エヴァのものだった。エヴァはこれ以降戦いに参戦できなくなってしまったものの、『誰かのデバイス』を使うことが、真っすぐに敵と戦う礼安にとって、最もやりやすい手法であったのだ。
クランがデバイスドライバーを使った際のことを思い出し、作戦のプロトタイプ時点では院から、女子部屋に入ってからはエヴァが提案したものであった。誰かのデバイスを用いて変身したとしても、特に支障が無かったことが全てであったのだ。
故に、現在デバイスの渡り先は、礼安のものが院に、院のものが透に、透のものがエヴァに、そして破壊されたデバイスは礼安に渡ったエヴァのもの、となるのだ。
「デバイスには、色々残高が入っていましたが、それに本人確認データ等が入っていましたが……まあ、あとからどうとでも復旧できます! それよりも礼安さんたちがフルスペックの力を出せるか、それが全てでしたから!」
エヴァは変身するうえでデバイスを用いないが、ルールはルール。生き残ったのはエヴァのバディである院だけ、となった。
「しかし、問題はここからですわ。恐らくではありますが……ポイントの移行量がちぐはぐなため、デバイスの交換に感づかれたでしょう。残る三つの私たちのデバイスで、何ができるのでしょう……」
「この場に丙良センパイや信玄センパイがいりゃあまだかく乱先としては利用できるが……この場にいねェし、何より今どこにいるかも分かんねえし。何より……主戦力をこれ以上失うのは痛手が過ぎるぜ」
信之との一件で丙良は行方不明、信玄に関しては皆の前から姿を消したっきり、どこにいるかは分からないままであった。
するとその時、加賀美が自身のデバイスを差し出したのだ。
「――もし、これ。よかったら……使ってください!」
「えっ、そんな加賀美ちゃん……どうして……?」
「……私、正直丙良くんに連れ出してもらわなかったら、一生足手まといのままだった。襲撃に気付けなかったし……せっかく恵まれた武器の因子だけど……私は実技成績がそんなに良くないし……なら、活かしてくれる人にデバイスを託した方が、きっと勝ちの目があるって信じるよ」
デバイスを差し出す手は、震えていた。しかしその目は、礼安を信じる目であった。
そのデバイスを受け取る礼安であったが、その瞬間にお互いの間に、迸るものがあった。お互いその正体が何なのかは分からなかったが、詳しく詮索することはやめた。
その瞬間、一行の予想を大きく裏切る出来事が起こった。
「――よ、河本ちゃん。敵本拠地でのほほんとしているところ悪ィが、俺……推参だぜ」
一行がその声の先へ振り向くと、そこにいたのは片手剣を携えた信之のバディ百喰正明|《モグ マサハル》がいた。
「も、百喰――!? なぜ貴方がここに……!?」
「ありゃ、河本ちゃんは分かっているもんだと思っていたよ」
手にしていたのは、英雄学園支給のデバイス。そこに記されていたもの全て、正式な生徒たる証拠そのものであった。
「――一応、俺も元々ここの生徒『だった』。中退したがな。というかな……俺今回の試合ぶっちゃけ興味ないんだよね」
その発言に疑問を抱く礼安。それと同時に、加賀美に抱いたシンパシーに近いものを感じ取る。
「興味ない、ってどういうことなの……?」
「その言葉通りの意味だ、俺が本来ここに来た理由は別にあってな……その一つが……お前さんだ、瀧本礼安」
百喰が指を差した先は、礼安の胸元。途端に周りのセコムが礼安を取り囲む。
「貴方!! 時代錯誤のセクハラはお止めなさい!! 私たち皆の礼安ですのよ!!」
「これだから野郎は嫌なんだ!! いつだって脳味噌真っピンクなんだから救いようがない!!」
「ちょっと待て誰がセクハラマシーンだァ!? そうじゃあねえよ因子についてだ! 俺はその因子に興味があるだけだ!!」
誰もそこまで酷い言及はしていなかったが、特にツッコミはしなかった。
礼安の因子はアーサー王。それにまつわるものはそう多くはない。最悪興味があるという言葉は、非合法な因子継承元を意味しているかとも思われたが、そうだったとしたら、強引に連れ去ることも考えられる。少なくとも、こうして喋っている時間は無駄そのもの。
それをその場の皆が気付いた瞬間に、皆から警戒心が薄れていった。敵であるはずなのに。
「――俺は、勝負云々以前に、教会を裏切った例のでっかいの……クランとか言ったか。アイツみたいなもんだと思ってもらえればいい。死ぬ場所を探してはいねえが……そのアーサー王の因子とドンパチやりたいだけ……そこに茨城支部の勝ち負けなんて関係しない」
「――それで、百喰さんは何がしたいの……?」
百喰は、その礼安の問いに対し、予想外の答えを返すのだった。
「簡単な話だ、俺だけは一時停戦し手を組んでやる」
「「「えぇ!?」」」
そもそも、『教会』サイドの人間が裏切る、という話はそうあり得ない。クランほどの強固な覚悟があれば話は別だが、通常信者への精神汚染の影響で、より残忍に、より忠実な僕に成り果てるのがチーティングドライバーの精神汚染。
しかし、百喰は最初からチーティングドライバーを扱わない、教会の中でも傭兵のようなポジションにあった。
その理由こそ、『血沸き肉躍る』戦いのため。
「手を組む、とは言ったが、まあ手を出さないだけだ。一切俺は今回戦わない、ただそれだけ。何だろうな……茨城支部に関しては……最初は居心地の悪くない場所かと思ったんだが。バンドの解散理由として用いられる『方向性、音楽性の違い』ってのが分かっちまってしょうがねえ。一方的に嬲るのは、俺は好かねえんだ」
今の信之は、信玄の絶望のために動く。そのためだったら利用できるものは何でも利用する。裏切りを促進し、英雄サイドを圧し潰すこともする。どんな『裏の任務』を課されようと、それすら無視して信玄を殺しにかかる。今の信之はまさに暴走列車であった。
「――ただ。手を組むとは言ったが……俺はあくまで手を出さねえだけだ。俺には俺の事情があってこの英雄学園を中退している」
「成績関係ですの?」
「違ェよ俺は馬鹿じゃあねえ」
その退学の訳なんて、その場で教えてもらえるはずもなく。去り際に礼安の肩に手を置いて静かに呟いた。
(俺の因子は、――――――だ)
その一言で、礼安は百喰の動向の未来が分かってしまった。