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恋の決着

ー/ー



 店の近くにやってきたハヤトは向かいの並木の裏に座った。彼女の仕事は朝からの場合は昼過ぎまでなので、それまで待つのだろう。現実時間で二時間近く。私はウトウトしながらも決定的瞬間を見逃さないように頑張った。

 お昼時が過ぎ、業務を終えたリディアちゃんが店から出てきた。

 ハヤトは素早く立ち上がり、キューピッドの弓に矢をつがえて引き絞る。

 標的(リディア)は正面を向いているので命中率は高いだろう。真っ直ぐにハートを射れば完了だった。だけど、彼女に向かって男が駆け寄ってきた。

「こいつは幼馴染の」

 名前はベクマー。彼はリディアちゃんの肩を掴んで何事かを言っている。口調や表情からすれば喧嘩と見紛うシチュエーションだ。

「女神イヤー全開だ」

 話の内容を聞くべく、バーチャルコンソールを操作してボリュームを最大に引き上げた。

「仲間に聞いたぞ。ダンジョン攻略を他の奴に頼んだんだってな。なんでそんな余計なことをするんだ。おかげで称号を得るチャンスを失ったぞ」
「あなたが無茶をするからよ。あのダンジョンだってベクマーには危険だってあなたの仲間が言ってた」
「そういった危険に向かっていくのが冒険者だ。乗り越えてこそ強くなる」
「いつもひどい怪我をして帰ってくるじゃない。いつか死んでしまうわ」

 冒険者を続けて名を上げたいベクマーと、心配だから辞めさせたいリディアちゃんの想いのすれ違いによる喧嘩だ。ハヤトが先にダンジョンを踏破してしまったことで、こういった事態になっているわけね。これが付け入る隙か。

「冒険者を辞めろとまでは言わない。でも魔王討伐のために焦って無茶をしないでって言ってるの」
「たしかに俺は焦ってる。友達は何かの称号を得たり、ダンジョン踏破をしたりして名を上げている奴もいる。みんな魔王討伐の一歩を踏み出しているんだぞ」
「それは素質の差。あなたには向いてないのよ」
「素質なんて努力でひっくり返せる。今はちょっとスランプなんだよ」
「一緒にうちのお店で働くのは嫌なの?」
「嫌なわけじゃない。ただ、それは今じゃないってだけだ」
「それはいつよ。一年後? 二年後?」
「それはわからない。それに、俺は近々この町を出て拠点を変える。大きな町に行けば強い師匠から戦いを学べるしな」

 ふたりは想い合ってはいるけれど、熱量も向きもバラバラだ。寂しい彼女の想いを掬いあげるのなら今しかない。

 この私の念は、女神の御業を使わなくても伝わり、ハヤトは弓を持ち上げた。

「ヤル気ね……」

 息を飲むような状況に私は小声になっていた。

 仄かに光る半透明の赤い弓は弦を引き絞るほどに輝きを増し、その光は矢へと充填されていく。ハヤトは自分の想いが込められたであろう矢尻をリディアちゃんに向けた。

 言い合いを続けている(リディア)は動かない。ハヤトの視界には命中率に関わるハート型の表示が、照準の中で鼓動のように拡大縮小を繰り返している。

 ハヤトの集中力は最大だ。筋肉を弛緩させて緩やかに矢を放てば、引き寄せられるように彼女のハートを射抜くことができるだろう。雑音は聞こえない。ふたり以外の色も消えた。この空間が彼女とハヤトだけの世界となった。

 矢尻と彼女のハートが赤い糸で繋がったように見えたそのときだ。

「ハヤトさん?」

 世界が砕け、色が戻り、想いを込めた【キューピッドの矢】は、彼女から逸れて彼方に消えていった。残心のなかで左手に握られていた弓は砂となって崩れていく。

 ハヤトがゆっくりとした動作で声の主に向きなおると、そこに立っていたのはサーラちゃんだった。彼女の声でほんのわずかに心が乱れ、矢を外してしまったのだろう。

「あのう……」

 サーラちゃんはハヤトの纏う雰囲気に飲まれていた。

 その向こうには何かを言い合う男女。その女性がリディアちゃんともなれば、何かあったのではないかと思うはず。そんなサーラちゃんにハヤトは言った。

「一緒にメインストーリーやろうか」

 サーラちゃんの手を取って、ハヤトは歩き出した。

「彼女はいいんですか?」
「いいも何も、幼馴染同士のすれ違いだよ。痴話喧嘩は犬も食わないってね。それに、喧嘩するほど仲が良いなんて言うし。邪魔しちゃ悪いってもんだ」

 昨夜のクエストでダンジョン踏破の称号を得たことなどを話しながら、ふたりはギルドに向かった。

 メインストーリーの続きをこなす途中で良さげなレベル上げポイントを見つけたので、経験値効率を上げてやろうと女神の御業を振舞った。

 【女神の応援】(取得経験値が一・五倍、効果時間:三十分)『千(ジュエール)

 このとき減ったジュエールを見て、【キューピッドの弓矢セット】に使った二万(ジュエール)のことを思い出して悲しくなった。

 ふたりは楽しげに笑っているけどハヤトは悲しくないんか?



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 店の近くにやってきたハヤトは向かいの並木の裏に座った。彼女の仕事は朝からの場合は昼過ぎまでなので、それまで待つのだろう。現実時間で二時間近く。私はウトウトしながらも決定的瞬間を見逃さないように頑張った。
 お昼時が過ぎ、業務を終えたリディアちゃんが店から出てきた。
 ハヤトは素早く立ち上がり、キューピッドの弓に矢をつがえて引き絞る。
 |標的《リディア》は正面を向いているので命中率は高いだろう。真っ直ぐにハートを射れば完了だった。だけど、彼女に向かって男が駆け寄ってきた。
「こいつは幼馴染の」
 名前はベクマー。彼はリディアちゃんの肩を掴んで何事かを言っている。口調や表情からすれば喧嘩と見紛うシチュエーションだ。
「女神イヤー全開だ」
 話の内容を聞くべく、バーチャルコンソールを操作してボリュームを最大に引き上げた。
「仲間に聞いたぞ。ダンジョン攻略を他の奴に頼んだんだってな。なんでそんな余計なことをするんだ。おかげで称号を得るチャンスを失ったぞ」
「あなたが無茶をするからよ。あのダンジョンだってベクマーには危険だってあなたの仲間が言ってた」
「そういった危険に向かっていくのが冒険者だ。乗り越えてこそ強くなる」
「いつもひどい怪我をして帰ってくるじゃない。いつか死んでしまうわ」
 冒険者を続けて名を上げたいベクマーと、心配だから辞めさせたいリディアちゃんの想いのすれ違いによる喧嘩だ。ハヤトが先にダンジョンを踏破してしまったことで、こういった事態になっているわけね。これが付け入る隙か。
「冒険者を辞めろとまでは言わない。でも魔王討伐のために焦って無茶をしないでって言ってるの」
「たしかに俺は焦ってる。友達は何かの称号を得たり、ダンジョン踏破をしたりして名を上げている奴もいる。みんな魔王討伐の一歩を踏み出しているんだぞ」
「それは素質の差。あなたには向いてないのよ」
「素質なんて努力でひっくり返せる。今はちょっとスランプなんだよ」
「一緒にうちのお店で働くのは嫌なの?」
「嫌なわけじゃない。ただ、それは今じゃないってだけだ」
「それはいつよ。一年後? 二年後?」
「それはわからない。それに、俺は近々この町を出て拠点を変える。大きな町に行けば強い師匠から戦いを学べるしな」
 ふたりは想い合ってはいるけれど、熱量も向きもバラバラだ。寂しい彼女の想いを掬いあげるのなら今しかない。
 この私の念は、女神の御業を使わなくても伝わり、ハヤトは弓を持ち上げた。
「ヤル気ね……」
 息を飲むような状況に私は小声になっていた。
 仄かに光る半透明の赤い弓は弦を引き絞るほどに輝きを増し、その光は矢へと充填されていく。ハヤトは自分の想いが込められたであろう矢尻をリディアちゃんに向けた。
 言い合いを続けている|的《リディア》は動かない。ハヤトの視界には命中率に関わるハート型の表示が、照準の中で鼓動のように拡大縮小を繰り返している。
 ハヤトの集中力は最大だ。筋肉を弛緩させて緩やかに矢を放てば、引き寄せられるように彼女のハートを射抜くことができるだろう。雑音は聞こえない。ふたり以外の色も消えた。この空間が彼女とハヤトだけの世界となった。
 矢尻と彼女のハートが赤い糸で繋がったように見えたそのときだ。
「ハヤトさん?」
 世界が砕け、色が戻り、想いを込めた【キューピッドの矢】は、彼女から逸れて彼方に消えていった。残心のなかで左手に握られていた弓は砂となって崩れていく。
 ハヤトがゆっくりとした動作で声の主に向きなおると、そこに立っていたのはサーラちゃんだった。彼女の声でほんのわずかに心が乱れ、矢を外してしまったのだろう。
「あのう……」
 サーラちゃんはハヤトの纏う雰囲気に飲まれていた。
 その向こうには何かを言い合う男女。その女性がリディアちゃんともなれば、何かあったのではないかと思うはず。そんなサーラちゃんにハヤトは言った。
「一緒にメインストーリーやろうか」
 サーラちゃんの手を取って、ハヤトは歩き出した。
「彼女はいいんですか?」
「いいも何も、幼馴染同士のすれ違いだよ。痴話喧嘩は犬も食わないってね。それに、喧嘩するほど仲が良いなんて言うし。邪魔しちゃ悪いってもんだ」
 昨夜のクエストでダンジョン踏破の称号を得たことなどを話しながら、ふたりはギルドに向かった。
 メインストーリーの続きをこなす途中で良さげなレベル上げポイントを見つけたので、経験値効率を上げてやろうと女神の御業を振舞った。
 【女神の応援】(取得経験値が一・五倍、効果時間:三十分)『千|J《ジュエール》』
 このとき減ったジュエールを見て、【キューピッドの弓矢セット】に使った二万|J《ジュエール》のことを思い出して悲しくなった。
 ふたりは楽しげに笑っているけどハヤトは悲しくないんか?