表示設定
表示設定
目次 目次




2-4・悪魔の囁きだ。

ー/ー



「なーに調べてんの」
 講義と講義の合間に大学のパソコンを使っていると、後ろから声が聴こえてきた。
 振り向くとそこにはやはり友人である宗志がいた。俺の右肩に腕を置いてパソコンの画面を覗き込んでくる。
「……不眠症? 原因? おいおい、サコッシュ大丈夫かよ」
「俺のことじゃない」
「へぇ、じゃあ誰のこと?」
「……知り合いだよ」
 疑いのまなざしを向けられている。チクチクと刺さってくる宗志の視線に俺ははぁっと息を吐き、ひとまず事情を説明することにした。
 美穂ちゃんと再会したこと、彼女が不眠症気味でロクに眠れてないこと、彼女のお願いを断ったが、今朝具合が悪そうな彼女を見つけたこと。
「なーるほどね、それで不眠症について調べてたんだ……って、サコッシュめちゃくちゃ心配してんじゃん。関わりたくないんじゃなかったの?」
 一通り話を聞いた宗志が痛いところを突いてくる。そう、なんだかんだいって俺は彼女の不眠が良くなる方法とかを調べているのだ。
「そりゃ関わりたくないけどさ。でも、仕方ないだろ。お前だって今朝のあの子の顔を見れば不安になるよ」
「いやぁまぁそうかもしれんけどさ、こういっちゃなんだけどサコッシュにどうにかできる問題なのそれって」
「……どうなんだろうな」
 言葉を濁して俺はパソコンの画面を見る。
 不眠症の原因というのはいくつかあるのだが、そのほとんどに共通しているのがストレスだ。
 環境要因や生理的もしくは心理的要因。他にも生活習慣だったり薬の副作用なんかも関係してくるらしい。
 投薬による治療で治る場合もあるが、原因を取り除かない限り再発する可能性も十分にある。
 ここら辺は完全に素人なのでキチンと理解できていないが、不眠の大部分が心の問題と密接に繋がっているのだろう。
 そういう意味で考えると俺にどうかできる問題ではない。俺自身が彼女に言った通り、医者にかかるのが最適とは言わないが、無難ではあるかもしれない。
 しかし不眠症ってどの医者に診てもらえばいいんだ。内科だろうか。それとも精神科医とか。
「ていうか思わず流しちゃったけどその子がサコッシュの近くなら眠れる理由はなんなの?」
「いや、それが俺にもよく分からない。ていうか、向こうもよく分かってないみたいだったし」
「おいおい、よく分かってないのに一緒に寝たいとか言ってたの? その子……大丈夫?」
「俺も全く同じこと思ったよ。まぁでも、あの子なりに確認したかったんじゃないかな。本当に寝れるかどうか。確信を得たかったんだと思う」
「確信ねぇ……まっ、確かに。今までずっと寝れなかったのに急に寝られたらそりゃ気になるか。サコッシュ、なんか変なフェロモンでも出してたんじゃないの?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「いやいや、人間だってフェロモンはあるよ? この人の匂いが好きーみたいなの」
「匂いねぇ……」
 宗志の言葉を咀嚼し、ハッとする。
 1週間前、喫茶店で美穂ちゃんが俺を引き留めようとしたとき、彼女は言っていた。俺の匂いとか雰囲気に落ち着くと。
 俺の体臭が眠気を誘ったというのだろうか。そんな特別な匂いを発してるとは思わないが。
「つーかさ、サコッシュそんなに気になるんだったら会いに行けば?」
 自分の服の匂いを嗅いでいると、宗志が若干呆れたような口調で言い放った。
 俺はそのまま顔を上げ、眉を顰める。こいつは俺の話を聞いていなかったのか。
「会いに行けばって、会いに行ってどうすんだよ」
「だから、一緒に寝てあげればいいじゃん。どっかネカフェとかカラオケとか入ってさ」
「簡単に言うなよ……付き合ってるわけでもないんだぞ」
「じゃあ付き合えば? いいじゃん、女子高生。しかも話聞く限り結構に世間知らずっぽいし。好きに味見できるかもよ?」
「そういう話じゃない」
 隠すことなくため息を吐く。こいつは本当に性格が悪い。他人事だと思いやがって。
「いやいや、可愛い彼女も作れておまけに人助けもできるんだから。いいこと尽くしでしょ。それにサコッシュだって気になってるんでしょ? その女の子のこと」
 畳みかけるように宗志が訊いてくる。
 悪魔の囁きだ。俺はグッと目をつぶって無言で手を振って宗志の顔を払った。
 微かに息を吐く音と遠くなっていく足音。けしかけるのを諦めたのだろう。俺は再び1人になり、頭の後ろに手をやって背もたれに寄りかかる。
 宗志の言うことは理解できる。確かに人助けと言えば人助けだ。
 だが、なんというか。年下の女の子を騙しているようで気が引ける。無論手を出すつもりなんてないけれど、俺だって男だ。その時が訪れたときに、自分を完璧に律することができるかと問われると、自信をもって頷くことはできない。
 それはなんていうかあまりにも不健全だ。俺にとっても、美穂ちゃんにとっても。
 古くて頑固な考えかもしれないが、女の子と付き合うってそういうことじゃないと思う。
「いやぁ、良くないだろマジで」
 天井に向かって呟き、グッと身を起こす。
 パソコンの画面には先ほど検索した不眠症に関する情報が載ったサイトページが映っていて、その原因を解説していた。
 不眠症を引き起こす原因のひとつ、心理的要因。その言葉に俺は過去の記憶を思い出して――すぐに洗い流す。
 震えだそうとした左手の手首を咄嗟に掴み、グッと拳を握り締める。
 目をつぶってゆっくり息を吐く。暗い世界の中で浮かんできたのは、憔悴した顔で電車のドアに寄りかかっていた彼女の姿だった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 2-5・完全に別世界だ。


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「なーに調べてんの」
 講義と講義の合間に大学のパソコンを使っていると、後ろから声が聴こえてきた。
 振り向くとそこにはやはり友人である宗志がいた。俺の右肩に腕を置いてパソコンの画面を覗き込んでくる。
「……不眠症? 原因? おいおい、サコッシュ大丈夫かよ」
「俺のことじゃない」
「へぇ、じゃあ誰のこと?」
「……知り合いだよ」
 疑いのまなざしを向けられている。チクチクと刺さってくる宗志の視線に俺ははぁっと息を吐き、ひとまず事情を説明することにした。
 美穂ちゃんと再会したこと、彼女が不眠症気味でロクに眠れてないこと、彼女のお願いを断ったが、今朝具合が悪そうな彼女を見つけたこと。
「なーるほどね、それで不眠症について調べてたんだ……って、サコッシュめちゃくちゃ心配してんじゃん。関わりたくないんじゃなかったの?」
 一通り話を聞いた宗志が痛いところを突いてくる。そう、なんだかんだいって俺は彼女の不眠が良くなる方法とかを調べているのだ。
「そりゃ関わりたくないけどさ。でも、仕方ないだろ。お前だって今朝のあの子の顔を見れば不安になるよ」
「いやぁまぁそうかもしれんけどさ、こういっちゃなんだけどサコッシュにどうにかできる問題なのそれって」
「……どうなんだろうな」
 言葉を濁して俺はパソコンの画面を見る。
 不眠症の原因というのはいくつかあるのだが、そのほとんどに共通しているのがストレスだ。
 環境要因や生理的もしくは心理的要因。他にも生活習慣だったり薬の副作用なんかも関係してくるらしい。
 投薬による治療で治る場合もあるが、原因を取り除かない限り再発する可能性も十分にある。
 ここら辺は完全に素人なのでキチンと理解できていないが、不眠の大部分が心の問題と密接に繋がっているのだろう。
 そういう意味で考えると俺にどうかできる問題ではない。俺自身が彼女に言った通り、医者にかかるのが最適とは言わないが、無難ではあるかもしれない。
 しかし不眠症ってどの医者に診てもらえばいいんだ。内科だろうか。それとも精神科医とか。
「ていうか思わず流しちゃったけどその子がサコッシュの近くなら眠れる理由はなんなの?」
「いや、それが俺にもよく分からない。ていうか、向こうもよく分かってないみたいだったし」
「おいおい、よく分かってないのに一緒に寝たいとか言ってたの? その子……大丈夫?」
「俺も全く同じこと思ったよ。まぁでも、あの子なりに確認したかったんじゃないかな。本当に寝れるかどうか。確信を得たかったんだと思う」
「確信ねぇ……まっ、確かに。今までずっと寝れなかったのに急に寝られたらそりゃ気になるか。サコッシュ、なんか変なフェロモンでも出してたんじゃないの?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「いやいや、人間だってフェロモンはあるよ? この人の匂いが好きーみたいなの」
「匂いねぇ……」
 宗志の言葉を咀嚼し、ハッとする。
 1週間前、喫茶店で美穂ちゃんが俺を引き留めようとしたとき、彼女は言っていた。俺の匂いとか雰囲気に落ち着くと。
 俺の体臭が眠気を誘ったというのだろうか。そんな特別な匂いを発してるとは思わないが。
「つーかさ、サコッシュそんなに気になるんだったら会いに行けば?」
 自分の服の匂いを嗅いでいると、宗志が若干呆れたような口調で言い放った。
 俺はそのまま顔を上げ、眉を顰める。こいつは俺の話を聞いていなかったのか。
「会いに行けばって、会いに行ってどうすんだよ」
「だから、一緒に寝てあげればいいじゃん。どっかネカフェとかカラオケとか入ってさ」
「簡単に言うなよ……付き合ってるわけでもないんだぞ」
「じゃあ付き合えば? いいじゃん、女子高生。しかも話聞く限り結構に世間知らずっぽいし。好きに味見できるかもよ?」
「そういう話じゃない」
 隠すことなくため息を吐く。こいつは本当に性格が悪い。他人事だと思いやがって。
「いやいや、可愛い彼女も作れておまけに人助けもできるんだから。いいこと尽くしでしょ。それにサコッシュだって気になってるんでしょ? その女の子のこと」
 畳みかけるように宗志が訊いてくる。
 悪魔の囁きだ。俺はグッと目をつぶって無言で手を振って宗志の顔を払った。
 微かに息を吐く音と遠くなっていく足音。けしかけるのを諦めたのだろう。俺は再び1人になり、頭の後ろに手をやって背もたれに寄りかかる。
 宗志の言うことは理解できる。確かに人助けと言えば人助けだ。
 だが、なんというか。年下の女の子を騙しているようで気が引ける。無論手を出すつもりなんてないけれど、俺だって男だ。その時が訪れたときに、自分を完璧に律することができるかと問われると、自信をもって頷くことはできない。
 それはなんていうかあまりにも不健全だ。俺にとっても、美穂ちゃんにとっても。
 古くて頑固な考えかもしれないが、女の子と付き合うってそういうことじゃないと思う。
「いやぁ、良くないだろマジで」
 天井に向かって呟き、グッと身を起こす。
 パソコンの画面には先ほど検索した不眠症に関する情報が載ったサイトページが映っていて、その原因を解説していた。
 不眠症を引き起こす原因のひとつ、心理的要因。その言葉に俺は過去の記憶を思い出して――すぐに洗い流す。
 震えだそうとした左手の手首を咄嗟に掴み、グッと拳を握り締める。
 目をつぶってゆっくり息を吐く。暗い世界の中で浮かんできたのは、憔悴した顔で電車のドアに寄りかかっていた彼女の姿だった。