車内で
ー/ー
「…――本当に、行くのか? いや、あなたが行きたいのなら、止めはしないが」
ナビの指示に従ってハンドルを切りつつ、グンヴァルトソン准将が気遣わしげにこちらにチラリと視線を送ります。
「ええ、行きたいの。どうしても」
「そうか――…」
「あなたも、私の育った屋敷を見てみたくありません?」
私はすっかり腹の決まった笑顔を婚約者に向けました。
「ん…まぁ見たくないといったら嘘になる」
「でしょう? 行きましょう。この道を――どちらかしら」
「ナビによると右だ。…――そのリンデンベルク屋敷とやらまでの道筋を、あなた自身は覚えていない?」
グンヴァルトソン准将の何気ない問いに、私は少し困って答えました。
「覚えていない、というより、知らないのです。――あの屋敷から連れ出されて以来、これまで一度も足を向けていませんでしたから…」
「そうなのか。どうしてまた、今更…」
聞いていいのかどうか迷うように、准将は言葉尻を浮かせました。
「知っておきたいことがあるの」
「まさかとは思うが、俺のためじゃないだろうな」
私はとっさに答えられず、それが答えとなってしまいました。
「それなら、帰る。――俺は、あなたを愛してるんだ。正直、あなたが誰の子であったとしても――「私は――!」
准将の言葉を遮りつつ、思ったより大きな声が出てしまったことに私自身驚きながら、声を落として続けました。
「前のファルツフェルド伯爵フランツ・ジギスムントの娘です――…」
「そうだ。――そうだな。すまない」
泣きそうな声になった私を宥めるように、グンヴァルトソン准将は運転しながら片手を伸ばして、私の頭をワシワシと撫でました。
「でも、だったら、尚更――どうして、いや、何が知りたい?」
「――どうして、父が私を幽閉したかが知りたいの。どうしてあんな育て方をしたのか――それを知らないと、私」
いったん言葉を句切った私ですが、一度ついてしまった勢いはとどめようがなく、
「あなたの、いえ、私たちの子どもをちゃんと愛せるか、自信がないの――…」
私の告白に返ってきたのは、呆気にとられたような沈黙。たっぷり10秒は経ってから、グンヴァルトソン准将は口を開きました。
「確認するが、妊娠している?」
「え…いいえ」
「――未来の、私たちの子どもの話?」
「そうです」
またしても沈黙。
そして、グンヴァルトソン准将は堪らないといったようにハンドルを握りしめてクツクツと笑い始めました。
「いや。悪い。――あなたにとって大問題だってことは理解した。でも、未来の――〈私たちの子ども〉ね。
リリ――俺は本当に、あなたのことが、いや、〈きみ〉のことが大好きだ。俺には理解できないその思考回路を、とても愛している」
一世一代の告白を笑われてしまってむくれた私を、グンヴァルトソン准将は美しい青緑色の双眸を細めて愛しげに一瞥し、続けました。
「いや、本当に、真剣な話の最中に悪い。ただきみが――あまりに可愛くて」
「子ども扱いしないでください――私、もう27です」
「知っているよ。そして俺は40目前だ。子ども扱いしているわけじゃないが、可愛いものは可愛い」
グンヴァルトソン准将は言い切って、声を少し和らげました。
「リリ。俺は、きみが甥っ子や姪っ子をとても可愛がっているのを知っている。
この間紹介してくれたフォルカー殿のところのリューディアに、サーシャ。ゴットハルト殿のところの双子――テオヴァルトに、アウローラだったか。そして、ナジャも。オークハイム家のガウェインや、へレーナ。
――きみは愛のない人間なんかじゃない」
私は驚いて顔を上げました。
「従兄上方のおかげだね。――〈愛〉が習わないと習得できない感情なら、きみは、確かに、〈愛〉を教わっているよ」
でも、と、准将は続けました。
「心配は少ない方がいい。――行こう」
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ナビの指示に従ってハンドルを切りつつ、グンヴァルトソン准将が気遣わしげにこちらにチラリと視線を送ります。
「ええ、行きたいの。どうしても」
「そうか――…」
「あなたも、私の育った屋敷を見てみたくありません?」
私はすっかり腹の決まった笑顔を婚約者に向けました。
「ん…まぁ見たくないといったら嘘になる」
「でしょう? 行きましょう。この道を――どちらかしら」
「ナビによると右だ。…――そのリンデンベルク屋敷とやらまでの道筋を、あなた自身は覚えていない?」
グンヴァルトソン准将の何気ない問いに、私は少し困って答えました。
「覚えていない、というより、知らないのです。――あの屋敷から連れ出されて以来、これまで一度も足を向けていませんでしたから…」
「そうなのか。どうしてまた、今更…」
聞いていいのかどうか迷うように、准将は言葉尻を浮かせました。
「知っておきたいことがあるの」
「まさかとは思うが、俺のためじゃないだろうな」
私はとっさに答えられず、それが答えとなってしまいました。
「それなら、帰る。――俺は、あなたを愛してるんだ。正直、あなたが誰の子であったとしても――「私は――!」
准将の言葉を遮りつつ、思ったより大きな声が出てしまったことに私自身驚きながら、声を落として続けました。
「前のファルツフェルド伯爵フランツ・ジギスムントの娘です――…」
「そうだ。――そうだな。すまない」
泣きそうな声になった私を宥めるように、グンヴァルトソン准将は運転しながら片手を伸ばして、私の頭をワシワシと撫でました。
「でも、だったら、尚更――どうして、いや、何が知りたい?」
「――どうして、父が私を幽閉したかが知りたいの。どうしてあんな育て方をしたのか――それを知らないと、私」
いったん言葉を句切った私ですが、一度ついてしまった勢いはとどめようがなく、
「あなたの、いえ、私たちの子どもをちゃんと愛せるか、自信がないの――…」
私の告白に返ってきたのは、呆気にとられたような沈黙。たっぷり10秒は経ってから、グンヴァルトソン准将は口を開きました。
「確認するが、妊娠している?」
「え…いいえ」
「――未来の、私たちの子どもの話?」
「そうです」
またしても沈黙。
そして、グンヴァルトソン准将は堪らないといったようにハンドルを握りしめてクツクツと笑い始めました。
「いや。悪い。――あなたにとって大問題だってことは理解した。でも、未来の――〈私たちの子ども〉ね。
リリ――俺は本当に、あなたのことが、いや、〈きみ〉のことが大好きだ。俺には理解できないその思考回路を、とても愛している」
一世一代の告白を笑われてしまってむくれた私を、グンヴァルトソン准将は美しい青緑色の双眸を細めて愛しげに一瞥し、続けました。
「いや、本当に、真剣な話の最中に悪い。ただきみが――あまりに可愛くて」
「子ども扱いしないでください――私、もう27です」
「知っているよ。そして俺は40目前だ。子ども扱いしているわけじゃないが、可愛いものは可愛い」
グンヴァルトソン准将は言い切って、声を少し和らげました。
「リリ。俺は、きみが甥っ子や姪っ子をとても可愛がっているのを知っている。
この間紹介してくれたフォルカー殿のところのリューディアに、サーシャ。ゴットハルト殿のところの双子――テオヴァルトに、アウローラだったか。そして、ナジャも。オークハイム家のガウェインや、へレーナ。
――きみは愛のない人間なんかじゃない」
私は驚いて顔を上げました。
「従兄上方のおかげだね。――〈愛〉が習わないと習得できない感情なら、きみは、確かに、〈愛〉を教わっているよ」
でも、と、准将は続けました。
「心配は少ない方がいい。――行こう」