「お母さんは俺が嫌いなの?」
リビングのソファに並んで座る。
俺が唐突にぶつけた言葉に、お母さんは顔色一つ変えなかった。
身体が指先からスーッと冷えてく気がする。
いくら動じない人でも、さすがに反応すると思ってた。すぐに「そんなわけないでしょ」って叱ってくれるって。
否定してくれるって期待して、気を引くような言い方で試した俺はズルい、けど。
……ただ確かめたかっただけ、なのに。
「嫌いじゃないわ」
温度のない声。俺はなんでこんなに不安なんだろ。
お母さんは嘘つく人じゃない。
あんまり喋る方じゃないけど、いざとなるとハッキリしたタイプだ。曖昧に誤魔化したりとかもしない。
……なのに、なんで俺はお母さんを信じられない?
「嘘だ。──ホントのこと言ってよ! 嫌いなら嫌いだってさぁ!」
ハタチ過ぎた男がこんな取り乱してみっともない。わかってる。
でも、俺の中の動揺が声になって溢れた。
「……本当に聞きたいの? 本当に、私の本音が?」
「うん。聞きたい」
真剣にしつこく念を押すお母さんに、俺は心を決めて答える。
一回口に出したらもう引けないんだよ。
お母さんは仕方なさそうに溜め息ついて、無表情で俺の目を見た。そして重い口を開く。
「嫌いじゃない」
「だから、──」
言い掛けた俺を強い
眼差しで黙らせて、お母さんが、続けるんだ。
「本当に嫌いじゃない。好き嫌い論じるほど
お前に興味なんかないの。どうでもいい」
俺に引導を渡す台詞を。
普段通りの静かな調子で、冷ややかに話す、お母さん。「お前」って、……今まで「巽」か「あなた」だったじゃん。なんで?
さっきの姉ちゃんの言いざまからも、俺はお母さんにも嫌われてるかもしれないとは思ってた。
そんなわけないって信じたかったけど、どっかで覚悟してた。
でも、──その方がまだマシだった、んじゃないか。
「私が愛してるのはいづみちゃんだけよ。お前を愛したことなんかただの一度もないわ。……産んだ責任があるから育てたの。仕方ないから」
凍り付くような冷たい声。
お母さん。お母さん。──くるしい。
「……姉ちゃんも。姉ちゃんだってお母さんのことなんか好きじゃないかもしれないじゃん!」
苦し紛れに叫んだ俺に、お母さんはふっと笑った。優しい、綺麗な顔。
こーいうの、慈愛に満ちた表情って言うのかな?
俺はふわふわ現実逃避するように考えてる。身体と心が分離したみたいな、いったいどこまでが『俺』なんだろ。
「好かれてるかどうかなんて問題じゃないの。見返りなんて最初から求めてないわ。私が愛してるからそれだけでいい。いづみちゃんになら嫌われても、──殺されても本望なのよ」
お前とは違う、というお母さんの声にならない声が頭に響いた気がした。
「巽。心配しなくても、学費も家賃も卒業まではちゃんと払うわ。義務だから」
義務、だから。嫌だけど払う、ってこと?
「さあ
帰って。ここは私といづみちゃんの家よ」
呆然としてる俺に、お母さんは相変わらず淡々と告げる。
「お前の居場所なんかない」のだと。
もう反抗する気力もなくて、俺は黙って玄関先に置きっ放しだった鞄を拾って実家を出た。
自分の
家、だった、もう俺には縁のなくなった
家。