お父さんが死んだのは、離婚する寸前だったんだって。
事故だった。
……事故、ってことになってる。でも、自殺じゃないか、って思ってる人は多かったみたいだ。
まだ子どもだった俺には、誰も詳しく教えてくれなかったけど、お葬式で耳に挟んだ限りでは。
もちろん大声で不謹慎なこと喚く人なんていなかったよ。葬式だし。
ただ退屈でついうろうろしてた俺が、お父さんの知り合いだか友達だかがひそひそしてるの通りすがりに聞いちゃっただけ。
「離婚決まってたって聞いたよ」
「そうだってね。奥さんもなんで別れないんだろと思ってたんだけど。お子さんのこと考えちゃったのかなぁ」
「いや。あいつ、別れたくない! ってかなりごねてたらしいからな。ゆーせきの癖に。お前といるメリットが奥さんにあんのかよ、って他人でも思うわ」
「……やっぱさ、当て付けなんじゃないの? あの人ならやりそう。奥さん、本当に振り回されてお気の毒よね」
酷い。確かに酷い言い草なんだけど、葬式でさえそんな陰口叩かれる程度の人間だったってことなんだよな。俺もそこは
庇えない。
あと、「ゆーせき」が有責のことなのも、だいぶ後になってわかった。
なんか、したんだろう。知りたくもないけど、何聞かされても俺は疑わないだろうな。
──つまりそういう奴だったんだ。俺とよく似た父親は。
「あたし、お父さん大嫌いだったわ」
姉ちゃんが憎々しげに吐き捨てた。珍しく感情的な様子に、心底嫌いなんだろうってすげーあからさまに伝わる。
わざわざ今持ち出すってことは──。
「姉ちゃんは俺も嫌いなんだろうな」
こんなこと言うつもりなかったのに、つるっと口から出た。しまったと思う暇もなかった。
「嫌いだよ」
何の躊躇いもなくズバリ突き付けられて、俺は情けないけど声も出なくなる。身体が固まったみたいに動かない。
「好かれてるとでも思ってたの?」
姉ちゃんはホントに、できる限り俺にダメージ与えたくて言葉選んでるんだ。
──それくらい、俺が嫌いなんだ。
「……へぇ、そっか。じゃあお母さんも俺が嫌いなのかな。お父さんとは別れる筈だったんだし」
勝手に言葉が零れてしまう。
黙ってちゃまずい、ってそれだけしか考えられなかった。
でもお母さんは姉ちゃんとは違うから、ってガキみたいな負け惜しみ。
それだけ姉ちゃんの追い打ちは堪えた。……図星だったから。
フツーに好かれてると思ってた。おめでたいな。
「お母さん、ね」
悔しいからって八つ当たりすんなよ。
口の端上げて皮肉っぽく笑う姉ちゃんに、そんな感情が真っ先に浮かんだ。
俺がお母さんに大事にされてるように見えて、贔屓されてるみたいで、姉ちゃんは気に入らないんじゃないの? 一人暮らしの話にしたってさ。
卒業しても、そのまま家に居る理由は知らないけど。
心のどっかでいい気味だと思ってた、のかもしれない。
俺に嫉妬してんだろ、って。
「ただいま、いづみちゃん」
なんともいえない微妙な空気の中、ドアが開いてお母さんが帰って来た。
よかった。
「おかえりなさい。あたし部屋に居るね」
姉ちゃんはお母さんに断って、俺の前から立ち去る。
「巽、来てたのね」
お母さんは姉ちゃんに笑顔を向けてから、ちらっと俺を見た。
「あの、……お母さん。俺、ちょっと話があるんだけど」
おずおずと切り出した俺に、お母さんは頷いて無言でリビングへ歩き出す。俺はそのあとを着いて行った。