「ひ、っ! ……────」
悲鳴を上げる前に、その身体が崩れ落ちる。
咄嗟に一番近くにあったガラスの一輪挿しで後ろから頭を殴ったから。細身だけど倒れないように、分厚くて重さもある、花瓶。
当然、周囲には中身の水と、生けられてた花が散らばってる。
「どうしよう。……もう冷蔵庫には入らないわ」
でも、
蓮也のときあんなに大変だったんだから今度はやりたくない。
このままでもいいか。匂いは花で誤魔化せるわよね。
殺して「冷蔵庫に入るよう」にしたお風呂場だけじゃなくてこの部屋も、どれだけ掃除しても血の匂いが染みついて消えない気がしたのよ。
でも花の香りのおかげで気にならなくなったんだから。
試験の最終日。
いきなりこの部屋にやって来た蓮也が、平然と話し出した。
「わかなちゃんがさぁ、あ、あの一年のめっちゃカワイイ子な。押したら意外と満更でもないってか、『付き合ってもいいかな〜』って感じなワケ」
別れ話にも乗り換えにも、罪悪感なんて最初から持ってもいなかったのよね。私はただの繋ぎで、ちょっと毛色の変わった相手でしかなかった。
何でも逆らわずに自己主張しないのが新鮮、って言ってたわよね。いつも美人で自信家とばかり付き合ってたみたいだから。
「……それが?」
「だからお前とはもう終わりだって言ってんの。わかるだろー。華世もまあ顔はキレイだけど、あの子とじゃ勝負になんねえって」
真剣味の欠片もなく、ヘラヘラ笑ってた男。
「蓮也。最後に想い出が欲しいの。──シャワー、浴びて来て」
勝手に口から溢れた言葉は、最初から
そのためだったのかな。
「別れを承諾した」私に満足そうな様子で、三点ユニットのバスルームに向かった彼を一瞬の間をおいて追った。
シャワーカーテンを一気に開けた私と握ったペティナイフに、声も出ずに後退ろうとして壁に背中を当てた蓮也の胸を突き刺した。
その後のことははっきりとは覚えてない。
だけど、親に持たされた工具箱に入ってた
鉈が一番役に立ったわ。手斧は流石になかったけど。
田舎では必需品の鉈も、都会のマンションで枝打ちなんてすることもないのにね。
せめて嘘でも申し訳なさそうにしてくれてたら、黙って耐えられたのかもしれない。
単に「初めての恋人」にあんなに雑に捨てられるのが我慢ならなかっただけなのかも。
……自分のことなのに、よくわからないわ。
あれからずっと、花と食べ物を買いに行く以外はこの部屋に籠もってるの。
他にしたいことなんてなにもないのよ。食べずに済むなら食事もいらない。
花とその香りに埋め尽くされた部屋。
冷蔵庫の手前の床に横たわる友達。
──ねえ、由美。「お花見」はもう十分できてるってどうしてわかってくれなかったの? この部屋で、血の匂いを消すためのたくさんの花で。
~END~