先生のせいで
ー/ー――夢でも見ているんだろうか?
「何考えてんの!?」
あーもう!!!常識的に考えて女の子が夜に一人でハイキングとかあり得ないってわからない?てかもう信じらんない意味わからなすぎるんだけど!何かあったらどうするつもりなの!?と、ひとりぎゃんぎゃんキレ散らかしているその人は。
「れ、玲峰先生こそ、どうしてここにいるんですか……?」
「実家ですもん!」
「でも、絶縁中だって」
「お爺ちゃんが癌だから様子見に来たの! で、梅崎盟子さんはどうしてこんな山道をおひとり様で優雅に散歩なんかしちゃってるのかしら?」
「……」
遠峰神社の例大祭を見に来たことは、守谷も知っているはずだ。
「あたしさぁ、親御さんかカレシくんと来なって言ったよね? ひとりなの?」
「いません、彼氏なんか」
盟子はぶっきらぼうに答えた。
「え、だってこないだダリ展で一緒にいた子は? ほら、1組の小林く……」
「あれは違います! 先生こそ彼女と仲良くやってればいいでしょ。放っておいてください!」
「はぁぁぁ? 彼女いません! 悪かったわね!」
「嘘つき! 先生こそダリ展で、あのアイルって子……すごいデレデレしてたくせに」
そう言ってしまうと、守谷は口籠った。ほらやっぱりだ。
「……あのー、大変勘違いされてるようなんですけど、アイルは鈴アカの校長先生のお孫さんなのね」
困った顔でため息を吐く。
「まあ、デッサンクラスの教え子でもあるけど。わかる? 職場の社長のお孫さんね。VIP扱いするっきゃないよね?」
「でも、一緒にご飯行くとか言ってたじゃないですか!」
「だから梅ちゃんも一緒に来ない?って誘ったよね? でも来てくれなかったじゃん! あたしあの子苦手なのに」
「それは……なんか……すみません」
てか、どうしてこんな話になってるんだか。
「で、もう一回聞きますけど、あなたはどうしてこんな山道をひとりで歩いてるのかな!?」
「タ、タクシーが……」
しどろもどろの言い訳を聞いて、守谷は心底呆れた顔をした。
「何してんのよ、ったく」
「……」
わかってはいるけれど、そう言われても反省の言葉を口にしたくない。
ここまでの行動を起こすにどれだけの我慢と勇気を要したか、どんな思いでここに来たか、守谷は知らない。
「先生には関係ないです」
こんな時間なのも山道なのも女の子がひとりで危ないのも全部解ってる。「自分で責任取ればいいんですよね? 別に死んでも構わないので放っておいてください」
「あのねえ、放っておけるわけないでしょ?」
「余計なお世話なんです」
「子供ってねー、これだからやんなっちゃう。さ、早く乗って!」
守谷は助手席のドアを開けて中へ入るように促す。言葉はきつくても、それは間違いなく彼の親切だったはずだ。
「子供扱いやめてください! 自分で帰るんで」
しかし。
ずっとずっと神楽の間じゅう探していたはずのその人を、盟子は渾身の拒絶を込めて睨みつけた。
「子供扱い? はっ! どうしたって無鉄砲な子供じゃん!」
「ちゃんと考えてます。道わかってるから平気です」
「ふざけないで! 何かあったらどうするの?」
「先生の車に乗る方が危ないんじゃないですか?」
思ってもいないことを挑発的に言い返すと、守谷の表情が変わった。
ああ、言ってはいけないことを言ってしまったな。
心がぐちゃぐちゃだ。それを全力で隠そうとして盟子はすたすたと歩き出した。
「見なかったことにして行っちゃってください」
――そりゃ、先生の車に乗せてもらえたら素敵だろうな。
でも自分の行動に責任取るのが大人ってものだから。
何も考えてなかった無鉄砲な自分の責任を取って、歩くんだ。
大人になりたいから。少しでも近づきたいから。届きたいから。
「待ちなさい!」
守谷が必死の形相で追いかけてくる。
「……あの、あのね、変なこととか絶対しないから、約束するから、だからね」
頼むから乗ってよ……と。
泣きそうな顔で懇願されて、ここまで色々とこらえていたものが、今急に溢れてきてぽろりとこぼれた。
ひどいことを言ってしまった。
「そんなの知ってます! 先生はそんなこと絶対しないって、わかってます!」
見なかったことにして置いていくなんて、できるわけないに決まってる。
見なかったことにして置いていくなんて、できるわけないに決まってる。
万が一盟子に何かあったら守谷はきっと自分を責めるだろう。偉そうに責任をとると言ってみたところで心配と迷惑をかけまくって、八つ当たりして困らせて。
やってることは笑えるほどに子供じみてる。
「……先生、私、だめですね」
溢れた涙がぽろぽろとこぼれる。
「私、もっとちゃんと、自分の意見とか、言えるようになりたくて」
「うん」
「先生みたいに、ちゃんとした大人になりたくて」
「うん、うん」
「でも、こんな私じゃ、だめなんじゃないかって……」
ふわっと、ベルガモットの涼しい香りがした。
「……わかる、わかるよ。辛いよね、何者にもなれない時って」
白いシャツの胸にぎゅっと抱きしめられたのだと気づいた時、びっくりしすぎて溢れていた涙と感情が停止した。夢かと思って。
「でもね、大丈夫だよ。これからなんだよ。急がなくていいの」
そこは、どうしたって届けないと思っていた場所。
盟子をすっぽり包む胸は、細身に見えて思ったよりも広くて、平らで、固くて、とても清潔な香りがして。
そして、あんなにきれいに優雅に見えるのに、ちゃんとした男の人の身体だった。
「あの、シャツに……」
盟子はしどろもどろで顔を上げる。目の前に守谷の顔があって、息が止まりそうだ。
「ん?」
「シャツに涙がついちゃう……」
そう言うと、守谷は悲鳴を上げて瞬間的に飛びのいた。
「ごっごめんなさい! 違うの、別に変な意図はなくて、これは、あの……」
男性教諭が教え子JKを抱きしめるというとてつもなく危険なシチュエーションに、今気づいたらしい。その慌てっぷりに盟子は噴き出して、泣き笑いになってしまった。
「あのね、昔の自分を見てるみたいで、なんか感情移入しちゃって……」
お互い気まずくなった数秒後、どちらともなく笑いだす。守谷が頭を下げた。
「この通りお願いします。車に乗ってもらえる? 大人になるのと夜道が危ないのは別問題だと思うのよね……」
ぴしっと90度の美しい礼と共にそう頼まれて、断れる神経を盟子は持っていなかった。
「……だったら、先生が躍るところを見せてください、もう一度」
盟子も同じように頭を下げ返した。
「遠峰神社の神楽殿で先生が躍っているところが見たいんです。お願いします」
「うーん、後ろ向きに検討します」
守谷が苦笑いで応じる。
盟子が遠慮がちに助手席に乗り込むと、ゆっくりと車が走り出した。
*
「……好きだなぁって、思いました」
面白かった、とは違う。
神楽はどうだったの?と訊かれて、少し考えてから盟子はそう答えた。
「好き?」
「はい。1時間じゃ全然足りない。もっと見たいなぁって」
「あはは! ならよかった。でもさ今時の若い舞い手って楽するからダメだと思うの。こないだ初田神社で踊った時、みんな腰が高い高い。もっと落とさなきゃ。うちのお爺ちゃんはあんなもんじゃなかったからね」
ふ、と思わず笑いがこぼれてしまう。自分だって若いくせに。
やがて山道を抜けて見えてきた駅を、車はそのまま通過した。
「先生! どこ行くんですか? 駅まででいいですっ」
「は? 家まで行くに決まってんでしょ。電車なんて待ってたらどんだけかかると思ってんの。ここ接続悪いのよ」
「でも……」
「でももへったくれもないの! どうせ同じ方向に帰るんだから。いいですか? あたしは今教え子のJKを乗せて夜道を走ってます、何かあったら人生詰みます、高速乗れば1時間だからいい子にしときな」
「……」
歩くと言い張っていたけれど、ほっとしたのも事実だった。自分がまだ色々中途半端なことを痛いほどに思い知った。
ハンドルを握る守谷の横顔をじっと見つめる。車の運転は大人の象徴みたいでかっこいい。
「恥ずかしいから見ないでくださーい!」
守谷が照れ隠しのように盟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。どこまでもまっすぐなハイウェイとベルガモットの香りで今、胸が少し痛い。
急がなくていいよって、さっき言われたけれど。
急ぎたくなってしまう理由はわかってるんだ。
「そんな顔しない! ほら笑うのー!」
でも言わないし、言う必要もない。
玲峰先生のせいです、なんて。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
――夢でも見ているんだろうか?
「何考えてんの!?」
あーもう!!!常識的に考えて女の子が夜に一人でハイキングとかあり得ないってわからない?てかもう信じらんない意味わからなすぎるんだけど!何かあったらどうするつもりなの!?と、ひとりぎゃんぎゃんキレ散らかしているその人は。
「れ、玲峰先生こそ、どうしてここにいるんですか……?」
「実家ですもん!」
「でも、絶縁中だって」
「お爺ちゃんが癌だから様子見に来たの! で、梅崎盟子さんはどうしてこんな山道をおひとり様で優雅に散歩なんかしちゃってるのかしら?」
「……」
遠峰神社の例大祭を見に来たことは、守谷も知っているはずだ。
「あたしさぁ、親御さんかカレシくんと来なって言ったよね? ひとりなの?」
「いません、彼氏なんか」
盟子はぶっきらぼうに答えた。
「え、だってこないだダリ展で一緒にいた子は? ほら、1組の小林く……」
「あれは違います! 先生こそ彼女と仲良くやってればいいでしょ。放っておいてください!」
「はぁぁぁ? 彼女いません! 悪かったわね!」
「嘘つき! 先生こそダリ展で、あのアイルって子……すごいデレデレしてたくせに」
そう言ってしまうと、守谷は口籠った。ほらやっぱりだ。
「……あのー、大変勘違いされてるようなんですけど、アイルは鈴アカの校長先生のお孫さんなのね」
困った顔でため息を吐く。
「まあ、デッサンクラスの教え子でもあるけど。わかる? 職場の社長のお孫さんね。VIP扱いするっきゃないよね?」
「でも、一緒にご飯行くとか言ってたじゃないですか!」
「だから梅ちゃんも一緒に来ない?って誘ったよね? でも来てくれなかったじゃん! あたしあの子苦手なのに」
「それは……なんか……すみません」
てか、どうしてこんな話になってるんだか。
「で、もう一回聞きますけど、あなたはどうしてこんな山道をひとりで歩いてるのかな!?」
「タ、タクシーが……」
しどろもどろの言い訳を聞いて、守谷は心底呆れた顔をした。
「何してんのよ、ったく」
「……」
わかってはいるけれど、そう言われても反省の言葉を口にしたくない。
ここまでの行動を起こすにどれだけの我慢と勇気を要したか、どんな思いでここに来たか、守谷は知らない。
「先生には関係ないです」
こんな時間なのも山道なのも女の子がひとりで危ないのも全部解ってる。「自分で責任取ればいいんですよね? 別に死んでも構わないので放っておいてください」
「あのねえ、放っておけるわけないでしょ?」
「余計なお世話なんです」
「子供ってねー、これだからやんなっちゃう。さ、早く乗って!」
守谷は助手席のドアを開けて中へ入るように促す。言葉はきつくても、それは間違いなく彼の親切だったはずだ。
「子供扱いやめてください! 自分で帰るんで」
しかし。
ずっとずっと神楽の間じゅう探していたはずのその人を、盟子は渾身の拒絶を込めて睨みつけた。
「子供扱い? はっ! どうしたって無鉄砲な|子供《ガキ》じゃん!」
「ちゃんと考えてます。道わかってるから平気です」
「ふざけないで! 何かあったらどうするの?」
「先生の車に乗る方が危ないんじゃないですか?」
思ってもいないことを挑発的に言い返すと、守谷の表情が変わった。
ああ、言ってはいけないことを言ってしまったな。
心がぐちゃぐちゃだ。それを全力で隠そうとして盟子はすたすたと歩き出した。
「見なかったことにして行っちゃってください」
――そりゃ、先生の車に乗せてもらえたら素敵だろうな。
でも自分の行動に責任取るのが大人ってものだから。
何も考えてなかった無鉄砲な自分の責任を取って、歩くんだ。
大人になりたいから。少しでも近づきたいから。届きたいから。
「待ちなさい!」
守谷が必死の形相で追いかけてくる。
「……あの、あのね、変なこととか絶対しないから、約束するから、だからね」
頼むから乗ってよ……と。
泣きそうな顔で懇願されて、ここまで色々とこらえていたものが、今急に溢れてきてぽろりとこぼれた。
ひどいことを言ってしまった。
「そんなの知ってます! 先生はそんなこと絶対しないって、わかってます!」
見なかったことにして置いていくなんて、できるわけないに決まってる。
見なかったことにして置いていくなんて、できるわけないに決まってる。
万が一盟子に何かあったら守谷はきっと自分を責めるだろう。偉そうに責任をとると言ってみたところで心配と迷惑をかけまくって、八つ当たりして困らせて。
やってることは笑えるほどに子供じみてる。
「……先生、私、だめですね」
溢れた涙がぽろぽろとこぼれる。
「私、もっとちゃんと、自分の意見とか、言えるようになりたくて」
「うん」
「先生みたいに、ちゃんとした大人になりたくて」
「うん、うん」
「でも、こんな私じゃ、だめなんじゃないかって……」
ふわっと、ベルガモットの涼しい香りがした。
「……わかる、わかるよ。辛いよね、何者にもなれない時って」
白いシャツの胸にぎゅっと抱きしめられたのだと気づいた時、びっくりしすぎて溢れていた涙と感情が停止した。夢かと思って。
「でもね、大丈夫だよ。これからなんだよ。急がなくていいの」
そこは、どうしたって届けないと思っていた場所。
盟子をすっぽり包む胸は、細身に見えて思ったよりも広くて、平らで、固くて、とても清潔な香りがして。
そして、あんなにきれいに優雅に見えるのに、ちゃんとした男の人の身体だった。
「あの、シャツに……」
盟子はしどろもどろで顔を上げる。目の前に守谷の顔があって、息が止まりそうだ。
「ん?」
「シャツに涙がついちゃう……」
そう言うと、守谷は悲鳴を上げて瞬間的に飛びのいた。
「ごっごめんなさい! 違うの、別に変な意図はなくて、これは、あの……」
男性教諭が教え子JKを抱きしめるというとてつもなく危険なシチュエーションに、今気づいたらしい。その慌てっぷりに盟子は噴き出して、泣き笑いになってしまった。
「あのね、昔の自分を見てるみたいで、なんか感情移入しちゃって……」
お互い気まずくなった数秒後、どちらともなく笑いだす。守谷が頭を下げた。
「この通りお願いします。車に乗ってもらえる? 大人になるのと夜道が危ないのは別問題だと思うのよね……」
ぴしっと90度の美しい礼と共にそう頼まれて、断れる神経を盟子は持っていなかった。
「……だったら、先生が躍るところを見せてください、もう一度」
盟子も同じように頭を下げ返した。
「遠峰神社の神楽殿で先生が躍っているところが見たいんです。お願いします」
「うーん、後ろ向きに検討します」
守谷が苦笑いで応じる。
盟子が遠慮がちに助手席に乗り込むと、ゆっくりと車が走り出した。
*
「……好きだなぁって、思いました」
面白かった、とは違う。
神楽はどうだったの?と訊かれて、少し考えてから盟子はそう答えた。
「好き?」
「はい。1時間じゃ全然足りない。もっと見たいなぁって」
「あはは! ならよかった。でもさ今時の若い舞い手って楽するからダメだと思うの。こないだ初田神社で踊った時、みんな腰が高い高い。もっと落とさなきゃ。うちのお爺ちゃんはあんなもんじゃなかったからね」
ふ、と思わず笑いがこぼれてしまう。自分だって若いくせに。
やがて山道を抜けて見えてきた駅を、車はそのまま通過した。
「先生! どこ行くんですか? 駅まででいいですっ」
「先生! どこ行くんですか? 駅まででいいですっ」
「は? 家まで行くに決まってんでしょ。電車なんて待ってたらどんだけかかると思ってんの。ここ接続悪いのよ」
「でも……」
「でももへったくれもないの! どうせ同じ方向に帰るんだから。いいですか? あたしは今教え子のJKを乗せて夜道を走ってます、何かあったら人生詰みます、高速乗れば1時間だからいい子にしときな」
「……」
歩くと言い張っていたけれど、ほっとしたのも事実だった。自分がまだ色々中途半端なことを痛いほどに思い知った。
ハンドルを握る守谷の横顔をじっと見つめる。車の運転は大人の象徴みたいでかっこいい。
「恥ずかしいから見ないでくださーい!」
守谷が照れ隠しのように盟子の頭をくしゃくしゃと撫でた。どこまでもまっすぐなハイウェイとベルガモットの香りで今、胸が少し痛い。
急がなくていいよって、さっき言われたけれど。
急ぎたくなってしまう理由はわかってるんだ。
「そんな顔しない! ほら笑うのー!」
でも言わないし、言う必要もない。
玲峰先生のせいです、なんて。