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自由の代償

ー/ー



 紫の袴を履いた神職が、20時40分に下山ケーブルカーの臨時最終便が出ることを大声で告げて回っている。

 時計を見れば20時を少し過ぎたところ。 
 そぞろに進みだした人の流れに乗って歩きながら盟子は考える。
 臨時便で山の麓までは行けるとして、でもそこから十峰駅までのバスは?
 いよいよとなって時刻表を調べてみると、バスの最終便は7時台で終わっている。でも、ケーブルカーと接続するバスの臨時便もきっと出るはず。
 
 そう、信じたかったのだけれど。

 麓に着いて、ケーブルカーを降りた人たちが自家用車を駆ってカーブの向こうに消えていくと、盟子はぽつんと一人取り残されてしまった。
 乗り場に併設された小さな売店はすでにシャッターが下りている。申し訳程度の蛍光灯は切れそうにチカチカしていて、小さな蛾の羽音だけが聞こえていた。
 これはもう、バスは来ないだろう。タクシーを呼ぼうか……
 そう思って財布の中を覗いてみると。
 そこには、もう少し多めに持ってくるという発想が湧かなかった昨日の自分を殴りたくなるくらいの現金しか入っていなかった。
 ギリギリ駅まで乗れるかな。いや、でもこんな人気のない山の中でタクシーに乗るというのもどうなんだろう。逆に怖いかもしれない。

「歩くか」

 諦めてそう呟いてみると、少し前向きな気分になった。
 そう、昔の人はどこに行くにも歩いてたんだから。足があるんだから。歩けばいいだけ。いざとなったら恥を忍んでお巡りさんを呼ぼう。生きて帰ればそれでいいや。あとで親にはこってり叱られるだろうけれど。

 盟子は前に踏み出した。閑寂とした山道で、自分の足音だけがやけに響く。

——私、頭おかしくなったのかな?

 普段の自分じゃないみたいだった。怒られたり注意されたり規範から外れることが、今まで何より怖かったはずなのに。

 遮るもののない夜空を見上げると、まるで息づくように星々が瞬いていた。山の方はやっぱり星がよく見える。家からじゃこんなに見えやしない。

――先生はこの星を見ながら育ったのかな。

 そう考えると、知らないはずの山道も空も違って見えてくる。
 バスに乗ったのは20分くらいだったことを考えると、さっさと歩けば一時間くらいで駅に着くはず。人気がないのが怖いけれど、誰もいなすぎて事件も事故も起こりそうにない。幽霊は居るかもしれないけれど。

……と、そう思って油断していたところ、遠くから近づいてくるエンジン音を盟子の耳が拾った。方角的に山から下りてきているみたいだ。
 神楽帰りのお客さんにしては妙なタイミング。
 というか、麓の駐車場にはもう車はなかったはず。

 足を止めじっと闇に目を凝らしていると、ヘッドライトが山道を照らし出し、カーブの向こうからワインレッドの軽自動車が姿を現した。
 そのままやり過ごそうと思ったら、向こうもこちらの存在に気付いたらしい。
 キキーッと急ブレーキ音が響く。
 ばたん!と。
 横づけした車の運転席から、荒々しい音を立てて誰かが降りて来た。緊張が走る。

「ちょっとそこのJK! ……って、あなた」

 盟子を認識したとたん、相手の眉がつり上がる。
「……あの、いいかしら?」
 想定外のことに、相手もびっくりしたらしい。そして盟子も。
「あたしの見間違いでなきゃ、あなた秋羽台高校の梅崎盟子さんだと思うんですけど?」
「……はい」
「何してるの、こんなところで!」
 それはもう、ものすごい剣幕で怒鳴られた。


次のエピソードへ進む 先生のせいで


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 紫の袴を履いた神職が、20時40分に下山ケーブルカーの臨時最終便が出ることを大声で告げて回っている。
 時計を見れば20時を少し過ぎたところ。 
 そぞろに進みだした人の流れに乗って歩きながら盟子は考える。
 臨時便で山の麓までは行けるとして、でもそこから十峰駅までのバスは?
 いよいよとなって時刻表を調べてみると、バスの最終便は7時台で終わっている。でも、ケーブルカーと接続するバスの臨時便もきっと出るはず。
 そう、信じたかったのだけれど。
 麓に着いて、ケーブルカーを降りた人たちが自家用車を駆ってカーブの向こうに消えていくと、盟子はぽつんと一人取り残されてしまった。
 乗り場に併設された小さな売店はすでにシャッターが下りている。申し訳程度の蛍光灯は切れそうにチカチカしていて、小さな蛾の羽音だけが聞こえていた。
 これはもう、バスは来ないだろう。タクシーを呼ぼうか……
 そう思って財布の中を覗いてみると。
 そこには、もう少し多めに持ってくるという発想が湧かなかった昨日の自分を殴りたくなるくらいの現金しか入っていなかった。
 ギリギリ駅まで乗れるかな。いや、でもこんな人気のない山の中でタクシーに乗るというのもどうなんだろう。逆に怖いかもしれない。
「歩くか」
 諦めてそう呟いてみると、少し前向きな気分になった。
 そう、昔の人はどこに行くにも歩いてたんだから。足があるんだから。歩けばいいだけ。いざとなったら恥を忍んでお巡りさんを呼ぼう。生きて帰ればそれでいいや。あとで親にはこってり叱られるだろうけれど。
 盟子は前に踏み出した。閑寂とした山道で、自分の足音だけがやけに響く。
——私、頭おかしくなったのかな?
 普段の自分じゃないみたいだった。怒られたり注意されたり規範から外れることが、今まで何より怖かったはずなのに。
 遮るもののない夜空を見上げると、まるで息づくように星々が瞬いていた。山の方はやっぱり星がよく見える。家からじゃこんなに見えやしない。
――先生はこの星を見ながら育ったのかな。
 そう考えると、知らないはずの山道も空も違って見えてくる。
 バスに乗ったのは20分くらいだったことを考えると、さっさと歩けば一時間くらいで駅に着くはず。人気がないのが怖いけれど、誰もいなすぎて事件も事故も起こりそうにない。幽霊は居るかもしれないけれど。
……と、そう思って油断していたところ、遠くから近づいてくるエンジン音を盟子の耳が拾った。方角的に山から下りてきているみたいだ。
 神楽帰りのお客さんにしては妙なタイミング。
 というか、麓の駐車場にはもう車はなかったはず。
 足を止めじっと闇に目を凝らしていると、ヘッドライトが山道を照らし出し、カーブの向こうからワインレッドの軽自動車が姿を現した。
 そのままやり過ごそうと思ったら、向こうもこちらの存在に気付いたらしい。
 キキーッと急ブレーキ音が響く。
 ばたん!と。
 横づけした車の運転席から、荒々しい音を立てて誰かが降りて来た。緊張が走る。
「ちょっとそこのJK! ……って、あなた」
 盟子を認識したとたん、相手の眉がつり上がる。
「……あの、いいかしら?」
 想定外のことに、相手もびっくりしたらしい。そして盟子も。
「あたしの見間違いでなきゃ、あなた秋羽台高校の梅崎盟子さんだと思うんですけど?」
「……はい」
「何してるの、こんなところで!」
 それはもう、ものすごい剣幕で怒鳴られた。