想い人

ー/ー



 今日までの苦難を振り返り、これからも続く出費を考えて気持ちを沈めた私だったが、コンビニで起こった出来事に、初めて女神アドミスに感謝の念を抱いた。ほんのちょっぴりだけね。

「大原?」

 レジで支払いをしている後ろからの呼び掛けに、私はハッとなって振り向いた。

 私を呼んだのは同じ大学で同じ学部になったことを切っ掛けに、ほど良い距離間となった人だ。名前は立花朔(たちばなはじめ)。同じ高校出身だけど、ちゃんと話したことはなかった。その頃から気になる人だったのだけど、その思いが今は好意に寄っている。もちろん、そのベクトルはこちらからの一方通行だ。

「立花君、あなたも帰省してたんだ」
「夏休みくらいは実家でのんびりしたいから。それに、高校時代のバイト先に頼んだら、短期で働かせてくれることになってさ」
「私も似たような感じ。バイトはアプリで入れてるんだけど、向こうじゃ仕事が少なくて」
「単発のバイト?」
「そう。急きょお金が必要になって。短期で働けるところは少ないからさ」

 まるで多額の借金返済を迫られているような感覚だよ。

「だったら僕のバイト先で働く?」
「え?」

 不意の誘いに私は固まった。

「ファミレスなんだけど、立地の関係で夏休みなんかは特に忙しくて。良かったら紹介するぞ」
「え、あ、それは、うん。嬉しいお誘いなんだけど、バイト以外にもやらなきゃいけないことがあって。お店側に都合のいい時間に入れないと思うんだよね」
「そうなのかぁ。そいつは残念」

 残念? バイトしないことが?

 一瞬、都合の良い解釈が頭に浮かんだ私に、立花君はさらなる衝撃を加えてきた。

「今、時間ある? ちょっと遅い時間だけどメシでもどう? おごるから」

 何よ、この展開? 気になる男子と同郷の町でバッタリ会って、同じバイトを紹介されたり、ご飯に行かないかと誘われたり。ゲーム召喚という異常事態でバタバタしていた苦労の対価か?!

「うん、今の時間なら大丈夫かな」

 買い物を済ませた立花君に先導されて、コンビニの向かいに見えるファミレスに入った。

 男の子と食事をしたことが無いわけじゃない。だけど、ふたりっきりは初めてだ。何より、気になる人と一緒に食事だなんて、これはもうご褒美でしょ!

 数分で近況を話し合った私たちは、高校の思い出話に花を咲かせる。共通の友人や面白いエピソードで距離を縮めたあとは、互いの趣味の話になった。

「へー、大原はゲームが好きなのか。僕は部活と勉強であまりゲームはしてこなかったんだよね。どんなゲームをするんだ?」
「アクションやらパズルやら幅広くやるけど、やっぱり冒険ファンタジーのRPGがメインかな」
「RPGか。小中学生のときにいくつかやったよ。今はどんな感じ?」
「VRタイプが増えてきたね。そのなかでも六月に出たフロンティアっていうのが凄いの。三世代くらいは先取したんじゃないかってくらいのリアリティーでさ」
「よくわかんないけど、三世代先ってのは凄そうだ」

 いや、人が召喚されちゃうくらいだから十五世代くらいは進んでる?

「大原はそれをやってるんだ」
「それがね……。弟がさ、めちゃめちゃハマってて」

 ゲームの世界にね。

「私はまだちゃんとプレイしてないんだ。夏休みが終わるまではこっちにいるし、バイトも忙しいし。弟の学校が始まったらやろうかなぁ」

 立花君が相手だと微妙に嘘が吐きづらい。

「で、立花君は?」

 こんなふうな会話で盛り上がり、私は今日まで溜まった疲れを忘れて楽しんだ。そして、時間はあっと言う間に過ぎ去って、気づけば日付を跨いでいた。

「もう一時前だ」
「ホントだ。そろそろ帰らないと。私は明日も朝からバイトなんだ」
「悪い。遅くまで」
「大丈夫だよ」

 立花君はスマートに伝票を掴んで立ち上がった。同級生にご馳走してもらうのは何だか悪いのだけど、おごってくれるって言ったし女神の仕事もあるので、今回はお言葉に甘えよう。そして、いつか返す。そのチャンスが貰えるのなら。

「ごちそうさま」

 お礼の言葉と共に日奈子スマイルをお見舞いした私は、「なぁ、LINEのID教えてくれないか?」と思いもよらない言葉を切り返された。

 チャンス、キターーーー! と心で舞い上がりながらも冷静を装いつつ、「うん、いいよー」と渾身の演技で了承した。

「おやすみー」
「気をつけて帰れよー、またな」

 『また』があるんだよね! 

 彼との今後を夢見て帰った私が、その夜ベッドで見た夢は……隼人の夢だった。なんでよ!

 ***

 次の日、眠気と疲労に襲われながらも八時間のバイトを終わらせた私は、日払いで受け取った報酬の半分を、コンビニで神聖力(ジュエール)に変換してから家に帰った。

 十五分の仮眠がさらなる脱力感となって襲ってくるけど、少しすれば頭だけはスッキリしてくる。シャワーを浴びて晩ご飯を済ませ、いつものようにパソコンの前に陣取った。

 二十時から二十時半頃からがハヤトの活動開始時刻だ。ゲームの中ではだいたい朝の九時から十時くらい。予想したとおりにハヤトは冒険者ギルドに向かって歩いていた。

「ハヤト、待たせたね。昨日の夜は立花君とご飯してたんだ。今日は朝から夕方までバイトだったから、そっちでは三日も経ってるんだったか」

 そう、今日はハヤトがリディアちゃんのハートを射止める記念日になるはずだ。

 昨夜のクエストでリディアちゃんの好感度は最大限に高まった。あとは好意を込めた【キューピッドの矢】でそのハートを射抜けば、ふたりのハートはひとつとなって、恋は愛に昇華される。

 なんにしても【キューピッドの矢】を購入しなければ始まらない。一万(ジュエール)は大金だけど、もう決めたこと。もし目移りなんかしてみろ。嫉妬の女神になってリディアちゃんの怨念の矢を撃ち込んでやるぞ。

 ショップを開き、課金アイテム一覧から【キューピッドの矢】を選択した私は、確認メッセージにわずかな躊躇いを覚えながらも『はい』をクリックした。

「買っちまったぜ」

 体から何かが抜けていくような感覚だ。立花君とのことがなければ、この喪失感に耐えられなかったかもしれない。

「ハヤトが冒険に出る前に渡したほうがいいかな。で、どうやって渡すんだろう」

 アイテムの詳細を開くとその説明が書かれていた。

「えーと、『女神の賜物』を選んで、渡したいプレイヤーのIDを入力する。【女神の啓示】が付与できるので、伝えたい文言を百四十文字以内で入力してください。そのとき、女神らしい口調に自動変換されます、と。ほうほう、なるほど」

 いきなり現れたら驚くもんね。こういった配慮と演出がされているわけだ。ってことは、【女神の囁き】と違って、隼人にちゃんと言葉が伝えられるんじゃないか。と淡い期待をしたところで、その下の注意書きを読んだ私は肩を落とした。

 『注:ゲーム以外の内容の文章は却下します(アドミスより)』

 「だよね」

 そして、その下のアイテム説明を読んで頭に血が上った。

 『このアイテムは、【キューピッドの弓】(別売:一万(ジュエール))が必要です。セットでご利用ください』

「悪質商法だろ!」

 込み上げてくる怒りをレモンティーで飲み下して、どうにか心を落ち着けた。

「ここまで来たら後戻りできん!」

 再度ショップにアクセスして【キューピッドの弓】を購入した。

 気を取り直して私は文章を考える。日頃の頑張りに対するご褒美と今後の活躍に対する期待といった感じだろうか。私は渾身の啓示を書き上げた。

「これでどうだ、文句ないだろ!」

 アドミスの添削で赤ペンチェックをされることのない女神の言葉と共に【キューピッドの弓矢セット】を贈った。すると、ハヤトの画面は少しだけ薄暗くなり、空から一筋の光が降り注ぐ。驚き足を止めるハヤトに向けて、私が書いた会心の言葉が読み上げられた。

 『勇闘士ハヤトよ。過酷な戦いに身を投じ、日々精進しているあなたに、愛の女神より神具を授けます。己が想いを矢に込めて、愛しき者のハートを射るのです。あなたに好感を持つ者ならば、その想いは恋の花となって咲き誇り、あなたの花と結ばれて愛へと昇華するでしょう』

 ちょっと恥ずかしい。

 光の筋に沿って【キューピッドの弓矢セット】が舞い降りていき、ハヤトの手に収まったところで過度な演出は薄れて消えた。

 呆然としながら弓と矢を眺める弟の表情がヒクついている。思春期も半ばを過ぎて少年から青年へと成長していく頃合いだ。ハートを射抜けば恋愛成就するアイテムが空から舞い降りてきたとして、それを真に受けるだろうか。

 そんなふうに思っているとハヤトは突然走り出した。満面の笑みを浮かべながら。信じたんだな。



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 今日までの苦難を振り返り、これからも続く出費を考えて気持ちを沈めた私だったが、コンビニで起こった出来事に、初めて女神アドミスに感謝の念を抱いた。ほんのちょっぴりだけね。
「大原?」
 レジで支払いをしている後ろからの呼び掛けに、私はハッとなって振り向いた。
 私を呼んだのは同じ大学で同じ学部になったことを切っ掛けに、ほど良い距離間となった人だ。名前は|立花朔《たちばなはじめ》。同じ高校出身だけど、ちゃんと話したことはなかった。その頃から気になる人だったのだけど、その思いが今は好意に寄っている。もちろん、そのベクトルはこちらからの一方通行だ。
「立花君、あなたも帰省してたんだ」
「夏休みくらいは実家でのんびりしたいから。それに、高校時代のバイト先に頼んだら、短期で働かせてくれることになってさ」
「私も似たような感じ。バイトはアプリで入れてるんだけど、向こうじゃ仕事が少なくて」
「単発のバイト?」
「そう。急きょお金が必要になって。短期で働けるところは少ないからさ」
 まるで多額の借金返済を迫られているような感覚だよ。
「だったら僕のバイト先で働く?」
「え?」
 不意の誘いに私は固まった。
「ファミレスなんだけど、立地の関係で夏休みなんかは特に忙しくて。良かったら紹介するぞ」
「え、あ、それは、うん。嬉しいお誘いなんだけど、バイト以外にもやらなきゃいけないことがあって。お店側に都合のいい時間に入れないと思うんだよね」
「そうなのかぁ。そいつは残念」
 残念? バイトしないことが?
 一瞬、都合の良い解釈が頭に浮かんだ私に、立花君はさらなる衝撃を加えてきた。
「今、時間ある? ちょっと遅い時間だけどメシでもどう? おごるから」
 何よ、この展開? 気になる男子と同郷の町でバッタリ会って、同じバイトを紹介されたり、ご飯に行かないかと誘われたり。ゲーム召喚という異常事態でバタバタしていた苦労の対価か?!
「うん、今の時間なら大丈夫かな」
 買い物を済ませた立花君に先導されて、コンビニの向かいに見えるファミレスに入った。
 男の子と食事をしたことが無いわけじゃない。だけど、ふたりっきりは初めてだ。何より、気になる人と一緒に食事だなんて、これはもうご褒美でしょ!
 数分で近況を話し合った私たちは、高校の思い出話に花を咲かせる。共通の友人や面白いエピソードで距離を縮めたあとは、互いの趣味の話になった。
「へー、大原はゲームが好きなのか。僕は部活と勉強であまりゲームはしてこなかったんだよね。どんなゲームをするんだ?」
「アクションやらパズルやら幅広くやるけど、やっぱり冒険ファンタジーのRPGがメインかな」
「RPGか。小中学生のときにいくつかやったよ。今はどんな感じ?」
「VRタイプが増えてきたね。そのなかでも六月に出たフロンティアっていうのが凄いの。三世代くらいは先取したんじゃないかってくらいのリアリティーでさ」
「よくわかんないけど、三世代先ってのは凄そうだ」
 いや、人が召喚されちゃうくらいだから十五世代くらいは進んでる?
「大原はそれをやってるんだ」
「それがね……。弟がさ、めちゃめちゃハマってて」
 ゲームの世界にね。
「私はまだちゃんとプレイしてないんだ。夏休みが終わるまではこっちにいるし、バイトも忙しいし。弟の学校が始まったらやろうかなぁ」
 立花君が相手だと微妙に嘘が吐きづらい。
「で、立花君は?」
 こんなふうな会話で盛り上がり、私は今日まで溜まった疲れを忘れて楽しんだ。そして、時間はあっと言う間に過ぎ去って、気づけば日付を跨いでいた。
「もう一時前だ」
「ホントだ。そろそろ帰らないと。私は明日も朝からバイトなんだ」
「悪い。遅くまで」
「大丈夫だよ」
 立花君はスマートに伝票を掴んで立ち上がった。同級生にご馳走してもらうのは何だか悪いのだけど、おごってくれるって言ったし女神の仕事もあるので、今回はお言葉に甘えよう。そして、いつか返す。そのチャンスが貰えるのなら。
「ごちそうさま」
 お礼の言葉と共に日奈子スマイルをお見舞いした私は、「なぁ、LINEのID教えてくれないか?」と思いもよらない言葉を切り返された。
 チャンス、キターーーー! と心で舞い上がりながらも冷静を装いつつ、「うん、いいよー」と渾身の演技で了承した。
「おやすみー」
「気をつけて帰れよー、またな」
 『また』があるんだよね! 
 彼との今後を夢見て帰った私が、その夜ベッドで見た夢は……隼人の夢だった。なんでよ!
 ***
 次の日、眠気と疲労に襲われながらも八時間のバイトを終わらせた私は、日払いで受け取った報酬の半分を、コンビニで|神聖力《ジュエール》に変換してから家に帰った。
 十五分の仮眠がさらなる脱力感となって襲ってくるけど、少しすれば頭だけはスッキリしてくる。シャワーを浴びて晩ご飯を済ませ、いつものようにパソコンの前に陣取った。
 二十時から二十時半頃からがハヤトの活動開始時刻だ。ゲームの中ではだいたい朝の九時から十時くらい。予想したとおりにハヤトは冒険者ギルドに向かって歩いていた。
「ハヤト、待たせたね。昨日の夜は立花君とご飯してたんだ。今日は朝から夕方までバイトだったから、そっちでは三日も経ってるんだったか」
 そう、今日はハヤトがリディアちゃんのハートを射止める記念日になるはずだ。
 昨夜のクエストでリディアちゃんの好感度は最大限に高まった。あとは好意を込めた【キューピッドの矢】でそのハートを射抜けば、ふたりのハートはひとつとなって、恋は愛に昇華される。
 なんにしても【キューピッドの矢】を購入しなければ始まらない。一万|J《ジュエール》は大金だけど、もう決めたこと。もし目移りなんかしてみろ。嫉妬の女神になってリディアちゃんの怨念の矢を撃ち込んでやるぞ。
 ショップを開き、課金アイテム一覧から【キューピッドの矢】を選択した私は、確認メッセージにわずかな躊躇いを覚えながらも『はい』をクリックした。
「買っちまったぜ」
 体から何かが抜けていくような感覚だ。立花君とのことがなければ、この喪失感に耐えられなかったかもしれない。
「ハヤトが冒険に出る前に渡したほうがいいかな。で、どうやって渡すんだろう」
 アイテムの詳細を開くとその説明が書かれていた。
「えーと、『女神の賜物』を選んで、渡したいプレイヤーのIDを入力する。【女神の啓示】が付与できるので、伝えたい文言を百四十文字以内で入力してください。そのとき、女神らしい口調に自動変換されます、と。ほうほう、なるほど」
 いきなり現れたら驚くもんね。こういった配慮と演出がされているわけだ。ってことは、【女神の囁き】と違って、隼人にちゃんと言葉が伝えられるんじゃないか。と淡い期待をしたところで、その下の注意書きを読んだ私は肩を落とした。
 『注:ゲーム以外の内容の文章は却下します(アドミスより)』
 「だよね」
 そして、その下のアイテム説明を読んで頭に血が上った。
 『このアイテムは、【キューピッドの弓】(別売:一万|J《ジュエール》)が必要です。セットでご利用ください』
「悪質商法だろ!」
 込み上げてくる怒りをレモンティーで飲み下して、どうにか心を落ち着けた。
「ここまで来たら後戻りできん!」
 再度ショップにアクセスして【キューピッドの弓】を購入した。
 気を取り直して私は文章を考える。日頃の頑張りに対するご褒美と今後の活躍に対する期待といった感じだろうか。私は渾身の啓示を書き上げた。
「これでどうだ、文句ないだろ!」
 アドミスの添削で赤ペンチェックをされることのない女神の言葉と共に【キューピッドの弓矢セット】を贈った。すると、ハヤトの画面は少しだけ薄暗くなり、空から一筋の光が降り注ぐ。驚き足を止めるハヤトに向けて、私が書いた会心の言葉が読み上げられた。
 『勇闘士ハヤトよ。過酷な戦いに身を投じ、日々精進しているあなたに、愛の女神より神具を授けます。己が想いを矢に込めて、愛しき者のハートを射るのです。あなたに好感を持つ者ならば、その想いは恋の花となって咲き誇り、あなたの花と結ばれて愛へと昇華するでしょう』
 ちょっと恥ずかしい。
 光の筋に沿って【キューピッドの弓矢セット】が舞い降りていき、ハヤトの手に収まったところで過度な演出は薄れて消えた。
 呆然としながら弓と矢を眺める弟の表情がヒクついている。思春期も半ばを過ぎて少年から青年へと成長していく頃合いだ。ハートを射抜けば恋愛成就するアイテムが空から舞い降りてきたとして、それを真に受けるだろうか。
 そんなふうに思っているとハヤトは突然走り出した。満面の笑みを浮かべながら。信じたんだな。