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ハリーズ商会

ー/ー



さて、お腹がいっぱいになったところで、次に目指すは、ハイストリートにあるというハリーズ商会です。エトガルには薔薇のお土産があるけれど、マティアスにも何か見繕わなくてはいけません。

車で15分程走ったところに、噂のハリーズ商会はありました。

「あらまぁ…」

門構えのところで、私は口をぽかんと開けたまま呟きました。

大きな両開きの扉の上部、真っ白の――女神像でしょうか――向かい合うように2人の女性のレリーフが浮いていて、やはり真っ白い壁面には立派な円柱が彫刻されています。店へ続く扉の両隣には、大きな白磁と青磁の壺。
まるで神話の世界をモチーフにしたかのような、それはそれは壮麗な店構えでした。

「創業何年目なんでしょうね…?」
カタリナも珍しそうに少しばかり装飾過多気味のエクステリアを眺めながら言います。
「年季と気合いの入った店構えですね」
ロサルヴァの感想は身も蓋もありませんでした。

意を決して中に入ると――…

「――いらっしゃいませ」

そこは、まさしく夢の国でした。

天井まで何段も設えられた棚に、ぎっしりと詰まった素敵なペイントのブリキの紅茶缶。飴色のカウンターの上には、宝石のようなキャンディーやジェリーが詰まった透明のキャニスターがずらりと。圧倒されつつ視線を巡らせば、色とりどりに艶めく様々なフルーツジャムの瓶が並ぶ一角が。そして、目にも優雅なティーカップ&ソーサーを飾ったカップボードもあって、それはそれは乙女の夢が詰まったかのごとき麗しい空間です。

「…うわぁ…素敵……!」

思わず感想が口をついて漏れました。おそらく、隣ではカタリナも私と同じ表情をしていることでしょう――現実的なロサルヴァはどうか分かりませんが。

「どのような紅茶をお探しですか?」

背筋のピンと伸びた初老の紳士から声を掛けられて、私は我に返りました。
「えぇと。――薫りの良いお茶を…」
漠然とした私の返答に、ロマンスグレーの店員と思しき紳士は一つ頷いて、
「それでしたら、こちらのグリーンアップルの紅茶がお勧めです」
――そうでした。確か、リーランド家で頂いたお茶がまさしくそれでした。
「それをお願いします。――それから、あの、レッドアップルとゴールデンアップルの紅茶もありますか?」
「ございます」
「味はどう違うのですか?」
ロサルヴァが質問しました。
「ふむ」
と、落ち着いた佇まいで紳士は一つ頷き、
「しばし、お待ちを」
そう告げるなり、カウンターの奥で目の前の作業に没頭し始めました。

放っておかれている隙に店内を見て回ろう――そう思って、私はそっと一歩を踏み出しました。先ほどから気になっていたジャムのコーナーに向かいます――どうしてって、私は無類のジャム好きなのです。ロイシュライゼの屋敷のチーフシェフ、アランなど、私が屋敷にもらわれてきてからというもの、ジャムの消費量が倍増したと、ことあるごとに嘆いているいるくらいです。

ストロベリー、オレンジマーマレード、アプリコット、マルメロ、プラム、プルーン、ブルーベリー、アップル、ペアー、リンゴンベリーーーどうやら、ありとあらゆる果実がジャムに仕立てられているようでした。珍しいところでは、マロンやローズペタルなんかもあって、私の目を引きました。

(…どうしようかしら……)

私はカラフルなジャムの瓶を前にしばし沈思黙考しました。
果実のジャムなら、ロイシュライゼの館の料理人たちも作っています。食べ比べてみたい気もしましたが、なんとなく気が咎めます。文句を言いつつも、シーズンになると一生懸命大量のジャムを大鍋で煮てくれる我が家の料理人に対して失礼な気がしたのです。

(…珍しいものだけにしましょう――…)

結局、ローズペタルと、マロン、それから、ワインという謎のラベルのついたジャムを選びました。――ワインって、葡萄ジャムのことでしょうか。

ジャムを選び終えると、私はまたそっと足を滑らせ、美しい磁器が並ぶカップボードへと向かいました。
リーランドの庭で見たような、優しくも鮮やかな色彩の磁器の数々には、様々な植物が微細に描かれています。
「すごいわ、とても繊細で綺麗ね……!」
私が感嘆の吐息を漏らすと、
「リーフリヘリオスには『ウォースター』という有名な窯があるんです。これはそこのものですね。独特のフォルムと繊細な彩絵で名の通っている窯ですよ」
フィリップが隣で解説してくれました。
「『ウォースター』というのね。マティアスがとても好きそう――」
お土産に買って帰ろうかしら、と、私は頭を巡らせ、
(…でも、マティアスだけに買って帰ったら、きっとエトガルが拗ねるでしょうね――…)
と、考えました。
(幾つか買って帰りましょう――)
何より、私自身もとても欲しかったのです――!

とりあえず、ティーカップ&ソーサーが使い勝手が良さそうです。
少し悩んで、直感で、マティアス用に勿忘草が描かれた水色のものを、エトガルには薔薇の描かれたローズレッドのもの、自分用には、ホワイトセージが描かれた絶妙なゴールドベージュのものを選びました。そして、
(他に誰かお土産を買って帰る人はいないかしら――) 
と、考えて、エイリークとシュテファンという、従兄たちには弟分に当たるファルケンブルク邸の居候を思い出しました。私より2つ年上の彼らは、実はこの帝国の皇子様たちなのですが、私にはあずかり知らぬ事情で、幼い頃よりロイシュライゼの従兄たちの下で養育されているのでした。現在士官学校の最高学年である2人は、夏期休暇にはきっとファルケンブルク邸に戻ってくることでしょう。
(エイリークとシュテファンにも選びましょう――…)
またしても少し悩んで、エイリークにはマグノリアが描かれた濃紺に近い深い青のもの、シュテファンにはスミレが描かれた淡い紫のものを――を選んでいる内に、今度は仲のいい次兄の妻、バーバラを思いだし、次兄夫妻にもお土産に買って帰ろうと思い立ったのでした。
次兄のフォルカーには、ガーデニアが描かれた艶やかな緑のもの、義姉のバーバラにブルーベルが描かれた鮮やかなレモンイエローのものにしました。

思いつく限り全員に茶器を選び終えた私は大仕事を成し遂げた気持ちで、(ふぅ…)と、溜息を吐きました。顔を上げると、辺りに良い薫りが漂っていることに気が付いてーー私の視線がカウンターの奥に向いたのを合図のように、ティーポットを手にした初老の店員さんが微笑みました。

「お茶が入りました。――どうぞ、そちらのテーブルにお掛けになって、お味見を」

促されて店の奥を見遣ると、樫材の見るからに重厚なテーブルセットが置いてあり、既に人数分のお茶の用意が出来ています。
「ありがとうございます」
少し驚きつつ私はお礼を言って、席に着きました。
私たちが小さなティーカップを手にしたのと同時、
「今、飲まれているのがグリーンアップルティーで」
店員さんはそう言い、私たちが飲み終えるのを見計らって、新たなティーカップを差し出しました。
「こちらがレッドアップルティーです」
ふむふむ、と、私たちはお茶の色を確かめ、薫りを楽しみ、一口飲んでみます。
すると、すかさず、またミニカップが追加されました。
「そして、こちらがゴールデンアップルティーです。――味の違いはおわかりになりましたでしょうか」
問われて、私たちは数秒沈黙しました。
「えっと、グリーンアップルティーが一番爽やかで、フルーティな感じで…」
カタリナが口火を切りました。
「レッドアップルティーは、色が赤くて、甘い感じがしまたね」
ロサルヴァが続きます。すると、4対の視線が何故か私を向いたので、私は慌てて、
「…ゴールデンは少しお酒を感じるような芳醇さがありました」
と、纏めたのでした。
「良い舌をお持ちです」
紳士は満足そうにそう言うと、
「――して、どちらをお求めになりますか」
私はまたしても沈黙しました。
何故って、マティアスはグリーンアップルティーが一番好きそうだし、お酒好きのエトガルはゴールデンアップルティーを好みそうです。そして、私は甘みの強いレッドアップルティーが一番好きでした。
「3種類とも、お願いします――」
腹を決めてそう言うと、
「かしこまりました」
紳士は破顔し、
「…やっぱり」
フィリップは苦笑したのでした。
他にも、お勧めされたスミレや薔薇などのフラワリーティー、柑橘の皮を混ぜた紅茶なども買い込んで、私は大満足の思いで、〈夢のような〉ハリーズ商会を後にしたのでした――…。


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さて、お腹がいっぱいになったところで、次に目指すは、ハイストリートにあるというハリーズ商会です。エトガルには薔薇のお土産があるけれど、マティアスにも何か見繕わなくてはいけません。
車で15分程走ったところに、噂のハリーズ商会はありました。
「あらまぁ…」
門構えのところで、私は口をぽかんと開けたまま呟きました。
大きな両開きの扉の上部、真っ白の――女神像でしょうか――向かい合うように2人の女性のレリーフが浮いていて、やはり真っ白い壁面には立派な円柱が彫刻されています。店へ続く扉の両隣には、大きな白磁と青磁の壺。
まるで神話の世界をモチーフにしたかのような、それはそれは壮麗な店構えでした。
「創業何年目なんでしょうね…?」
カタリナも珍しそうに少しばかり装飾過多気味のエクステリアを眺めながら言います。
「年季と気合いの入った店構えですね」
ロサルヴァの感想は身も蓋もありませんでした。
意を決して中に入ると――…
「――いらっしゃいませ」
そこは、まさしく夢の国でした。
天井まで何段も設えられた棚に、ぎっしりと詰まった素敵なペイントのブリキの紅茶缶。飴色のカウンターの上には、宝石のようなキャンディーやジェリーが詰まった透明のキャニスターがずらりと。圧倒されつつ視線を巡らせば、色とりどりに艶めく様々なフルーツジャムの瓶が並ぶ一角が。そして、目にも優雅なティーカップ&ソーサーを飾ったカップボードもあって、それはそれは乙女の夢が詰まったかのごとき麗しい空間です。
「…うわぁ…素敵……!」
思わず感想が口をついて漏れました。おそらく、隣ではカタリナも私と同じ表情をしていることでしょう――現実的なロサルヴァはどうか分かりませんが。
「どのような紅茶をお探しですか?」
背筋のピンと伸びた初老の紳士から声を掛けられて、私は我に返りました。
「えぇと。――薫りの良いお茶を…」
漠然とした私の返答に、ロマンスグレーの店員と思しき紳士は一つ頷いて、
「それでしたら、こちらのグリーンアップルの紅茶がお勧めです」
――そうでした。確か、リーランド家で頂いたお茶がまさしくそれでした。
「それをお願いします。――それから、あの、レッドアップルとゴールデンアップルの紅茶もありますか?」
「ございます」
「味はどう違うのですか?」
ロサルヴァが質問しました。
「ふむ」
と、落ち着いた佇まいで紳士は一つ頷き、
「しばし、お待ちを」
そう告げるなり、カウンターの奥で目の前の作業に没頭し始めました。
放っておかれている隙に店内を見て回ろう――そう思って、私はそっと一歩を踏み出しました。先ほどから気になっていたジャムのコーナーに向かいます――どうしてって、私は無類のジャム好きなのです。ロイシュライゼの屋敷のチーフシェフ、アランなど、私が屋敷にもらわれてきてからというもの、ジャムの消費量が倍増したと、ことあるごとに嘆いているいるくらいです。
ストロベリー、オレンジマーマレード、アプリコット、マルメロ、プラム、プルーン、ブルーベリー、アップル、ペアー、リンゴンベリーーーどうやら、ありとあらゆる果実がジャムに仕立てられているようでした。珍しいところでは、マロンやローズペタルなんかもあって、私の目を引きました。
(…どうしようかしら……)
私はカラフルなジャムの瓶を前にしばし沈思黙考しました。
果実のジャムなら、ロイシュライゼの館の料理人たちも作っています。食べ比べてみたい気もしましたが、なんとなく気が咎めます。文句を言いつつも、シーズンになると一生懸命大量のジャムを大鍋で煮てくれる我が家の料理人に対して失礼な気がしたのです。
(…珍しいものだけにしましょう――…)
結局、ローズペタルと、マロン、それから、ワインという謎のラベルのついたジャムを選びました。――ワインって、葡萄ジャムのことでしょうか。
ジャムを選び終えると、私はまたそっと足を滑らせ、美しい磁器が並ぶカップボードへと向かいました。
リーランドの庭で見たような、優しくも鮮やかな色彩の磁器の数々には、様々な植物が微細に描かれています。
「すごいわ、とても繊細で綺麗ね……!」
私が感嘆の吐息を漏らすと、
「リーフリヘリオスには『ウォースター』という有名な窯があるんです。これはそこのものですね。独特のフォルムと繊細な彩絵で名の通っている窯ですよ」
フィリップが隣で解説してくれました。
「『ウォースター』というのね。マティアスがとても好きそう――」
お土産に買って帰ろうかしら、と、私は頭を巡らせ、
(…でも、マティアスだけに買って帰ったら、きっとエトガルが拗ねるでしょうね――…)
と、考えました。
(幾つか買って帰りましょう――)
何より、私自身もとても欲しかったのです――!
とりあえず、ティーカップ&ソーサーが使い勝手が良さそうです。
少し悩んで、直感で、マティアス用に勿忘草が描かれた水色のものを、エトガルには薔薇の描かれたローズレッドのもの、自分用には、ホワイトセージが描かれた絶妙なゴールドベージュのものを選びました。そして、
(他に誰かお土産を買って帰る人はいないかしら――) 
と、考えて、エイリークとシュテファンという、従兄たちには弟分に当たるファルケンブルク邸の居候を思い出しました。私より2つ年上の彼らは、実はこの帝国の皇子様たちなのですが、私にはあずかり知らぬ事情で、幼い頃よりロイシュライゼの従兄たちの下で養育されているのでした。現在士官学校の最高学年である2人は、夏期休暇にはきっとファルケンブルク邸に戻ってくることでしょう。
(エイリークとシュテファンにも選びましょう――…)
またしても少し悩んで、エイリークにはマグノリアが描かれた濃紺に近い深い青のもの、シュテファンにはスミレが描かれた淡い紫のものを――を選んでいる内に、今度は仲のいい次兄の妻、バーバラを思いだし、次兄夫妻にもお土産に買って帰ろうと思い立ったのでした。
次兄のフォルカーには、ガーデニアが描かれた艶やかな緑のもの、義姉のバーバラにブルーベルが描かれた鮮やかなレモンイエローのものにしました。
思いつく限り全員に茶器を選び終えた私は大仕事を成し遂げた気持ちで、(ふぅ…)と、溜息を吐きました。顔を上げると、辺りに良い薫りが漂っていることに気が付いてーー私の視線がカウンターの奥に向いたのを合図のように、ティーポットを手にした初老の店員さんが微笑みました。
「お茶が入りました。――どうぞ、そちらのテーブルにお掛けになって、お味見を」
促されて店の奥を見遣ると、樫材の見るからに重厚なテーブルセットが置いてあり、既に人数分のお茶の用意が出来ています。
「ありがとうございます」
少し驚きつつ私はお礼を言って、席に着きました。
私たちが小さなティーカップを手にしたのと同時、
「今、飲まれているのがグリーンアップルティーで」
店員さんはそう言い、私たちが飲み終えるのを見計らって、新たなティーカップを差し出しました。
「こちらがレッドアップルティーです」
ふむふむ、と、私たちはお茶の色を確かめ、薫りを楽しみ、一口飲んでみます。
すると、すかさず、またミニカップが追加されました。
「そして、こちらがゴールデンアップルティーです。――味の違いはおわかりになりましたでしょうか」
問われて、私たちは数秒沈黙しました。
「えっと、グリーンアップルティーが一番爽やかで、フルーティな感じで…」
カタリナが口火を切りました。
「レッドアップルティーは、色が赤くて、甘い感じがしまたね」
ロサルヴァが続きます。すると、4対の視線が何故か私を向いたので、私は慌てて、
「…ゴールデンは少しお酒を感じるような芳醇さがありました」
と、纏めたのでした。
「良い舌をお持ちです」
紳士は満足そうにそう言うと、
「――して、どちらをお求めになりますか」
私はまたしても沈黙しました。
何故って、マティアスはグリーンアップルティーが一番好きそうだし、お酒好きのエトガルはゴールデンアップルティーを好みそうです。そして、私は甘みの強いレッドアップルティーが一番好きでした。
「3種類とも、お願いします――」
腹を決めてそう言うと、
「かしこまりました」
紳士は破顔し、
「…やっぱり」
フィリップは苦笑したのでした。
他にも、お勧めされたスミレや薔薇などのフラワリーティー、柑橘の皮を混ぜた紅茶なども買い込んで、私は大満足の思いで、〈夢のような〉ハリーズ商会を後にしたのでした――…。