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リノン

ー/ー



朝食後、丁寧で儀礼的な言葉の数々が長々と交わされた後、私たちはリーランド伯爵家の面々に見送られて、リーランドの城館を後にしました。その腕には、しっかり、分けて頂いた〈光〉の薔薇を抱えています。あまりに大切なものなので、トランクに乗せるのも憚られて、フィリップがずっと腕に抱いていました。

来たときと同じ道を逆上って、リノンの街を目指します。本日の天気は、リーフリヘリオスの人間の言葉では「晴れ」ですが、私には「花曇り」の、雲がちな空模様です。

2時間程車を走らせると、リノンの街が遠目に見えてきました。さすがリーフリヘリオス一栄えているだけあって背の高い建物が多く、全体的に青みがかった石造りの街並みは中々荘厳な佇まいです。
「まずは食事でしたね」
そう言って、フィリップが運転手さんに行く先を指示します。車はもうリノンの街に差し掛かっています。
車窓から見るリノンの街中は、灰色の空を背景に、歴史を感じさせる古く大きな建物が建ち並んでいて、そのどれもが暗い色合いの直線的な石造りだったためか、どこか厳めしくストイックな印象を受けました。

しばらく〈青っぽい〉街を眺めながら走った先、着いたのは格式張ったレストランなどではなく、家庭的な雰囲気のある隠れ家のようなお店でした。アイヴィーの壁を伝う感じが自然な様子で素敵です。
「お嬢様方には逆に珍しいかと思いまして」
「そうね。――気の張る場所は実を言うと苦手なので、助かります」
私は苦笑しながらフィリップにお礼を言って、車を降りました。

――そこで頂いたお料理の美味しかったこと、私は生涯忘れないでしょう――

角切りの牛肉をビールで煮込んで中に詰めたパイ。
潰してまとめて揚げたポテト。
そして、焼いたトマト。
デザートには、石炭のように真っ黒な半球形の蒸しパンのようなものを頂きました。

肩肘の張らない砕けた料理ばかりを、年の近い〈お友だち〉と気ままにお喋りしながら食べるのは、私には初めての経験で、とても珍しく、途方もなく楽しく――きっとそれがスパイスになって、お料理を絶品たらしめていたのでしょう。

実は、ちょっとだけ、名産だというビールも、皆で少しずつ頂きました。

「すごく美味しかったわ」
店を出た後、私は興奮冷めやらぬまま、フィリップを振り仰ぎました。
「それはよかった」
フィリップもにっこり笑って応じます。
「ここは、あなたがよく来るお店なの?」
「ええ。――幼年学校の高等部のときに同期たちとよく来ていました。その後は、ロイシュライゼの士官大学に入学して、俺はそのまま同地で仕官しましたから、実際には来たのは久しぶりです」
そういえば、フィリップはスィンフォードの次男だと聞いています。大貴族ならばともかく、自分で身を立てねばならない次男ゆえ、軍の大学卒業後もリーフリヘリオスへ戻る選択をしなかったのでしょう。

(…貴族なんて言っても、皆、大変なのよね――…)

このところなんとなく社会というものが分かり始めた、18歳の私の感想なのでした――…。


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朝食後、丁寧で儀礼的な言葉の数々が長々と交わされた後、私たちはリーランド伯爵家の面々に見送られて、リーランドの城館を後にしました。その腕には、しっかり、分けて頂いた〈光〉の薔薇を抱えています。あまりに大切なものなので、トランクに乗せるのも憚られて、フィリップがずっと腕に抱いていました。
来たときと同じ道を逆上って、リノンの街を目指します。本日の天気は、リーフリヘリオスの人間の言葉では「晴れ」ですが、私には「花曇り」の、雲がちな空模様です。
2時間程車を走らせると、リノンの街が遠目に見えてきました。さすがリーフリヘリオス一栄えているだけあって背の高い建物が多く、全体的に青みがかった石造りの街並みは中々荘厳な佇まいです。
「まずは食事でしたね」
そう言って、フィリップが運転手さんに行く先を指示します。車はもうリノンの街に差し掛かっています。
車窓から見るリノンの街中は、灰色の空を背景に、歴史を感じさせる古く大きな建物が建ち並んでいて、そのどれもが暗い色合いの直線的な石造りだったためか、どこか厳めしくストイックな印象を受けました。
しばらく〈青っぽい〉街を眺めながら走った先、着いたのは格式張ったレストランなどではなく、家庭的な雰囲気のある隠れ家のようなお店でした。アイヴィーの壁を伝う感じが自然な様子で素敵です。
「お嬢様方には逆に珍しいかと思いまして」
「そうね。――気の張る場所は実を言うと苦手なので、助かります」
私は苦笑しながらフィリップにお礼を言って、車を降りました。
――そこで頂いたお料理の美味しかったこと、私は生涯忘れないでしょう――
角切りの牛肉をビールで煮込んで中に詰めたパイ。
潰してまとめて揚げたポテト。
そして、焼いたトマト。
デザートには、石炭のように真っ黒な半球形の蒸しパンのようなものを頂きました。
肩肘の張らない砕けた料理ばかりを、年の近い〈お友だち〉と気ままにお喋りしながら食べるのは、私には初めての経験で、とても珍しく、途方もなく楽しく――きっとそれがスパイスになって、お料理を絶品たらしめていたのでしょう。
実は、ちょっとだけ、名産だというビールも、皆で少しずつ頂きました。
「すごく美味しかったわ」
店を出た後、私は興奮冷めやらぬまま、フィリップを振り仰ぎました。
「それはよかった」
フィリップもにっこり笑って応じます。
「ここは、あなたがよく来るお店なの?」
「ええ。――幼年学校の高等部のときに同期たちとよく来ていました。その後は、ロイシュライゼの士官大学に入学して、俺はそのまま同地で仕官しましたから、実際には来たのは久しぶりです」
そういえば、フィリップはスィンフォードの次男だと聞いています。大貴族ならばともかく、自分で身を立てねばならない次男ゆえ、軍の大学卒業後もリーフリヘリオスへ戻る選択をしなかったのでしょう。
(…貴族なんて言っても、皆、大変なのよね――…)
このところなんとなく社会というものが分かり始めた、18歳の私の感想なのでした――…。