さて、翌朝になりました。
リーランド邸滞在3日目、今日はリーランド邸をお暇して、空港のあるリノンに戻り、リーフリヘリオスを発ってロイシュライゼの我が家に戻る日です。
できれば、リノンのハイストリートにあるというハリーズ商会でマティアスへのお土産を買って、あわよくば、リーフリヘリオス一栄えているというリノンの街をぶらついてから帰路につきたいところです。
「夕刻には発たなきゃいけないのよね…」
今朝の私の出で立ちは、カタリナによって丁寧に編み込まれてアップに纏められた髪に、スカート部分がプリーツになっている薄青いワンピース、控えめな真珠のイヤリングに、ミルクホワイトのパンプスです。
私がそう言いながら、真珠のイヤリングを揺らして考えを巡らせつつ頭を反らせると、
「正確には18時50分です。帰りも専用機で発ちますが、18時過ぎには空港に着いておきたいところですね」
白いシャツにダークカラーのパンツを着こなしたフィリップがそう答えました。
「えぇと、予定では、これから朝食後、リーランド邸を10時くらいにお暇して…」
アイヴォリーのふわふわしたボウタイワンピースに身を包んだカタリナが、やはり薄茶色のふわふわした髪を揺らしながら、ペイルブルーの視線を上へ滑らせて考え込みます。
「リーランド邸からリノンまでは2時間程だったわね。昼頃にはリノンに着きます――よね? サー・フィリップ?」
淡いグレーのブラウスとミルクベージュのパンツという活動的な装いのロサルヴァがきびきびとフィリップに水を向けました。
「…フィリップだけで大丈夫ですよ、スールバランのお嬢様」
「それでは、私もロサルヴァと。――2時間で着きますよね」
「ええ、ここからリノンまでは2時間程度です」
フィリップが頷くと、途端、カタリナが目を輝かせました。
「それって、お昼ご飯頃にリノンに着くってことですね!」
「そうですね」
「まぁぁ、何を食べましょう。ね、リリヤナ様?」
「そうね」
私は苦笑して、
「フィリップ、どこか美味しいお店を知っていて?」
リーフリヘリオス出身のフィリップに尋ねました。
「美味しいお店、ですか」
フィリップは困惑したように反芻して、
「――と、言われましても。何を召し上がりたいかによります」
肩を竦めたのでした。
私とカタリナとロサルヴァは顔を見合わせました。しばしの探り合いのような沈黙の末、
「…と、申されましても、リーフリヘリオスで何が食べられるのかによります」
真剣な表情でカタリナがそんなことを言うものだから、私はもう可笑しくて可笑しくて。
「カ、カタリナは見かけによらず食いしん坊なのね! いいわ、私は特に希望はないから、カタリナの食べたいものでいいわよ」
私が笑いを堪えきれぬままそう告げる隣で、妹のロサルヴァは2つ違いの姉に呆れている気配です。
「えぇ、いいんですか?! それなら…でも、折角ですし、リーフリヘリオスでしか食べられないものなど良いですね」
食への期待に満ちたカタリナが頬を赤らめながらそう言うと、
「…そんなこというと、昼食が焼きトマトになりますよ。残念ながら、このご時世、リーフリヘリオスでしか食べられないものは、ほぼありません」
フィリップがやれやれといった体で応じました。
(逆に言うと、このご時世ですら、あの焼きトマトは、リーフリヘリオスでしか食べられていないのね――…)
そう思うと感慨深いものがありました。
「う〜ん、それじゃお勧めのお料理はなんですか。名物とか…」
カタリナは眉毛を八の字に寄せて食い下がります。
「お勧め…というと、パイ料理ですかね――牛の内臓を詰めたパイとか」
「内臓」
カタリナがきょとんとその単語を反芻します。
「マルレキアの方じゃ、内臓は料理しませんか?」
「あまり、しませんね」
ロサルヴァがちょっぴり辟易とした調子で答えました。
「なるほど。まぁ、内蔵以外にも、リーフリヘリオスには色々なパイがありますから、お好みのパイを選べばいいんじゃないかな」
「――ところで」
遣り取りを静観していた私が口を挟みました。疑問に思っていたことがあったのです。
「あのね、私の暮らすロイシュライゼでは、パイって甘いものっていう印象が強いのだけれど…スモモのパイとか、栗のパイとか…。でも、リーフリヘリオスでは甘くないパイもあるのね。というより、むしろそれが優勢みたいで、少し驚いているんだけれど」
私がフィリップの薄青い瞳を覗き込むと、
「う~ん、そうですね…」
フィリップはなんと答えたものか、少し考えあぐねたように視線を上方に逸らして、そして、徐にこう言いました。
「よく言われるのですが――リーフリヘリオスの食事は独特だ、と。そのたびに俺はこう返すことにしています――『大陸から切り離された島国なんだから、仕方ないだろう』と」
その返答に、私たちは目を瞬きました。――妙に説得力のある言葉でした。
「なるほど…」
「つまり、島国だから、大陸の食文化が伝播しづらく…」
「結果、独自の食文化が育まれていったのだ、と…」
ついつい納得してしまった私たち、その日のお昼ご飯は、どうやらパイ料理に決まりそうな気配です――…。