朝食の席で
ー/ー大窓に掛かったカーテンの隙間から、キラキラと陽光が射し込みます。
――朝です。
リーランド邸滞在、二日目の幕開けです。
ベッドに重い体を起こすと、私は、寝起きであまり働かない頭を巡らせました。
確か、今日は、屋敷から少し離れた場所にあるというリーランド邸の温室に行って、肝心の〈光〉の薔薇を分けてもらうことになっています。薔薇は朝が一番美しいとの理由で、朝食後、すぐにでも庭へ向かいましょう――…という話だったような。
とすれば、何はともあれ、着替えなくてはならないでしょう。スールバラン姉妹を呼ぼうかとも考えましたが、まだ寝ていたら可哀想だと思い直し、一人で着替えることにしました。
くすんだ若草色のハイネックのワンピースに手早く身を包み、髪を結うのは少し苦手なのでカチューシャを挿して誤魔化します。薄化粧を施し、パンプスを履いて、できあがり。
大貴族の娘となると、一人では何もできないように思われがちですが、そこは現代のこと、身支度くらいなら一人でもできるのでした。
ちょうど着替えが終わって、姿見の前で最終チェックしていると、控えめなノックの音が響きました。――スールバラン姉妹でした。
「申し訳ありません。寝坊してしまいました…」
「お召し替えに間に合わず…」
そう言って恐縮する二人も既に着替えていて、完璧に仕上がっています。
「いいのよ。疲れているだろうと思ってわざと起こさなかったの。ーーところで、どこかおかしいところはないかしら」
私は二人の前でくるりと回って見せました。
「素敵です」
優しいカタリナはそう言って微笑んでくれましたが、
「…髪を結いましょうか? 確か、苦手でいらっしゃいましたよね」
冷静なロサルヴァの目は誤魔化せず、髪のみ綺麗に編み込んでもらって、これで今度こそ支度完了と相成ったのでした。
追ってフィリップもやってきて、私たちは揃って朝食室へと降りました。
朝食室には昨夜ほど大勢の人間はおらず、わりと寛いだ雰囲気だったため席次を気にすることもなく、私たちは適当に座りました。
そして、お料理が運ばれてきて――…白い皿に盛られた赤い丸いそれに、私は困惑しました。もちろん、面には出さぬように気をつけながらですが。
それは、私もよく知っている野菜のように見えましたが、まず切り方が斬新でした。そして、何よりも、焼かれていました。
「これはトマトですか」
私はできるだけ明るい調子に声を保つように努めながら、勇気を出してレディ・シャーロットの妹君、ヘンリエッタさんに聞いてみました。
「ええ、そうです」
ヘンリエッタさんは青い瞳を不思議そうに瞬きながら答えます。ーーどうしてそんなことを聞くのだろう。目は口ほどにそう言っていました。
私は平静を装って頷きながら、内心、仰天です。
何しろ、私の知っているトマトといえば、生のままサラダの中に入っているか、煮込まれてスープやソースになるかでしたから。
大きなトマトを大胆に輪切りにして豪快に焼くなんて、世の中にはすごい料理があるものです。
感動にも似た新鮮な驚きを胸に、赤い丸いそれを口に運んでみれば、それはやはりトマトでした。特別なフレイバーがするでもなく、トマト以上でもトマト以下でもありません。ただ、ひたすらトマトです。熱が加わったため、ちょっと果肉が崩れてぐじゅぐじゅとしていました。
(世界は、広いんだ――…)
朝食一つでと思われるかもしれませんが、世の広さを、ひいては自分の知識の浅薄さを、痛烈に体感した瞬間でしたね。
もっと色んな場所を見てみたい、見識を広めたい――…
そんな風に願いつつ、私は、私自身に貴重な――悟りとすらいえる――気付きをもたらしたその日の朝食を終えたのでした。
――朝です。
リーランド邸滞在、二日目の幕開けです。
ベッドに重い体を起こすと、私は、寝起きであまり働かない頭を巡らせました。
確か、今日は、屋敷から少し離れた場所にあるというリーランド邸の温室に行って、肝心の〈光〉の薔薇を分けてもらうことになっています。薔薇は朝が一番美しいとの理由で、朝食後、すぐにでも庭へ向かいましょう――…という話だったような。
とすれば、何はともあれ、着替えなくてはならないでしょう。スールバラン姉妹を呼ぼうかとも考えましたが、まだ寝ていたら可哀想だと思い直し、一人で着替えることにしました。
くすんだ若草色のハイネックのワンピースに手早く身を包み、髪を結うのは少し苦手なのでカチューシャを挿して誤魔化します。薄化粧を施し、パンプスを履いて、できあがり。
大貴族の娘となると、一人では何もできないように思われがちですが、そこは現代のこと、身支度くらいなら一人でもできるのでした。
ちょうど着替えが終わって、姿見の前で最終チェックしていると、控えめなノックの音が響きました。――スールバラン姉妹でした。
「申し訳ありません。寝坊してしまいました…」
「お召し替えに間に合わず…」
そう言って恐縮する二人も既に着替えていて、完璧に仕上がっています。
「いいのよ。疲れているだろうと思ってわざと起こさなかったの。ーーところで、どこかおかしいところはないかしら」
私は二人の前でくるりと回って見せました。
「素敵です」
優しいカタリナはそう言って微笑んでくれましたが、
「…髪を結いましょうか? 確か、苦手でいらっしゃいましたよね」
冷静なロサルヴァの目は誤魔化せず、髪のみ綺麗に編み込んでもらって、これで今度こそ支度完了と相成ったのでした。
追ってフィリップもやってきて、私たちは揃って朝食室へと降りました。
朝食室には昨夜ほど大勢の人間はおらず、わりと寛いだ雰囲気だったため席次を気にすることもなく、私たちは適当に座りました。
そして、お料理が運ばれてきて――…白い皿に盛られた赤い丸いそれに、私は困惑しました。もちろん、面には出さぬように気をつけながらですが。
それは、私もよく知っている野菜のように見えましたが、まず切り方が斬新でした。そして、何よりも、焼かれていました。
「これはトマトですか」
私はできるだけ明るい調子に声を保つように努めながら、勇気を出してレディ・シャーロットの妹君、ヘンリエッタさんに聞いてみました。
「ええ、そうです」
ヘンリエッタさんは青い瞳を不思議そうに瞬きながら答えます。ーーどうしてそんなことを聞くのだろう。目は口ほどにそう言っていました。
私は平静を装って頷きながら、内心、仰天です。
何しろ、私の知っているトマトといえば、生のままサラダの中に入っているか、煮込まれてスープやソースになるかでしたから。
大きなトマトを大胆に輪切りにして豪快に焼くなんて、世の中にはすごい料理があるものです。
感動にも似た新鮮な驚きを胸に、赤い丸いそれを口に運んでみれば、それはやはりトマトでした。特別なフレイバーがするでもなく、トマト以上でもトマト以下でもありません。ただ、ひたすらトマトです。熱が加わったため、ちょっと果肉が崩れてぐじゅぐじゅとしていました。
(世界は、広いんだ――…)
朝食一つでと思われるかもしれませんが、世の広さを、ひいては自分の知識の浅薄さを、痛烈に体感した瞬間でしたね。
もっと色んな場所を見てみたい、見識を広めたい――…
そんな風に願いつつ、私は、私自身に貴重な――悟りとすらいえる――気付きをもたらしたその日の朝食を終えたのでした。
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