「失礼致します。ティーの招待を受けたと聞きまして。ーーなし崩し的に俺たちも招待されましたが」
フィリップが片眉を上げながら部屋へ入ってくるのに、
「ええ。断れなくて」
私は曖昧に頷きました。
「俺は平気ですけど、レディたちは長旅の後で疲れてませんか?」
フィリップの問いを、
「まぁぁ、お気遣いありがとうございます。私たち、こう見えてとても丈夫なんですの」
カタリナはほのぼのと笑顔で一蹴し、
「全然平気よ。見くびらないでください」
ロサルヴァは真顔で、こちらもやはり一蹴したのでした。
「…そうですか。それでは、リリヤナ様は?」
「大丈夫よ。薔薇を分けてもらいに来ているのに、お茶会は欠席しますなんて言えないじゃない? それに皆様、良い人たちのようだし、きっと大丈夫…」
後半は殆ど己に言い聞かせるような私の呟きに、フィリップは嘆息して頷くと、
「それでは、皆様、お召し替えをどうぞ。ーー俺も着替えてきますよ」
一礼して、隙のない優雅な身のこなしで部屋を出て行ったのでした。
「リリヤナ様、先に着替えられてください。お手伝い致します」
きびきびとそう告げるが早いか、ロサルヴァは私の背後に回り込んで、服を脱がせに掛かります。
「お茶会のドレスはいかが致しましょう?」
カタリナはにこにことトランクを開けて、お茶会用のワンピースやセットアップを何着か吊し始めました。
「えぇと。…その藤色のにします」
藤色のボウタイのワンピースに決めると、ロサルヴァとカタリナはとても手際よく、私を着替えさせてくれました。
「御髪を少し結いましょうか」
ロサルヴァはそう呟くと、私を椅子に座らせ、背中の半ばを超す髪を編み込んで緩く纏めてくれました。
「イヤリングは?」
「アメシストーーいえ、やっぱりパールにします」
カタリナが慎重な手つきで私の両耳にパールを飾ります。
「揃いのブレスレットです」
ロサルヴァが私の左手首にブレスレットを巻き、
「はい、履き物はこちらですね」
心得たもので、カタリナは藤色のワンピースに似つかわしいクリームホワイトのハイヒールを敷物の上に並べました。
二人のおかげですっかり支度が調いました。
「二人ともありがとう。ーーところで、二人は何を着るの?」
私の言葉にカタリナとロサルヴァは仲良く顔を見合わせ、
「えぇと。大変! まだ決まっておりません」
「…ので、急いで着替えて参りますっ」
揃って駆け足で部屋を飛び出して行ったのでした。
お茶会は4時からでした。
「それでは参りましょうか」
勿忘草の色のワンピースを着たカタリナ、アイヴォリーのセットアップを着たロサルヴァを左右に従え、ジャケット姿に着替えたフィリップに先導されて、階下へ下ります。
リーランドのお屋敷は、明るい色彩に満ちていて、どこもかしこも優美で、階段の手摺りの流麗な曲線など最早芸術的な様相で、私は大いに感銘を受けました。私が暮らすロイシュライゼでは、貴族の城館というものは、大体どなたの屋敷に伺っても、どちらかというと武骨な設えのものが多かったので。
新鮮な驚きを得ながら一階のティーサルーンに入っていくと、部屋で待ち構えていたらしい方々が一斉に立ち上がったのもので、私はちょっと面食らいました。それとなく見渡すと、先程お会いした伯爵夫妻とご長男夫妻の他に、初めてお会いする女性が3人ほどいます。
「…お待たせしてしまったようで」
私が呟くと、
「まぁ、いいえ、全く」
春の陽光のように朗らかに否定しながら、レディ・リーランドが一人の女性を指し示しました。その方はレディ・リーランドと同じ蜜色の髪によく似た面差しをされていて、誰が見ても母娘と分かる感じでした。
「娘のフランシスです。コールリッジに嫁いでいるのですが、リリヤナ様にお会いしたいと戻ってきてしまいました」
「お会いできて光栄です、リリヤナ様」
優雅に小腰を屈めて一礼されたもので、
「まぁ、はじめまして。お会いできて嬉しいです」
私も優雅な笑みを刷いて返しましたが、今日一日で、いったい何人の方々と対面したことでしょう。初めてお会いする方々の目白押しに、内心いっぱいいっぱいです。
あとの二人の女性は、レディ・シャーロットの実家のお母様と妹さんということでした。
「…どうやら、皆様、リリヤナ様を一目見たくて方々からいらしたようですね」
カタリナが私にそっと耳打ちします。
なんだか、自分が伝説のユニコーンかペガサスにでもなったような気分でしたね。
お茶会そのものは終始和やかな空気の中で進みました。
一つ驚いたことがございました。
「…このお茶、とても美味しいですね。初めて頂く味です」
ふわっと林檎が香る飴色のお茶は、甘味など入っていないようですが、舌に仄甘く感じられて、とても優しいお味です。
「お気に召されたようでよかったですわ。こちらはグリーンアップルティーです。ハリーズ商会のものです」
「ハリーズ商会…」
初めて聞く名前でした。
「リーフリヘリオスで一番の紅茶を売る店と評判なのですよ」
リーランド伯爵夫妻のご長女、レディ・フランシスが、微笑みながらそう教えてくれました。
「そうなのですか。あの、そのお店はどちらに?」
「リノンのハイストリートにございます」
良いことを聞きました。
「従兄のマティアスがお茶に傾倒していてーー…リノンなら帰り道に寄れそうですね。お土産に買って帰ろうかしら」
私がそう呟くと、一同は顔を見合わせて、殆ど一斉に喋り始めました。
「フラワリーティーがお勧めですよ。特にスミレのお茶です」
「いや、それならやはり薔薇のお茶も外せない」
「グリーンアップルティーの他に、レッドアップルティーとゴールデンアップルティーもありますよ」
「フルーツティーなら、洋梨も美味しいですね」
「フルーツと言えば、ハリーズ商会には良いジャムも置いていますよ。お茶によく合います」
「リンゴンベリーのジャムなら、ハリーズ商会じゃなくてーー」
こんな調子で、それはもう、皆様、熱意を込めて語って下さるのです。
どうやらリーフリヘリオスの人間は、お茶、ひいてはお茶の時間というものに、特別な愛着を持っているものらしいーー。
今度こちらの方々にティーの話題を振るときには、慎重になろうーー…皆様の熱量に圧倒されながら、私はなんとなくそう誓ったのでした。