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付き人と用心棒②

ー/ー



朝食後、フィリップと名乗った、この即席の〈用心棒〉と仲良く並び立って従兄たちの出勤を手を振って見送ると、車が出て行ってしまった後には微妙な沈黙が下りました。
「…ええと」
藪から棒に出現したこの〈用心棒〉とやらに何を話して良いか分からず口籠もる私に、
「さて」
当の〈用心棒〉は言ったものでした。
「旅の支度があるんでしょう? 手伝いますよ。行きましょう」
それは従兄たちがいたときの丁重な物腰とは打って変わって、気軽な口調でした。
そのことに私は逆にほっとして、
「ええ、そうね。カタリナとロサルヴァ――もう二人の同行者にもあなたを紹介しなくてはいけませんね。付いてきてください」

私専用のサルーンで待機してもらっていたカタリナとロサルヴァは、私が入室するのを見て揃ってソファから立ち上がりましたが、私の後ろから金髪の青年が続いて入ってくるのを目にすると、びっくりしたように、揃ってペイルブルーの瞳を丸くしました。
「カタリナ、ロサルヴァ――許可が下りましたよ。リーフリヘリオスの旅行に、付いてきてくださいね」
私がにこやかに告げると、二人の顔に控えめな喜色が広がりました。どうやら後ろに控える金髪の美青年が気になって手放しで喜べない様子です。
カタリナは純粋に不思議そうに、ロサルヴァは警戒したような視線をフィリップに注いでいます。
「それで――こちら、フィリップ。私たちの今回の旅行に、用心棒として同行してくれることになりました」
私が斜め上を見上げて紹介すると、フィリップは爽やかな笑みを刷いて一歩踏み出し、
「フィリップ・オブ・スィンフォードです。ロイシュライゼの近衛隊所属で、今回、エトガル殿の強い希望で貸し出されてきました」
茶目っ気たっぷりにそんなことを言うもので、カタリナはペイルブルーの双眸を益々大きくし、ロサルヴァは同じ色味の双眸を益々細めたのでした。そんな二人の対照的な反応を前に、フィリップの目に、微かですが面白がるような色が浮かんでいるのを、私は見逃しませんでした。そして、そんなフィリップの瞳の色が、カタリナとロサルヴァと似たペイルブルーであることも。
(『ペイルブルーズ』って名付けましょう…)
三者三様の表情をしている三人を見渡して、私は心の中でこっそりそう渾名しました。
「フィリップ。こちらカタリナ。スールバラン男爵家の長女で、法定相続人です。――こちらがロサルヴァ。カタリナの妹よ。二人とも昨年の秋から私のコンパニオンを務めてくれています」
手短に紹介するとフィリップは頷いて、
「わかりました。――ところで、皆さん、支度はいいんですか? 女性の支度って時間が掛かるものなんでしょう。遠方への旅行ともなれば、常にも増して。出発まであと4日しかありませんよ」
その言葉に私を含めた女性三人はハッと我に返って、
「大変!」
飛び上がりました。その様子に、はっきりと苦笑を浮かべたエリックは、
「――それじゃ俺は庭でもブラブラしてますよ」
あくまで飄々とそう告げると、優雅に一礼してサルーンを出て行ったのでした。

さて、それからはドタバタでございました。
それぞれの部屋に引っ込んでクローゼットの中を引っかき回し、めぼしいものをトランクに詰めて、どうにか三人の旅支度が整ったと思われたときには、既に時刻は正午近くなっていました。
荷物は一カ所に集めておいた方が良いだろうとの判断で、カタリナとロサルヴァのトランクも私のサルーンに運ばれてきました。
「「「……」」」
綺麗に積み上げられたトランクの山を前にしばし沈黙した私たち、
「…あの、」
口火を切ったのはカタリナでした。
「…どんなお洋服を持っていらっしゃってます…?」
結局、誘惑に負けた私たちは、いそいそと梱包を解いて、旅行前の楽しいファッションショーと相成ったのでありました。

「まぁ素敵! その薄紅色のワンピース、とっても春らしい色合いでリリヤナ様によくお似合いです」
「カタリナも、そのアイヴォリーのワンピース、髪の色によく映えていて素敵ね」
「まぁ、リリヤナ様はお肌が雪のように白くていらっしゃるので、淡いお色味がよくお似合いになって羨ましいですわ…」
「ありがとう。――あら! ロサルヴァの青いスカートもとっても綺麗ね――青と言うより菫色に近いのね。春らしいわ」
そんなことをキャッキャと言い合っているところへ、ノックの音。
「――フィリップです。」
そういえば。すっかりフィリップの存在を忘れていました。
「レディたち、お昼の支度ができあがっているようですよ。――荷造りは終わりましたか?」
「えっと――荷造りは…」
私たちは顔を見合わせ、
「終わりました。どうぞ、フィリップ、入ってらして」
優雅な身のこなしで扉を開けて入ってきたフィリップは、部屋の惨状に目を丸くしました。
「これは――」
「大丈夫、大丈夫よ!」
「荷造りは終わっています」
「もう持って行く服は決まっていて、詰め直すだけですから…」
皆まで言わせず言い募る私たちに、ふむ、と、フィリップは一つ頷いて、
「水を差すようですが、レディたち」
したり顔で次のように言ったのです。
「今お召しになっているような衣装では、多分、暑いですよ」
意外な指摘に、私たちは顔を見合わせました。
リーフリヘリオスとは、確か、帝国の中でも北国寄りの寒い地方ではなかったかしら――…。
困惑顔の私たちに、フィリップは肩を竦めて続けました。
「俺、リーフリヘリオスの出身だから分かるんです。今回いらっしゃる予定のリーランドは南の方で――北国の島国とはいえ、南の方はわりと温暖なんでね、その格好じゃ、おそらく暑い」
衝撃の事実を前にすっかり固まってしまった私たちに、フィリップははっきりと苦笑して、
「とりあえず、お昼を先に。服はまた後で選び直せばいいですよ。――よろしければ、俺もお手伝いしましょうか?」
親切にもそう申し出てくれたのでありました――。


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朝食後、フィリップと名乗った、この即席の〈用心棒〉と仲良く並び立って従兄たちの出勤を手を振って見送ると、車が出て行ってしまった後には微妙な沈黙が下りました。
「…ええと」
藪から棒に出現したこの〈用心棒〉とやらに何を話して良いか分からず口籠もる私に、
「さて」
当の〈用心棒〉は言ったものでした。
「旅の支度があるんでしょう? 手伝いますよ。行きましょう」
それは従兄たちがいたときの丁重な物腰とは打って変わって、気軽な口調でした。
そのことに私は逆にほっとして、
「ええ、そうね。カタリナとロサルヴァ――もう二人の同行者にもあなたを紹介しなくてはいけませんね。付いてきてください」
私専用のサルーンで待機してもらっていたカタリナとロサルヴァは、私が入室するのを見て揃ってソファから立ち上がりましたが、私の後ろから金髪の青年が続いて入ってくるのを目にすると、びっくりしたように、揃ってペイルブルーの瞳を丸くしました。
「カタリナ、ロサルヴァ――許可が下りましたよ。リーフリヘリオスの旅行に、付いてきてくださいね」
私がにこやかに告げると、二人の顔に控えめな喜色が広がりました。どうやら後ろに控える金髪の美青年が気になって手放しで喜べない様子です。
カタリナは純粋に不思議そうに、ロサルヴァは警戒したような視線をフィリップに注いでいます。
「それで――こちら、フィリップ。私たちの今回の旅行に、用心棒として同行してくれることになりました」
私が斜め上を見上げて紹介すると、フィリップは爽やかな笑みを刷いて一歩踏み出し、
「フィリップ・オブ・スィンフォードです。ロイシュライゼの近衛隊所属で、今回、エトガル殿の強い希望で貸し出されてきました」
茶目っ気たっぷりにそんなことを言うもので、カタリナはペイルブルーの双眸を益々大きくし、ロサルヴァは同じ色味の双眸を益々細めたのでした。そんな二人の対照的な反応を前に、フィリップの目に、微かですが面白がるような色が浮かんでいるのを、私は見逃しませんでした。そして、そんなフィリップの瞳の色が、カタリナとロサルヴァと似たペイルブルーであることも。
(『ペイルブルーズ』って名付けましょう…)
三者三様の表情をしている三人を見渡して、私は心の中でこっそりそう渾名しました。
「フィリップ。こちらカタリナ。スールバラン男爵家の長女で、法定相続人です。――こちらがロサルヴァ。カタリナの妹よ。二人とも昨年の秋から私のコンパニオンを務めてくれています」
手短に紹介するとフィリップは頷いて、
「わかりました。――ところで、皆さん、支度はいいんですか? 女性の支度って時間が掛かるものなんでしょう。遠方への旅行ともなれば、常にも増して。出発まであと4日しかありませんよ」
その言葉に私を含めた女性三人はハッと我に返って、
「大変!」
飛び上がりました。その様子に、はっきりと苦笑を浮かべたエリックは、
「――それじゃ俺は庭でもブラブラしてますよ」
あくまで飄々とそう告げると、優雅に一礼してサルーンを出て行ったのでした。
さて、それからはドタバタでございました。
それぞれの部屋に引っ込んでクローゼットの中を引っかき回し、めぼしいものをトランクに詰めて、どうにか三人の旅支度が整ったと思われたときには、既に時刻は正午近くなっていました。
荷物は一カ所に集めておいた方が良いだろうとの判断で、カタリナとロサルヴァのトランクも私のサルーンに運ばれてきました。
「「「……」」」
綺麗に積み上げられたトランクの山を前にしばし沈黙した私たち、
「…あの、」
口火を切ったのはカタリナでした。
「…どんなお洋服を持っていらっしゃってます…?」
結局、誘惑に負けた私たちは、いそいそと梱包を解いて、旅行前の楽しいファッションショーと相成ったのでありました。
「まぁ素敵! その薄紅色のワンピース、とっても春らしい色合いでリリヤナ様によくお似合いです」
「カタリナも、そのアイヴォリーのワンピース、髪の色によく映えていて素敵ね」
「まぁ、リリヤナ様はお肌が雪のように白くていらっしゃるので、淡いお色味がよくお似合いになって羨ましいですわ…」
「ありがとう。――あら! ロサルヴァの青いスカートもとっても綺麗ね――青と言うより菫色に近いのね。春らしいわ」
そんなことをキャッキャと言い合っているところへ、ノックの音。
「――フィリップです。」
そういえば。すっかりフィリップの存在を忘れていました。
「レディたち、お昼の支度ができあがっているようですよ。――荷造りは終わりましたか?」
「えっと――荷造りは…」
私たちは顔を見合わせ、
「終わりました。どうぞ、フィリップ、入ってらして」
優雅な身のこなしで扉を開けて入ってきたフィリップは、部屋の惨状に目を丸くしました。
「これは――」
「大丈夫、大丈夫よ!」
「荷造りは終わっています」
「もう持って行く服は決まっていて、詰め直すだけですから…」
皆まで言わせず言い募る私たちに、ふむ、と、フィリップは一つ頷いて、
「水を差すようですが、レディたち」
したり顔で次のように言ったのです。
「今お召しになっているような衣装では、多分、暑いですよ」
意外な指摘に、私たちは顔を見合わせました。
リーフリヘリオスとは、確か、帝国の中でも北国寄りの寒い地方ではなかったかしら――…。
困惑顔の私たちに、フィリップは肩を竦めて続けました。
「俺、リーフリヘリオスの出身だから分かるんです。今回いらっしゃる予定のリーランドは南の方で――北国の島国とはいえ、南の方はわりと温暖なんでね、その格好じゃ、おそらく暑い」
衝撃の事実を前にすっかり固まってしまった私たちに、フィリップははっきりと苦笑して、
「とりあえず、お昼を先に。服はまた後で選び直せばいいですよ。――よろしければ、俺もお手伝いしましょうか?」
親切にもそう申し出てくれたのでありました――。