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付き人と用心棒

ー/ー



その晩、帰宅したエトガルとマティアスにエリックの返答を伝えると、目の前の〈目新しい〉薔薇にもう気が急いているエトガルは、
「なるべく早く、その〈光〉の薔薇を手に入れたい」
とのことでした。
そこで、エリックを通した電話協議の結果、私は朝食の席で〈光〉の薔薇が話題に上ったその日からたった5日後に、単身リーフリヘリオスへ向かうことが決まったのです。
――そうと決まれば支度です。

夕食後、自室に戻った私は、少し思案した末、侍女のミレーナを呼んでこう言いました。
「あのね、私、5日後に、従兄たちの用事で、リーフリヘリオスのリーランド家に伺うことになったの」
「――まぁ、それはまたどんなご用事でしょう!」
50も半ばに手が届こうかという年齢のおっとりしたミレーナは、灰色の瞳をまん丸にして、殆ど小さな悲鳴のような声で言いました。
「私のお友達が作った薔薇を分けてもらいに行くのよ」
「まさか、お嬢様がお一人で行かれるのですか?」
「そうなの。――それで、ミレーナ、あなた、付いてきてくれますか?」
私が尋ねると、ミレーナは白いものの混ざり始めた眉を八の字に形作って、残念そうに首を横に振りました。
「ああ、リリヤナ様――付いて参りたいのはやまやまですが…」
そして、悲しそうな表情で続けて言うことには、
「この年になりますと、長旅は身に堪えます。それに、実を申しますと、関節炎が辛うございまして…できれば、遠慮申し上げたいところです」
嘆願口調でそう告げられ、ふむ、と私は頷きました。
この時、私はまだ18歳。関節炎の辛さは全く理解できませんでしたが、きっと50代になると色々と体の不調などもあるのだろう――と、推察しました。
「それなら仕方ありませんね。――でも、それじゃ、どうしようかしら…」
顎に手を添えて思案する私に救いの手を差し伸べたのもミレーナでした。
「あの…カタリナ様とロサルヴァ様に付いていってもらってはいかがでしょう」
なるほど、カタリナとロサルヴァ――その手がありました。

カタリナとロサルヴァは、マルレキアの、スールバランという男爵家出身の3姉妹です。末にアラセリという、確か私と同い年の妹さんがいます。
この3姉妹は、まだ若い身空でご両親を亡くし、家を継ぐ兄弟も、頼りになる親類もいなかったということで、長女のカタリナが結婚して身を固めるまでの約束で、屋敷を一時的に国家の預かりとし、長女のカタリナと次女のロサルヴァは私のレディズ・コンパニオン――雇い主の話し相手などをする同階級の女性――として、昨年の秋頃からこのファルケンブルク本邸へ身を寄せていたのでした。芸術の才があったらしい末のアラセリは、この当時、学都エリスファリアで絵の勉強をしていました。
カタリナは私より3歳年長、ロサルヴァは2歳年長、この若い二人ならば、きっと私の遠方への「おつかい」に喜んで同行してくれるでしょう。

私が呼ぶと二人はすぐさまやってきました。
「リリヤナ様、どうなさいました?」
薄茶色のふわふわした髪と同じようにふわふわした声で、カタリナが言いました。
「もうお休みになった方がよろしいのではないですか?」
はきはき言ってカーテンに手を掛けたのは、姉よりももうワントーン暗いブラウンヘアの持ち主であるロサルヴァです。
性格が顔付きに如実に反映されたらしい二人は、あまり似た姉妹ではありませんでしたが、ペイルブルーの綺麗な瞳だけはそっくりでした。
「遅くにごめんなさいね。少し話があったものだから――…あのね、私、5日後にリーフリヘリオスに行かなくてはならないのだけど。あなたたちも一緒に来てもらえないかしら、と思って」
10cm近く身長差のある姉妹は、同じペイルブルーの瞳を見合わせました。
「えっと、リーフリヘリオスなんて行ったこともありませんし、もし行けるのならばそうしたいのですけれど…」
困ったようにカタリナが首を傾げる傍らで、
「私たちの一存では決められません。リリヤナ様の従兄上方の許可がなければ」
ロサルヴァは私を諭すように言いました。
「それでは、明日の朝、エトガルとマティアスに訊いてみます。もし二人の許可が下りたら、あなたたち、付いてきてちょうだいね」
「「喜んで!」」
一つ前までの控えめな返答と裏腹、実のところ、この降って湧いたリーフリヘリオス旅行にかなり付いていきたいらしいカタリナとロサルヴァは、声を揃えて元気よくそう答えたのでした。

翌朝、朝食の席で、私は従兄たちに同伴者の件を切り出しました。
「――あの、リーフリヘリオスのリーランド家を訪問するのに、カタリナとロサルヴァを連れて行ってはダメですか? ミレーナは持病の関節痛が辛くて付いて来られないと申しております」
私がそう告げると、
「ああ! それはいい考えだね。あの二人も気晴らしになるだろう。是非三人でいっておいで」
顔を輝かせて頷いたマティアスの隣から、
「いや、三人じゃない」
エトガルが口を挟みました。
「あ、そうだったね」
マティアスも訳知り顔ですぐに頷きました。
「三人になったとはいえ、妙齢の女性ばかりでは如何にも不用心だろう。――用心棒をつけよう」
「…用心棒、ですか?」
エトガルが口にしたあまり馴染みのない単語を、私は目を瞬いて反芻しました。
「そうだ。用心棒、だ」
「護衛ともいうね」
マティアスがそっと言い添えます。
「――入ってこい、フィリップ」
エトガルが指を鳴らすが早いか、朝食室の扉から、キラキラと輝く金髪の、まだ若い青年が優雅な身のこなしで入ってきました。
突然のことに驚きを隠せない私に、
「――近衛から借りてきたんだ。フィリップ・オブ・スィンフォードという。腕は確かだ」
エトガルは満足そうに頷いて腕を組みました。
「――フィリップ・オブ・スィンフォードです。この度のご旅行に同行することになりました」
好青年の見本のような爽やかな笑顔を刷いて、20代前半とおぼしき青年はそう自己紹介して、
「お嬢さまや同伴のレディたちの身に危険がないよう、身辺を警護いたします」
畏まって一礼してみせたもので、
「えっと――…その、よろしく、お願いします、スィンフォードさん…」
すっかり舞い上がってしまった私は不器用にそう応じることしかできませんでした。


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その晩、帰宅したエトガルとマティアスにエリックの返答を伝えると、目の前の〈目新しい〉薔薇にもう気が急いているエトガルは、
「なるべく早く、その〈光〉の薔薇を手に入れたい」
とのことでした。
そこで、エリックを通した電話協議の結果、私は朝食の席で〈光〉の薔薇が話題に上ったその日からたった5日後に、単身リーフリヘリオスへ向かうことが決まったのです。
――そうと決まれば支度です。
夕食後、自室に戻った私は、少し思案した末、侍女のミレーナを呼んでこう言いました。
「あのね、私、5日後に、従兄たちの用事で、リーフリヘリオスのリーランド家に伺うことになったの」
「――まぁ、それはまたどんなご用事でしょう!」
50も半ばに手が届こうかという年齢のおっとりしたミレーナは、灰色の瞳をまん丸にして、殆ど小さな悲鳴のような声で言いました。
「私のお友達が作った薔薇を分けてもらいに行くのよ」
「まさか、お嬢様がお一人で行かれるのですか?」
「そうなの。――それで、ミレーナ、あなた、付いてきてくれますか?」
私が尋ねると、ミレーナは白いものの混ざり始めた眉を八の字に形作って、残念そうに首を横に振りました。
「ああ、リリヤナ様――付いて参りたいのはやまやまですが…」
そして、悲しそうな表情で続けて言うことには、
「この年になりますと、長旅は身に堪えます。それに、実を申しますと、関節炎が辛うございまして…できれば、遠慮申し上げたいところです」
嘆願口調でそう告げられ、ふむ、と私は頷きました。
この時、私はまだ18歳。関節炎の辛さは全く理解できませんでしたが、きっと50代になると色々と体の不調などもあるのだろう――と、推察しました。
「それなら仕方ありませんね。――でも、それじゃ、どうしようかしら…」
顎に手を添えて思案する私に救いの手を差し伸べたのもミレーナでした。
「あの…カタリナ様とロサルヴァ様に付いていってもらってはいかがでしょう」
なるほど、カタリナとロサルヴァ――その手がありました。
カタリナとロサルヴァは、マルレキアの、スールバランという男爵家出身の3姉妹です。末にアラセリという、確か私と同い年の妹さんがいます。
この3姉妹は、まだ若い身空でご両親を亡くし、家を継ぐ兄弟も、頼りになる親類もいなかったということで、長女のカタリナが結婚して身を固めるまでの約束で、屋敷を一時的に国家の預かりとし、長女のカタリナと次女のロサルヴァは私のレディズ・コンパニオン――雇い主の話し相手などをする同階級の女性――として、昨年の秋頃からこのファルケンブルク本邸へ身を寄せていたのでした。芸術の才があったらしい末のアラセリは、この当時、学都エリスファリアで絵の勉強をしていました。
カタリナは私より3歳年長、ロサルヴァは2歳年長、この若い二人ならば、きっと私の遠方への「おつかい」に喜んで同行してくれるでしょう。
私が呼ぶと二人はすぐさまやってきました。
「リリヤナ様、どうなさいました?」
薄茶色のふわふわした髪と同じようにふわふわした声で、カタリナが言いました。
「もうお休みになった方がよろしいのではないですか?」
はきはき言ってカーテンに手を掛けたのは、姉よりももうワントーン暗いブラウンヘアの持ち主であるロサルヴァです。
性格が顔付きに如実に反映されたらしい二人は、あまり似た姉妹ではありませんでしたが、ペイルブルーの綺麗な瞳だけはそっくりでした。
「遅くにごめんなさいね。少し話があったものだから――…あのね、私、5日後にリーフリヘリオスに行かなくてはならないのだけど。あなたたちも一緒に来てもらえないかしら、と思って」
10cm近く身長差のある姉妹は、同じペイルブルーの瞳を見合わせました。
「えっと、リーフリヘリオスなんて行ったこともありませんし、もし行けるのならばそうしたいのですけれど…」
困ったようにカタリナが首を傾げる傍らで、
「私たちの一存では決められません。リリヤナ様の従兄上方の許可がなければ」
ロサルヴァは私を諭すように言いました。
「それでは、明日の朝、エトガルとマティアスに訊いてみます。もし二人の許可が下りたら、あなたたち、付いてきてちょうだいね」
「「喜んで!」」
一つ前までの控えめな返答と裏腹、実のところ、この降って湧いたリーフリヘリオス旅行にかなり付いていきたいらしいカタリナとロサルヴァは、声を揃えて元気よくそう答えたのでした。
翌朝、朝食の席で、私は従兄たちに同伴者の件を切り出しました。
「――あの、リーフリヘリオスのリーランド家を訪問するのに、カタリナとロサルヴァを連れて行ってはダメですか? ミレーナは持病の関節痛が辛くて付いて来られないと申しております」
私がそう告げると、
「ああ! それはいい考えだね。あの二人も気晴らしになるだろう。是非三人でいっておいで」
顔を輝かせて頷いたマティアスの隣から、
「いや、三人じゃない」
エトガルが口を挟みました。
「あ、そうだったね」
マティアスも訳知り顔ですぐに頷きました。
「三人になったとはいえ、妙齢の女性ばかりでは如何にも不用心だろう。――用心棒をつけよう」
「…用心棒、ですか?」
エトガルが口にしたあまり馴染みのない単語を、私は目を瞬いて反芻しました。
「そうだ。用心棒、だ」
「護衛ともいうね」
マティアスがそっと言い添えます。
「――入ってこい、フィリップ」
エトガルが指を鳴らすが早いか、朝食室の扉から、キラキラと輝く金髪の、まだ若い青年が優雅な身のこなしで入ってきました。
突然のことに驚きを隠せない私に、
「――近衛から借りてきたんだ。フィリップ・オブ・スィンフォードという。腕は確かだ」
エトガルは満足そうに頷いて腕を組みました。
「――フィリップ・オブ・スィンフォードです。この度のご旅行に同行することになりました」
好青年の見本のような爽やかな笑顔を刷いて、20代前半とおぼしき青年はそう自己紹介して、
「お嬢さまや同伴のレディたちの身に危険がないよう、身辺を警護いたします」
畏まって一礼してみせたもので、
「えっと――…その、よろしく、お願いします、スィンフォードさん…」
すっかり舞い上がってしまった私は不器用にそう応じることしかできませんでした。