「それで、具体的にはどうするつもりなの。一緒に寝るっていうけどさ、場所とか時間とか」
「え? 日之太さんのお家じゃだめなんですか?」
「あー……」
あまりの言葉に俺は隠すことなく片手で頭を抱え、大きめのため息を吐く。
予想外のリアクションだったようで、美穂ちゃんは「え?」とか「あれ?」なんて言いながら身を乗り出してくる。
俺はもう片方の手でひらひらと手を振り、頭を抱えたまま彼女を見た。
「あのさ、美穂ちゃんってさ、今まで男と付き合ったことってある? 多分ないと思うけど」
「それは……ないですけど、女子高ですし」
「女子高だとしてもだよね。警戒心なさすぎでしょ」
半ば説教をするようなトーンで俺は彼女を諭す。キャバクラとかガールズバーでおっさんが若い女の子に説教垂れるみたいな構図が昔から意味不明だったが、今俺がやっていることはほとんど同じかもしれない。無知を窘めるというか、若いからってなんでもしていいわけじゃないということを教えてあげなければ。
「寝れなくて体調崩すとかはその、気の毒だと思うけど、だからといって知らない男の家に上がって、しかも一緒に寝るって、なにされるか分かったもんじゃないよ? 襲われたりするだけならまだいい、色んなもの盗られたり写真撮られてネットに晒されたり、犯罪に巻き込まれたりもするかもしれない。最悪死ぬかも」
脅しともとれる俺の言葉に美穂ちゃんはショックを受けているようだった。
『まぁでも、女子高生はやめたほうがいいよ。そりゃカラダは極上だけど、それ以上にバカだし、世間知らずだし、絶対こじれるぞ』
宗志の言葉を思い出す。カラダのくだりはともかく、バカで世間知らずはまさにその通りだ。
ネットが普及している今じゃ女子高生が軽々しく危ないことに手を出して事件に巻き込まれたなんてニュースがポンポン出てくるし、それを知ることだってできるというのに、こんなにも無神経なのはきっと自分がそんな目に遭うはずがないと思っているからだろう。
そりゃ俺だって自分が犯罪に巻き込まれるわけないとは思っているけれど、だからといって自分から危ないところへは近づかない。
だから、彼女からのお願いは断るべきなのだ。
「念のため言っておくけど、俺は一切そんなことするつもりはないよ。だけどもし俺が悪人だったら? 今頃話はトントン拍子に進んで、君は俺の家に来て、寝ている間に裸にひん剝かれて学生証と一緒に写真も撮られて脅されてるかもしれない。犯罪なんてしたことない俺でもここまでイメージできるんだ。根っからの悪人だったらもっとえげつないことされちゃうよ」
ようやく頭から手を外し、背もたれに寄りかかる。
残っていたカフェラテを飲み干して、伝票を引き寄せた。
「寝不足を解消するんだったら違う方法もあると思うけどね。病院で診てもらえば薬を処方してもらえるんじゃないの?」
「それは……そうですけど。でも、パパとママにバレたら、もっと心配かけちゃう……」
痛みに堪えるような表情で、彼女がギュッとテーブルの上に置いた手を握りしめる。
まぁ確かに、自分の娘が原因不明の寝不足で悩んでいるなんて知ったらそりゃ心配するだろう。だからといって知らん男と一緒に寝ることが最適解とは思わないが。
どうにか諦めてくれないものか。
こんな言い方はアレだが、俺に彼女を助ける義理はない。そりゃ眠れないのは辛いと思うが、だからといって俺が役に立つとは思えない。
たとえ本当に眠れたとしても、毎日彼女の予定に付き合えとでも言うのだろうか。
「……悪いけど、一緒には寝れないよ。本当に眠れないんだったら、ちゃんとご両親に相談したほうがいい。そっちの方が安全だし、なにより確実だ」
引き寄せた伝票を持って席を立つ。
バッグを肩にかけて離れ――ようとしたところで、美穂ちゃんが俺の腕に縋りついてきた。
オレンジ色の瞳で俺を見上げながら、今にも泣きそうな顔でギュッと腕を掴んでくる。
「初めてだったんです」
なんちゅうセリフだ。もう少し周りから誤解されない言葉を使えないのかこの子は。
俺の狼狽などまったく気付いていないようで、彼女は腕から手に、指と指を絡めてくる。
「あんなにぐっすり眠れたの、初めてだったんです。いつも、意識が途切れるみたいな眠り方で、あんな、なんの心配もなく穏やかな気持ちで眠れて、起きたあともドッと疲れるような感じもなくて。日之太さんの匂いとか雰囲気とか、すごく落ち着くんです。近くにいると、気分がほわほわして……私には日之太さんが必要なんです」
昨日のことを思い出したのか、美穂ちゃんの目がトロンと蕩ける。
これ以上はまずい。本能的に俺は彼女の手をそっと解き「ごめん」と言って立ち去った。
手早く会計を済ませ、サクサクと駅の中を歩いて人ごみにまぎれる。
「……あっぶねー」
改札を抜けてひとり呟く。危なかった。本当にギリギリだった。あのまま美穂ちゃんの話を聞いていたら、絶対戻れなくなっていた。
もしかしたら彼女は、自分のステータスを自覚しているんじゃないだろうか。可愛い女子高生が涙目で迫れば、世の大抵の男が言うことを聞くことを知っているような気がする。
それとも本当にただ必死で、とにかくどうにかしたくて、あんな懇願してきたのか。
どちらにしても厄介だ。彼女が見せたオレンジ色のまなざしが脳裏にこびりついて離れない。
「明日から電車の時間変えよう」