表示設定
表示設定
目次 目次




2-1・まずい、このままだと俺は犯罪者になる。

ー/ー



 俺は明日部美穂と共に駅の中にあるカフェに入った。
 駅構内が見渡せる窓際の席で、俺はアイスカフェラテ、彼女はマンゴーフロートを飲む。
 自己紹介は電車内で済んでいる。後は向こうがなんの話をするかといったところか。
 ジュッとカフェラテを吸ってテーブルに置き、背もたれに少し身を預ける。本当はなにを言われるかヒヤヒヤしているのだが、それを悟られるわけにはいかない。
「えっと、明日部さん、だよね。俺になんの話が――」
「呼び捨てでいいですよ。私全然年下ですし」
 フロートを少し削って口に入れ、丁寧に溶かしながら彼女が答える。
 俺は口角をヒクつかせ、ゆっくりと首を横に振った。
「いやぁ、どうだろうな。呼び捨てはちょっと。そういう関係性でもないし」
「そうですか? もしかしたらこれからそうなるかもしれませんよ。日之太さん」
 いたずらっぽい笑顔を見せながら彼女が覗き込んでくる。
 なんというか、ミステリアスな見た目のわりに軽い子だ。行動も言葉も、なんか色々と軽い。というより、警戒心がない。そういえば彼女が今いくつなのかまだ聞けていない。
 ていうかそっちはいきなり名前呼びか。
「……あのさ、美穂ちゃんっていくつ? 何年生?」
「今16歳です。高校1年生ですよ」
「16歳、ね」
 思っていたよりも若い。可愛いながらも結構大人っぽい見た目だから18くらいだと思ってたけど、まだ高校生になったばかりだなんて。
「それで、話戻すけど俺になんの用があって呼び止めたの。正直嫌な予感しかしないんだけど」
 言いながらカフェラテを再び啜る。ズズッと少しだけ音を立てて視線を寄越すと、彼女は笑顔を浮かべて言い放った。
「私、日之太さんと寝たいんです」
 ブッと、思わずカフェラテを吹いてしまう俺。幸いなことにズボンとテーブルの端を汚すだけだったが、咳が止まらない。
「わっ、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だから」
 こちらへと身を乗り出してくる彼女を手で制する。なんてことだ。最近の若い子は、いや、俺も若い子だけど、こんなこと言うものなのか。こんな、こんな清楚とまではいかないけれど、あんまり遊んでいるようには見えない子でも見ず知らずの相手に対して寝たいだなんて。
 もわもわと浮かぶのは『21歳の大学生の男が16歳の高校生にわいせつ行為か。合意のもとだったと供述』なんてネットニュースの見出しと、連行される俺の姿。そしてネットで死ぬほど叩かれるコメントの数々だ。
 まずい、このままだと俺は犯罪者になる。なんとしてもこの運命を回避しなければならない。
「一応確認なんだけど、寝たいってその、どういう意味での寝たいなの?」
「え? ふつーに、一緒に寝たいなぁって思って」
 ジッと彼女の顔を見る。そういう意味で言っているようには見えない。しかしだとしたらなんなんだ。寝たいって、この前みたいに俺の身体を枕代わりにしたいとでもいうのか。
 俺が複雑な表情を浮かべていると、彼女が「あぁ」と言って頷き、急に居住まいを正した。
「実は私、ここ何ヶ月も寝られていないんです。ずっと寝不足で、夜も眠れなくて……」
 ポツポツと事情を語り始める彼女。といってもそんなに複雑な事情はなくて、単純に眠れない日々がずっと続いているということだ。
 ベッドに入って目をつぶっても眠れなくて、結局気分転換でゲームをしたり、サブスクリプションのサービスで映画やドラマを観たりして、気付けば朝になっている。なら昼間学校で寝ているかと言われると実はそうでもないようで、眠れたとしても1時間ちょっとくらいらしい。
 寝てない自慢をする大学生も裸足で逃げ出す寝不足っぷりだった。確かにそう言われてみると顔色が良くない気もする。
「一応話は分かったんだけどさ、なんで俺?」
「……この前日之太さんが隣に座ったとき、不思議とぐっすり眠れたんです。実際1時間も眠ってなかったですけど、すぐにフッと眠気が降りてきて」
 こうフッと、なんて言って彼女が頭の上から手を下ろすしぐさを見せる。電車でのひと時、確かに随分ぐっすりと脱力して寝ていた。
 でもそれって――
「それってさ、寝不足で疲れが溜まって、座ったときに丁度電池が切れただけじゃないの?」
「私もそう思いました。だから次の日試したんです。そしたら……やっぱりすぐに寝ちゃって」
「よだれを垂れ流しながらね」
 別に恨んじゃいないが合いの手を入れるように指摘すると、美穂ちゃんはかぁっと顔を赤くしてばつが悪そうに唇を尖らせた。
 思ってたよりも向こうは気にしてくれているらしい。蒸し返してイジるのは違ったかな。意外と繊細な子だったりとか。
「まぁでも、今俺がここにいて美穂ちゃんと喋ってるってことは、俺の近くで寝られたのは偶然じゃなかったってことだよね? 一緒に寝たいってそういう意味?」
 無理くり話を進めると彼女は頬を赤くしたまま無言で頷いた。
 参った。まさか本当にただ一緒に寝たいだけだなんて。そりゃおんなじ事が2連続で続けばもしかしてと思うけど、だからって知らない男と寝ようとするかふつう。
 ぐーっとカフェラテを飲む。俺が彼女だったら見ず知らずの男に助けを求めるよりも病院に行ってそういう薬を処方してもらうけど。なにか切羽詰まった事情でもあるのだろうか。
 それとも、寝不足が続いて正常な判断ができなくなっているのか――きっと、後者だろう。



スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 俺は明日部美穂と共に駅の中にあるカフェに入った。
 駅構内が見渡せる窓際の席で、俺はアイスカフェラテ、彼女はマンゴーフロートを飲む。
 自己紹介は電車内で済んでいる。後は向こうがなんの話をするかといったところか。
 ジュッとカフェラテを吸ってテーブルに置き、背もたれに少し身を預ける。本当はなにを言われるかヒヤヒヤしているのだが、それを悟られるわけにはいかない。
「えっと、明日部さん、だよね。俺になんの話が――」
「呼び捨てでいいですよ。私全然年下ですし」
 フロートを少し削って口に入れ、丁寧に溶かしながら彼女が答える。
 俺は口角をヒクつかせ、ゆっくりと首を横に振った。
「いやぁ、どうだろうな。呼び捨てはちょっと。そういう関係性でもないし」
「そうですか? もしかしたらこれからそうなるかもしれませんよ。日之太さん」
 いたずらっぽい笑顔を見せながら彼女が覗き込んでくる。
 なんというか、ミステリアスな見た目のわりに軽い子だ。行動も言葉も、なんか色々と軽い。というより、警戒心がない。そういえば彼女が今いくつなのかまだ聞けていない。
 ていうかそっちはいきなり名前呼びか。
「……あのさ、美穂ちゃんっていくつ? 何年生?」
「今16歳です。高校1年生ですよ」
「16歳、ね」
 思っていたよりも若い。可愛いながらも結構大人っぽい見た目だから18くらいだと思ってたけど、まだ高校生になったばかりだなんて。
「それで、話戻すけど俺になんの用があって呼び止めたの。正直嫌な予感しかしないんだけど」
 言いながらカフェラテを再び啜る。ズズッと少しだけ音を立てて視線を寄越すと、彼女は笑顔を浮かべて言い放った。
「私、日之太さんと寝たいんです」
 ブッと、思わずカフェラテを吹いてしまう俺。幸いなことにズボンとテーブルの端を汚すだけだったが、咳が止まらない。
「わっ、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だから」
 こちらへと身を乗り出してくる彼女を手で制する。なんてことだ。最近の若い子は、いや、俺も若い子だけど、こんなこと言うものなのか。こんな、こんな清楚とまではいかないけれど、あんまり遊んでいるようには見えない子でも見ず知らずの相手に対して寝たいだなんて。
 もわもわと浮かぶのは『21歳の大学生の男が16歳の高校生にわいせつ行為か。合意のもとだったと供述』なんてネットニュースの見出しと、連行される俺の姿。そしてネットで死ぬほど叩かれるコメントの数々だ。
 まずい、このままだと俺は犯罪者になる。なんとしてもこの運命を回避しなければならない。
「一応確認なんだけど、寝たいってその、どういう意味での寝たいなの?」
「え? ふつーに、一緒に寝たいなぁって思って」
 ジッと彼女の顔を見る。そういう意味で言っているようには見えない。しかしだとしたらなんなんだ。寝たいって、この前みたいに俺の身体を枕代わりにしたいとでもいうのか。
 俺が複雑な表情を浮かべていると、彼女が「あぁ」と言って頷き、急に居住まいを正した。
「実は私、ここ何ヶ月も寝られていないんです。ずっと寝不足で、夜も眠れなくて……」
 ポツポツと事情を語り始める彼女。といってもそんなに複雑な事情はなくて、単純に眠れない日々がずっと続いているということだ。
 ベッドに入って目をつぶっても眠れなくて、結局気分転換でゲームをしたり、サブスクリプションのサービスで映画やドラマを観たりして、気付けば朝になっている。なら昼間学校で寝ているかと言われると実はそうでもないようで、眠れたとしても1時間ちょっとくらいらしい。
 寝てない自慢をする大学生も裸足で逃げ出す寝不足っぷりだった。確かにそう言われてみると顔色が良くない気もする。
「一応話は分かったんだけどさ、なんで俺?」
「……この前日之太さんが隣に座ったとき、不思議とぐっすり眠れたんです。実際1時間も眠ってなかったですけど、すぐにフッと眠気が降りてきて」
 こうフッと、なんて言って彼女が頭の上から手を下ろすしぐさを見せる。電車でのひと時、確かに随分ぐっすりと脱力して寝ていた。
 でもそれって――
「それってさ、寝不足で疲れが溜まって、座ったときに丁度電池が切れただけじゃないの?」
「私もそう思いました。だから次の日試したんです。そしたら……やっぱりすぐに寝ちゃって」
「よだれを垂れ流しながらね」
 別に恨んじゃいないが合いの手を入れるように指摘すると、美穂ちゃんはかぁっと顔を赤くしてばつが悪そうに唇を尖らせた。
 思ってたよりも向こうは気にしてくれているらしい。蒸し返してイジるのは違ったかな。意外と繊細な子だったりとか。
「まぁでも、今俺がここにいて美穂ちゃんと喋ってるってことは、俺の近くで寝られたのは偶然じゃなかったってことだよね? 一緒に寝たいってそういう意味?」
 無理くり話を進めると彼女は頬を赤くしたまま無言で頷いた。
 参った。まさか本当にただ一緒に寝たいだけだなんて。そりゃおんなじ事が2連続で続けばもしかしてと思うけど、だからって知らない男と寝ようとするかふつう。
 ぐーっとカフェラテを飲む。俺が彼女だったら見ず知らずの男に助けを求めるよりも病院に行ってそういう薬を処方してもらうけど。なにか切羽詰まった事情でもあるのだろうか。
 それとも、寝不足が続いて正常な判断ができなくなっているのか――きっと、後者だろう。